「なんでBitTorrentで逮捕者でてないの?」に答えてみる

前回のエントリはなかなか好評をいただいたようで、実に嬉しい限りです。このエントリに関連して「なぜBitTorrentでは検挙者が出ていないのか?」という感想を持たれた方が少なくないようなので、今回はそれについてのお話。いちパイラシーウォッチャーの考えということに留意していただければ幸い。

torrentってIP丸見えなのになんで?

ユーザのIPアドレスがわかるというのは、少なくとも現在の違法P2Pファイル共有を取り巻く状況においてはそれほど大きな意味を持たない。だって、監視する側からすれば、既にWinnyであれ、Shareであれ、おそらくPerfectDarkであれ、丸裸に近い状態。

Shareなんかは警察庁が今年から正式に運用している「P2P観測システム」のように、常時ネットワーク上の情報を集積され、後々の捜査に利用されているわけで、IPアドレスモロバレどころの騒ぎではない。

P2Pファイル共有ネットワークの特徴の異同

WinMXLimeWire/Cabosのように、個々のユーザがそれぞれに所有するファイルのリストを公開し、ほぼ1対1のファイル交換を行う形態では、特定されやすく、ユーザ個人の責任が可視化されやすいというのは理解しやすいだろう。

一方、ShareやWinnyBitTorrentなどの場合、誰かがアップロードしたファイルを、不特定多数のユーザが一斉にバケツリレー方式でアップロード/ダウンロードし、互いに欠けている部分を補完し合うという形態であるがゆえに*1、責任の所在が明確なユーザを特定しにくく、責任が分散しているように思われるかもしれない。

ただそんな中でも、一次放流者の責任は非常に明確だし、さらに、違法流通の出所である一次放流者を止めることは、今後の被害を抑止することにも繋がる。検挙されるユーザのほとんどが一次放流者*2というのも、そういった理由からではないかと考えている。ただし、児童ポルノの場合には、一次放流者(製造者)を突き止めることよりも、直ちに拡散を食い止めることの方がプライオリティが高いだろうから、あくまでも著作権侵害に限っては、というところ。

ただ、一次放流者の特定しやすさという点では、WinnyやShareとBitTorrentでは大きな違いがある*3WinnyやShareは緩く繋がる大規模な単一のネットワーク*4が形成されており、そのネットワークに繋ぐことで全体の流れをある程度把握することができる。一方、BitTorrentは1つのtorrentに対し1つのネットワーク(スウォーム)を形成する。監視を行うためにはそれぞれのスウォームに接続しなければならない。First Seeder(一次放流者)が行方をくらます前に尻尾を捕まえなければならないのだが、全世界のtorrentの動きを追跡するのはあまりに難しい。

また、WinnyやShareの場合、一次放流者が日本人であることが多いのだが、BitTorrentの場合は、国外在住の人物やチームであることが多いように思える。それも摘発の障壁のひとつなのだろう。ただ、国内コンテンツの違法流通全体の流れを考えると、Share/Winnyを利用して入手したファイルをBitTorrentに輸入する、というケースも多いだろうから、Share/Winnyユーザの検挙はその出所を絶つという意味もあるのかもしれない。

とはいえ、違法P2Pファイル共有摘発のパイオニア京都府警さんもただ黙ってみているわけじゃないだろう。BitTorrentでの違法共有も問題視しているだろうし、摘発するための術を考えているんじゃないのかな。京都府警は自らの捜査ノウハウを惜しげもなく他都道府県警に提供したり、今年に入ってからPerfectDarkユーザを検挙したりするなど、違法P2Pファイル共有を扱える唯一のチームよりも、新たなタイプのサイバー犯罪にいち早く対応し、そのノウハウを広めるという役割を担おうとしているんじゃないかと個人的には思っている。

拡散者(ダウンローダー)の責任

WinnyやShare、BitTorrentにおいては、ダウンローダーがアップローダーの役割を担う。その責任については、これまで問われることは(たぶん)なかったが、今後どうなるかは依然不明なままである。コンピュータソフトウェア著作権協会ACCS)は、

