87,834人のtumblrユーザが国会議員にSOPA反対の電凸をしたわけ

先日、MIAUのネットの羅針盤 SOPAの回に出たときに、tumblrが面白い反SOPAキャンペーンやって9万人近いtumblrユーザが国会議員電凸したよというお話をしたのだけれども、今日はそのtumblrのキャンペーンがどう面白かったのかというお話。

SOPAってなあに?

とりあえず、前提知識としてSOPAとは何かというお話から。正式名称はStop Online Piracy Act(オンライン海賊行為防止法)、米国下院に提出され、現在は下院司法委員会で審議が続けられている。名前の通り、ネット上の海賊行為を阻止する、特に米国外のパイラシー関連サイトに対処するための法案とされており、DNS検索エンジンへの介入によるアクセス遮断や決済サービスや広告サービスの停止による資金流入の停止などの措置を米司法省やコンテンツ企業に与えるものとなっている。

米国内法では対処し得ない外国のサイトへの措置とは謳われているものの、実際には米国内のサイトにも適用され、ユーザが行ったわずか1件の著作権侵害であっても強力な措置がサイト全体に講じられる可能性もあり、CGMソーシャルメディアを含むインターネット産業やそれを利用する市民らから強い反発を受けている。反対派は同法案をインターネット・ブラックリスト法案、ネット検閲法、インターネットを破壊する法律などと呼び批判を続けている。詳細については以下のページなどをご参考に。

Geekなぺーじ:ソーシャルメディアが急激に衰退する可能性

tumblrもSOPAの影響を受けるサイトの1つであり、それがアンチSOPAキャンペーンの実施につながっているのだろう。

Amercan Censorship Day

ネット産業らによるアンチSOPAキャンペーンが最初のピークに達したのは、2011年11月16日のAmerican Censorship Day(米国検閲の日)だった。これは、下院司法委員会のSOPAヒアリングに合わせたもので、Google、Facebook、Twitter、AOL、Yahoo!、Mozilla、eBayなどによるSOPA反対の共同声明の発表や、EFFらによる議員への陳情呼びかけキャンペーン等が展開された。

tumblrのアンチSOPAキャンペーン

tumblrも同日、SOPA反対をユーザに訴え、議員に声を届けるよう促していた。では、彼らはどうやってSOPAの脅威をユーザに訴えかけたのか。


(via Mashable

ユーザのダッシュボードを検閲。文章も、画像も黒塗りにされた。

もちろん、SOPAはこのような検閲を実施できるような法案ではないのだが、インターネット検閲の脅威を分かりやすく訴えるための手法、といったところだろう。

ダッシュボード内の黒塗りされた画像や文章をクリックすると以下のページに飛ばされる。

「議会は今日、私企業にインターネット検閲を許す法案の公聴会を開いています。あなたがNOと言わなければ、この法案はすぐにでも成立してしまうでしょう。」という煽り文句と共に、ユーザに対して議員への反対の呼びかけを促した。

なかなか面白いなぁと思ったのは、ただ単に電話やメールを呼びかけるのではなく、手間をかけずに電話を議員に繋ぐためのシステムを使っていること。上記のページに電話番号、住所、郵便番号を入力すると、ユーザはtumblrからの電話を受ける。電話ではtumblr CEOのDavid Karpからこの法案のポイントをレクチャーされ、それが終わると各ユーザの地元の国会議員のオフィスに電話が繋がる。

議員に伝えるべき事柄の整理を助けつつ、議員のオフィスに自動的に繋ぐ、これだけでも行動を起こすまでのハードルをかなり押し下げてくれるのかもしれない。このキャンペーンの実施にあたっては、Mobile Commonsの協力をうけたとのこと。

キャンペーンの結果

tumblrのスタッフブログによると、このキャンペーンを行った11月16日で、87,834人のユーザが合計1,293時間にわたって、地元の議員に意見を伝えたという。

議員との平均通話時間が53秒だったりするので、繋がる前に切ってしまったユーザが多数いるとも思われるが、少なくとも数万人は数分間にわたって反対の意思を伝えたのではないだろうか。

また、tumblrのデータエンジニアAdam Laiacanoは、このキャンペーンが開始されてすぐに、tumblr「SOPA」や「censorship」に言及するポストが激増したと伝えている。

David Karp自身がこのキャンペーンを広めるように煽ったりした影響もあるのだろうが、やはりダッシュボード検閲のインパクトゆえ、だろうか。

終わりに

American Censorship Dayには多数のウェブサイトがSOPA反対キャンペーンを展開しており、tumblrだけがすごかったというつもりはない。ただ、自前のプラットフォームを利用してうまくユーザに危機感を伝えたこと、他のサービスと連携してユーザのハードルを下げつつアクションを誘発したこと、自前のプラットフォームで声を広げようとしていたことなど、目を見張る点が多かった。

米国は日本に比べれば、市民と政治との距離が近く、いわゆる活動家でなくとも政治にコミットする土壌があるといえるのだが、それでもわずか1日でこれだけの成果をあげるのはただただすごいと思う。

ちなみに、米国下院議会の定数は435。tumblr以外にも多数のウェブサイトが同様の呼びかけを行い、中には同様のシステムを用いてキャンペーンを展開していたところもあるので、この日の議員オフィスにはかなりの反対の電話が寄せられたのではないだろうか。

Winny開発者逮捕のせいで日本は遅れを取ったの?

Winny開発/提供者の金子勇さんに対する著作権法違反幇助裁判で、最高裁が上告を棄却し、無罪が確定したとのこと。

「Winny」開発者の無罪確定へ、最高裁が検察側の上告を棄却 -INTERNET Watch

ソフトウェア開発、提供者の責任が無理やりに拡張されずに済んだことを喜びたい。

この報道に関連して、この事件のせいで日本のP2P技術、ひいてはソフトウェア開発全体が萎縮した、との声がある。まぁ、今に始まったことではないのだけれども。

最高裁で、Winny金子勇氏の無罪が確定した。[…]ここに至るまでの7年は長すぎた。日本のP2P技術は、もう壊滅してしまった。

[…]Winnyクラウド・コンピューティングの先駆だった。転送するファイルを途中のノードに蓄積して負荷を分散する技術は、その後の海外のP2Pクライアントにも使われ、SkypeP2Pによって低価格の電話を実現した。

しかし京都府警は世界で初めてソフトウェア開発者を逮捕し、日本からP2Pソフトウェアは姿を消した。Lessigも「日本の先進的なブロードバンド産業を萎縮させる」と懸念していたが、日本からは検索エンジン音楽配信システムもなくなった。

池田信夫 blog : Winny事件で日本が失ったもの - ライブドアブログ

このあとの結論には同意したいが、上記の意見については同意できないかなぁ。

P2Pに貼られたレッテル

P2P技術の開発・研究が壊滅、萎縮したのだとしても、この件のせいというよりも、「P2P」に貼られたネガティブなレッテルのせいではないかと思う。

P2P」にネガティブなイメージをもたらしたのは、Napsterを始めLimeWireKazaaWinMX、Ares Galaxy、eDonkeyBitTorrentなどのP2Pファイル共有ソフトと、その使われ方であった。これは日本だけに限らず、世界的にそう。あたかも「P2P」という言葉が「P2Pファイル共有ソフト」の略称であるかのように扱われるようになった。そしてその文脈は大抵が著作権侵害に関わるものであった*1

結果、P2Pファイル共有における著作権侵害に起因したネガティブなイメージによって、P2P技術を用いた、というだけで不安がられたり、嫌われたりすることになった。世界的に。

もちろん、日本固有の事情もある。最も影響が強かったのはウィルスによる情報漏えい問題だろう。逮捕がなければ対応できていたはず、とも言われそうだが、著作権侵害と同様に結局はいたちごっこになっていただろう。

いずれにしても、P2Pファイル共有ソフトに関わるネガティブなイメージが、P2P全体に向けられてしまったのだと思う。

日本は遅れてる?

