音源リークを受けいれるWilco、拒絶しつつもオンラインに適応するColdplay

先ほどのエントリとの関連するのだが、権利者サイドのリークに対する対処というのは実に様々だ。もちろん、多くの権利者たちはそういったリークを抑制する方向に力を注いでいるのだが、その一方で現在においてはリークはさほど気にするほどのものではなく、当たり前のことだと考えるアーティストも少なくない。

Wilcoとリーク問題

最近の話題でも、米国のルーツロックバンドWilcoが6月30日にリリース予定の『Wilco (The Album)』の全曲をオンライン上のリークされたというニュースがあった。多くの場合、こうしたリークに対してはネガティブな反応が示されるのだが、比較的オンラインでの不正流通を許容しているWilcoは、もっと寛容な手段を選択している。アルバム音源のリークを受けて、彼らはオフィシャルサイトにて最新アルバムの全曲のストリーミング配信に踏み切った。

さらに、NMNによれば、

今回のリークに関してもバンドは実に冷静で「(違法)ダウンローダー達には、有罪減少プランがある。もしダウンロードして違法に僕たちの音楽を手に入れたのなら、(彼らの地元)シカゴの貧困から人々の自立支援を促す団体《Inspiration Corporation》に小額でもいいので寄付してください。」と人々の救済に繋がるポジティブな寄付を呼びかけている。

またもやアルバム全曲をリークされたウィルコ、サイト上で全試聴をスタート|NMN 音楽ブログメディア

という。

こうした余裕のある対応ができるのも、これまで何度もリリース前にアルバムをリークされたものの、その都度、当該アルバムの楽曲を全曲ストリーミング配信し、セールスが上昇したこと、また、「2001年にもジム・オルークをプロデューサーに迎えた力作『Yankee Hotel Foxtrot』が当時のレーベルの意に反した内容の為お蔵入り寸前になり、オフィシャルサイトに全曲mp3で無料配布。それを聞いたファンの熱烈なリクエストの結果、現在のレーベル≪Nonesuch≫と契約しCDリリースが実現し」、さらにそうして一度は無料で配信されたアルバムであっても好セールスを記録したことなどが背景があるのだろう。

以前、Wilcoのドラマー Glenn KotcheはX-Press Onlineのインタビュー*1]に対して、このように語っていた。

X-Press Online:(訳注:最新)アルバムがweb上に流出していますよね。公式にリリースされる前に、人々がアルバムを(訳注:買わずに)コピーで済ませてしまうことを心配したりしませんか?
Kotche: いや、全く。それは、そうなるべくしてそうなりつつある、ってこと。人々がソフトウェアを得て、楽曲を探して、彼ら同士で交換することをエキサイティングだって思えるなら、それはすばらしいことだよ。彼らは熱心だよ。
前にも言ったと思うけど、本当にそう思うんだ…。俺はライブで数え切れないほど多くの人に、俺たちのアルバムを違法にダウンロードしたとか、買わずにコピーで済ませたとか言われたよ。でも、彼らはライブに来ているんだ、チケットを買ってね。それで、前に出したレコードやTシャツや他のグッズも買ってくれる。そう、彼らはバンドを、俺を、いや俺たちみんなを支えてくれてるんだよ。俺たちがCD1枚1枚からほんのちょっとずつのお金を稼ぐことより、音楽を聴いてもらうほうがよっぽど大事なことだよ。俺たちが辿り着いた答えは、みんながそれを楽しんで、そして分かり合えること、だから(訳注:新作の流出について)全く気にしてはいないよ。むしろ、それに逆らおうとする人たちのほうが考え違いをしてるんじゃないかな。それが将来あるべき形なんだろうから。

違法ダウンロードを許容するアーティスト:「音楽を聞いてもらうことが大事なんだ」 :P2Pとかその辺のお話

もちろん、私は違法ファイル共有や違法なルートからリークされた音源を入手することを是としているわけではない。ただ、1つ強く主張したいのは、もし、そうしたルートから音源を入手することがアーティストにとって、ビジネスにとってポジティブであると主張するのであれば、それを実感させることが重要だ、ということ。Wilcoはそれを実感しているから、こうした現状を許容しているのだろう。活動の規模が小さければ小さいほど、こうした不正流通がプロモーションとしての効果が(相対的に)大きくなる。Creative Commonsライセンスにて楽曲を提供するアーティストの多くがインディペンデントだったりするのも、そうしたことが背景になっているのだと思われる。

