ライブに『生き残り』を見いだせるのは今だけなのかも

ビルボード』誌の発表した高所得者リスト“Moneymakers”によると、マドンナの昨年の収入は、なんと2億4,217万ドル(約220億円)にも上るという。その大半は、世界中で大成功を収めた“スティッキー&スウィート”ツアーの収益によるもの。

(中略)
アーティストにとって、今や楽曲のセールスよりもツアーによる収益の方が、総収入においてはるかに大きな割合を占めることを物語る結果となった。

マドンナ、’08年に米国でもっとも稼いだアーティストに!(VIBE) - Yahoo!ニュース

Billboardの"Moneymakers"はリテール、ロイヤルティ、ライブなどなどアーティストが得るさまざまな収入を合計した金額でランキングしているとのこと。そのトップ20のリストを以下に。

2009 Music Money Makers List
No Artist Total
1. Madonna $242,176,466
2. Bon Jovi $157,177,766
3. Bruce Springsteen $156,327,964
4. The Police $109,976,894
5. Celine Dion $99,171,237
6. Kenny Chesney $90,823,990
7. Neil Diamond $82,174,000
8. Rascall Flatts $63,522,160
9. Jonas Brothers $62,638,814
10. Coldplay $62,175,555
11. The Eagles $61,132,213
12. Lil Wayne $57,441,334
13. AC/DC $56,505,296
14. Michael Buble $50,257,364
15. Miley Cyrus $48,920,806
16. Taylor Swift $45,588,730
17. Journey $44,787,328
18. Billy Joel $44,581,010
19. Mary J. Blige $43,472,850
20. Kanye West $42,552,402

出典:Billboard "Madonna Tops 2009 Music Money Makers List"

このリストの太字は、昨年のツアー収益で上位20位に入ったアーティストを意味している。以下に、ビルボードのTop 25 Toursから上位20アーティストをリストしておく*1(太字はMomeymakersトップ20入りしたアーティスト)。

Top 25 Tours
No Artist Total
1. Bon Jovi $210,650,974
2. Bruce Springsteen $204,513,630
3. Madonna $185,696,018
4. The Police $149,623,800
5. Celine Dion $91,006,221
6. Kenny Chesney $86,306,618
7. Neil Diamond $81,206,383
8. Spice Girls $70,123,272
9. The Eagles $56,625,336
10. Rascal Flatts $55,863,364
11. Van Helen $49,017,853
12. Trans-Siberian Orchestra $47,382,901
13. Michael Buble $46,333,163
14. Hannah Montana/Miley Cyrus $45,376,189
15. Billy Joel $41,133,051
16. Jonas Brothers $40,080,352
17. Dave Matthews Band $39,583,329
18. Tom Petty & The Heartbreakers $39,138,280
19. Leonard Cohen $36,346,675
20. Journey $35,695,481

出典:Billboard "The years in Music 2008: Top 25 Tours"

こうしてみると、稼いでいるアーティストのほとんどは、ライブからの収入で上位に食い込んでいることがわかる。もちろん、昨年米国にて200万枚以上のアルバムを売り上げたLil Wayne、Coldplay、Taylor SwiftもMoneymakersランキングに食い込んではいるのだが*2、上位4組と比べるとまさに桁が違う。

BillboardのMoneymakersの記事にもあるように、Madonnaは年間アルバムランキングでは50位、オンライン配信では14位、着うたではランク外、にもかかわらず、ライブ収入でトップに躍り出たのだとか。

アーティストの旬はいつなのか

もちろん、稼いだ金額だけがそのアーティストの価値を測るものではないにしても、1つの指標にはなるとは思う

Moneymakersランキングをみてみると、上位4組は80年代に大成功を収めたアーティストであり、Celine Dionもこういっては悪いがタイタニックで一山当てたという印象もある。また、全体的にみても稼いでいるのは若くてイケイケのアーティストというよりは、比較的以前に成功を収めて円熟期*3を迎えているアーティストが少なくない。

以前であれば、私の中では「なぜこうした過去のアーティストが…」なんて思っただろうけれど、そうした過去とか今とかいった判断が何に依存していたのかを考えてみると、所詮は音楽の一部でしかない『レコード』に依存していたように思える。レコードが売れていれば旬を迎えていると思っていたし、レコードが(相対的に)売れていなければ盛りを過ぎたアーティストだと判断していた。

でも、ライブパフォーマンスを見に行きたい、体験したいと思わせることもアーティストの魅力、価値であって、たとえレコードの売上が以前に比べて芳しくなくとも、以前と同様にファンをライブに向かわせることができるのであれば、それもまたアーティストとしての盛りであるのかなと。結局、たとえ過去のレコードセールスには遠く及ばなくなったとしても、私たちがライブに行くのは『今』なわけだから。

