出版社・編集者はボランティアで漫画家を育ててるわけじゃないでしょ?

佐藤秀峰の件については、色々と思うところがあってゆっくりを色々考えながら書いているのだけれど、ちょっと気になる記事があったので、それに対する反論だけ書いておく。

 僕はクリエイターが0から1を生み出す事に尊敬の念を忘れないようにしているんですけど、同様に1を10にするのは編集者で、10を100にも1000にもするのは出版社だと思っています。

 種を植えたのは佐藤先生で、それを発芽させて大樹まで育て上げたのは佐藤先生+担当編集+講談社三者による共同作業だと。

 編集者はアイディア出しや資料集め・取材を手伝い、出版社は漫画雑誌が大赤字で売れない時代にリスクを背負ってお金をかけて雑誌に掲載・広報宣伝費を負担する。

 そうしてみんなで育てた「ブラックジャックによろしく」を、大成功したからと言って今度は自分のサイトで有料配信というのは「ズルくない?」と思ってしまう。

「ブラックジャックによろしく」は大丈夫なのか?

この構図で、漫画家だけが低い扱いを受けていることこそ、出版社側の「ズルさ」だと思うけどなぁ。たとえに突っ込むもの無粋だけど、「クリエイターが0から1」を生み出すだけなら、連載の失敗は編集者や出版社の責任でしょ?それで打ちきりになるんだったら、たまったもんじゃないよね。漫画家の作品への貢献度をあまりに低く見積もっているので、あまり気持ちのいい喩えじゃない。

確かに、出版社もリスク負ってるけど、それは漫画家も同じこと。出版社も編集者もボランティアでやってるわけじゃないし。面白くないと評価された作品は容赦なく打ち切る。成功した漫画家だけをあげて、彼は我々が育てたんです、じゃ通らない。お互いにリスクを負って、お互いにうまいところを取り合っているからこそ、今の状況があるんじゃないの?

 L'Arc-en-Cielが「次のアルバムからはコミケ二日目の個人サークルで売ります」とか言い出したらファンからは暴動が起こるでしょ?

Radioheadが「次のアルバムはオンラインで”Pay what you want”方式で売ります。」とか言い出したらファンからは賛辞の声が寄せられた。それを著作権、原盤権保持したままCDプレスして販売したらスゲ―売れた。自前のダウンロード販売終了後、iTunesでもたくさん売れた。

Nine Inch Nailsが「次のアルバムはオンラインで第1章だけフリーダウンロード、残りはダウンロード or CD購入するか、CCつけてるから好きなところからダウンロードしてね」とか言いだしたら、ファンは歓喜してお金を払った。更に、そのアルバムはAmazon MP3で年間最も売れたアルバムとなった。

出版社と決別するなら同人誌しかない、と言ってしまったせいで変な喩えになっているのだろうが、喩えるにしても、そこは同人ではなく「インディペンデント」とか「フリー」を当てはめるべきだったんじゃないかな?

その辺をすっ飛ばして考えてしまったってところは、メジャーかアマチュア、という明確な境界を持っているのかなぁと思わせる。たまに見かける「アマチュアとプロとの境目がなくなりつつある」ってのも、その中にはインディペンデントが想定されていないのかなと思ったりもする。もちろん、それを挟んだところで明確な境界線を引けるものではないだろうが、状況を理解しようとするのであれば、想定しておくべき存在なんじゃないかな。

それでも…

佐藤秀峰がやろうとしていることが前途多難であるという点には同意したい。上記ではRadioheadNine Inch Nailsの例を挙げたが、それもまた、成功している例でしかなく、佐藤秀峰の抱えている状況とは異なる部分も多い。また、上記の記事でも、「利便性と商品の品揃え」の重要さが語られていて、ファンベースのみならず、そういった点も重要だろう。利便性を限界まで高めたとしても、カタログが足りないことは、今の時点では明白である。彼のやろうとしていることに乗っかってくる人たちがいれば、何とかなるのだろうが…。現状では、なかなか難しいだろう。

まだ日本ではKindleのようなデバイスもシステムもないし*1、単行本のオンライン配信はあれど、日刊、週刊、月刊での連載の配信というのはやはり難しい。

個人的には、全く芽のでない分野だとは思っていないので、何かしらの変化があればなぁと思う。いや、単純に立ち読みしている連載があるのなら、立ち読みする代わりに有料でも配信してくれた方が楽だし、ありがたいでしょ?

毎回住所や名前、クレジットカードなどを打ち込んで、個人情報をネットに流すリスクに舌打ちをする。Amazonも最初だけはそれらを入力しなきゃいけないけど、2回目以降はパスワードを入れるだけ。その利便性と商品の品揃えが初回の面倒くささを乗り越えてあそこまで普及したのであって。

「ブラックジャックによろしく」は大丈夫なのか?

それでもある程度の規模にならないと、こうした手間を越えて利用したい、と思う人は少ないかも、とは思う。コンテンツの集約、簡便な手続きで利用できるマイクロペイメント、汎用性の高い電子マネー(ポイント)のいずれかが実現できれば、少しは風向きも変わるんだろうけど。

余談

個人的には、インディペンデントでやってやる!って人は応援したい。FC2の方のブログで、Snow PatrolのGary LightbodyがThe Pirat e Bayの面々に対する判決が厳しすぎる、今の時代はそんなんじゃないんだ、という主張をしているって記事を翻訳して公開したんだけど、彼はこんなことを言っていた。

「これは、我々が我々自身にもたらしているものであり、自分で創りあげた世界で生きていかなければならない、ということ。」

Snow Patrol:The Pirate Bayへの判決は「行き過ぎ」と非難

コミットするもしないも自由だが、その結果として創られた世界で我々は生きていかなければならない。だから、私は私が好ましいと思える生き方をしているインディペンデントの人たちに、投資の意味も込めてペイしている。誰かが植えた種が育ってくれれば、と思って。

それでも、その貢献度は微々たるものでしかないだろう。結局は、企業/業界の都合のいいように変化を続けていくのだと思う。でも、ユーザはその過程で、変化の行き着く先を少しでも変えることはできる存在なのだと思うし、そう信じたい。

*1:iPhone/iPod TouchKindleなんてのもできたようだけど、それもシステムがなければ利用できないし。