オンライン音楽配信だからってゼロコストなわけじゃないんだよというお話

TechCrunchのMichael Arringtonなんかはしょっちゅう、もはや有料音楽配信など不毛だ、限界減価ゼロじゃないかみたいなことを言ってるけど、あの前提としてあるのは、誰もがコピーできること、それをブーストするBitTorrentをはじめとする違法ファイル共有ってのがあって、現在はそうやって誰しもがコンテンツを勝手にコピーする時代であり、それに課金したところで見向きもしてくれないだろうってことなんだと理解している。ただ、それはコピーが管理されることなく、どこからでもコピーされるという前提があってこそであり、コピー(課金)を管理しつつ、商用配信するケースの話じゃないだろう。
じゃあ、商用音楽配信はどうかっていうと、確かに旧来の流通コスト(配送、店舗管理)や物理メディアの製造コストはかからないんだけど、新たなコストがかかるようになる。流通に関して言えば、店舗にかかるコストの代わりにカード会社に対する決算コストや、サービスの運営コスト、配送コストの代わりに配信(デリバリー)コスト*1とか。
もちろん、圧縮できる個所があるからこそ、多少は安価に提供できるんだけど、どうしたって限界はある。ユーザの感覚でいえばコピーなんてタダ、なんだけど、それを事業として開始しようとなれば、膨大なコストがかかることは理解できるはず。著作権関連の契約は別としても、配信事業として具体的にどういう要素が必要になるか、ってことを考えると、相当大変だと思うよ。特にメジャーレーベルのコンテンツを配信するに当たっては、そうやすやすとは折れてはくれないわけで*2、結局は配信事業者のコスト削減を迫られることになる。そのうえDRMかけろだなんだ言われて、さらにコストは増す。

iTSで販売される楽曲の内訳

iTSの内訳って、iTS自身明らかにしてないよね?だから、よくわからないんだよなぁ*3。各所でいろいろな数字があげられているけど、実際Appleがどれだけいただいているか、どのように分配されているかは記事によってマチマチだったりするし。ある記事ではAppleはすごいぼったくってるって言われているんだけど、別の記事だとそれほどでもない、結構きびしそうだなというレベルの記事まである*4
ITmedia News:「デジタル音楽の売り上げ搾取」でアーティストがSony Musicを提訴
アメリカの例だけど、この辺の記事なんかが参考になるかなぁ。「Sony Musicは1曲当たり70セントの売り上げ」ってことで、99セントで配信しているiTSは1曲あたり30セント程度がAppleの取り分ってところなのかな。もちろん、コストも込み込みで。

オンライン音楽配信サービスの価格比較は難しい

どこどこはこれくらいの価格で提供しているじゃないか、なぜiTunesは99セントなんだ!という指摘もあるかもしれないけど、単純に比較できない部分が多い。たとえば、アラカルトかサブスクリプションか、メインコンテンツがメジャーかインディペンデントか、大規模な音楽配信か小規模な音楽配信か、サービスの品質を向上させるかユーザに我慢してもらうか、DRMか非DRMか、1曲あたりのビットレート(サイズ)を高いものとするか低いものとするか、とか、それぞれのケースでコストのかかり具合は異なるだろう。
たとえば、eMusicは1曲あたり25セントで楽曲を提供しているけど*5、あれはサブスクリプションサービスであり、おもにインディペンデントだからこそ、コストを大幅に圧縮できている部分もある。さらに極端な例を出すと、Allofmp3は一番金がかかるところを圧縮できたからこそ、あれだけのカタログをあの価格で提供できたといえる。サービスの品質自体もかなり悪くてストレスフルだったみたいだしね。
あとイノベーティブな音楽配信の例としてRadioheadNine Inch Nailsが挙げられたりもするけど、彼らはレーベルに属さず、原盤をみずから作成し、著作権を保持したままだからこそ、自由な販売形態をとることができたといえる。レーベル、流通を大幅に中抜きできた、といっても、その分彼ら自身がその役割を負担しなければならなくなる。特に効果的な(つまり金をかけた)プロモーションを行うことができない、というのはインディペンデントにとって非常に悩ましいところだろう。ただ、彼らは既存のユーザベースを、認知度を、人気を利用することで、無料のパブリシティーを得ることができ、それによってプロモーションにかかる費用を(おそらくはほぼ)ゼロにすることができたのだろう。
つまり、削れるコストというのは、それぞれのサービスによって違いがある、ということだろうか。もちろん、上記ITmediaの記事であったり、Heatwaveの山口洋の件The Boomの件などのように印税等の契約に絡む分配の問題などもあり、コスト以外の部分、分配の部分でも問題が残っていることも考えるべきことだろう*6

あんまり喜べる話じゃない?

さてさて、結局、物理メディアからデジタルディストリビューションへのシフトといっても、ある程度はコスト削減が可能だったりもするけど*7、それにも限度がある、というなんだか身も蓋もない話なんだけど、個人的にはこうしたシフトは意味あることだと思っている。
こうしたシフトによって最も恩恵がもたらされるのは、インディペンデントな、これまでの音楽世界の中でほとんどパワーを持たなかった人たちにだと思っている。かつて、そうした人々が自らの音楽をより世の中に知らしめるためには、カセットテープをたくさん作ったり、CDを焼いたり、どうしたって物理的なメディアに頼らざるを得なかった。もちろん、ライブだってできるがそれだって時間と場所という制約が存在する。経済的、時間的、地理的な制約を超える、その点においてレーベルは強いパワーを持っていたのだと思う。
しかし、そういった環境を変えたのがインターネットであり、付随して登場してきたWebサービスだろう。より低コストで自らの作品を公表できる、そんな時代になりつつある。Jamendoを見てみるといい。そこには5000を超えるアーティストが自らの作品を是非とも聞いてくれ、という熱狂が渦巻いている。公開されているアルバムの総数は8,500枚を超えた。そのすべてが無料で提供されている。
ただ、レーベル・流通・著作権による他者からの縛りがないためにメジャーなアーティストにアドバンテージを持っているとしても、プロモーションの不足、膨大な数の自分と同じ境遇のアーティストたちとの熾烈な競争という現実もある。経済的な限界には変わりはないし、新たに手に入った機会は誰しもに平等に与えられているのだから。
その機会を成功に変えられるかどうか、というところまでは保証されてはいないものの、それでも彼らには自らの存在を、作品をアピールするためのツールが開かれている。少なくとも、それは劇的なほどにコストを必要としなくなった。私はその状況をこそ、喜ばしく感じている。

*1:サービスの品質を保つ必要もある

*2:レーベルだってアーティスト、楽曲に対して多額のコストをかけているし

*3:信憑性の高いソースがあれば教えていただきたい

*4:それでもAppleiPodを売るためにという目的があるので、iTSが多少きびしくても問題はないんだろうなぁとは思う。儲かってたら言うことなしだろうけどね。

*5:最も高額のプランで

*6:思いついたのがたまたま全部Sonyだったってだけで、意図的にこうした事例を並べたんじゃないよ

*7:今後も多少は改善していく部分もあるだろう