音楽配信は『ベスト盤』を駆逐しないのでは?

DL販売の弊害!? レコード会社が「ベスト盤」を乱発する裏事情 - 日刊サイゾー

ベストアルバム自体、ライト層にアプローチするものだと思っているので、ベスト盤が乱発されているのだとすればライト層になんとしてもアルバムCDを買わせようとしている、という感じなんかなぁと。体感的にもレコード市場に陰りが見え始めてきたころから、こうした傾向が見えてきた気もするし*1

サイゾーの記事だと

ベスト盤人気の背景として考えられるのは、オリジナルアルバム文化の衰退と対をなす、ダウンロード市場の盛り上がりであろう。

DL販売の弊害!? レコード会社が「ベスト盤」を乱発する裏事情 - 日刊サイゾー

なんて書いてあるのだけれど、個人的にはサイゾーの言う「オリジナルアルバム文化の衰退」ってのは、2000年以降から続くアルバムセールスの減少のことだと思っているので*2、ダウンロード市場の隆盛に限った話ではないと思うのだが、その盛り上がりが一因となっている、という可能性はないでもない、と思っている。

着うたからCDへ

ダウンロード市場、というとiTSを始めとするPC向け有料音楽配信も含まれるのだが、日本の有料音楽配信市場が着うたに支配されていることを考えると、こうしたベスト盤のメインターゲットは基本的には着うたを主に利用する人たちと主に重複するのだろう*3

着うたフルの隆盛と必ずしも連動しているわけではないにしても、個人的には少なくともシングルCDの衰退との関連が見いだせる部分もあるのではないか、と思っていて。シングルCDじゃなくても着うたフルのダウンロードでいいやー、かつ、アルバム買うほどでもないやー*4という人たちも、以前に比べれば増えていると思うし*5

ただ、そういう人たちだけというわけじゃなくて、好きなアーティストのアルバムは購入するけど、それほど枚数を購入するわけではないので、たとえ着うたでダウンロードしていたとしてもアルバムを購入しないアーティストがいる、という人もいるだろう。むしろ、こっちの方が多いのかもなぁと思ったりもする。そうした人たちに訴求力のあるパッケージとしてベスト盤が多用されているのかなと。

簡単に言えば、好きなアーティストだから着うたはダウンロードするけど、オリジナルアルバムは買うほどじゃない、でもシングルがパッケージされているなら欲しい、というか。

ベスト盤の価値

以前だと、シングルCDのパッケージ的な意味合いが強かったベスト盤ではあるのだけれど、最近では着うたフルの隆盛に伴って、別のフォーマット/安定したメディアとしての需要は少なからず増してきたのかなと。着うた利用者であっても、iPodは持っている人も多いだろうから、iPodにいれることのできるメディアが必要になるだろう。

それでも、ライトリスナーに消費されることを目的とした音楽だと難しそうだけどねぇ。貸し借り、レンタルもあるし、着うたで十分という人はCDの購入にこだわる必要もないし。ターゲットとなる若年層の少子化による影響、娯楽の多様化も相まって、ベスト盤といえども以前ほどは売れにくくはなっているのかなとは思うけど。

ベスト盤とPC向け音楽配信

ここまでは着うたとアルバムCDをメインに書いてきたが、現在それほど盛り上がっているわけではないにしても、PC向け有料音楽配信についても触れなければならないだろう。

最近はめっきりクラウドの人になってしまったP2P Todayの横田さんがベスト盤とPC向け有料配信についてこんな記事を書いている。

iTunes Storeはアルバム単位では無く。楽曲単位で購入できるため、過去の楽曲の寄せ集めである「ベスト盤」は購入する動機はそれほど無い。なぜならば、楽曲ごとに購入できるので、わざわざベスト盤を買う必要が無く、過去の楽曲から自分の欲しい曲を探すため、特にベスト盤を買う必要性がないからだ。

iTunes Storeは『ベスト盤』を駆逐していく | 毎日がアップデート | あすなろBLOG

確かにそうした側面はあると思う。これまでのCDという媒体でのベスト盤購入には、既に購入している楽曲を再購入、というバカらしい側面があった。

ただ、ヘビーリスナーであれば、お気に入りのアーティストの曲は全て購入するのかもしれないが、ライトリスナーであれば、前の曲は気に入ったから購入したけど、今回のは悪くはないけど買うほどじゃない、といってスルーすることもしばしばある。ベスト盤は前者をターゲットにもしているのだろうが、おそらく後者をメインターゲットにしているものだろう。。

そう考えると、ベスト盤はライトリスナーに対するリマインダーであり、再度購入を検討させるための仕掛け/トリガーとなっているのかなと思う。たとえ、iTSで購入可能であったとしても、そうしたリスナーが「わざわざ過去の楽曲から自分の欲しい曲を探して」購入するということは考えにくい。むしろ、ベスト盤というライトリスナーに訴求力のある仕掛けによって、過去の楽曲の購入可能性を高めることの方が、今後の展開としてあり得るのかなと思ったりもする。わざわざ曲を選ばなくても、ワンクリックで、自分が既に購入している楽曲を除いて、安価に購入できるなら、そっちの方が支持されるのかなと思うんだけどなぁ。

