違法DL刑事罰化:韓国レコード市場は規制強化のお陰で回復したのか

前回のエントリからの続き。違法DL刑事罰化の根拠として、韓国における規制強化がレコード市場の回復につながったと主張されているけれども、それは本当だろうか、他にも考えるべき事情はないのだろうか、というお話。

かつて“違法DL大国”と呼ばれた韓国でも、09年7月の法改正で罰金刑を敷いて以来、2年間で音楽売り上げ(配信中心)が39%増加。音楽ビジネスが持ち直した。

音楽違法DLに刑事罰 6月法案化へ - 社会ニュース : nikkansports.com

この記事では、違法ダウンロード刑事罰化がコンテンツ産業にとっての銀の弾丸であるかのように描かれている。実際、違法DL刑事罰化を要望する人たちは、これで解決すると明示的に主張することはないが、甚大な被害から縮小するコンテンツ産業を救うものであるかのように訴えている。

その流れで、著作権保護の強化に踏み切った韓国の事例を成功したストーリーとして語り、違法DL刑事罰化すべき理由のリストに連ねている。規制を強化すれば、違法ダウンロードは減り、産業は回復する、大雑把に言えばこのような筋書きなのだが、実際に規制を強化する理由として語られる言葉は、この程度の説得力しかない。

規制を強化してうまくいくのであれば、日本だってこれまで規制を強化し続けてきた。送信可能化権を導入し、著作権侵害の罰則を強化し、映画盗撮防止法*1、ダウンロード違法化をゴリ押しで通した。違法アップローダーの摘発も世界的に見てかなり頻繁に行われている。また、前回のエントリで紹介したドイツでも、世界に先駆けて違法DL刑事罰化を導入したが、混乱こそすれレコード市場の回復にはつながっていない。

それでも、対策は不十分だ、さらなる規制が必要だと叫ばれる。「この規制こそ必要だ、これがあれば…」と叫び、それが手に入れば、「次の規制こそ必要だ、これがあれば…」。これが繰り返されてきただけだった。おそらく、違法DLを刑事罰化してもこのループからは抜けられないだろう。

少し前置きが長くなってしまったが、韓国の規制強化を成功事例として扱うならば、漠然とした関連付けから推測するのではなく、どのような規制が行われ、どのような効果が得られ、どのようなネガティブな事態を引き起こし、それがどのような環境で起こったのか、を十分に理解し、その上で、自分たちにも望めるサクセス・ストーリーであるかを見極めるべきだろう。これは規制という一側面を見るだけではわかりようはなく、多面的、俯瞰的に見なければ見えてこない。

韓国の違法ファイル共有事情

ハングルが読めないため、限定的、伝聞での情報収集しかできていないのだが、韓国の違法ファイル共有レートは、世界的に見ても高い水準にあると言われている

その背景の1つに、ICT産業振興を国策として進めてきたことがある。急激にインターネット環境が整備され、法整備や教育、啓蒙が追いつかないうちに、海賊文化に覆いつくされてしまったように思う。国内P2Pファイル共有サービスやウェブハード(サイバーロッカー)が登場、成長し、現在に至るまで、海賊版流通を生み出し続けている。特に近年ではウェブハードが違法コピー流通の中心となっており、こうしたサービスの中には、報酬プログラムによりファイルのアップロードにインセンティブを与え、海賊版流通を促進してきたところもある。

しかし、政府や権利者サイドも手をこまねいて見ていたわけではなく、コンテンツ産業衰退の原因を海賊版流通に求め、対策を講じてきた。

韓国の違法ファイル共有対策

2009年10月30日に開催された「第6回 コンテンツ流通促進シンポジウム第6回 コンテンツ流通促進シンポジウム」にて、東京都市大学専任講師の張睿暎さん(@chang_tcu)が韓国における違法ファイル流通とその状況について、以下のように話している。