ベテランの強み、ニューカマーの弱み

もちろん、絶大なる人気を確立していたとしても、中堅クラスやニューカマーと比較すればベテランの方が強みがあることは疑いない。過酷な生存競争を勝ち抜いたベテランだからこその強みでもあるのだろうけれど。

ある程度の地位・ブランド・ファンベースを確立することができたアーティストは、自らを値踏みしなくてもよいし、足元を見られることもなくなってくる、みられても跳ね返すことができる。また、生き残ることができたということは、熱烈なファンベースを持つことができたということでもある。ベテランクラスまで来ると、そのファン層は少なくともライブに行くくらいには不自由しない程度の経済力は持ち合わせているだろう。

一方で、中堅やニューカマーたちは、(相対的には)浮気性のファンを抱えていると言える。つまり、未だ熾烈な競争の渦中にあるということ。ライバルが多ければ多いほど、得られるパイは少なくなる。また、ニッチ化するとまではいかないにしても、マスに届く情報がますます増大し、多岐にわたり、そしてパーソナライズされていくであろうことを考えると、かつてのように世界が熱狂するアーティスト、アルバム、楽曲はますます生まれがたくなってくるのかもしれない。少なくともそれは、今ベテランの地位に就いているアーティストたちですら、経験したことのない状況かもしれない。

10年後、20年後の音楽シーン

現在中堅、ニューカマーでいるアーティストたちは、10年後、20年後に、MadonnaBon JoviBruce Springsteenのようになれるのだろうか。

現在、そしてこれからは、テレビやラジオといった一方向のメディアがマスに伝えられる情報を握っていたころとは、全く異なった状況になる*4。テレビやラジオが影響力を完全に失うことはないにしても、そのパワーが弱まることは避けられない。おそらく、そうしたパワーを背景に巨大なファンベースを作り上げてきたこれまでのやり方は通用しにくくなるだろうし、さらにいえばその効果サイズも小さくなるだろう。

では、そうした状況がよくないか、といわれるとそうとも思いがたい。今後、ビッグアーティストのファンベースがサイズダウンしたとしても、それは全てのアーティストのファンベースがサイズダウンするということを意味するわけではない。パイのもらい手が増えると考えられはしないだろうか。確かにこれまでのビッグアーティストのように巨万の富を得るということは難しくなるかもしれないが、しかしそうした状況は多様性をもたらす可能性も秘めている。

誰もが口ずさめる、思い浮かべることのできる時代を代表する曲が少なくなるのかもしれないが、その一方で、多様性は新たな音楽との出会いを増やしてくれるのかもしれない。もちろん、いわゆる『タコツボ化』の懸念もあるだろう。しかし、私は、よいものをよいと思う目や耳があれば、音楽は緩く、広く繋がっていくのではないかなと思う。そう考えると、現在の方がむしろタコツボに収まっているようにも思える。

余談

レコードが売れない時代だからこそライブに活路を見いだす、というのはわからないでもないけれど、かといって、これからがライブの時代かといわれると今ライブで成功しているアーティストたちに、これからのアーティストが同じように続いていけるは思えないのよね。むしろ、ライブ、レコード、ロイヤルティ、グッズなどなど可能な限り多くの収益ストリームをそれぞれに最大化させることで、音楽産業が成り立っていくのかなと。

音楽産業の規模が今のまま推移していくかどうかはわからないけれど、今後は今トップにいる*5アーティストたちが少しサイズダウンし、今はボトムに近いアーティストがサイズアップするんじゃないかと思っている。これは私の願望が含まれているところもあるのだろうけれど、それでもマスのアテンションを一手に惹きよせることのできるアーティストがますます少なくなること、(現在からすれば)小規模のファンコミュニティであってもますます繋がりを強固にしていくこと、実際にこうした方向に進んでいくのであれば、今以上に多様な音楽のあり方が生まれてくるんじゃないかなと。

*1:なお、公演数、ソールドアウト数は割愛。余談だけれど、マドンナって公演数少ない割には稼いでるのね。この辺のこともBillboardの記事には書かれているので、気になる方は読んでみてね。

*2:Kid Rockはいなかったけれど

*3:よく言えばね。おそらく好き嫌いも相まって、どうしても受け入れがたいアーティストもいるって意味で。

*4:こうしたメディアが音楽にとって重要だったのは、『まず音楽を聞かせること』ができたためであったと私は考えている。少なくとも、音楽は聞かなければ好きにはならない。また、好きになったあとも、そのブランド/注目を高め、それを保つという点で、重要な役割を果たしてきたと思っている。

*5:レコードであれ、ライブであれ