デジタル時代への適応:オンエア解禁とシングル発売を同時に

ユニバーサルミュージックソニーが、英国で"On Air, On Sale"という新しい試みをはじめます。これは新曲のラジオオンエアと同じ日に、シングルとして発売するというもの。過去にこのような試みがなかったわけではありませんが、2月1日からは原則として両社すべてのニューシングルが対象となります。

ソニーら、ラジオ オンエアとシングル発売を同時展開へ - Engadget

ラジオが新曲のお披露目の場だったりということもあって、割と大きな動きともいえるこの「On Air/On Sale」。この動きには、海賊版対策という背景もあるのだという。リスナーがラジオでかかった曲を気に入って手に入れようとしても、iTunesなどの音楽配信サービスで見つからなければ、海賊版をダウンロードするよう誘惑されてしまう、だからすぐに買えるようにしよう、という塩梅で。

個人的には、海賊版を探すか、あきらめて次第に冷めていくか、リリースまで待つかはその人によりけりだと思っている。その意味では、海賊版対策というだけではなく、今まで機能していなかった購入機会を掘り起こすための動きといえる。

もう1つ、この動きの背景として考慮しなければならないのは、すでに英国のシングル市場は音楽配信にシフトしてしまったということ。

2000年〜2009年までの売り上げ数量データはBPIのDigital Music Nation 2010に、2010年の売り上げ数量データはBPIのプレスリリースに従った。

ご覧の通り、現在ではCDシングルはほぼ皆無であり、完全に音楽配信に移行してしまったことがわかる(ほぼ「シングル=新譜」であったCDシングルとは異なり、音楽配信の場合、アルバムからの単曲購入もシングルとして換算される点に注意が必要)。気に入ったシングル曲を購入するために、レコードショップに行く人はもはやほとんど存在しなくなった現在では、レコードショップで売るための戦略ではなく、音楽配信で売るための戦略が必要になったんだろう。

もちろん、これまでのような、リリースまでの数週間にわたって新曲キャンペーンを展開し、ファン/リスナーの認知、期待を高めつつ、リリース週にチャート上位に食い込んでそこからさらに広げる、なんてやり方が全く通用しなくなったわけでもないとは思う。ただ、それは一部のファンのたくさんいるミュージシャン/アーティストに限られたり*1、ファンの属性にもよるのかなとも。

EMIは各アーティストや作品ごとにその都度方針を決定するとのことで、ユニバーサル、ソニーのような原則などは設けていないとのこと。昨年イギリスで大ヒット、日本でも昨日発売されたばかりのタイニー・テンパー(Tinie Tempah)はラジオ先行で解禁したのに対し、ゴリラズ(Gorillaz)の“Stylo"などは放送解禁と同時に発売しているが、それぞれに成功を収めたという。

ユニバーサルとソニー、英国でオンエア解禁とシングル発売を同日に - OOPS!

聞いてすぐに買える環境を作ることは、比較的ファンベースの小さな、これからファン層を広げようというミュージシャン/アーティストにとって、より重要なことだと思う。聞いて気に入ってもらえたとしても、リリースまでに数週間となればいつの間にか忘れ去られてしまうこともある。忘れられないように、さらに注目を集めるためにキャンペーンに力を入れてもらえればよいのだろうが、必ずしも手厚いサポートを受けられるわけでもない。インディペンデントであれば、キャンペーンをはることすら困難だしね。

そんな状況では、偶然であれ何であれ、1つの出会いを購入機会としてつなげていくのがベターのかなと。全員が全員購入してくれるわけではないにしても、そこには潜在的な購入者が含まれている。リリースまで胸ときめかせつつ待ってくれたり、購入できる配信サービスを探したり、購入のために何クリックでもしてくれるほどには熱心ファンではない人にも購入してもらうためには、購入を遠ざけている要因を取り除いていかなければならない。私がBandCampを推すのは、そういう理由もある。BandCampでは、試聴用プレイヤーと購入経路が一緒になっており、気に入ったらすぐにその場で購入できる*2。まぁ、日本ではPayPalアカウントが必要*3ってのが大きなハードルになるわけだけれども...orz

もちろん、万人にとって良しというわけではないと思うので、それぞれにとって良し悪しあることを理解した上で、メリットが上回るのであれば積極的に取り入れても良いとは思う。Pop Justiceの記事「On air on sale = amazing」にはその辺のことも書かれているのでご参考まで。また、BlurのドラマーでFACメンバーでもあるデイヴ・ロウントゥリーも「On Air/On Sale」は"the up and coming bands"にとって有益だ、なんていってたり。どちらの記事もなかなかおもしろいです。

日本ではどう?

日本も、音楽配信が隆盛を迎えているが、主力は着うたフルといっていい。「On Air/On Sale」とは異なるけれども、日本では「着うた先行(独占)配信」とかいってババーンと売り出したりもしている。一方で、CDシングルも英米に比べれば売れており、配信、CDの双方を意識するのであれば、バランスのとれたやり方が必要だ、というのが現状なのかも。ラジオの位置づけも異なるだろうしね。

余談

英国では、シングルはほぼデジタルダウンロードされている、というのは上述したとおりなんだけれども、アルバムは未だにCDの方が優位となっている。

CDアルバムの販売数量は英国でも減少を続けているが、一方でデジタルアルバムの販売数量は徐々にではあるが増加している。ただ、デジタル vs. フィジカルで見ると、依然としてフィジカルの販売数量が多く、もうしばらくはCD中心の時代が続くんだろう。

*1:「On Air/On Sale」によってチャート上位を逃し、広範囲のリスナー層にリーチできなかった(つまり買ってくれたかもしれない人に届けられない)、とかいうこともあり得る。

*2:個人的には、購入してもらうことは、金銭的な面以上に、リスナーの音楽コレクションに自身の音源を加えるという点で重要。

*3:クレジットカードでも可