現状としては、2点ほど大きな悩みがあります。まず第1に、みなさんご存じだと思いますが、音楽・映画・ゲームなど著作物の不法共有問題です。インターネットインフラがすでに定着している韓国では大容量の動画ファイルのダウンロードも瞬時にでき、公開して間もない映画がインターネット共有サイトで入手できるという問題が起きています。多くの著作権者を悩ませてきましたが、ここ2〜3年、著作権侵害に対する国レベルの取り締まりがかなり強くなっていますので、不法共有問題は、だんだん減っているということです。

第6回 コンテンツ流通促進シンポジウム

最近、この2〜3年は国として著作権侵害を非常に強く取り締まっているので、表にでているファイル共用サイトがほとんど消えている。まだ残っているものは、非常に隠れていて使いづらくなる。一般の視聴者がただでダウンロードするために、不法なサイトにアクセスするのが非常に面倒になったというのが、一つの要因だと思います。

第6回 コンテンツ流通促進シンポジウム

韓国では国をあげて著作権侵害対策に取り組んでおり、2009年の時点で一定の抑止効果が見られているのではないか、という。もちろん、法規制・エンフォースメントとウェブハード事業者・ユーザとのイタチごっこが未だ続いており、問題は解決されたという段階にはないのだが、以前に比べると緩和されてきているのかもしれない。

対策の強化が、違法ファイル共有問題の緩和、そして冒頭にあるようなレコード市場の回復に直接つながっているのかは定かではないが、この問題に対する法規制・エンフォースメントが強化されてきたことは確かだ。まずはその歴史を見てみることにしよう。

国を挙げて取り締まりを強化したという2007年頃からの施策を中心に紹介したいのだが、それ以前にも法規制では、伝送権の導入、罰則の強化、登録著作物侵害への過失責任(2000年)、技術的保護手段の保護、権利管理情報の保護、オンラインサービスプロバイダの免責要件を規定(2003年)、音楽著作隣接権者への伝送権の付与(2004年)、著作権管理事業者の著作権侵害に対応する際の信託対象証明義務を削除*2(2005年)などが行われてきた(参考.pdf)。

国をあげてのオンライン著作権侵害の取り締まり強化

はじめに断っておくと、韓国ではダウンロード違法化はなされておらず、したがって罰則についても付与されてはいない。基本的には、違法アップローダーへの対処と場を提供するポータル、ウェブハード、P2P共有サービスへの対策が中心となっている。

2007年6月、著作権法の全面改訂に際して、特殊な類型のオンラインサービスプロバイダ*3P2Pファイル共有、ウェブハードなど)への義務を強化。こうしたサービス事業者は、権利者の正当な要請に応じ、当該著作物等の不法な伝送を遮断する技術的措置等の措置を取る義務が課せられるようになった。この技術的遮断措置には、検索制限や違法コンテンツ追跡管理システム(ICOP:参考)などが含まれる。後者の詳細は不明だが電子指紋フィルターのようなものだろうか。

2008年9月には、著作権侵害へのエンフォースメントを強化するため、著作権特別司法警察が発足された。この機関は文化体育観光部*4に所属しつつも、特別視法警察権を持ち、著作権侵害、不正流通の取り締まりに特化している。全国4箇所に事務所を設置し、オンライン・パイラシーの常時監視や営利目的又は常習的なヘビーアップローダーの捜査・摘発のみならず、違法流通の停止措置なども行う。また、音楽、映像、ソフトウェア、出版、ゲームの5分野でウェブハードやP2P共有サービスが技術的遮断措置を講じているかをチェックし、違反している場合には摘発、過料を賦課する。

2008年12月には、犯罪収益規制法の改正により、著作権侵害によって得た収益を全額没収または追徴できるようになった(これは米韓FTAにも含まれていた項目)。また、懲役刑が科された場合でも罰金刑が併科できるようにもなり、事実上の罰則強化とも言える。

2009年3月、文化体育観光部は、違法著作物流通への取締りの更なる強化を表明。「ネイバー」「ダウム」などのポータルサイト、ウェブハード、P2P共有サービスでの違法コピー流通を24時間自動監視・警告システムの整備し、違法流通の早期遮断を目指すとした。監視の強化については、障害者を雇用し在宅での監視業務などの施策を打ち出した。他にも、常習的なヘビーアップローダーへの集中取締りの成果公表し、今後は常時摘発を目指すとした。

