アーティストに「100%売上還元」の音楽流通システム?それBandCampでできるよ

アーティストに「100%売上還元」衝撃の音楽流通システムがβスタート - DIY STARS | DDN JAPAN (DIGITAL DJ Network)

この「DIY STARS」、なかなかおもしろい試みだね。決済代行に特化した形になるのかな。「mp3、WAV、MOV、JPG、PDFなどZIP圧縮できるファイルであればあらゆるデジタルコンテンツに対応」とあるので、まぁ、ここに乗っていないファイルフォーマットでもユーザが思いつくものなら、何でもござれといったところだろうか。

とはいえ、「アーティスト自身のサイトのサーバーにシステムをアップロード」する必要があるらしいから、決済以外の部分は自前で用意することになるのか。まぁ、ガッツがあるなら、CCミュージシャンでもあるBrad Sucksが提供しているオープンソースパッケージの『Brad Sucks Digital Download Store』でシステム構築をしてみる、とかもいいんじゃないだろうか(MySQLPHP 4以上が使えるサーバ、Amazon S3PayPalアカウント必須)。

まだまだ不明な点は多いけれども、個人的な雑感としては、どういった層をターゲットにしているのかがわかりにくいかなと。もちろん、インディペンデントをターゲットにしているのはわかるし、おもしろい試みだとは思うけれども、継続してシステムを維持するための金銭的、労力的なコストを支払える人はインディペンデントの中でもごくわずかかなと思うんだよね。

そこそこ人気があるとしても、新作を発表したときにはそれなりの負荷に耐えられなければならないし、さほど注目の集まらない平時にもコストを支払い続けなければならない。CDbabyなどがミュージシャンに選ばれるのも、初期費用は必要になるけど「売れた分だけフィーを支払う」というシステムだからなんだよね。初期費用分取り戻せるかどうかというリスクはあれど、それを越えればリスクも手間も抱えずに済むというメリットがある。かかるコストは売れた分からさっ引かれる、と。

そういう意味で、インディペンデントをターゲットにしているとはいえど、その中でも人を選ぶサービスかなとは思った。人気があってand/or多産な人向けかな、と。

日本でのオンライン決済代行サービスということを考えると、どれくらいケータイを取り込んだサービスになるか、という点が結構プライオリティ高いかなとも思うんだけど、その辺は射程に含んでいるのかな。携帯キャリア決済(たとえばドコモ ケータイ払い)が可能なら言うことなしなんだろうけど…、かなり無理げかな…。

既にあるオルタナティブ

「カード決済代行手数料(5.5%程度)、振込み手数料などの事務的な手数料を除く、実質売上のほとんどをアーティストが得ることのできる音楽配信・流通システム」と紹介されているのだが、少し手厳しいことを言うと、実は音楽配信に限っては海外のサービスに既に同様のものが存在している。以前にも紹介したBandCampというオンライン音楽配信/ストリーミングサービス。

BandCampはJamendoのオルタナティブになるか? - P2Pとかその辺のお話@はてな

BandCampのFAQより。

BandCampの利用はいくらくらいかかるの?

無料です。お金のはファンからあなたへ(PayPal経由で)直接流れていきます。あなたが負担するのはPayPalの取引手数料だけです。

無料とな!?じゃあ、BandCampはどうやってビジネスを続けられるの?「マネタイゼーション」っていうイミフワードを最低2回使って説明して!

私たちのマネタイゼーション戦略を突き詰めると、あなたが利益を上げて初めて、私たちも利益を得るというシンプルな信念に基づいています。ですから、それほど遠くない将来、ダウンロード/グッズの収益から若干の手数料をいただくことにはなるでしょう。もちろん、みなさんにきちんと何度も通知を出しますし、iTunesAmazon、CDbabyその他のサイトに負けない料率を設定します(まずはあなたのファンの方がBandCampを積極的に利用するという根拠を示したいと考えております!)。また、私たちは銀行に潤沢な資金を貯め込んでおりますし(ベンチャーキャピタルTrueの方々からの投資を受けているのでございます)、低回転率での経営(私たちは皆エンジニアでありデザイナーなのです。今のところ、人事も副社長もおりません)、さらに不況時にこそ成功者が現れるという輝かしい歴史もございます(過去の実績が未来の利益を保証してくれるわけではありません。マネタイゼーション戦略が変形していくのは世の常。Teamocil *1は四肢の麻痺を引き起こすかもしれません)。

Frequently Asked Questions | Bandcamp

最後の一文は、過去の輝かしい歴史とやらが(BandCampで)再現されるとも限るまい、という潜在的な批判に、過去のビジネスモデルがそのまま生き残れるとも限るまい、と皮肉ってるのかな。