WinnyやShareを使ってダウンロードするだけでも、自分自身の行為が違法になったり、違法行為に加担してしまったりすることになり、それから逃れることは事実上できません。
著作権侵害を行わない・加担しないために、WinnyやShareを使わないでください。

リーフレット「WinnyやShareを使わないで!」発行のお知らせ | 活動報告 | ACCS

というリーフレットを配り、責任はあ(りう)るんだぞ、と積極的にアピールしている。拡散者としてのダウンローダーの責任を問えるとなれば、一次放流者と並行して責任が追及されることになるかもしれない。まぁ、P2Pファイル共有の維持に最も必要なのは、多数のユーザの参加だしね。そこを抑えたいという気持ちは強いだろう。一次放流者への対処が難しい場合には特に。どれほど啓蒙したところで、実績がなければ「ACCSが言ってるだけ」になっちゃうしね。

権利者にとってのプライオリティ

著作権親告罪であり、告訴するに当たっては権利者側からどこでどんな風に自らの権利が侵害されているか、要はどこで行われている著作権侵害を問題視しているかという部分が強く出る。多数の都道府県警が違法P2Pファイル共有に対応してきたとはいっても、その能力やリソースには限界があり、すべてのケースに対処できるわけではない。権利者側も能力やリソースが限られている中で、プライオリティに従って特定ネットワークでの著作権侵害について相談、告訴しているのだろう。

では、どのネットワークでの著作権侵害に対処すべきか、というプライオリティはどのようにして定められるのか。もちろん、これは個々の権利者が考えること*5なので一概にこうと言えるものではないのだろうが、ユーザアクティビティを概観することで多少なりとも推測できるかもしれない。

ACCSが行った2009年のファイル共有ソフト利用実態調査からファイル共有ソフト別に結果を以下にまとめてみることにする。

上記の表は、それぞれのファイル共有ソフトを主に利用していると回答した現役ユーザ*6のダウンロード経験のあるファイルのジャンル。全体平均より高い値を赤く、低い値を青くし、さらに全体平均より10%以上離れている値を濃く、太字にした*7

傾向としては、Gnutella系では音楽のDL経験者が多く、映像、ソフトウェアは相対的に見ると少ない。一方、ShareやBitTorrentでは音楽のDL経験者が少なく、映像、ソフトウェアのDL経験者が多い。この辺りは、それぞれの特徴が現れていて、MP3のような小さなファイルをさっくりやりとりできるLimeWire/Cabosと、ファイルサイズの上限がなく、大容量のファイルをダウンロードしやすいShareやBitTorrentとの違いが現れているのかもしれない。もちろん、そうした特徴ゆえに、それぞれに利用可能なコンテンツに違いが出ているせいでもあるのだろう。

もう少し詳しくファイルの種類を見てみると、やはりCabos/LimeWireは邦楽/洋楽で平均よりも多いのが特徴的。LimeWireでは邦画/洋画のDL経験者が若干多いようだけど。

Shareは全体的に高く、音楽以外はすべて平均以上となっている。アクティブなユーザが多い、というのもShareがターゲットにされやすい理由になっているのかもしれない。特に邦画、ゲームソフトの割合が他より高く、アダルト、国内アニメ、書籍(コミック含む)も国内/海外ドラマ、アプリなどがぬきんでている。

BitTorrentはアダルト、ゲームソフト、アプリのDL経験者の割合が他ファイル共有ソフトよりも目立って高い。この辺りの割合の高さは、アダルトTorrentやゲームTorrentなどを紹介するサイトやフォーラム/掲示板、ブログなどが目立ってきたことも影響しているのかもしれない。

ファイル共有ソフトを利用する理由・目的を眺めてみても、DL経験項目の結果に近い傾向が見て取れる。こちらは全体的に割合が小さいので全体平均より5%以上の差違で強調した。