海外を見ろ、人気のSkypeP2Pを使っているぞ、なのに日本は…、というようなことも言われるが、これについても同意しがたい。

よいP2Pの代表格*2として持ち出されるSkypeだけれども、その核となる技術の1つ*3ファイル共有ソフトKazaaからのもの。

では、Kazaaがどのような運命をたどったかというと、一時は世界で最も利用されたP2Pファイル共有ソフトとなったが、本国オーストラリアの著作権侵害幇助訴訟で敗訴し、米国での対RIAA訴訟でも事実上の敗北となる和解を結んだ*4。また、Napster、Aimster、Grokster、LimeWireなども、権利者側から起こされた著作権絡みの訴訟に軒並み敗訴し、WinMXなど訴えられなかったところもソフトウェアの提供やサービスの停止に至った。

民事と刑事、対企業と対個人とでは、インパクトが異なるのだろうが、P2Pファイル共有ソフトウェアに対する逆風は、日本だけのものではないように思われる*5

この事件の実際の影響

ここまでは、「P2P技術の開発・研究が壊滅、萎縮したのだとしても」という仮定でのお話だが、では実際にどのような影響がもたらされたのだろう。

個人的な意見として、ホビーも含めたソフトウェア開発・提供者が利用者の行為の結果責任を負わされるんじゃないかという漠然とした不安が広まったとは思う。ただ、これも私個人の想像にすぎない。実際に開発、研究に携わる人たちが、この事件をどのように受け止め、その結果どのように行動に影響したか、また周囲がどのようなリアクションをとり、その結果環境がどのように変化したのか、を聞いてみないことにはわからない。

逮捕から数カ月後、日本ソフトウェア科学会が開催した「P2Pコンピューティング−基盤技術と社会的側面−」と題したチュートリアルでのパネルディスカッションでは、研究者らがこの件について議論をしている。

 司会を務めた産総研の首藤一幸氏は、「私個人に関して言えば、研究という観点でブレーキがかかったという事実はない」と述べたほか、科学技術研究機構の阿部洋丈氏も「論文でP2Pアルゴリズムなどをテーマにするのは引き続きセーフだと思うし、影響が出ているとは思っていない」と語った。阿部氏はP2P技術を利用した完全匿名型プロキシーシステム「Aerie」を開発したものの、結局そのコードは現時点で非公開のままとなっているとして、その背景にはWinny事件だけではなく、2002年12月に判決が出た「2ちゃんねる動物病院事件控訴審」で被告(2ちゃんねる)側の主張が全て退けられたことや、2003年11月にヤミ金融業者向けに顧客管理ソフトを開発したプログラマーが逮捕された事件など、複数の要因が重なっていると述べ、開発者の法的リスクを高めている要因はP2P技術以外にも数多くあることを訴えた。

 一方、NTTサービスインテグレーション基盤研究所の亀井聡氏は、「Winny事件以後、研究予算の申請時に『P2P』という言葉が入っていると予算がつきにくくなった」「聞いた話だが、昨年まで科研費の申請で題名に『P2P』とついていた研究の多くが、今年の申請では『Overlay Network』とか『グリッド』とかに題名が変わっているらしい」と語り、事件によりP2Pという言葉にマイナスイメージが伴ってしまった結果、研究への影響が多少なりとも出ているという見解を示した。

 会場からも、「阿部氏のソフトが非公開になったことで、同ソフトを使ったユーザーがインスパイアを受けて、さらなる新しい技術を開発するといった可能性が失われてしまったと考えると、やはり研究にブレーキがかかっていると考えるべきではないか」といったコメントがあるなど、少なくともソフトウェアの研究開発にあたって法的リスクの与える影響が大きくなっていることは確かといえる。ただ、そのリスクのうちどの程度をWinny事件の影響が占めるかといった点については、参加者の見解が分かれているという状況だ。

Winny作者逮捕がP2P技術の研究者に与えた影響

影響はない、あるとしても複合的な要因の1つ、研究費の申請に影響した、俯瞰的に見れば萎縮の影響は大きいのでは、など意見が割れている。事件からそれほど時間が経っていない時期の議論ということもあり、それから7年の歳月を経た今、実際にどのような結果をもたらしたのかという議論も聞いてみたいところではある。

結論

実際の影響については保留にした上で、私個人の意見としては、他国を引き合いに出して、日本ではこの事件のせいで研究、開発が萎縮したと強調できるほど、国内外の状況が異なっていたかという点については疑問に思う。

もちろん、日本と海外との間には環境の違いがあるのは確かだろう。たとえば米国には、ベータマックス判決を含むフェアユースDMCAセーフハーバーなどがあり、日本に比べて突っ込んだことがしやすい土壌がある。リスクに対する価値観の違いもあるだろう。ただ多種多様な要因が影響しているのであり、この事件を取り上げてことさらに強調するのは無理があるように思う。

また、P2P技術に今でもつきまとっているネガティブイメージは、P2Pファイル共有(ソフト)を使用した海賊行為、それに加えて日本では情報漏えいに起因するところが大きく、P2P技術の開発、研究環境に影響を与えた要因を考える上で無視できないものではないかとも思う。

余談

WikipediaWikiって呼ぶな」界隈の方には、「P2Pファイル共有を指してP2Pって言うな」という言葉もお勧めしたいと思います。

*1:私のブログ名や扱っている話題もその誤解を促進してそうなので、大変申し訳なく思っております…

*2:「よい」というのはあくまでも皮肉です、念の為。

*3:スーパーノード

*4:Kazaaを運営していたSharman Networksは著作権フィルタリングの実装またはサービスの停止、1億1500万ドル朝の賠償金の支払いに応じた。その後、Kazaaは売却され、Napsterよろしく音楽サブスクリプションサービスとして生まれ変わり、名前だけが残った。

*5:ちなみに、日本ではP2Pファイル共有ソフトファイルローグを開発・提供していた日本MMOが民事訴訟で敗訴している

TPP著作権関連:著作物の一時記憶(キャッシュ)にも権利者の許諾が必要に?

米韓FTA(KORUS FTA)の発効に際して韓国国内での混乱が報じられている。TPP参加について議論が続く日本にとってもこれは対岸の火事ではない。

韓国は知財関連、とりわけ著作権関連の項目について米国の要求をほぼ受け入れたとされているが、その要求というのがまさにTPPで米国が要求しているものである。その要求の中には、これまでTPP知財関連議論ではあまり話題に上がって来なかった『一時記憶装置(temporary storage)』に関わる問題も含まれている。

‘著作物一時保存’も複製と見なす…営利目的がなくとも処罰対象に」の記事で報じられているように、韓国では『一時的保存』についても権利者の許諾が必要な『複製』とする改正著作権法が成立しており*1FTA発効に合わせて施行される見通しとなっている。(ハングルを読めないので、この改正案についての詳細はまだわかっていないのですが、法案の詳細や日英文での解説記事等ご存知の方、ご教授いただけると幸いです。)

韓国国内法でどのようなかたちになっているのかはまだつかめていないが、米韓FTAでは以下のように定められている。米通商代表 KORUS FTA Final Textより。(強調は引用者 heatwave_p2pによる。脚注は省略。)

ARTICLE 18.4: COPYRIGHT AND RELATED RIGHTS
1. Each Party shall provide that authors, performers, and producers of phonograms have the right to authorize or prohibit all reproductions of their works, performances, and phonograms, in any manner or form, permanent or temporary (including temporary storage in electronic form).

(各当事国は、著作者、実演者、レコード製作者に対し、方式または様態、永続ないし一時的(電子方式の一時記憶装置を含む)に関わらず、作品、実演、レコードの複製について許諾または禁止する権利を与えるものとする。)

www.ustr.gov/sites/default/files/uploads/agreements/fta/korus/asset_upload_file273_12717.pdf

これ、ものすごい既視感があるのだけれども、それもそのはず、TPP米国知財要求と全く一緒。以下、2月にリークされたTPP米国知財要求項目文書より。

ARTICLE 4: COPYRIGHT AND RELATED RIGHTS
1. Each Party shall provide that authors, performers, and producers of phonograms have the right to authorize or prohibit all reproductions of their works, performances, and phonograms, in any manner or form, permanent or temporary (including temporary storage in electronic form).

keionline.org/sites/default/files/tpp-10feb2011-us-text-ipr-chapter.pdf

ということで、日本がTPPに参加し、TPPに米国の要求がそのまま盛り込まれることになれば、日本国内においても一時記憶、キャッシュやバッファリングを「複製」とする著作権法の改正が必要になるだろう。

ユーザに近いところで言えば、YouTubeニコニコ動画のストリーミング視聴も複製行為にあたるのか、そもそもブラウザでサイトを閲覧することも複製になってしまうのか、という懸念もあるが、最も大きなインパクトがあるのはウェブサービスだろう。実際にサービスを潰すための口実に使われるというだけではなく、著作権侵害のリスクが大きくなるために萎縮が生じることも考えられる。

もちろん、一時記憶を何から何まで禁止してしまえば、あらゆるウェブサービス、ウェブアクティビティが成り立たないので、一定の制限、例外は設けられるようだ。米韓FTA 18.4.1には以下の脚注が付されている。

Each Party shall confine limitations or exceptions to the rights described in paragraph 1 to certain special cases that do not conflict with a normal exploitation of the work, performance, or phonogram, and do not unreasonably prejudice the legitimate interests of the right holder. For greater certainty, each Party may adopt or maintain limitations or exceptions to the rights described in paragraph 1 for fair use, as long as any such limitation or exception is confined as stated in the previous sentence.