ただ、アルバムという概念が残っているうちはそれで良いのかもしれないが、CDというメディアが衰退し、音楽配信が普及して行くであろう今後は、ベスト盤のみならず、アルバムの在り方そのものを考え直さなければならなくなる。曲単位で購入できるのが気にくわない、って人も少なくないだろうけれど、ならば、アルバムでなければならない理由を作らなければならない。

ベストアルバム再考*6

音楽配信によって、特にPC向け音楽配信においてベストアルバムがどういった位置づけになるのか、ということを考えると、もはやレコメンデーション以外の何物でもないよなぁと。ある意味ではフィジカルな『盤』にこだわらなくて済むことは、これまでの制限を一部緩和してくれるものとなるかもしれない。

たとえば、これまでのベスト盤であれば、レーベルの移籍を繰り返したアーティストにとっては、それが障壁となってキャリア全体を通じてのベストアルバムがリリースできないということもあった。しかし、iTSなどの音楽配信サービスでは、そうした垣根をそれほど意識しなくても済むのかもしれない*7

もちろん、レーベルとしてそんなことは認めない、ということになったとしても、それが意味するのは公式のアルバムとしてリリースすることは認めないということであって、アーティスト本人が自らプレイリストを作成し、それをファンに公開することで、ある意味では自らの意図が完全に反映されたアーティスト本人による『非公式』ベストアルバムが作られるかもしれない*8

また、こうしたプレイリストを作成することができるのは、アーティスト本人に限らない。たとえば、オンライン上でオピニオンリーダーとなっている人が編集したプレイリストを公開するとか。そうした人は既に、多くの読者から信頼を得ているし、その人の好きな、オススメしている音楽となれば、聴いてみたくもなる。

特に音楽的なオピニオンをリスペクトされた人であれば、おそらく旧来のベスト盤のような、『単にシングルの寄せ集め的なベスト』は作らないだろう。シングルになっていないアルバム収録曲などを織り交ぜてのものになるだろう。個人的には紋切り型のベストアルバムよりもよっぽど面白いと思うのだが。

さらに、こうしたレコメンデーションは、単一のアーティストを越えて、70'sポップとか、60's UKサイケデリックといったテーマで、趣向を凝らした編集することも可能だろう。この辺は、結構前から盛んにリリースされている洋楽/邦楽コンピレーションとしてのベスト盤の代わりとなりうるかもしれない。

とはいっても、ストリーミングサイトでプレイリストを公開できる昨今にあっては、そうした私的コンピレーションがどれほど購入に繋がるかはわからないのだけれども。1つの仕掛けとしては面白いものかもしれない。個人的には、そうしたアプローチにも積極的になるべきだと思うんだけど、レコード産業ってげんなりするくらいあきらめが悪いからねぇ…。

ということで

個人的には、音楽配信はベストアルバムを駆逐する、ということはないだろうなぁと思う。メディアシフトによって音楽との関わり方が変わったとしても、音楽を好きだという我々の感覚は変わることはない。たとえコンサート市場が盛り上がっているといっても、我々は常にライブ会場に居座っているわけじゃないし、せいぜいライブに出かける機会が増えるだけだろう*9。それによって、ライブに行っているとき以外は音楽を聴かないよなんて人はまずいないわけでさ。

余談

最近、ガンガン音楽をかけながら走っているバイクが増えてきたように思うのだけれど、あれはあれで着うた的なのかなと思ったりもする。

*1:まぁ、人の記憶なんてあやふやなので、この辺は確認してみた方がよいかもしれない

*2:個人的にはセールスが減ったから文化として衰退したとは思わない

*3:日本の有料音楽配信市場は1:9で携帯電話向け配信(着うた/着うたフル)が優位

*4:音楽バブルのころはアルバムは買って当たり前という感じだったのだろうが、相対的にはそうした風潮は廃れてきているのかなと。単純に、アルバムが売れなくなってるからそう思うんだけど

*5:この層は、以前であればシングルCDを主に購入していた人たち、レンタルで音楽を入手していた人たち、に対応しているのかなと

*6:ベスト盤といってしまうと『盤』でなければならなくなるので、ここではベストアルバムと記すとして。ということで、音楽配信とベストアルバムという枠組みでのお話し。

*7:最近ではそうした垣根も取り払われて来ているようにも思えるが。

*8:実に矛盾をはらんでいるように思えるが。さらにいえば、ベストアルバムなるものを嫌うアーティストも少なくないしね。「ベストアルバムは、最新アルバムです」みたいな感じでね。

*9:せいぜいといったも、音楽産業としては重要なことなんだろうが