Shareは音楽以外は全体的に高く*8、他のファイル共有ソフトに比べてそれぞれのファイルの入手への動機づけが高いとも言える*9BitTorrentはアダルトとゲームの割合が突出して高いのが特徴的だ。

こうしてみると、アダルト産業、ゲーム産業、ソフトウェア産業にとって、「BitTorrentでの違法流通」はShareと並んで頭を悩ませているプライオリティの高い問題だと言える。この調査では、ShareユーザよりもBitTorrentユーザの方が多いという結果も得られているし*10BitTorrentは安全だ、と思っている人も少なくないようだけれど、むしろ今一番ターゲットにされやすい状態になっている、とも言えるんじゃないかな。

もちろん、これも1つの側面であって、別の側面から考えると、いわゆる職人、神と呼ばれる最初のアップローダーがどのネットワークに参加しているか、というのも重要だろう。というか、これが一番大きいのかもしれない。たとえば、Shareでの違法流通を抑止すれば、他ファイル共有ネットワークでの拡散を抑制することができる、とかね。

「torrent最強伝説」?

なんて冗談っぽく言われてたりもするけど、Winnyで逮捕者出たときにShare最強伝説なんて言われてたり、Shareで一斉検挙があったときもPD最強伝説なんて言われてたり、PerfectDarkで逮捕者が出た今はBitTorent最強伝説なんて言われたりして、まぁ、歴史は繰り返すんじゃないかなと思ったりもする。

先ほどは、全世界のTorrentを追跡するのは難しいと書いたけど、Torrentのアップロードにある種のパターンが見いだせれば、追跡することは不可能ではないし、BayTSPのようにそれを生業にしているところもある。現在、Winnyの警告メールスキームが絶賛展開中ではあるけれども、実はBitTorrentではそれ以前からISPから加入者に著作権侵害警告が転送されている。主に海外のライセンシーやゲーム会社のコンテンツが対象になっているのだが、「鉄腕バーディー」のような日本のコンテンツをダウンロード(というかアップロード)したケースでも警告が寄せられたという報告もある。

【ISPから】Baytspって何?【( ゚Д゚)ゴルァ!!】

結局、だいたいのことは把握できているので、あとは最後の一手をどうするか、というところじゃないかなと。

できれば一次放流者をとっつかまえたい、というところなんだろうけど、それが難しいとなれば、別の方法を考えなければならない。具体的には、ACCSが望んでいるように、一次放流者ではないダウンローダーであってもアップロードに加担したとして摘発するとか、特定のサイト(トラッカー)へのアクセスをISPレベルで遮断してしまうとか、そもそもそのサイトを閉鎖に追い込んでしまうとか、スリーストライクスキームを導入して違法ダウンローダをネットから切断してしまうとか、違法アップロード/ダウンロードに繋がるリンク行為にも責任を負わせるとかになるのかな。一端アクションを起こしてしまえば、後はその先例に倣ってなし崩し的に進められるようになる。

個人的にはそういう状況はなんとしても避けたいところなので、できれば違法ファイル共有を止める方向に向かってくれないかなーと思ってます。

*1:ShareやWinnyの『匿名性』は間にたくさんのユーザを挟むことにあるわけで、IPアドレスがバレる/バレない云々の話でもないと思う。

*2:明確にそれ以外のユーザが検挙された、と伝えられたケースはなかったと思う。

*3:少なくとも現時点では

*4:もちろん、小規模な閉じたネットワークを作ることはできるが、そのようにデザインされたシステムではないだろう

*5:捜査手法の限界もあるだろうけど

*6:過去1年以内にファイル共有ソフトを利用したユーザが現役ユーザだというのが、この調査の定義。

*7:全体平均の値が小さい場合、10%を基準にするのは不適切かもしれないけど。

*8:あくまでも相対的にみればであって、絶対的に見れば音楽DLが数値としては最も大きいことに注意。

*9:漫画の早売り需要が低いことを考えると、Shareでの漫画の需要は主に複数巻のセットとかなのかな?

*10:実際はどうかわからないけど。