あなたは音楽チャートに何を求める?

前回のエントリでは、オリコンシングルチャートを軽くDISってみた。オリコンシングルチャートが時代遅れだという点については、既にシングルの主流がCDではなくなった現在でも、CDのみのチャートであること、そして、「シングル」として売られているものがもはやシングルという枠に収まりきれていないのじゃないか、ということを主な理由としてあげた。

問題の1つに「CDのみのチャート」があるのだが、では着うたフルやPC向け音楽配信のデータを含めれば、総合シングルチャートとして十分かというと、必ずしもそうだとは言いがたい。あくまでも「シングル・セールス・チャート」にすぎないからだ。

もちろん、セールスチャートでも総合チャートとして十分じゃないかと考える人もいるだろう。その一方で、不十分だと考える人もいる。しかし、そうした判断の基準は両者に共通していると思う。「総合シングルチャートとして求められているもの」、言い換えれば「あなたが総合シングルチャートに求めるもの」を満たしていると考えるかどうか。

What's Hot

業界人ならいざ知らず、一般の人にとってシングルが「どれだけ売れたか」自体にはあまり意味はない。それが意味を持つのは「どれだけ売れたか」を知ることで、「どれくらいホットか(What's Hot)」を知ることができるためである。CDシングルだけではなく、着うたフル、PC向け音楽配信もチャートに加味した方が良いと考えるのも、もはやCDシングルだけを指標にしていては「What's Hot」を知り得ないからだ。しかし、「何がどれくらいホットか」を知ることが目的であれば、必ずしもセールスに拘る必要はない。あくまでもセールスは指標の1つに過ぎない。

米Billboard Hot100は、長らくラジオでのエアプレイを重視した総合シングルチャートを発表してきた。時代によってエアプレイをどの程度加味するかという部分の変更は幾度もあったものの、基本はセールスよりもエアプレイ重視の姿勢を貫いている。これは、米国のラジオ文化*1が背景にあって、ラジオでのエアプレイ*2が「What's Hot」の主要な指標となっている。今となっては、米国にCDシングル市場がほぼ存在しないに等しいことを考えると妥当な方向性とも言える。

現在は、iTunesやRhapsodyなど音楽配信データ、AOL MusicやYahoo! Musicなどのストリーミング配信データも追加され、「ニールセンBDSのエアプレイデータと、ニールセン・サウンドスキャンによるセールスデータ、オンライン音楽サイトから提供されるストリーミングデータを合算した、全ジャンル総合の全米シングルチャート*3」という形をとっている。Billboard Hot 100のこれまでの紆余曲折は、Wikipediaの記事にコンパクトにまとまっているので、お時間のある方は是非。[Billboard Hot 100]・[ビルボード][ラジオ&レコーズ]

また、この12月に入ってからの動きなのだが、米Billboardソーシャルネットワーク上での人気をベースにしたウィークリーチャート「Social 50」を開始した。FacebookYouTubeMySpaceTwitter、iLikeなどSNSをデータソースとするチャートとなる。今のところ、Hot100に組み込まれてはいないようなのだが、米Billboardの編集ディレクター ビル・ヴェルデはこの動きについて以下のように述べている。

「私達は、引き続き変化する音楽の状況のチャート化に対応していきます。『Social 50』はビルボードのさらなる進化であり、変化する時代に向けた答えです」

ビルボード、ソーシャルメディアで人気のミュージシャンを測定しランク付けした「Social 50」チャートを開始 - jay kogami's posterous

無料配信によるシングルリリースも珍しくはなくなってきた昨今、そうした動きもフォローしていくのかという点も気になるのだが、オンライン上のファンアクティビティを1つの指標とするという方向性は、指標化の難しさは伴うけれども、重要性を増していくだろう。「Social 50」の詳細については、jay kogami's posterousさんのエントリをご参考に。

ところで、こうした様々な指標を用いたチャートの集計は、何も企業だけが行っているわけではない。たとえば、ニコニコ動画では、ユーザが自発的にVOCALOID曲のチャートを作成していたりもする。