(各当事国は、第1項において記述される権利の制限ないし例外を、作品、実演またはレコードの通常の使用を妨げず、権利者の正当な利益を不当に害しない特定の場合に限定するものとする。明確性のため、各当事国は、制限ないし例外が上記の文にあるように限定される限りにおいて、公正な利用(fair use)のために、第1項で記述される権利の制限ないし例外を採用または維持できる。)

www.ustr.gov/sites/default/files/uploads/agreements/fta/korus/asset_upload_file273_12717.pdf

簡単に言うと、一定の権利制限や例外を設けてもいいけど、あまり広げすぎないように、というところだろうか。fair useという言葉が使われているが、いわゆる権利制限の一般規定、包括的なフェアユース規定ではなく、日本の著作権法第1条にある「公正な利用」に近い。

一定の制限、例外規定を設けるにしても、一時記憶にまで権利が及ぶというのは、ユーザとしても、ウェブサービスの発展からしても、懸念せざるを得ないところではある。

こうした懸念に応じてか、文化体育観光部は一部誤解があるとして説明しているようだ。JETRO Seoulによると

韓米FTAが発効されれば、日常のインターネットでの検索行為が著作権侵害になり得るという主張は事実ではない。著作物の利用過程で付随的に発生する一時的な保存は、一時的な複製を許可する例外規定の「円滑かつ効率的な情報処理のために必要だと認められる範囲」に該当するもので、著作権侵害にはならない。

韓米FTA履行のための著作権法改正案が通過 - JETRO

これを読むと少しは安心できるのだけれども、検索エンジンに影響がないのはわかったけど、じゃあ何が問題になるの?というところが解決されていない。「円滑かつ効率的な情報処理のために必要だと認められる範囲」という定義が曖昧であるし、あえて規定するからには認められない範囲もあるわけで、それが何なのかがわからなければ、当面の懸念を払拭するには至らない。

TPPに関しては先行きは不透明であるものの、著作権関連での最悪に近いケースとして、韓国の動向は試金石になるように思える。上記の複製概念の拡大に加え、法定損害賠償、非親告罪化、隣接権保護期間の延長、技術的保護手段の保護、映画盗撮の禁止*2など、米韓FTAを反映した改正著作権法が成立している。ハングルが読めないのが心もとないが、可能な限り韓国の動向をフォローしてみたいと思う。

余談

韓国では以前より、米韓FTAによる著作権強化とのバランスをとるために、包括的なフェアユース規定の導入が議論されてきた。

「韓国におけるフェアユース導入の議論」 - 早稲田大学知的財産法制研究センター

これが上記著作権法改正でようやく導入されたのだそうなのだけれども、これについてはまた調べきれていないので、どなたか詳細をご存じの方はご教授いただけると幸い。

なお、米韓FTAに際してフェアユースが導入されたのであれば、TPPにおいてもそうなるのではないかと思われるかもしれないが、フェアユース規定は米国から要求されたものではなく、あくまでも韓国国内で著作権保護強化と利用者側の著作物利用とのバランスをとる必要に迫られたためにフェアユース導入論が起こったと考えられる。要は副産物といったところだろうか。

文化庁が公表している「著作物の流通・契約システムの調査研究 『著作権制度における権利制限規定に関する調査研究』報告書(平成21年3月)」別冊「その他の諸外国地域における権利制限規定に関する調査研究」(PDF)においても同様の指摘がある。

韓米FTAの協定文では、著作権を制限する規定を立法する場合に両国が守るべき基準としてスリー・ステップ・テストを規定しているだけであり、フェア・ユース規定そのものについて規定しているわけではない。よって、(一見すると、韓米FTAの要請によりフェア・ユース規定を新設したように見えるかも知れないが、そうではなく、)実際には、権利者と利用者の衡平をとるためにフェア・ユース規定を新設しようとしていると考えられる。

その他の諸外国地域における権利制限規定に関する調査研究 p.22

*1:上記の記事では国会を通過とあるが、11月29日に大統領が署名している

*2:これは既に日本でも導入されている。

TPP著作権関連:非親告罪化で何が変わる?〜ニコ生まとめ

11月7日、ニコ生にてクリエイティブコモンズジャパン・コンテンツ学会MIAU・thinkC ×ニコニコ動画TPPはネットと著作権をどう変えようとしているのか? 徹底検証〜保護期間延長・非親告罪化・法定賠償金』という番組が放送された。タイムシフト視聴したのだが、非常に興味深い内容だった。

出演は、福井 健策さん(弁護士、日本大学芸術学部客員教授)、津田 大介さん(モデレーター・ジャーナリスト)境 真良さん(国際大学GLOCOM客員研究員)、ジョン・キムさん(慶應義塾大学大学院准教授)、八谷 和彦さん(メディアアーティスト)。

多くの方に知ってほしい内容なので、ざっくりと圧縮しつつ書き起こし。今回は非親告罪化についての部分をば。タイムシフト視聴で見れる方は、実際に見てもらったほうが良いかも。なかなか楽しい番組だった。

あと福井さんの寄稿記事「TPPで日本の著作権は米国化するのか〜保護期間延長、非親告罪化、法定損害賠償 -INTERNET Watch」を事前に読んでおくと理解が早いと思う。

TPP総論

TPPで予想される知財の交渉項目(スライド)

  • 真正品の並行輸入に禁止権(4.2項)
  • 著作権保護期間の延長(4.5項)
  • デジタルロックの回避規制(5.9項)
  • 法定損害賠償制度の導入など(12.4項)
  • 非親告罪化(15.5(g)項)
  • 米国型プロバイダーの義務責任導入(16.3項)
  • ダウンロード違法化の全著作物への拡大(日米経済調整対話)

福井:
日米経済調和対話:米国側関心事項とリーク文書(the US proposal for the TPP IPR chapter)から読み取れる、おそらく米国が要求しているであろう項目。知財・コンテンツ流通を一変させる可能性が高い。過去、文化庁に委員会が立ち激論を繰り広げてきたような項目ばかり。著作権制度全体のあり方を見直す必要がある、というものまで。現実的にすべてが通るとも思えず、半分も通ることはないだろうが、どの項目をとってもかなりの影響がある。

疑問点(スライド)

  • なぜ、国内の知財・メディア政策を他国との交渉で決めるのか
  • 通常は、相手への要求(変えて欲しい制度など)があるから
  • 米国に変えて欲しい知財制度はあるのか
  • 国内の政治目標を「外圧」を利用して達成?

福井:
米国の海外からの著作権収入は年間10兆円。一産業で海外から10兆円はちょっとありえない規模。農業や自動車よりはるかに多い。対する日本は年間5000億円程度の赤字。

日米では置かれてる立場も文化も異なる。赤字だから守れというわけではないが、産業の戦略も当然異なって然るべき。日本の知財・メディア政策ならば、国内で日本、産業、社会にとって、どのような制度がベターであるのかを議論するのが本来。なぜそれを他国との交渉で決めるのか?

交渉であるからには、相手に変えて欲しいことは何なのか。日本には知財に関して米国に変えて欲しい制度は殆ど無い。(米要求が)日本にとって良いか悪いかは別問題で、日本にとって良いものならば国内の議論で変えればいい。そうでなくて、他国との協議において相手に要求するものがなければ交渉ではない。

なぜTPPに知財要求項目があるのか。国内で、ある政治目標を達成したい人が、TPPという外圧を利用して日本の制度を変えたいという思惑もあるのではないか。ポリシーロンダリングの可能性も。

津田:
役所の中で外圧を利用する向きはあるのか。

境:
ここ数年、多方面で日本の制度が変わっていない。(TPPで)持っていきたい向きはありそうだが、(日本から米国に要望させるということは)経緯的にもありえない。個々の項目については、使えるんじゃないかと思ってる多方面で人は少なくないだろう。

津田:
TPPをどう評価する?

境:
純然たる海賊版の問題、取締りの方法論については、TPPに近いもので良いかもしれないと思うところもなくはない。ただ、それだけで終わらないかもしれない。

たとえば非親告罪化。これまでコンテンツ産業の仕組みを研究してきて、クリエイターがプロに至るまでの経路、大成功したわけではないクリエイターの現状、コミケなどの小さな市場についてよく考える。2001年か2002年ごろ、コミケの米澤代表と話した。パロディ同人誌を作った人が逮捕されたポケモン同人誌事件の余波が続いていた。ディズニーを使ったゲームがあったが、事件の前後でキャラクターを使った同人誌の数が急激に変わったという。萎縮効果(chilling effect)があった。

これまでも色々なことがあったが、1つ1つについて微妙なバランスで成り立っているものに、TPPは新たな要素を挿入してしまう。日本がそれを受け取って咀嚼できるのかがわからないまま議論が進んでいる。イエスかノーかではなく、怖い。受けるなら、それを踏まえてどうするかという議論が必要。

キム:
(TPP議論について)第三者的に見て、全体的にナイーブ。もっとしたたかになったほうがいい。感情的な議論ではなく冷静に。

知財に関して米国からの要望はあるが日本からの要望がないとの指摘、これは全体にも当てはまる。かなりディフェンシブ。TPPという場を利用して日本の国益をどう増やしていくのかという議論が並行して行われるのが当然だが、TPPが外圧、侵略として捉えられているのが若干残念。

思想的には最終的に2つで、グローバル化に乗るのか、自己完結型でいくのか。この時のグローバル化はアメリカ化に近い。アメリカの要求事項は日本から見ればすべて理不尽。だが米国から見れば合理的。

米国GDPの6%がコンテンツ関連、70兆円くらいの規模。オーストラリア、台湾、オランダのGDPを超える。海外からの著作権収入だけでも10兆円。そこには他国のGDPを超えるくらいの利害がある。彼らは貿易の手段としてFTAやTPPを使って外国に圧力をかけて要求を飲ませる。だいたい飲ませている。一方で、韓国、シンガポール、オーストラリアなどは、最終的に自国の利益になると判断して米国とFTAを交わした。