2009年5月、20年ぶりに米国通商代表(USTR)の知財監視対象国から外れる。一時は優先監視対象国とまでなっていたが、著作権保護政策が評価されたものと思われる。ただし、監視対象国リストは米国が外圧をかけるための常套手段であり、韓米FTAにおいてかなりの要求を飲まされたことも、その背景にあるのだろう。

2009年7月、いわゆる韓国版スリーストライク法が施行された。文化体育観光部長官は著作権委員会の審議を経て、違法コピーを提供したアップローダーやウェブサイト・掲示板に警告を与え、3度の警告後も改善しない場合には、6ヶ月以内のアカウント停止、サービス停止を命じることができる(参考.pdf)。この措置は裁判所が判断するのではなく、著作権委員会という行政機関が審議を行う。

2010年11月、スリーストライク法施行後、初のアカウント停止命令が下された。対象となったユーザはヘビーアップローダーと見られており、3度の警告後も違法アップロードを継続していたという。この時点で469のアカウントが3度目の警告を受け取っているという。

2011年10月、文化体育観光部は、トレントサイト(63件)、マジコン販売サイト(25件)、映画・音楽のストリーミングサイト(15件)など計113サイトについて、情報通信網法に基づき、通信委員会に接続遮断などの措置を求めた。この内、33%(38件)は海外にサーバを置くサイトであった。同法では、不法情報の流通を禁止でき、政府・通信委員会に強い権限を与え、ISPブロッキングを命じることができる。

2011年11月には、ウェブハード登録制を導入した。要件を満たしていないウェブハード事業者やP2Pファイル共有サービスを排除することを目的としている。InternetWatchによれば、以下の要件が設けられているという。

  • 悪意のあるプログラムをコンテンツで判別できる技術的な措置
  • 著作物等の不法な伝送を遮断する技術的措置(著作物の認識技術、検索、および送信の制限、警告文発送)
  • 違法行為を追跡するための利用者情報(ID、メールアドレスなど)の表示、および2年以上のログファイル情報の保存
  • 青少年有害媒体物(広告を含む)流通防止と表示のための措置
  • 個人、法人を含めて、資本金3億ウォン以上
  • 事業計画及び利用者保護計画書
【海の向こうの“セキュリティ”】 第63回:韓国、オンラインストレージ事業者を登録制に ほか -INTERNET Watch

ウェブハード事業者やP2Pファイル共有サービスへの摘発を強化しても、刑事告訴による摘発には時間がかかり、行政命令でも売却・閉鎖後に新たに立ち上げという抜け道があった。また、過料賦課を続けても利益の方が上回っており効果が薄く、モニタリングの限界、ウェブハード閉鎖に伴う正規利用者の弊害もあった。そこで、一定の基準を設け、抜け道を悪用する業者を締め出す施策を打ち出したと言える。

また、2011年中に2度の著作権法改正が行われ、以下の項目が加えられた。

  • 著作権及び著作隣接権(放送を除く)の保護期間延長(50年→70年)
  • DRM回避規制の導入(アクセスコントロール回避規制も含む。例外あり)
  • 法定損害賠償制度の導入
  • ISPの責任制限条項の修正(欧米との間のFTAに合わせた形への修正)
  • 権利管理情報の除去・改変規制
  • フェアユースの導入
  • 一時的複製の例外の導入
第267回:去年の韓国の著作権法改正とフェアユース: 無名の一知財政策ウォッチャーの独言

殆どの項目が韓欧FTA、韓米FTAに対応するためのものだが、フェアユースに関しては強すぎる規制を緩和するために導入されたと言える。ただし、フェアユースは後述する韓国国内の混乱に対処するためのものでもあった。