その一方で、活動規模が大きいアーティストにとっては、リークの影響が全体的にネガティブとなることも考えられる。というのも、メジャーアーティストのレコード利益の大部分はライト層によるものであり、気軽にリーク音源を入手されることで、購買可能性が低くなることも考えられる。

そうした意味では、2006年のアルバム『X&Y』が世界的大ヒットを記録したColdplayなどは面白いケースだろう。Wilcoなどのアーティストは、リークに対してもそれがオンライン環境の当たり前の姿だとして受けいれる一方で、Coldplayはリークに対しては積極的に抑制しようとしている。しかし、Coldplayはオンラインにおいて別のかたちで適応しようとしている。

Coldplay goes online

Coldplayは、『X&Y』のリリースに際して、リリース前のリークを防ぐためにかなりの対策を講じている。

外部に配るプロモ盤に対しても万全の対策がとられた模様で、ある音楽ジャーナリストに聞いた話だと、CDはレコード会社のスタッフからの手渡しが原則で、最初に〈内容を誰にも譲渡しない〉という同意書にサインをしなければならなかったそう。すると数日後にどうやってCDを受け取るかというインストラクションと長い規約が記されたメールが届き、それに従ってやっと手に入れたCDは、シールで封をされたスリーヴに入っていて、そこには〈シールが破損されている場合は、直ちに返品してください〉との注意書き。これじゃ、まるで危険物か何かを扱っているよう! 盤にはファー・トゥリーズ(The Fir Trees)という架空のバンド名が書かれていて、一目ではCDの正体がバレない仕掛けもバッチリ。もちろん内容はコピーガードが施されていて、試しにコンピュータに入れてみると、CDの受取人の名前が表示されて〈法的に罰せられます〉との文字が……。

[http://www.bounce.com/news/daily.php?C=5716:title=コールドプレイの新作『X&Y』に見る〈リーク〉との闘い(from LONDON) - bounce.com [ニュース]]

もちろん、これはレコードレーベル側の対策であって、アーティスト側としてはそこまでするのか?と思っているところもないわけではないのだろうが。いずれにしても、『X&Y』は無事、事前にリークされることもなく、世界的大ヒットを記録した、と。個人的には、リークされていても大ヒットしたと思うのだが…(ただ、『X&Y』の日本国内盤はCCCDというリスナーをバカにした糞仕様でリリースされていたので、買おうとも思わなかったが)。

それはともかくとして、ではこうしたリーク対策を講じているColdplayが全くオンライン環境に対応していないかというと、そういうことは全くなくて。
たとえば、MySpaceは当然としてもYouTubeColdplayTVという公式チャネルを設置し、PVをアップロードしていたり、

昨年リリースされたアルバム『Viva La Vida or Death And All His Friends』からの先行シングルとして「Violet Hill」のMP3を公式サイトから期間限定ながら無料配信していたりする。

更に最近の話では、オフィシャルサイトにて『LeftRightLeftRightLeft』と題されたライブアルバムを無料配信している。この9曲入りのライブアルバムはメールアドレスと居住国を記載するだけでダウンロードすることが出来る(関連記事)。

適当なアドレスを入力してもダウンロードできてしまうのだろうが、目的としては少なくともライブにきてくれる可能性のファンへのダイレクトな連絡手法を手に入れることが主な目的だろうから、本当のアドレスを教えてくれない人はターゲットとはならない、と割り切ることも間違いではないだろう。もちろん、「これは僕らからファンへのありがとうの気持ちだ」も嘘はないのだろうが、一番の目的としては、ライブにきてくれる可能性のある人に、ライブアルバムを提供してライブへの期待を高めてもらって、その上で適切な時期にライブ等の告知をすることなのかなと思ったり。

また、ライブ音源を貴重だと思うのはよほどのファンであって、そうでもなければスタジオワークの方を欲しいと思うだろう。ただ、ライブ音源が手に入るといった場合、少なくとも好きだと感じている人は欲しくなるし、特にその中でもライブに行きたいと思う人が反応する。そういった意味でも、製品としてのスタジオワークの価値を維持しつつ、ライブをプロモーションする試みとも取れる。Coldplayサイドはリークに対して敏感であるようにも思えるが、その一方でオンライン環境を上手く活用しているように思える。

残念なことに現在の音楽産業は違法流通を抜きにしてもジリ貧であると考えられる。それは音楽シーンをドライブする存在である若者の音楽への注目が減少しつつあるためであるとも思える。そうした中で、単純にリークを防ぐことがもたらす効果はごくごく僅かなものだろう。今は、人々を音楽に振り向かせる何かが必要とされているのだ。

*1:現在は削除されている模様