先ほどの知財関連要求項目、福井さんは半分も通らないかもと言っていたが、韓国は全部通った。アメリカの要求をすべて飲んだ。TPPやFTA知財だけではなくて経済全体の議論。知財の中でTPPをどう考えるかという視点と、自分が首相になったつもりで国全体をどう持っていきたいのかという視点がある。後者では知財、情報通信の優先順位が(政策によっては)低くなる。

その他の分野、輸出中心の国ならTPP、FTAを歓迎する、内需手動の国は保護貿易路線をとる。韓国の選択は、知財は米国に譲り、自動車・電子は譲ってもらう。何を得て、何を取られるのか、内部でしっかり議論して交渉に望んでいくことが重要。だが(日本では)そこが停止しているのでは。

各論:非親告罪化について

非親告罪

  • 著作権侵害:「最高で懲役10年又は1000万円以下の罰金」など罰則
  • 著作権者が告訴しない場合、国は起訴・処罰できず
  • 導入論→「パロディや同人誌が萎縮する」と論争

福井:
警察としても毎回告訴を受けるのは不便なので、非親告罪にしたいという論はこれまでもあった。2007年頃にも、米国からの要望をきっかけに導入議論が起こった。当時、こんなものが導入されたら権利者は特に怒ってはいないのに逮捕者だけ出てしまう、パロディや同人が萎縮する、表現の自由の危機だという意見が出て論争になった。最終的には見送られた。

そして再び米国の要求事項に入ってきた、かなり有力な要求事項だと考えられている。

この問題の根底にあるのは、権利者、クリエイターが処罰を望んでいないのに、それでも国は処罰するのか、だとすると、著作権は一体誰のために、何のためにあるのか。著作権は個人のものだったはずだが、個人が望まないのに国が処罰することの意味が問われてくる。

同人やコミケを代表例として、許可を与えたとは大っぴらにはいえないが、強いて取締りはしたくないというグレーゾーンがある。この部分をどう評価するか、無くなってしまうのではないか、という議論とも結びつく。

津田:
なぜ非親告罪化が要求されているのか、というコメントが来ているがどうか。

福井:
国内では告訴の手続きが大変。告訴の手続きを経ないならば、普通に考えれば警察の摘発は増加するだろう。海賊版対策には役立つ。

キム:
あとは萎縮効果への期待もあるのでは。制度があるというだけで違法行為をしなくなる傾向は日本では強い。どれくらい行使されたかは別にして、そういう制度によってユーザ自身が自分の行動を規律する。

津田:
逮捕者がでると見せしめになってい減っていくんじゃないか、とも言われる。

非親告罪化と同人

津田:
非親告罪化が同人市場に与える影響をどう考えるか?

境:
いろいろ言われているが、同人市場は少なくとも数十億から1,200億くらいの規模だと言われている。

その市場がどのように機能しているか。中堅作家の補完的な収入など産業的な側面もあるし、同人から産業界、作品作りに入る人たちの表現の場でもある、出版社によっては新人を発掘したりすることもある。

そこには作家のインキュベーション、場所の機能がある。ニコ動にもそういう要素はあるし、音楽で言ったらコピーバンドもそう。「学び」という言葉は「真似び」の延長であるともいわれているように、最初は真似から入るところもある。

それが一様に禁止されてしまうかもしれない。しかし、角川や赤松先生のように、大っぴらに使ってくれていいという意思表示もある。プロモーション効果もあるし、自分たちの前で新たなフュージョンが起こることを楽しむという部分もある。意思表示の例もある中で、そのような意思表示があってもなくても逮捕されてしまう仕組みになる。本末転倒。

(権利者側も)ダメとは言わない、(同人側も)ちょっとした後ろめたさを抱えつつやっているという微妙な感覚、距離感がある。だからこそ膨らんでいる。ダメとは言わずに見ていて、うまくいったら乗っかって、自分たちも新しい創作をしてやろうというクリエイターたちがいる。こういう感覚は「取り締まればいい」という議論では飲み込めない話。

米国のものだけ取り締まって、国内のものは見逃すという運用をすればよいのかもしれないが、そのような運用を警察や当局がしてくれる保証はどこにもない。最悪のケースを想定せざるをえない。

市場がどれくらい縮小するかということではなく、今あるクリエイターや企業のエコシステムにかなりの影響が及ぶことを懸念している。

非親告罪化とフェアユース

津田:
「本当に悪質なものだけ取り締まればいいじゃないか」というニコ生コメントに対して「悪質さの基準は人によって違う。」という反論も。警察がパロディ、パスティーシュの基準を決めることになってしまう。

境:
パロディならいいという法律は日本にはない。フェアユースもない。米国には登録制やフェアユースがあるからバランスがとれている。非親告罪化だけを部分的に取り入れても…。

津田:
TPP知財関連議論で重要な点、厳しい著作権保護を要求する米国は、一方で消費者保護も強い。たとえばAppleのジェイルブレイクを合法とした判断やフェアユースなどバランスがとれている。日本はそういう安全弁がないのに、厳しくしようという方向に向かっている。

境:
日本は訴訟するか否かの判断を権利者に委ねて、コミュニティ的にバランスを作っていたことが大きかったのではないか。

福井:
(日本では)フェアユースがない代わりに、グレー領域、グレーゾーンがその役割を果たしていたことが大きかった。

津田:
コミケが巨大なフェアユースの実験場だった部分もあるかもしれない。非親告罪になれば、権利者がスルーしても、恨みを持つ第三者からの通報によって逮捕ということもありうる。通報厨の問題も大きくなる。

八谷:
その判断を警察がするのは怖い。たとえばエロなどがあれば基準はとたんに厳しくなりそう。コスプレも場合によっては、クリエイターではなく警察がダメといったら逮捕されてしまうかもしれない。今まではグレーゾーンがあって、権利者が判断するという建前があったのに、非親告罪化だけ入ってくるのは怖い。

先ほどフェアユースの話があったが、米国フェアユースの事例を紹介したい。クリスチャン・マークレー『The Clock』という作品がある。たくさんの映画の中から、時計が写っている映像を抜き出して、24時間を再構成し、リアルタイムで上映するという作品。製作期間は2年、3000もの映画から抽出した。今年のヴェネツィアビエンナーレ金獅子賞(最高賞)を取った。

確証はないが、おそらく権利処理はなされていないだろう。作品も多く、世界中の作品があって許可をとりようがないと思う。米国では、著作物をアートの作品に使う場合、フェアユースの要件を満たせば自由に使うことができる。

具体的には、営利目的かどうか(海賊盤はNG)、単なるコピーではなく新たな価値が生み出されているか(トランスフォーマティブ)、利用された部分の量はどうか(1本全部ではなく3000本から1分ずつ)、この作品によって原作品の利益を損ねないか。明確な基準はないが、社会的に合意ができてきて、海賊盤に対する非親告罪が成り立っている。

日本では、グレーゾーンなどがあってあまりひどい事にはならずにきたものを、米国著作権法の中でも一番ひどいものだけを持ってこられても、文化へのインパクトが大きいのでは。逮捕されると思うと、コミケで出している人が萎縮する。

キム:
米国は著作権保護一辺倒というわけではなく、フェアユースのような利用者保護もある。米国の著作権制度は実用主義財産権を扱っている。日本や欧州では財産権であると同時に人格権でもあり、私的な権利でもある。(そのような違いから)米国では非親告罪に対して抵抗がないし、弊害を是正する手段としてフェアユースもある。

親告罪の日本では、コピーされることのプラスかマイナスかは権利者が決める、警察が決めることではない。場合によっては無許諾で使ってもらう方が評価が高まる場合も考えられる。育成の場という観点からも、新人が育ってくれれば出版社の利益にも繋がる。抽象的な慣習として解決していたところもある。

そこに非親告罪化だけが入ってくると、一方だけの傾向が強くなる。落とし所としては、非親告罪化とフェアユースのセットで同時に導入という選択肢もある。だが、米国型の実用主義への制度転換も考えないといけなくなる。

津田:
非親告罪化は別件逮捕の口実になるのでは?」という意見と「知財事件は告訴がないと警察も扱わないでしょ?」という意見、正反対の意見が寄せられているが。

福井:
別件逮捕については、可能性はあるとは言えるが、どれくらい起こるのかはわからない。

後者については、ある。警察は摘発している。摘発*1したので告訴してくれという要望も。ネットでも売買は捕捉しやすいから。確実に起訴、有罪に持っていければポイントなので警察がやる動機はある。客観的にみて動機があるだろうという意味で、警察を責めているわけではない。

さっきの『The Clock』はフェアユースでやっただろうと思う。仮に3000作品の許可を取ったとしたら、二度とやりたくないくらいコストがかかっただろう。音楽のサンプリングでも、許可を取ったはいいが使用料が高すぎて二度とできない、ということも。

津田:
NHKアーカイブスも大変なコストがかかっていると聞く。出演者全員の許可が必要だと。

八谷:
では日本にも非親告罪化とセットでフェアユース導入の可能性はあるのか?