またエンフォースメントに関して、著作権特別司法警察の2009年・2010年の成果が公表されている。

特司警司法処理はユーザまたは事業者の送検、過料処分は事業者に対する罰金。摘発や是正命令、是正勧告もかなりの数に上り、また削除件数も3,500万件近く。

  • 不法複製物の合法市場侵害規模:(2008年)2兆4千億ウォン→ (2010年)2兆1千億ウォン
  • 不法複製物の合法市場侵害率:(2008年)22.3% →(2010年)19.2%
文化部、「著作権特別司法警察大邱(テグ)事務所」 15日に開設 - JETRO Seoul

侵害規模や侵害率については、どのように算出されているのかがわからないので評価できないが、パターンとしては減少傾向にあるといえるのだろう。

規制強化の弊害

上記のような規制強化を推し進めていった結果、韓国内で大きな混乱が生じている。前回紹介したドイツの事例よろしく、大量の告訴、和解金ビジネスである。

 この頃、著作権保持者と法律事務所が手を結び、ブログやカフェ(同好会サイト)などに音楽ファイルを掲載したネットユーザーを手当たりしだい告訴している。有料で購入した音楽ファイルであっても、ブログのBGM用に販売されているファイル以外の音楽ファイルを添付したり、リンクしたりしていると告訴の対象になる。ちょっとしたことでもすぐ告訴されてしまうので、社会問題にまでなっている。

 作品を批評するため漫画の半ページ分を掲載したのに、ある法律事務所から著作権違反で告訴されたユーザーは、100万ウォンの謝罪金を払わないと告訴は取り下げられといわれ、漫画の作者に事情を説明して告訴を取り下げてもらったという。

 権利を委任されているとはいえ、このケースのように、作者ですらあっさり取り下げに合意するような著作権法違反告訴を法律事務所が実行しているのは、著作権法を守らせるためというより「謝罪金ビジネス」に過ぎないとの批判の声が上がっている。謝罪金をたくさん集めるほど法律事務所がもらえる手数料も増えるからだ。

著作権法違反をネタにした「謝罪金請求」が多発、告訴爆弾に歯止めをかけろ!:PC Online

こうしたケースは2007年頃から急増し、2008年には2万3470人の青少年が著作権侵害容疑で立件され、高額な謝罪金を要求された高校生が飛び降り自殺するという事件まで起こった。法律事務所はアルバイトを雇い、著作権侵害の発見にインセンティブを与えたため、上記のような正当な利用ですら、他人の著作物だということで告訴するということが起こった。

また、告訴されたユーザの多くが未成年者で、子供の将来を考えれば親が謝罪金を支払うだろうという算段があったものと思われる。

 「警察から電話があり、ある法律事務所がうちの子供を著作権法違反で告訴したので、和解した方がいいのではないか言われた。告訴を取り下げてもらわないと子供が学校にも行けず警察で調査を受け、裁判所にも出席しないといけないという。警察は小学生なので謝罪金はないだろうと話していたが、法律事務所はうちの謝罪金は小学生であっても70万ウォンだと繰り返すばかり。子供が警察に裁判所に連れまわされ、一生忘れられない恐怖を感じるより謝罪金を払った方がマシだと思った。子供のためには何でもしてしまう親の立場を利用して謝罪金をかき集めている」と憤慨していた。

 警察のサイバー捜査隊の説明によると、著作権法違反で告訴されるネットユーザーのほとんどが未成年者だという。未成年者なので保護者に出頭要求書が届けられるが、子供を守るためほとんどのケースで親が30万〜80万ウォンの謝罪金を払って和解する。

著作権法違反をネタにした「謝罪金請求」が多発、告訴爆弾に歯止めをかけろ!:PC Online

さらに、国外の権利者からの法的措置も行われ、2009年8月には日米のポルノ会社が、韓国のユーザ数千名を告訴した。もちろん、その背後には国内の法律事務所が介在したのだろうが。

