アニメのファンサブのお話

GONZOがネット配信用につけた英語字幕がそのまま流用されているだけで、かえってファンサブ事情は悪化している模様。海外ファンの良心とやらを信じたGONZOが不憫でならない。違法アニメを無料で楽しむことに慣れてしまったファンは、もうその快適さからは抜け出せないのだろう。これからアニメのDVDを買ってもらうには、こういったコアなファンではなく年に数枚程度DVDを買うようなライトファンを中心に訴えるのがベターな気がする。

GONZOがカワイソウすぎる件 - masa masa blog

うーん、個人的には訴えて何とかなるものなら、音楽産業はもう違法ファイル共有に悩んではいないだろうなぁと思うので、現状を変えるためには別の手段が必要かなぁと思うわけです。その辺に関して、アニメファンサブについて思うことを少し書いてみようと思う。
なお、ここではファンサブの存在についての良し悪しについては言及せず、機能的な側面のみを扱う。日米で比較して相対的にどちらがひどいとかいう話は、あまりにナンセンスなのでここでは言及しない*1。ここでいうファンサブはその黎明期(VHSトレードの時代)ではなく、インターネットの時代以降のインターネットベースでのファンサブを指すことにする。

市場の開拓

ファンサブが生み出した功の部分ってのは、、熱心なファン層を作り出し、コミュニティを形成したことにある。
企業の側がプロモーションによって同等のファン層を作り上げる、というのはおそらく至難の業だろうし、そもそもそのコストに見合うだけの利益があげられるとも思い難い。その地域においては、無の状態に近いコンテンツを持ち込み、ローカライズしてリリースすることで、さまざまな障壁を取り除く。少なくとも、そうしたコストを支払わなければ該地域の人々にもリーチャブルなものとはならない。さらに、そこからより人々にリーチしてもらうためのアプローチが必要となる。
既に存在しているからこそそういった機能は軽視されるのかもしれないが、熱心なファンを作り出し、それを維持するという機能自体は非常に重要だろう。こういった層は何をしてあげなくても「勝手に」自分の好きなものをより多くの人に広めようとするので、ファン層の拡大にも寄与することになる。そうしてコミュニティが形成されると互いに刺激し合い、より熱心に、より結束の固いコミュニティへの突き進んでいく。それがさらなるファンサブ活動へのモチベーションとなる。
こうしたコアとなるファン層は、たとえ一度視聴したとしても、より高品質なものを求める、といった層だろう。わかりやすい例を出すと、あるシリーズを1話残さずHDDレコーダーにて録画して、DVDなりBlu-rayにて保存していたとして、それでも製品としてリリースされるDVDやBlu-rayを購入する層が少なからず存在するだろう。それと同じことだと私は考えている。
権利者側としては、こうした活動は確かに市場を作り出すという目的は達成してくれるのだが、その手段を肯定することはできない、というもどかしさが存在するだろう。確かにファンサブ界隈には、当該地域において正式にライセンスされたコンテンツに関してはリリースを停止する、という暗黙のルールが存在しているが、現在ではそうしたルールはよほど律儀な人たち以外には守られていないという現状がある。*2

ファン層の拡大

こうしたコミュニティは閉鎖的であったり*3、一般の人が入り込むには多少のwarez的な知識を有していなければなかなかに踏み込めない領域であった。その面倒さを乗り越えるには、ある程度の事前知識があるか、若しくはよほどの情熱があるか、のどちらかで。
しかし、そういった事情を一変させたのが、P2Pファイル共有だと私は考えている。これは、ファンサブに限らずではあるが、P2Pファイル共有はそれまで面倒だったファンサブの入手を非常に容易なものとした。そして、BitTorrentが登場、普及したことで、それがさらに加速した。こうした入手までのハードルが引くまったことで、それまでリーチできなかった層にもリーチすることができるようになったと私は考えている。つまり、入手までのコストの低下が、それまでとりこぼしていた層にもリーチすることができるようになった、というところだろうか。
そうした状況は外から見れば、人気の増大、市場の拡大とも見えるのだろうが、濃度によって区別すれば、濃いコアの部分がやや大きくなった程度なのかなと。主に拡大したと思える層は、その周辺に付随してできたライトファン層ではないかと推測される。

コミュニティ機能の拡散

以前にも言及したが、ファンコミュニティは時間とその人気によって変容する。おそらくファンサブも同様であろう。伝統的な「コアとなる熱心なファン層」は、自国でライセンスされていないコンテンツをファン同士が楽しむために、という理由でファンサブをせっせとリリースし続けているのだろう。ライセンスされたら提供を停止する、という暗黙の了解はそうした部分を反映しているのだと思われる。
しかし、ライトなファン層はそうではない。もちろん熱心なファンとライトなファンといっても、「連続的な」ものであってその明確な境界は存在しないのだろうが、それでもライトなファンは「見れればいい」という動機に基づいているところがあるだろう。購入するほどではないけど、見れるなら見たい、という感じだろうか*4
こうした全体としてのファン層を考えると、一般的には少数のコア、そして大多数のライト層という構成になっているだろう。ファンサブを求めるデマンドとしては、コア層の熱意が最も強いのだろうが、絶対数としては数に勝るライト層のデマンドのほうが多い。ファンサブを供給する側としても、こうしたデマンドの変化に対応するようなところも出てくるだろう。つまり、それまでの不文律「ライセンスされたコンテンツを供給しない」を侵すところも出てくる、ということ。また、ファイル共有という誰しもがコンテンツを提供できる窓口ができたことが、こうした不文律のコントロールを失わせることにもなっただろう。
ただ、話はそう単純なものではないと思える。