福井:
フェアユース規定は、二次創作全般について何でも許すわけではないが、それなりにバランスのとれた基準。権利者に実害がない範囲で使用できる。さらにフランス、スペインはパロディ規定、二次創作規定があるから、それをクリアすれば使える。

米国は自国の著作権制度を他国に押し付けるが、1つだけ輸出しようとしないものがある。それがフェアユース

キム:
フェアユースについては要求する相手が違う。(日本から)米国に要求する性質のものではなく、文化庁や国内の政治家に、非親告罪化するならフェアユースを導入しないとバランスが取れない、と要求すべきものだと思う。

ここでまだ議論にあがっていない重要な点として、すべてのコピーに対して非親告罪化せよというわけではなく、「commercial scale(商業的規模)」という基準が付いている。その範囲において非親告罪を適用しようとしている。ただ、commercial scaleの基準があまりに曖昧で、そこが問題になっている。

津田:
コミケで『ワンピース』の同人誌を出すとなると、商業的規模ということになって適用されるのでは。

キム:
かもしれない。

福井:
補足。米国が輸出しようとしている非親告罪、TPPの要求項目では「非商業的なものを除く」という文言がない。米国内の制度では良いのだろうが、そのまま取り入れてしまうと、日本には非商業的なものを刑事罰の対象にしないという規定がないので、非商業的なものにも適用されてしまうのではないか。

キム:
米韓のFTAでは、商業的規模という基準を導入することで合意した。

津田:
韓国では、FTA非親告罪化したことで、一般ユーザの通報厨による通報が頻発して、個人ユーザの逮捕や損害賠償が増えていると聞くが。

キム:
韓国は制度としては導入することを決めているが、すべてのエンフォースメントについて非親告罪を適用しているかというと、実例としてはまだ少ないと思う。

境:
ここの議論では、誰も商業的作品のデッドコピーには賛成していない、むしろ摘発してくれという気持ちがある。ここで共有されているのは、二次創作についてもっと考えてもいいんじゃないかという考え。

デッドコピーと新たなクリエイションとしての二次創作、その違いはフェアユースでは守られていているが、日本ではあまり守られてはいない。だがその違いは大事。

キム:
非親告罪化、保護期間、法定損害賠償、すべての問題に共通しているが、米国側の要望はあるにしても、我々がローカライゼーションを見越した要求をし、導入に際してもどうすればよいかを考えねばならない。日本の文脈での『同人』は、米国のそれとは全く異なる。それを大事な文化、未来の二次創作であるという風に捉えたとしたら、交渉に入れていく、変えていくことができると思う。だがそういう議論が行われているのか。

津田:
Twitterより、ワンフェス(当日版権)はどうなるのか?という意見。会場に警察が乗り込めるのでは?

福井:
ワンフェスは明瞭に許可を出しているので、著作権侵害にはならない、非親告罪化しても逮捕はされない。問題になるのは、はっきり許可を与えたわけではないが、何となく処罰まではして欲しくない、というグレーなところ。

境:
ワンフェスは法的にはクリアだけど、許可を出している相手がいて、許可された場でしかできない。

キム:
慣習的には認められてきたのだから、同人側で協会を作って権利者たちと期間限定版権的なシステムを作っていく交渉もありでは?

境:
そういうシステムもありかも知れない。

八谷:
そもそも日本でフェアユースを作れるのか。米国はゆるく作っておいて、裁判で固めていく。日本は法律であらかじめ細かく決めるが、フェアユースはそういう法体系になじむのか。

福井:
国内でもフェアユース導入議論はある。激論で反対意見も多く、どんどん狭められて、背景の映り込みをクリアしましょうとか、それはフェアユースじゃなくてもいいんじゃという程度に。(津田:フェアユースとは言えない個別の制限規定が増えただけ。)それですら反対されている。

はじめから細かく規定するのであれば、そんなのはフェアユースではない。予想しなかったものが生まれてきたときに、そこから法律を作っては間に合わない。フェアユースは公正だと思われる大きな準則にしたがって、「とりあえずやってみる」をできるようにする。それを不公正だと思う人がいたら訴えて、裁判の中で結論を出しましょうというもの。

津田:
使い古された2ch用語で言えば、おkだろjk(常識的に考えて)というものはおkにしましょうと。

キム:
グレーの中から白を作り出すのがフェアユース

福井:
だが日本にそのまま導入される可能性はない。

境:
たとえ日本に導入されたとしても、裁判所がそんなに早くホワイトな判断をしてくれるのか。裁判所の判断は時間がかかる。そこが悩みどころ。

キム:
判例の蓄積によって安定性が担保されるのがフェアユースなので、最初の数年間は不安定、不確定な状態が続く。

境:
そこは英米法系と大陸法系の違いも関わってくる。

ここで非親告罪化の導入についてアンケート。結果は賛成5%、反対80%、わからない15%。

番組後半、非親告罪化についての質問があった。

質問
現状でも特許権意匠権、商標権は非親告罪となっている。それで問題はないのに、著作権はなぜ問題なのか。節度ある運用ならば問題ないのでは。

福井:
著作権には登録が義務付けられていない。世の中にどんな著作物があるかを調べたり、その著作者に連絡をつけることはかなり困難。さらに数が全く違う。その人の個性が表れたような表現ならばすべて著作物。誰しもが1日に1つ2つは生み出しているもの。我々の周りは著作物だらけ。数も多く、登録制度もない、連絡もつけづらいものを非親告罪とするのと、登録制度もある、数も少ない、連絡も取りやすいものとでは、インパクトは全く異なる。

捕捉

上記放送中の発言について、少し説明があったほうがよいかなと思った部分について捕捉をば。

非親告罪、TPPの要求項目では「非商業的なものを除く」という文言がない

米国著作権法においては、非営利目的での著作権侵害に対する刑事罰の対象は、日本に比べて極めて範囲が狭い。それゆえ、日本が非親告罪を限定なく、ないし緩い限定で導入した場合、米国に比べてより広範囲に刑事摘発可能になる。米国では一般ユーザによる軽微な著作権侵害は民事上の問題として処理されるが、日本では民事、刑事双方の責任を負う。登録制やフェアユースの有無に加え、刑事罰の対象が異なる日米では、非親告罪化の影響は大きく異なるだろう。

commercial scale(商業的規模)

非親告罪の対象を限定する「commercial scale(商業的規模)」であるが、キムさんが指摘するように、その定義はよくわからない。

日本における過去の非親告罪化議論においても、この「商業的規模」を基準として導入しようという動きがあった。2006年の知的創造サイクル専門調査会の資料(16頁)において

著作権等侵害のうち、一定の場合について、非親告罪化する。
「一定の場合」として、例えば、海賊行為の典型的パターンである営利目的又は商業的規模の著作権等侵害行為が考えられる。
営利目的の侵害行為は、その様態から侵害の認定が比較的容易であるとともに、他人に損害を与えてまで金銭を獲得するという動機は悪質である。また、営利目的ではなくても、例えば愉快犯が商業的規模で侵害を行った場合には、権利者の収益機会を奪い、文化的創造活動のインセンティブを削ぐなど、経済的・社会的な悪影響が大きい。

www.知的創造サイクルに関する今後の課題(PDF)

と説明されている。ここでの説明を見るかぎり、営利目的ではなくとも要件を満たしうることがわかる。少なくとも、愉快犯が含まれる程度には基準は緩そうなので、それなりの範囲をカバーするのではないだろうか。

なお、この知的創造サイクル専門調査会において、中山信弘委員は親告罪の導入について以下のように述べている。

 親告罪なんですけれども、これはちょっと考え直す必要があるのではないかと思います。ただ、結論的に言いますとどちらに転んでも社会はそれほど大きく変わらないだろうと思います。特許権は先年、これを非親告罪にしたわけですけれども、非親告罪にしたから何か変わったかというと全く変わっていないんです。というのは、強盗や殺人ですと警察がすぐ動いてくれますけれども、知的財産権侵害というのは基本的には民事の話ですから、うっかり警察が動くともう民事はすっ飛んでしまいますから民事不介入が大原則で簡単には動いてくれません。親告罪にしようが、非親告罪にしようが、ちゃんとした証拠を持っていて、こうこうこうですということを言わなければなかなか動いてくれないので、実際はほとんど影響ないのかなという気はいたします。
 ただ、著作権は特許と比べますと侵害の範囲が広いというか、あいまいな面が多いわけです。翻案などがありますから、どれが侵害かわからない。窃盗などの場合は窃盗犯は自分は窃盗をやっているということがわかっているわけですからいいんですけれども、侵害かどうかわからないというときに、しかも第三者が告訴をして、仮に警察が動いてしまった場合にどうなるのか。権利者の方は、これは黙認しようとか、まあいいやと思っていても、実は第三者が告訴をするという場合もあり得るわけです。特に著作権は近年では全国民的に関係を持っている法律になってきましたので、こちらの方は特許とはまたちょっと違って場合によっては弊害が生ずる可能性もあるのかなという気がいたします。
 確かに親告罪だと6か月という制限はあるわけですけれども、別に告訴をしておいて後から証拠を出してもいいわけですし、知的財産の場合はそれほど大きな問題はないのではないかと思います。それよりもむしろ何かマイナスの効果の方が大きいのではないかという気がいたします。以上です。

