我々の権利を軽んじつつ、自らの権利(利権)ばかり拡大しようとするJASRACの人

JASRACのいではく氏の発言に腹が立った(強調は引用者による)。

いで氏はこのほか、著作権保護期間の延長問題についても、利用者の利便性ではなく権利者の意見を尊重して決めるべきだと持論を展開した。「利用者側が保護期間を50年間にするという権利はどこにあるのか。著作物を生み出した権利者が言うのであれば話はわかるが、そのへんのことが無視されて、ただ単に権利者側と利用者側が意見を言い合っても、100年たっても解決しない」。

権利者軽視では結論出ない? 著作権制度「大所」からの議論開始

我々を「市民」と表現するか「国民」と表現するかは別として、少なくともこの発言は我々の権利をあまりに軽んじている発言だといわざるを得ない。我々は「国の唯一の立法機関」である国会に、我々が選出した議員を送っている。したがって、間接的に立法に対して権利を有しているし、また我々は立法に関して直接的に発言する権利も保証されている。

著作権者様が特権階級であり、著作権が超法規的存在であるのであれば、我々には著作権にコミットする権利はないのだろうが、そんな馬鹿げた妄想は私にはとてもじゃないが抱きようもないので、妄言吐いてんじゃねーよクソッタレと言うことにする。

著作権のあり方にコミットする権利を有する」私は、著作権なるものを権利者を保護するのためのものではなく、私たちが創作を守り、文化を育むための仕組みであると考えている。少なくとも、権利者の保護はそのための手段である。したがって、著作権は、「著作権者を含む我々」が決めるべきものだと信じている

二言目にはカネカネカネカネ言いやがって

大体ね、一言目なんてどうでも良くて、その二言目を言いたいだけでしょ。「○○だ!だから金よこせ!」そればっか。「尊重」だの「リスペクト」だの、全く規準にならないものを持ち出していちゃもんつけてくるんだからほんとたちが悪い。それこそ、文化の支え手である我々を「尊重」も「リスペクト」もしてないんだろうね*1

もっと言えば、「著作物を生み出した権利者が言うのであれば話はわかるが」なんて言ってるけど、JASRACに信託してるのが「著作物を生み出した権利者」ばかりじゃないってことは、JASRAC自身よーくわかってるだろうに。誰がそういう構造を支えてるのか、ってことは「著作物を生み出した権利者」を「リスペクト」する上で非常に重要なことだと思うのだが、それは都合が悪いからスルーするんだろうな。

そもそも音楽作品を一律のレートで使用料徴収*2だの、CDであれ音楽配信であれほぼ近似した価格設定だのにしてる時点で、自分たちのビジネスモデルってのがあって、そこに音楽作品を縛り付けてるわけじゃん。それ以外でもそのビジネスモデルに従って音楽作品を、アーティストの意図や意志を曲げさせてでも縛り付けてきた。それだって見方によっちゃ、「無から有を生み出す労力を無視して、利便性を求め」、経済性を求めた結果だといえる。ほんと「リスペクト」が足らんのじゃないか?

まとめ

著作権自体は既得権だとしても、それを議論する、決定する権利まで権利者のものだと「既得権のように当たり前」に考えてしまうのは、「非常に危険だ」。権利者側が「著作権のあり方にコミットする権利を有する」利用者側を排除してまで、著作権のあり方を決定する権利など持っているはずはない。

追記

mohno : JASRAC はカネカネ言うべきではないか?

id:mohnoさん、レスありがとうございます。
個人的には、金の話をするなではなく、その領分拡大の理由づけに文化だのリスペクトだのを持ち出すな、って感じでしょうか。

*1:もちろん、皮肉、ね

*2:他にも委任じゃダメ、信託しろ、とかね