ファンサブ品質の変化とファン層の新陳代謝

ファンサブ人気が依然衰えることがないにもかかわらず、ライセンスされ正規に販売されるDVDの売り上げは低下を続けている。その理由として、ファンサブ品質の変化とファン層の新陳代謝があるのではないかと考えている。
ファンサブ品質の変化というのは比較的理解しやすいものだと思われる。単純に、提供されるファンサブの品質が向上したことで、求める品質に達した人たちが増えたということ。提供されるファンサブの画質が向上し、さらには正規DVDのISOまで流れている状況においては、「ただ見れればいい」という層だけではなく、「きれいな画質で見たい」層の需要をもかなえることになる。そういった状況は熱心なファン層の外縁にも食い込むものかもしれない。
また、こうしたコミュニティは抜ける人もあれば新規に入ってくる人もいる。現状では、かつての暗黙の了解などは一部の律儀な人たちが守っているに過ぎず、大半の人々はそういったことはお構いなしにコンテンツを入手し楽しんでいる。抜けていく人は、守っていたにせよ、守らなかったにせよ、一応そういった暗黙の了解があったことは理解していただろう。しかし、新たに入ってくる人々はそういったことを知ることもなく、高品質のファンサブを入手する。欲しいものはだいたい手に入る、そういった視聴習慣が身についてしまう。もちろん、こうした視聴習慣が身に付いていくのはコアなファン層に限ったことではないだろうが。

視聴習慣を変えろ

視聴習慣というのは結構染みついたらとれないもので、いかにこっちは合法的ですよ、という低品質のものを提供しようとも代価されるものではない。それを乗り越えるためには、いずれにしても同等のものを配るか、「何かしらの」品質が向上したものを提供するしかない*5。もちろん、品質といっても、海賊行為と完全に同じ土俵で戦う必要はなくて、画質としては一瞥して見劣りするものでなければ十分だろう。それよりむしろ重視されるべきは、コンテンツへのアクセシビリティの改善だったりするのよね。ファンサブ海賊版へのアクセシビリティは以前ほどには面倒さは伴わなくなったものの、それでも面倒な部分は存在する。少なくとも、そうした部分では勝ち目はあるんだけど、それ以上の面倒さをかけていれば、確実に負ける。
たとえば、GONZOがコンテンツを公式にYouTubeやCrunchrollなどに提供したとしても、画質が明らかに劣り、探すまでにコストを要するようでは、即座にファンサブユーザ全体を変える、というのはやはり難しいだろう。

おわりに

なかなか結論の出しにくい話だけれど、ファンサブ事情って結構複雑なように思える。もともとが市場のないところに、ファンが基盤となってコミュニティを作り上げているわけだから、単純につぶしてしまえ、といえるものでもない。もちろん、ファンサブ以外のところで盛り上がっているシーンもあるはあるのだろうが、アニメコンテンツの最前線をおっているのはどうしてもファンサブになってしまうわけで。
上記ではGONZOのやり方を揶揄しているように見えるかもしれないが、少なくとも方向性としては間違っていないと思っている。ただ、具体的な手法としてはもっともっと攻めていかないと難しいかなぁと。米国ネットワーク各社の取組を見ていても、それでも現状を劇的に変化させるのは難しいと思えるわけでね。もちろん、そのためにはGONZO「だけ」が頑張ればいいという問題でもなくてね。むしろ、GONZO「だけ」が頑張っても変わりようはないのかなと思える*6

補足

ファンサブ問題を考える上では抱えない事情はたくさんありすぎでなかなか包括的に考えることも難しくって、ここでは取り上げられなかった事情もたくさん存在している。Wikipediaのファンサブの項、そしてその外部リンクとして掲載されている議論などが参考になるだろう。

*1:強いて言えば、どっちも違法行為だ、としか。

*2:これについては後述。

*3:「結果的に」閉鎖的であったのかもしれないが

*4:もちろん、こうした層にも所有欲というものは存在しているので、全く購入しない層というわけでもないだろうが。

*5:私が時期を逸してはならないと主張するのはそういった理由。海賊行為を正当化するつもりも、是認するつもりもないが、そういった現状があるということは理解しておかないといけないだろう。少なくとも、海賊行為には制限はあまりなく、そうしたものと競争していくためには視聴者の流れを自らの望む方向に引き寄せなければならないし、それを習慣化させなければならない、と感じている。「見たいコンテンツがあった、よしYouTubeで検索してみよう」を変えて「望ましい方向に向ける」にはどうすればいいか、みたいな話。YouTubeばかりが問題視されるけど、後者が解決されなければ状況は変わらないと思うよ。

*6:何で違法な行為をしている連中に気を使ってビジネスしなきゃならんのだ、という反発はごもっともだし、正しいと思う。だけど、それは問題解決の答えにはならない、と私は考えている。