(中略)

関連で、今ここで大いに問題になっている海賊版ですね。これだけ考えると、私も久保利先生などがおっしゃるとおり(引用註:海賊版の摘発に効果がある)と思うんですけれども、微妙な事件がある。日本ではまだパテントマフィアみたいなものは余りいないんですけれども、著作権の場合はパテント以上に、先ほど言いましたようにあいまいなところがあるので、非親告罪にするともしかすると変なところで変なことが起きるのではないか。そちらの懸念がちょっとあるということをもう一度申し上げたいと思います。

知的創造サイクル専門調査会(第8回)議事録
グレー領域

福井さんが「(日本の同人界隈の発展は)フェアユースがない代わりに、グレー領域、グレーゾーンがその役割を果たしていたことが大きかった」とおっしゃっているが、これについては、福井さんの著作『著作権の世紀―変わる「情報の独占制度」』をご参考に。

終わりに

番組中でも少しふれられたが、非親告罪化によって別件逮捕はありうるのかという点は、私も懸念しているところ。短期的にというよりは中長期的に、いずれありうる問題だと感じている。次回は別件逮捕的な運用がありうるか、というお話をこれまでの事例から考えてみたい。

*1:筆者註:「発見」ないし「捜査」だろうか?ファイル共有における著作権侵害事件では、警察のサイバーパトロール中に発見された著作権侵害について、権利者に報告し告訴を受け摘発というケースは珍しくない。

施行から1年9ヶ月、ダウンロード違法化を振り返る―罰則導入議論は時期尚早では

先日、「MIAU Presents ネットの羅針盤」というニコニコ生放送の番組に出てきました。テーマは「徹底検証!違法ダウンロード刑事罰化」。視聴してくれた方、ありがとうございました。まだ見てないという方、ニコ動のプレミアム会員ならタイムシフトでどうぞ。

今回のエントリは、ネットの羅針盤に出たのはいいんだけどあんまりうまいことお話できなかったので出演のために用意しておいた資料(+補足)をここに上げておくよ、というお話。

ダウンロード違法化から1年9ヶ月、2年と経過せずして違法ダウンロードへの刑罰付与議論が進められているけれども、ダウンロード違法化の評価・検証が十分に行われているとは言いがたい。そこで、ダウンロード違法化とは何だったのか/何なのかを振り返ってみる。

ダウンロード違法化

2010年1月1日、改正著作権法が施行され、著作権法第30条1項3号にて、違法送信と知りながら音楽・映像ファイルをダウンロードする行為は、著作権法第30条で認められている合法的な私的複製とは認められない=違法な複製(違法ダウンロード)となった。

著作権法第30条
著作権の目的となつている著作物は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。[…]
3 著作権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画を、その事実を知りながら行う場合

ダウンロード違法化と利用者保護

ダウンロード違法化は、違法ダウンローダーだけに影響するものではなく、一般の利用者にも不利益を生じさせる可能性がある。そこで、ダウンロード違法化導入の議論が行われた著作権分科会 私的録音録画小委員会において、利用者・消費者が不利益を被らないよう配慮が必要だとされた。

1つは条文にも盛り込まれた「事実を知りながら」。これは、たとえ違法に送信されている音楽・映像ファイルであっても、違法送信と知らずにDLした場合には、責任は問われない、違法ダウンロードではないということ。

もう1つは罰則がつかないこと。同小委員会での議論では、刑事罰が科されることへの懸念の声もあったが、川瀬著作物流通推進室長は「あくまでも個人が個人で使うためにコピーをするということであれば、それは30条の範囲外かもしれないけれども、罰則の適用はないというのが現行法の規定」だとして、現行法の趣旨から違法ダウンロードに刑事罰は科せられないことを確認している。

この2つが、ダウンロード違法化が通った大前提となった。

また、ダウンロード違法化に際しては、消費者側の委員の反対に加え、パブリックコメントにて数多くの反対、懸念の声が寄せられたことから、政府、権利者による利用者保護策が必要であるとされた。

文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会報告書(平成21年1月)には以下のようにある。

2 利用者保護
小委員会では、意見募集で寄せられた利用者の不安・懸念に配慮し、中間整理に記載された利用者保護策に加え、次のような措置について検討された。これを踏まえ、関係者は必要な措置を実施することが必要である。

  • ア 政府、権利者による法改正内容等の周知徹底
  • イ 権利者による、許諾された正規コンテンツを扱うサイト等に関する情報の提供、警告・執行方法の手順に関する周知、相談窓口の設置など
  • ウ 権利者による「識別マーク」の推進

なお、イの措置に関連して、意見募集では利用者が法的に不安定な立場におかれるのではないかとの疑念が多く寄せられたが、仮に現実に民事訴訟を提起する場合においても、利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられるため、利用者が著しく不安定な立場に置かれて保護に欠けることになることはないと考えられる。

文化審議会著作権分科会報告書 平成21年1月

こうした利用者保護策は、ダウンロード違法化の際の付帯決議にも盛り込まれている。

政府及び関係者は、本法の施行にあたり、次の事項について特段の配慮をすべきである。
一 違法なインターネット配信等による音楽配信・映像を違法と知りながら録音または録画することを私的使用目的でも権利侵害とする第三十条第一項第三号の運用にあたっては、違法なインターネット配信等による音楽・映像と知らずに録音または録画した著作物の利用者に不利益が生じないよう留意すること。
 また、本改正に便乗した不正な料金請求等による被害を防止するため、改正内容の趣旨の周知徹底に努めるとともに、レコード会社等との契約により配信される場合に表示される「識別マーク」の普及を促進すること。

第171回国会閣法第54号 附帯決議

ダウンロード違法化が施行されてしまったのは残念なのだが、上記のような利用者保護策が必要だとされたことは評価したい。ただ、政府や権利者に求められた利用者保護策が、どの程度履行されているのだろうか。

ダウンロード違法化の周知徹底

私的録音録画小委員会報告書ならびに付帯決議では、ダウンロード違法化についての周知徹底に努めるよう求められている。政府、権利者はどのような活動を行なっているのか。

政府による広報

政府広報番組を通じて、ダウンロード違法化のアナウンスを行なっている模様。

テレビの政府広報番組の多くは、平日の昼ごろに放送している印象があり、視聴できる人は限られているように思える。しかも調べてみれば、事業仕分けでほとんどの政府広報番組が2010年3月末までに終了している。一応、ダウンロード違法化の施行後ではあるが…。また、ウェブ上の「政府インターネットテレビ」にてダウンロード違法化の広報はあるものの、ウェブの性質を考えると、知ってる人しか見ないだろう。いずれも周知徹底のための施策として十分とはいえないのではないか。

権利者による広報

ネタとして最も注目されたのは、日本レコード協会のウェブキャンペーンだろうか。

はじめに、Twitterで音楽愛と著作権法第30条を呟こうというキャンペーンが行われたのだけれど、これはレコ協のサイトにTwitterのIDとパスワードを入力しなければならないというどうしようもない設計だったため、早々に終了。

続いて、著作権法第30条1項3号読上げコンテストなるキャンペーンが行われた。

2010年1月に施行された改正著作権法の第30条1項3号の規定によって違法なインターネット配信による音楽や映像であることを知りながらダウンロードして保存することは、個人的に楽しむ目的であっても違法(権利侵害)となりました。この「違法配信からのダウンロード違法化」を多くの皆さんに知ってもらうために「著作権法第30条1項3号読上げコンテスト」を実施いたします。これは著作権法30条1項3号を皆さんに個性豊かに読上げていただきその映像を応募してもらい「最も印象に残る」読上げを選出するものです。

応募者の読上げ画像は当協会会員レコード会社4社のアニメーション部門の担当者などによって構成される選考委員会によって印象に残る10名を選びます。10名の応募画像はキャンペーンサイトで公開され、一般の投票によって最も投票数の多い方を優秀者に選定します。

キャンペーンについて | LOVE MUSIC 〜未来につなぐ音楽愛〜

戦場カメラマン 渡部陽一、ナレーター 窪田等、声優 林原めぐみ子供店長 加藤清史郎、DJ クリス・ペプラーら著名人による朗読もサイト上で公開され、若干話題になった(リンク:音が出ます)。

林原めぐみさんが「著作権法30条」を読み上げる! 不思議な動画に戸惑いの声 - はてなブックマークニュース

コンテストはどうだったのかというと、「たくさんのご応募をいただき、ありがとうございました」とはあるものの、全応募作品が6作品とほとんど応募がなかったことが伺える。ところでこれ、一般投票あったのかな?