文化体育観光部では、こうした無差別な告訴を問題視し、時限的に「教育条件付起訴猶予制度」を導入し、青少年の初犯については捜査を行わず不起訴とし、教育的措置を講じるとした。この制度は2009年3月から全国で適用され、成人にも適用されることになった。当初は1年間限りの時限的制度であったが、2010年2月に延長が決まり、2011年にも再延長が決定された。また、軽微かつ公正な利用に対する告訴も相次いだことから、フェアユースの必要性も検討されることとなった

このような対策が講じられたものの、スリーストライク法導入以後も、ブログやSNSなどのサービスも規制対象とされたことで、サービス提供者が過剰に反応したり、ユーザの中にも閉鎖、更新停止などの萎縮が広がったという(参考)。

韓国レコード産業の今

著作権侵害対策の強化を続け、一定の効果が得られた大混乱が生じた韓国であるが、冒頭の引用部分にあるように、強化した結果産業が回復したのかを知るためには、韓国レコード産業の推移、状況をしる必要があるだろう。

今年1月に韓国大手マネジメント/レコード会社のSMエンタテイメントが提出した証券申告書に、韓国レコード産業の現状が示されている。(以下はテキストをGoogle翻訳にかけたもの)

2000年代に入ると超高速インターネットサービスの活性化に音源の無料のストリーミングと、違法ダウンロードサービスが開始され、CD市場で代表されたオフラインの音楽市場が急激に崩壊しました。文化体育観光部と韓国コンテンツ振興院が共同制作した韓国の音楽産業白書によると、2001年度3,733億ウォンにのぼったレコード産業の規模は、2009年末には802億ウォンで78.5%も減少しました。


国内音楽市場推移

しかし、2000年代半ば以降、音楽業界はデジタル音楽市場の熾烈な論争と法的攻防を経て、大衆と産業界が互いに納得できるレベルまで制度が整備されました。このような制度の整備を通じ、音楽産業のバリューチェーンは、これまで以上に高精度になりました。また、2000年代半ばの移動通信会社が音源のサービスを本格的に開始し、政府の著作権法改正などで有料化市場が形成され、デジタル音源市場が本格的に成長し始めました。以降、デジタル音楽を流通することができるサービスプラットフォームと音楽鑑賞が可能な携帯型プレーヤーが急速に増加し、音源の流通サイクルが早くなりしてこれは音源の生産サイクルに影響を与えるとしながら、デジタル音源の売上高が急速に増加することになりました。音楽市場がデジタル化され、他産業との融合を通じた多様な新規収益モデルが創出されており、今後デジタル音楽市場の成長はさらに増加すると予想されています。

kind.krx.co.kr/external/2012/01/18/000297/20120118000647/10001.htm

上記のグラフは、単位:億ウォンで、紫がCDの売上、青がデジタル配信の売上。2001年から2009年までなので、スリーストライク法施行以後の推移については不明だが、韓国では早いうちにCDから配信への移行が進み、2004年に底を打った後は回復傾向が続いていたことがわかる。少なくとも日刊スポーツの記事にあるような「2009年の法改正で音楽ビジネスが持ち直した」わけではなく、それ以前から回復基調にあったといえるのではないだろうか。つまり、2009年の法改正による影響なのか、それともデジタル配信が順調に成長した結果であるのかはわからない、ということだ。

CDの売上は2006年にはほぼ底を打ち、微増・微減を繰り返す一方で、デジタル配信は成長を続けている。興味深いのは、2009年時点で2001年の売上を超えており、10年スパンで見ると、低迷ではなく成長したといえる。ただ、日本などと簡単には比較できない理由として、規模が大きく異なることがあげられる。たとえばIFPI の統計などを見ても、日本と韓国のレコード市場では20倍超の開きがあり、人口の差異を考えても韓国のほうが変化が起こりやすかったといえる。

韓国のデジタル配信はここ10年間で大きく成長しているのだが、少なくともレコード市場の大きな国、特に日本から見て、非常に特異な面がある。価格が極めて安いのだ。

アルバムCDでも11,000ウォンから13,000ウォン(約800〜1000円)程度なのだが、ダウンロード配信は平均的な価格で1曲500ウォン(約36円)と更に安くなっている。だが、韓国音楽配信の主流となっているストリーミング・サービスと定額クレジット制サービスではさらに安価に音楽を楽しむことができる。ハンギョレ紙英語ウェブ版によれば、ストリーミングと定額クレジットが韓国レコード市場の7割超を占めるという。

