コンテンツの価格はマス向けコンテンツの相場では決まらない

堀江貴文さんの公式チャンネル「ニコニコホリエモンチャンネル」が有料制(月額1,000円)でオープンした、って記事を受けて、たけーよという反応がちらほら見られる。

まぁ、どういった内容になっているのかがわからないので、私にとってこのチャンネルが1,000円を出すだけの価値があるのかどうかはわからないのだが、個人的には「私にとって高い」ということが、それほど批判の根拠になりうるとは思えない。

今回の月額1,000円の件はあまりに酷すぎる。まだプレミアム会員限定生放送とかにした方が良かったんじゃないだろうか? まぁ、その分堀江氏との取り分が曖昧になってしまうという面もあるのだろうが、1,000円って……、誰か止める人はいなかったのだろうか?

ニコニコホリエモンチャンネルの月額が高過ぎて笑ってしまった - 没個性テーマパーク

と、id:kikinightさんはかなり批判的に見ているのだけれども、その根拠として

登録数が伸び悩むのは明白なのだから、月額100円にして登録者数を増やす努力をした方が良いんじゃないかな? それともそんなにもクオリティの高い生放送をしてくれるのだろうか?

ニコニコホリエモンチャンネルの月額が高過ぎて笑ってしまった - 没個性テーマパーク

と、登録者数の伸び悩みを指摘している。

ライト層を多数含むマス向けのコンテンツであれば、可能な限り価格を下げることでより多くの人にリーチする可能性が高まる。それによって利益を上げようとする戦略も間違いではない。でも最初からマスを狙わない/狙えないコンテンツだと、ある程度ターゲット層は絞られているわけで、そのターゲット層をベースにして価格設定を考えないといけない。その場合、単純に値段を下げれば利用者が増えるというわけでもないので、ある程度は利用車数にあたりをつけての価格設定となる。もちろん、この1,000円がそうして算出された額だというわけじゃないけれど。

確かにそれぞれのジャンル特有の相場というものが存在しているが、それが絶対のものであれば、その相場とされる価格で採算の取れないコンテンツは世に表れない。でも、相場を無視した価格であっても、それを欲しいという人のデマンドと、その人たちが購入しうる価格設定の均衡が取れている限りは、世に存在しうる。

こんな薄い本が8,000円!?というケースを考えてもらえれば良いかと。そういった本は購入したいという人はごく僅かでも、その金額でも購入してくれる人がいるからこそ、販売されているということ*1

また、高めの価格設定は利用者の選別にもなる。ホリエモンの日常おもしろトークがメインならばターゲットを選別する必要はないが、がっちがちのビジネス話、しかも暗黙の前提をを置いたり、テクニカルタームを使いまくるのであれば、全くそういった想定をしていない利用者が入り込むことは、双方にとって不幸だったりもする。

さらに、ニコニコ動画のようなインタラクションを前提とするサービスにおいては、コミュニティの濃度も重要な要素であることを考えると、こうした価格設定によってユーザをふるいにかける、というのも面白い考え方かもしれない。

ニコニコ動画知名度から言っても日本が誇る動画サービスなんじゃないかと思うのだけど、もっと革新的な方向性を目指していって欲しい。

ニコニコホリエモンチャンネルの月額が高過ぎて笑ってしまった - 没個性テーマパーク

というのは同意なのだけれど、オンライン環境を良く理解しているニコ動と堀江さんがこうした価格設定を打ち出していること自体が、私にとっては非常に革新的なことだなぁと思う。オンライン環境では、金を出さない人が多い、といわれる中で、それをよく知る人たちがこうした価格設定をしたわけで、私としてはオンラインのこれからにとって、非常に挑戦的であり、野心的な試みにうつる*2