再生数に、コメント数、マイリスト登録数を加味したポイントによって集計しているところなどは、ニコ動ならでは。週刊VOCALOIDランキング以外にも、ニコニコ動画にはたくさんのランキング動画が投稿されている。作り手と視聴者とが近く、視聴者側の意見が作り手に伝わりやすいということもあり、視聴者が「いかがなものか」と感じる点については修正が加えられることもしばしばある。もちろん、歴史の浅さゆえに試行錯誤を繰り返しているとも言えるのだが、誰のためのチャートなのかという意識の強さもあるのだろうと思う。

結局のところ、私たちが「チャートに何を求めているか」とそのチャートが「何を表そうとしているか」が一致していることこそが重要なのであって、データそのものが重要なわけではない。米Billboard Hot100のやり方がベストだとは思わないし、総合シングルチャート以上に総合ソングチャート然としているけれども、CDシングルのみを扱うオリコンのシングルチャートに比べれば遙かにベターであると思う。少なくとも、今何がホットかを知るための手法としては。

なお、総合アルバムチャートである「Billboard 200」は、フィジカル(実店舗+Eコマース)とデジタル(音楽配信)のアルバムセールスから算出されている。

何が、どれくらい「ホット」であるのかを知るための指標は、時代と共に変化を続ける*4。CDシングルチャートが全く無意味だとは思わないが、CDシングルの価値が時代と共に変化するにつれて、CDシングルチャートの意味も変質してくる。その意味で、日本のシングルチャートとして扱われてきたオリコンシングルチャートはもはや時代遅れであり、ヒットチャートとしての色彩を大きく失っているのだと思う。

もちろん、国内シングルチャートはオリコンだけのものではない。たとえば2005年にローンチされたビルボード・ジャパンも総合シングルチャートHot100を公表している。そのBillboard JAPAN Hot100に、最近面白い変更があった。

Billboard JAPAN Hot100チャートの再調整

Billboard JAPAN Hot100は今年12月より、Hot100チャートの集計対象、算出方法を変更した。プレスリリースではその理由を、「ビルボードジャパンチャートを今日の音楽マーケットをより反映したチャートにリニューアルする」ためだとしている。(PDF

これまでビルボード・ジャパンのHot100は、ラジオでのエアプレイと実店舗のパッケージセールスのデータをもとに、エアプレイ7、セールス3の割合でチャートを算出してきたのだが、12月よりセールスの対象を実店舗+ネットショップに拡大し、さらにiTunesStoreでの配信回数も加味された。エアプレイ*5対セールス*6iTunes*7のポイント比率を約69対21対10として指標化したチャートとなった。

本家の米ビルボードよろしくエアプレイを重視しており、日米のラジオ文化の違いを考えると果たして妥当なのかどうかという疑問もあるが、「何がホットなのか」を知るための指標としてエアプレイを重視するのもひとつの手だとは思う。とはいえ、ここに着うたフル配信回数なども加われば、さらに面白そうかなとも思うのだが*8

ジャンル別のチャート

ビルボード・ジャパンはHot100の集計、算出方法の変更に加えて、「デジタル&エアプレイ洋楽」と「ホットアニメーション」の2つのチャートを追加した。これにより、エアプレイ+セールス+iTunesの総合シングルチャートHot100、セールスをベースとしたシングルチャートアルバムチャート、ジャンル別アルバムチャート(ジャズクラシック洋楽サウンドトラック)、インディーズチャート、エアプレイをベースとした総合エアプレイチャートアダルト・コンテンポラリチャート(R35向け番組を対象)、iTunes配信とエアプレイをベースとした洋楽デジタル&エアプレイ、セールスとエアプレイをベースとしたアニメソングチャートの計11種類のチャートとなった。これについてビルボード・ジャパンは「多様化する音楽マーケットを指標化し、より多くの音楽ファンのニーズに対応」するためだとしている。オリコンにも月間アニメソングチャートはあるのだが、ビルボード・ジャパンの方は週間チャートとして発表されている。