林原めぐみの朗読がシュールだということで多少は話題になったものの、ただし特定クラスタに限るネタであったことからも、周知徹底のお題目に適っているかは疑問。

これらのキャンペーン以外にも、パンフレット、ポスターを学校に貼り出したり、上映前に嫌でも見せられる「NO MORE 映画泥棒」の最後にもダウンロード違法化について加えられているそうだ。

ダウンロード違法化に便乗した不正な料金請求

付帯決議では、ダウンロード違法化に便乗した不正な料金請求を防ぐためにも、改正内容の周知徹底が求められているのだが、実際にダウンロード違法化に便乗した詐欺事件があったこともおさえておかねばならない。

ロマンシング詐欺事件

これは、やや込み入った事情もあるのだが、違法ダウンロードを口実に不正に金銭を請求した事件である。2010年3月、株式会社ロマンシングを名乗る会社が、実在のビジネスソフト、PCゲームに偽装/埋め込んだウィルスをWinnyやShareネットワークにばら撒き、インストールしようとしたユーザの個人情報を収集、それをウェブサイト上に公開した。ロマンシング側は、公開している情報は違法ダウンロードの証拠であるとして、削除してほしければ、権利者の代理人であるロマンシングに、違法ダウンロードの和解金を支払うよう被害者に求めた。ロマンシング側は、ビジネスソフト、PCゲームの権利者の代理人を騙っていたが、一部のメーカーがこれを公式に否定していた。また、ロマンシングはこれ以前にも同様の詐欺行為を行なっていた。

2010年5月、上記の事件に先立つ2009年11月の同様の不正請求事件に関与していたとして、ロマンシングの役員とウィルス制作者の2人が詐欺容疑で逮捕され、同年9月に役員に対する有罪判決がくだされている。

摘発されたのは2009年11月の事件に関してであるが、2010年3月に同様の手口で、しかもダウンロード違法化を口実にした詐欺が行われたのも事実である。個人情報を立てにした恫喝という部分もあるが、違法ダウンロードに便乗した不正請求である。著作権分科会報告書では、ダウンロード違法化に際し、利用者保護のため「警告・執行方法の手順に関する周知、相談窓口の設置」を権利者に求めている。その周知が不十分であるがゆえに、このような詐欺に利用された側面も否めない。

被害にあった方は、おそらく不正なダウンローダーであったことは想像に難くない。しかし、違法ダウンロード導入以前から懸念されていた不正請求に利用されたという事実は重く捉えられなければならない。しかし、この件について、ダウンロード違法化を推し進めた側から、何らかの対処が取られた形跡はない。

ダウンロード違法化の認知率

ダウンロード違法化について周知徹底が求められている以上、その認知率についてもきちんと把握して置かなければならない。これについての公的な検証は行われていないようだが、民間の調査を見るかぎり、周知されているとは言いがたい。

アイシェアの調査

若者のモラルについて10代、20代のネットユーザーを対象にした調査(2010年3月実施)で、ダウンロード違法化についての設問があった。その結果、全体で60.1%が「知っている」と回答している。男性で63.6%、女性で53.8%、10代で45.3%、20代で62.0%が「知っている」と回答。10代のサンプルが少ないので、誤差は大きそうだが、10代の半数程度はダウンロード違法化について「知らない」という結果。

オリコンの調査

オリコンは中・高校生〜40代を対象にダウンロード違法化等に関するインターネット調査を実施(2010年1月実施)。調査の結果、「知っていた」と回答したのは全体の51.6%。この調査は施行直後に行われたものだが、ここでも国民の半数近くが知らないという結果に。

日本レコード協会の調査

日本レコード協会が昨年8月に実施し、今年3月に公表した「違法配信に関する利用実態調査」において、ダウンロード違法化の認知度についてデータを収集していたようだ。同調査のレポートには認知率についての記載はないが、文化審議会著作権分科会法制問題小委員会ヒアリング(2011年7月7日)の際にレコード協会が提出した資料(PDF)によると、同調査では「10代・20代の若年層の法改正認知率は55%」との結果が得られたとある。また、同資料では「法改正の認知率が55%と高い結果が出た10代・20代」とあることから、他の世代ではより低い認知率であったことが伺える。

これらの調査はいずれもインターネット調査であることも考慮すべき点である。調査の結果から推測するに、国民の半数近くがダウンロード違法化を知らない、と言えるだろう。

識別マークの推進

レコード会社・映像製作会社と契約を交わし、正規に配信を行なっているサイトに、エルマークという識別マークが表示されている(エルマーク発行先一覧:PDF)。国内音楽配信・着うた配信サイトや、Gyao、アニメワンなどの動画配信サイトに表示されている。なお、iTunes StoreYouTubeには表示されていない。

ただこのエルマーク、表示されていれば正規配信サイトだとわかるだけで、表示されていないサイトについては、違法配信なのか合法配信なのかわからない。ダウンロード違法化において重要なのは、合法配信がわかることではなく、違法配信を見分けることである。エルマークがついていないサイトで、ユーザはどのように判断すべきか、そのための仕組みや啓蒙・教育が必要なのであって、エルマークがあればいいということはない。

YouTubeには、国内のミュージシャン、レーベル、マネジメントが多数公式チャンネルを開設し、ミュージックビデオなどを配信している。おそらく、国内で最も音楽を聞くために利用されているプラットフォームだろう。しかし、エルマークは表示されていない*1。レコード協会はエルマークが付いているサイトは安心です、というが、そのメンバーはエルマークのない安心できないプラットフォームに多数のビデオをあげている。この矛盾はどう解釈すれば良いのだろうか。

また、エルマークがカバーする合法コンテンツは、日本のレコード会社・映像製作会社のコンテンツに限られており、合法コンテンツ全体に対するエルマークのカバー率は低いように思われる。

ダウンロード違法化導入について議論が行われた2007年6月27日の著作権分科会私的録音録画小委員会にて、日本レコード協会の代表はこのカバー率について以下の回答をしている。

(中山主査)私から1つ、よろしいですか。理念はよくわかるのですけれども、現実問題として今年の秋に音源のすべてについてこれが可能かどうか。あるいは、音源としてレコード協会に入っている会社とインディーズだけでいいのかどうかという。どれくらいカバーできるかという点についてお伺いしたいのですけれども、現実にどれくらいカバーしているかという点はどうでしょうか。

(畑氏)ご質問の趣旨は、レコード会社が適法に配信するコンテンツとその他法的に合法なものを含めたカバー率ということかと推察いたしますけれども、これは例えば、個人が自分で作って自分で配信するような音源も適法という中には含まれてくるというご趣旨かと思います。今回のスキームでは、当初そこを対象にして詰めていくということは難しい部分がございますが、そのような今回のマークのスキームではカバーできない範囲について、今後どのように対応していくか。これについては今後のテーマとして検討してまいりたいと考えております。

文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会 (第6回)議事録・配付資料−文部科学省

果たして本当に検討されているのだろうか。

今年5月に実施された「動画サイトの利用実態調査検討委員会」による調査によると、動画サイトにおいて視聴するジャンルとして「個人や映像クリエイター等が趣味で
作曲・編集・制作したと思われる作品」が「邦楽」に次いで第2位*2につけており、動画サイト利用者の4割近くが視聴しているという。また、視聴時間についても、邦楽に次ぐ第2位となっている。

今後は、識別マークではカバーできない合法コンテンツがますます増えていくだろう。しかし、違法ダウンロードへの罰則導入等規制強化により、利用者が萎縮することで、健全な合法コンテンツ、合法ダウンロードが阻害される可能性もある。利用者に与える萎縮効果についても、適切な検証が行われなければならない。

違法ダウンロードの立証問題

文化審議会著作権分科会会私的録音録画小委員会報告書(平成21年1月)では、「仮に現実に民事訴訟を提起する場合においても、利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられるため、利用者が著しく不安定な立場に置かれて保護に欠けることになることはないと考えられる」としているが、未だ権利者側から違法ダウンロードについて民事訴訟を提起するには至っていない。

違法ダウンロードについては、「違法送信されているコンテンツがダウンロードされたことをどうやって立証するのか」「ダウンローダーが違法送信されている事実を知っていたことをどう立証するのか」という問題があるのだが、訴訟が起こされていない以上、これについては不確定である。この辺りがクリアにならなければ、今後も「利用者が著しく不安定な立場に置かれて保護に欠けることになることはない」とは言いがたい。違法送信の事実を知らなければ、違法ダウンロードにはならないと言っても、その要件が明確でなければ、たとえば「エルマークのついていないサイトからDLした」という理由で違法送信の事実を知っていたはずだ、と主張される懸念も払拭できない。

「権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行う」ことが、利用者への配慮であるとも解釈できるが、実際に警告スキームとして手続きが公表されているのは、CCIF(ファイル共有ソフトを悪用した著作権侵害対策協議会)くらいなものだろう。

CCIFは、Winnyネットワーク内にて違法ファイル共有を行なっているユーザに対し、ISP経由で啓発メールを送付する活動を実施している。このスキームは一部通信の秘密に抵触する部分もあるのだが、ファイル共有そのものが過度に帯域を圧迫し、通信速度や通信品質に支障きたす原因となっているという事情に加え、「特定のP2Pファイル交換ソフトによる著作権侵害行為があった場合において,一定の範囲の著作権者からの連絡を端緒として,当該送信者に対して啓発を実施する場合には、一般的には正当業務行為として判断される可能性が高い」、よって違法性阻却事由が認められうるとしている。