また、id:kikinightさんは、この価格設定がニコ動としてどうなの?そんなことよりやることあるんじゃないの?と苦言を呈している。

たとえばプレミアム会員になって、素晴らしい(著作権的にも問題ない)動画を作成して、他の利用者がそれに対して寄金出来るようになれば、才能のある人は世に知らしめられるだろうし、動画を投稿する――いや、作成をする上での大きなモチベーションに成り得るだろうし、早くそういったシステム作りをしていかなければ良作提供してくれる人達はどんどん去ってしまう。別にニコニコに限らず、自作の動画を世に知らしめられる場所は沢山あるのだから。

ニコニコホリエモンチャンネルの月額が高過ぎて笑ってしまった - 没個性テーマパーク

個人的にはドネーションがなくとも、運が良ければその才能を世に知らしめることができていると思っている。もちろん、その効果サイズはこれまでの企業の資金をバックにしたプロモーションと比べると格段に小さいものではあるが、少なくともそれはドネーションが解決してくれるものではないと思う。確かにドネーションが創作者のモチベーションを高めるという側面があることも否定しないが、多くの人がPayPalアカウントを持っている米国においても、ドネーションがそれほど一般的に行われているわけではない*3。逆に、人気の高さに比してドネーションをする人がほとんどいないことを嘆くアーティストもいるので、必ずしもポジティブな効果のみが期待されるわけじゃない。それを考えれば、ニコニ広告のような絶望感を味あわせないで、喜びを感じさせる機能を追加したというのも、なかなか上手い手だなと思える。

「良作提供してくれる人達はどんどん去ってしまう」ことを避けるというのもなかなか難しいところで、現在のニコ動コミュニティ全体としてフォーカスがあたっているところに限定して考えるのか、それとも日本のコンテンツプラットフォームを代表する存在として創作者に注目してもらいたいかによって施策は異なると思う。フォーカスがあたっている部分を伸ばしたいなら、その下位コミュニティをより凝集させ、その中のノイズを減らすことに注力すべきだし、より広範なジャンルを網羅するコンテンツプラットフォームとしての未来を描いているのであれば、コミュニティ全体のフォーカスを分散させ、現在フォーカスのあたっている下位コミュニティを相対的に縮小しつつ、コミュニティ間に緩い繋がりを持たせる必要が出てくる。

また、本当に革新的な存在でいるなら、ニューカマーのショーケース的な存在であるだけではなく、既に多くのファンベースを持つコンテンツにとっても魅力的な存在でなければならない。むしろ、後者の実現の方が現時点では革新的だなぁと思う。

コンテンツの経済的価値

しばしば、自らのコンテンツのフリーダウンロードを望むアーティストを応援するようなことばかり書いているので、意外に思われるかもしれないが、私は高い価格設定でコンテンツを提供することに対しても抵抗はない。もちろん、極めて商業的であり、ビジネスとしての成功を第一に考えているようなコンテンツであれば、ビジネスの観点から価格の高さを批判的に見ることもある。ただ、アーティスト本人がその創作コストや生活を抜きに、自らの作品を高い価格設定で売ろうとすること自体は、それほどおかしいことだとは思わない。

確かに、ある種のコンテンツには相場がある。でも、それにあわせて自分のコンテンツを自ら値踏みしなければならない道理はないだろう。また、制作費から算出された額が、作品の経済的値打ちだ、というのも、何か受け入れがたいものがある。

こういった感覚は、その真逆にあるフリーでコンテンツを提供している人たちを見て、自らのコンテンツに対する価値の置き方が様々にあるということを実感したからこそ、かもしれない。確かに、現代の創作物はデータという希少性の存在しない、経済的な価値のつけづらいものとなっているかもしれない。目に見えるモノとして捉えられなくなったコンテンツが、これからどのような概念で人々に捉えられていくのか、それはまさに今作られているところなのかなと思う。

*1:まぁ、図書館が購入してくれるというのが大きい、って事情もありそうだが。

*2:もちろん、こういった考えの下にこの価格設定にしたかどうかはわからないけどね。それに失敗すれば良くて残念賞を与えられるだけだし。

*3:オンラインで成功を収めたJonathan Coultonをして、ドネーションは自分の収入の極めて小さい部分でしかない、と言わしめている。