それはともかくとして、今のところは調達した資金のみをもとにサービスを拡大していくという戦略のようで、インディペンデントなアーティストにはありがたい存在かもしれない。

対応フォーマットもFLAC、ALAC、MP3、OggAACと可逆フォーマットまで取りそろえてある(アップロードはWAVかAIFF)。価格設定も柔軟で、有料配信でもミュージシャン側の価格設定もできるし、Radioheadのような"Pay What You Want"方式でリスナーに値付けさせることもできる。低音質を無料、高音質を有料とすることも可能。ライセンスはAll Rights Reservedだけじゃなくクリエイティブコモンズも選択可。エンベッド可能なシンプルなウェブプレイヤーも用意。ファンに自分の曲を宣伝してもらうこともできる。

お金の流れは、PayPalの決済システムを利用しているため、今のところかかるのはPayPalの取引手数料のみ。受領金額が30万円以下なら総額の3.6%+40円。それ以上になるとレートは下がる。詳しくはこちら

いずれ手数料を取ることは明言しているものの、iTunesAmazon、CDbabyに負けない料率設定に、とのことなので、売り上げの25%前後かなと勝手に思っている。CDbabyは25%*2だしね。

BandCampを知った当初は可逆音源の配信を無料でやれる、ってのに興味をそそられたけれども、いろいろ調べてみて最も興味深いと思ったのは、BandCampが提供するサービスは、新たなリスナーとの出会いのためではなく、既に出会ったリスナーとの関係を強めるためのサービスだということだろう。リスナーのBandCamp内での流動は極力抑えられており、MySpaceJamendoのように繋がりを強調してはいない。これは意図的にそうしているようで、少なくともその時間だけはファンに浮気されないようにしているのだろう。BandCamp外でのソーシャルなネットワークを活かせるように作られているのかなと思っている。

更なる詳細は、実際に利用されているイシカワタケルさん(@takerui)のブログエントリにまとめられているので興味のある方は是非、というか必見。

自分のサイトで楽曲販売するなら「Bandcamp」 - takerui.com

中間搾取

今回あえてこのDIY STARSのローンチに水を差すとも思われそうなエントリを書いたのは、正直なところこの手の「料率」って、精神衛生上許容できるかできないかくらい話なのかもなぁとか、思ってるからなのよね。

たとえばレーベルから出した場合、確かに取り分は少ないんだけど、レーベルだってプレスしたり、プロモーションしたり、人をつけたり、権利関係の処理・支払いをしたり、それなりのコストをかける。もちろん、慈善事業でもないから自分たちの取り分だって抜く。でも、ただ中間にいるだけで搾取扱いされたりするのは違うんじゃないかなって思ったりもするんだよね。分業というか、そういう感覚。もちろん、優位に立っているゆえ、とか、慣習を盾に半ば強引に取り決めているということもありうるけど。

ただ、それはそれとして、と考えられる部分もあって。だって、今やインディペンデントという選択肢はこれまで以上に遙かにとりやすい選択肢になってるじゃない?CDbabyもある、eMusicもある、iTSやAmazon MP3もある、プロモーションメディアとしてYouTubeMySpace、さまざまなSNSもある。でも、それを活用して『成功』を収めたケースはほとんどないんだよね。メジャーへのステップとしてのインディペンデントのキャリアを成功させた、ってんじゃなくて、インディペンデントとして成功し、インディペンデントとして活動していく、というようなケースが。

たとえ売り上げが100%の比率で手元に入ったとしても、1つも売れなければ0だ。1曲売れても1ドルそこそこ。たとえ10%だったとしても、10倍以上売れればいいわけだ。比率は1つの側面に過ぎない。90%を譲ることで得るものがあると思えばその道を選べばいいし、90%もとられるなんて納得いかない、というなら別の道を選べばいい。

何だかんだで今のところ大きく成功しているのは、やはりメジャーだ。個人的にはそれに異論を挟む気はあまりないし、結構どうでもいいというか、メジャーはメジャーであった方がいいんじゃないですか、という感じ。それよりも、インディペンデントがインディペンデントなまま、キャリアを積み重ねられる状況を作り出す方がよっぽど重要だと思っている。別に背反することでもないし。

その上で何が最も重要か。自身のすべての作品をCreative Commonsライセンスにて公開しているミュージシャン Josh Woodwardはかつてこう言った。

「名もなき存在でいること、それが本当の敵だ」

*1:テレビドラマ『Arrested Development』にて描かれた架空の向精神薬らしい。

*2:下限 $0.29