このような啓発スキームはあるものの、この仕組はWinnyネットワークにおける違法ファイル共有(違法アップロード)に関わるもので、違法ダウンロードにも対応しているとは思いがたい。また、警告を発する権利者側が侵害ユーザの情報をISPから収集できるか否かについては明示されてはいないが、啓発が目的とされていることからも、個人を同定しうる情報が共有されているとも思えない。IPアドレスが変わってしまえば当該のユーザが以前に啓発メールを送付したユーザかどうかはわかりようがないのではないか。

いずれにしても、違法ダウンロードについて警告を送るすべがない、または複数回の違法ダウンロードについて権利者側は確認できていないスキームであれば、「事実を知りつつ」違法ダウンロードをしたか否かを判断するには不十分である。

P2Pファイル共有以外でも警告スキームはあるのかもしれないが、周知されてはおらず、また、プロバイダ責任制限法のガイドラインから推測するに、違法アップローダーへの警告に限られるのだろう。プロ責法ガイドラインでは、情報発信者に関する情報開示については定められているが、情報受信者(ダウンローダー)については定めがない。これについては、受信者の情報開示を求める裁判を複数経て、そこから新たなガイドラインを構築していくより他ない。

つまり、権利者側が違法ダウンローダーを特定するプロセスは未だ構築されておらず、また意図的に違法ダウンロードしたことを立証する術もない。違法ダウンロードへの刑罰の導入が求められる背景には、この辺の配慮や手続きが面倒くさいので警察に責任を丸投げしてしまいたい、という思惑もあるのかもしれない。

ダウンロード違法化による抑止効果

ダウンロード違法化に効果はなかった、という権利者側の声はあまり聞こえてはこないけれども、ダウンロード違法化後も違法ダウンロードは増えているという意見はしばしば見かける。実際にそうなんだろうか?

ダウンロード違法化後のP2Pファイル共有

これまでネット上の違法流通の巣窟という扱いを受けてきたP2Pファイル共有では、ダウンロード違法化の施行後、ユーザ数は大幅に減少した。

ネットエージェントのノード数調査から、2006年以降P2Pファイル共有人口が減少傾向にあったことが見て取れるが、ダウンロード違法化により一層の落ち込みが見られた。

ダウンロード違法化直前のShareユーザ一斉摘発によっても、ファイル共有ユーザの減少が示されているが、ダウンロード違法化の施行によっても大幅に減少している。これはネットエージェントの調査のみならず、ACCSのノード数調査でも同様の傾向が示されている。


ACCS 第9回「ファイル共有ソフト利用実態調査」より抜粋

いずれの調査からも、日本では代表的な2つのP2Pファイル共有ネットワークにて、ダウンロード違法化を契機に、ユーザ数の減少傾向が伺える結果が得られている。この件の考察については、以下のエントリもあわせてどうぞ。

「ダウンロード違法化」の効果と減少を続けるP2Pファイル共有ユーザ - P2Pとかその辺のお話@はてな

動画サイトにおける違法ダウンロード

昨今、日本レコード協会ら権利者団体から、動画共有サイトが違法ダウンロードの温床となっていると指摘されており、ダウンロード違法化後も違法ダウンロードは増え続けていると主張されてもいる。確かに動画サイトからのダウンロードが増えているのかもなぁという印象はあるのだが、実際に増えているかどうかは、調査等からは見えては来ない。むしろ、日本レコード協会が関わった調査を見ていると、動画サイトからの違法ダウンロードは大幅に減少しているように思える。

違法配信に関する利用実態調査

日本レコード協会2010年8月に実施し、2011年3月に公表した「違法配信に関する利用実態調査」。この調査では、ネット調査によるアンケート結果から、違法"等"ダウンロードは年間約43.6億ファイルであると推定された。この調査の報告書では、43.6億ファイルの内訳は明示されなかったが、今年7月7日に開かれた著作権分科会法制問題小委員会に提出された資料内で明らかにされている。

日本レコード協会の調査では、動画サイトからの違法ダウンロードは年間25.3億ファイルであると推計されているようだ。

「動画サイトの利用実態調査検討委員会」報告書

日本レコード協会が事務局を務める「動画サイトの利用実態調査検討委員会」の調査でも、動画サイトからの違法ダウンロード数が推定されている。こちらは、ネット調査と郵送調査の結果から算出された。

この調査は、上記レコ協の調査から9ヶ月後の2011年5月に実施された。同調査によれば、動画サイトからの推定違法ダウンロード数は、年間12.0億ファイルであるという。

レコ協調査は盛りすぎ?

わずか9ヶ月間で動画サイトからの年間違法ダウンロード数が13.3億ファイル減少したわけだが、その理由は、後者の調査がより詳細に推定しているというところだろうか。前者の調査では違法"等"ダウンロードなどという紛らわしい言葉を使っていたが、後者の調査ではその「等」(違法ダウンロード以外=正規配信)を除外するようデザインされている。レコ協調査における「違法"等"ダウンロード」の「等」が如何に多かったかが伺える。しかも、その数字を違法ダウンロードへの罰則導入のために使っているというのだから嘆かわしい。

それでも、年間12.0億の違法ダウンロードは相当な数であることは間違いない。ただ、この数字を理解する上では、違法ダウンローダー全体の5%程度のヘヴィユーザが、この12.0億ファイルの6割から7割を占めているということも理解しておかねばならないだろう。

違法ダウンロードの利用意向について

こうした違法ダウンロード推計値の時系列変化によってではなく、ユーザへのアンケートから「ダウンロード違法化を知りつつも、今後も違法ダウンロードを続ける」という回答が得られているために、今後も違法ダウンロードは増えていく可能性がある、と考えることもできる。

ただ、ダウンロード違法化の施行が迫っていた2009年9月に実施された第8回「ファイル共有ソフト利用実態調査」では、著作権法改正の認知率が65〜80%程度と比較的高い現役ファイル共有ユーザたちは、今後は利用しない、利用は減るだろうとの回答を寄せている。

著作権法改正により、現在利用者の今後のファイル共有ソフトの利用意向をみると、「利用をやめようと思っている」と回答したのは全体の13.6%、「継続利用は減ると思う」は30.7%で、4割以上が改正により利用意向の変化がみられる。なお、「今まで通り利用したい」も2割を超えている。

ACCS 2009年度「ファイル共有ソフトの利用に関する調査」(PDF)

ファイル共有ユーザにとってダウンロード違法化は関心の高い出来事であったために、比較的認知率が高かったのだろう。P2Pファイル共有と動画サイトからの違法ダウンロードを同一視することはできないが、ダウンロード違法化の認知率が今後の利用意向にしている可能性もある。

まとめ

  • ダウンロード違法化に伴う利用者保護策が十分に履行されているとは言いがたい
    • ダウンロード違法化の周知徹底は不十分
    • 識別マークだけではカバーできない合法ダウンロードの問題
    • 違法ダウンロードの立証要件が未だ不明確
  • ダウンロード違法化およびその効果についての評価、検証が不十分

私は、ダウンロード違法化にも、違法ダウンロードへの罰則導入にも反対の立場をとっているので、このような議論を展開してきたが、別の見方もあってしかるべきだとは思う。しかし、それもなされぬうちに、性急に罰則導入を進められている。

特に、年少者による違法ダウンロードが深刻だとの主張が、罰則導入を求める理由に含まれているのを見るにつけ、ならば教育や啓蒙こそが必要とされているのだと思う。彼らを逮捕すれば万事解決などという安易な結論は、年少者に対する責任から、社会が逃れているだけにすぎない。

教育や啓蒙のために必要とあれば、CCIFのような啓蒙スキームを拡充し、WinnyP2Pファイル共有以外にも適用できるようにすべしという議論もやぶさかではない。年少者による違法ダウンロードが多いというのであれば、保護者と共に年少者への教育、啓蒙することが必要なのだろう。

違法ダウンロードがもたらすネガティブな影響は否定できないと思う。と同時に、規制強化による社会、利用者へのネガティブな影響も最小限に抑えねばならない。そのための議論をきちんとやっていきましょうよ。

告知

来る10月1日、MIAUが「現代ビジネス×MIAU 違法ダウンロード刑事罰化を考える」というシンポジウムを開催するとのこと。残念ながら私は見に行けないのだが、賛成、反対問わず、このテーマに関心のある方は足を運んでみてはいかがでしょか。

MIAU : シンポジウム「違法ダウンロード刑事罰化を考える」開催のお知らせ

ニコ生で放送されるようなので、当日都合がつかない方、遠方にお住まいの方も。

現代ビジネス×MIAU 違法ダウンロード刑事罰化を考える - ニコニコ生放送

それともう1つ告知。最近、@kskktkポッドキャストを始めました。最新回は「ダウンロード違法化スペシャル」と題して1時間近くあーでもないこーでもないとお喋りしていますので、ご聴取いただければ幸いであります。

*1:違法にアップロードされたビデオも多数あるので、エルマークをつけることはできないんだろう

*2:ウェブ調査で38.3%、郵送調査で38.0%