上記にあげたように、ビルボード・ジャパンには、ジャズ、クラシック、サントラ、アニメといったジャンル別チャートがある。オリコンは演歌・歌謡、アニメ、ジャズといったジャンル別チャートを公表している。

「多様化する音楽マーケット」と言っても、音楽ジャンルとして見たときには、日本にはJ-POPというごった煮ジャンルがあまりに幅広すぎて、ジャズ、クラシックは別としても、演歌・歌謡、アニソンがようやく*9ジャンルとして独立できている、というところだろうか。

一方、米Billboardでは、Pop、Dance/Club、Dance/Electronic、R&B/Hip-Hop、Rap、Rock、Alternative、Hard Rock、Country、Blueglass、Jazz、Blues、Classical、Latin、Latin Pop、Christian、Gospelなどなど実に多岐にわたる。一覧はこちら。Dance/Clubチャートは「Billboardに登録されたDJが、ダンス・クラブで1週間の間にプレイされた楽曲を集計した、クラブ・プレイ・チャート」とのことで、これもなかなか面白い。

また英Official Chart Company(OCC)も総合UKシングル/アルバムチャート以外に、Dance、R&B、Rock、Alternative、Classical、Country、Jazz & Bluesなどなどこちらも多岐にわたる[BBC - Radio 1][Official Music Chart]。

英米共に各ジャンルに確立したシーンがあったり、米国ではそれぞれのジャンルに特化した専門ラジオ局が、英国では専門店があったりして、それがジャンル別チャートのベースになってもいる。

もちろん、音楽文化もレコード文化も異なる日本に、このようなジャンル別チャートを持ち込むことが必ずしも良いとは言い切れないが、総合シングルチャートがほぼアイドルチャート化しているのを見るに、1つの方向性としてありなのではないかなと思ったりもする*10

余談:J-POP解体

日本にも音楽ジャンル毎にシーンが存在してはいるのだろうけれども、J-POPという漠然としたジャンルにスポイルされて、シーン全体があまり可視的ではないようにも思える。ジャンルを前面に押し出すようなてこ入れってのがあっても面白いと思うんだけどなぁ。マスがますます離れていく中、昔ながらの方法論に拘っていても空回りしていくだけじゃないかと思ったりもするのだけれども。と、いろいろ書こうと思ったけども、長くなりそうなので、今日はここまで。

*1:全国で1万局を超えるラジオ局が存在している。音楽専門局、ジャンルに特化した専門局も数多く、音楽情報の主要ソースとなっている。ただ、インターネットの普及に伴い、その影響力は弱まっているのでは、とも言われているが。

*2:正確には聴取者数

*3:"The Week's most popular songs across all genres, ranked by radio airplay audience impressions as measred by Neilsen BDS, sales data as compiled by Neilsen SoundScan and streaming acitivity data provided by online music sources." 訳文は「The Billboard Hot 100|US Chart Ez Path|Billboard JAPAN」より。

*4:もちろんこれは、チャートに限らず、目には見えない「現象」を捉えようとする試みにつきまとう永遠の課題でもある。

*5:株式会社プランテックの提供する全国32局のFM/AMラジオ局を実際にモニタリングして集計した楽曲放送回数に、エリア別の人口と平均聴取率を乗じて算出

*6:株式会社エス・アイ・ピーの提供するリアルストア、Eコマース約4,100店舗における販売枚数のパッケージ実売データ(実店舗対ネットストアの売上数量比率は約76対24)

*7:iTunes Japanの配信回数

*8:ビルボード・ジャパンには着うた/着うたフルチャートはないのだが、Billboard x dwangoウェブサイトでは洋楽着うた/着うたフルチャートを公開している。

*9:アニメの主題歌になればアニソンというのも、音楽ジャンルという意味では曖昧な区分だとは思う。

*10:とはいえ、米英のジャンル別チャートを眺めてみるとわかるが、ジャンルによっては長らくチャートに留まり続ける曲も少なくなく、チャートが固定化される問題も起こりうるのだけれども。また、ジャンル別チャートがあるからうまくいくわけではないのは、米英もレコードセールスが低迷していることからもおわかりかと思う。