ストリーミング・サービスは、月額3,000〜5,000ウォン(約220〜366円)で聞き放題だったり、定額クレジット制サービスは月額7,000ウォン(約512円)で40曲、9,000ウォン(約660円)で150曲のMP3がダウンロードできるクレジットを購入できる。後者はストリーミング・サービスとパッケージされていたり、1ヶ月ではなく3ヶ月間のプラン(たとえば20,000ウォン:約1465円)もあり、このプランでは3ヶ月間ストリーミング・サービスを楽しむことができる。

もちろん、こうした安価な音楽の提供を誰もが歓迎するわけではなかった。レコード会社やミュージシャンは、廉売され、かつ取り分が少ないことに不満の声をあげ、ミュージシャン・フレンドリーを謳うサービスまで登場することになった。個人的には、さすがに安すぎるだろうと思う。

海賊版対策として、厳格な法規制、エンフォースメントの実施を行っただけではなく、安価に利用可能な選択肢があったことを考慮すると、全くペイしない海賊ユーザが有料サービスの利用者に変わったとも考えられる。法改正の影響があったにせよ、海賊行為のリスクを高め、海賊版へのアクセスの機会を減らすと同時に、手を伸ばしやすいサービスが存在していたことがレコード市場の成長につながったように思える。もちろん、海賊ユーザに魅力的なサービスならば、一般のユーザにも魅力的にうつるだろう。

韓国レコード市場はなぜ回復しているのか

かつて“違法DL大国”と呼ばれた韓国でも、09年7月の法改正で罰金刑を敷いて以来、2年間で音楽売り上げ(配信中心)が39%増加。音楽ビジネスが持ち直した。

音楽違法DLに刑事罰 6月法案化へ - 社会ニュース : nikkansports.com

もう一度、これが正しいのかどうか考えてみよう。たしかに2009年7月以降、2年間で売上が39%増加したのかもしれない。しかし、そこに大きな見落としはないだろうか。規制のお陰で改善したように見えても、その現象を引き起こした様々な背景、そしてそれが引き起こす弊害について考えなければならない。

同じようなサクセス・ストーリーを日本でも期待できるのだろうか。そもそも市場規模が大きく異なり、1人あたりが購入している額が大きく異なっている。また、韓国やドイツの事例のように大量の告訴や民事事件が生じての結果であり、同様の効果を狙うために日本でも同じことができるのかも考えなければならない。また、仏スリーストライク法施行以後、違法ファイル共有は大きく減ったものの、売上が上昇することはなかった。たとえその効果があったのだとしても、海賊ユーザのお金はCDではなく、デジタル配信に向かったのだといえだろう。携帯向け以外の配信がほとんど進んでおらず、CD中心の日本のレコード市場ではどうなるだろうか。さらに、韓国のレコードの相場が、日本のみならず、欧米から見ても極めて安価であり、非常に手を伸ばしやすいものであることも無視できない。

1つの原因と1つの結果とを強引に結びつけるのではなく、多面的、多角的に考察し、その過程を精査し、自分の国においてもその結果を期待できるか、何かしらの弊害が生じうるか、生じるとしたらどうすれば最小限に抑えられるのかを考えなければならない。

*1:余談だが、映画盗撮防止法に基づく逮捕事例は、私が知るかぎり2件しかない。いずれも、私的に楽しむ目的で録音・録画されたもので、1つは携帯電話で録音していたら見つかって通報されたという事件、もう1つはストーカー事件の捜査過程で映画を盗撮していたビデオが発見され、逮捕されたという事件。

*2:一度に大量の侵害に対して対応するため

*3:他者相互間でコンピュータ等を用いて著作物等を伝送するようにすることを主な目的とするオンラインサービスプロバイダ

*4:日本で言うところの文科省だろうか