日本版スリーストライク法導入議論はJASRACの人が突然言い出したわけじゃない

前回のエントリではスリーストライク法に関わる問題点をあげていったが、権利者側がスリーストライクを求めるという動きは予想されていた動きでもあった。JASRACの菅原瑞穂常務理事が日本版スリーストライク法の導入を検討すべきであるとの発言をしたためか、一部「これだからJASRACは…」といった意見が見られたが、スリーストライク法を求めてきたのはJASRACだけではない。たまたま菅原常任理事が発言しただけなのか、それともあえてJASRACの人が発言したのかは定かではないが、いずれにしても、アンチパイラシーを声高に叫ぶほとんど全ての団体において、スリーストライク法は待望視されているだろう。

2008年5月に、ISP事業者団体等と権利者団体によって設立された「ファイル共有ソフトを悪用した著作権侵害対策協議会(CCIF)」は「権利者団体の申し出を受けたISPにおいてとりうる措置等」についての協議を行っている。具体的な検討内容は、

(1)インターネットサービスプロバイダ (以下、ISPとする)からの確認(警告)メールによる注意喚起
(2)ISPによるアカウントの停止
(3)著作権者等から発信者への損害賠償請求

協議会について|CCIF 〜ファイル共有ソフトを悪用した著作権侵害対策協議会〜

があげられており、これらについて「関係者が採り得る被害防止のための対策、必要な手続きを定めること等を目的と」している。

(1)については、CCIFのウェブページでも説明されているように「メールによる注意喚起活動」として既に実施までこぎ着けている。となると、次の検討課題は(2)の「ISPによるアカウントの停止」になるのだろう。JASRACの菅原瑞穂常務理事が突然言い出したかのように思えるかもしれないが、これについては既に検討事項に入っているし、さらにいえばCCIF設立のきっかけとなった2007年度警察庁総合セキュリティ対策会議においても、検討すべき課題としてあげられている。

事務局説明】(事務局から、報告書(素案)の第3章部分について説明。 )

  • 「ISPは、著作権侵害を確認した著作権団体からの要請を受け、ISP自身が確認を行うなどして」と書いてあるが、「ISP自身が確認を行う」というのは中身を見るということか。通信の秘密は守らなければいけないはずで、著作権団体に言われたら検閲をするということか。
  • 事務局: ここは具体的に通信の中身をISPに確認してもらうということではない。趣旨は、著作権団体から、例えばこういう悪質な違反をしている者のアカウントを停止して欲しいという要請に対し、外形上措置するに足る違反実態があるか確認するイメージ。
  • 裁判所なら分かるが、著作権団体が言ったから動くのか。警察が言いたいことはよく分かるが、ISP側が「うん」というのだろうか。
  • 関連した話だが、アカウントの利用停止までに踏み込むのは、かなりの確度、事実に基づいた何かがないと難しい。だから、何に基づいて措置するかについては、協議会を作って議論する話だと理解していた。ここまで細かく手順を記載するのはまだ早いのではないか。併せて、IPアドレスに関するやりとりもかなり細かいが、これもIPアドレスを特定したら、こういう考え方でやるという概念程度でとどめておくほうが良いのでは。
  • 著作権団体から著作権法違反の申告があったときに、ISPが契約約款に基づいて無答責で利用停止するという契約類型を作り、了解した人にだけ実施するというものを作る議論としてなら分かるが、それはまだ先の話だと思う。そのようなサービス類型を作るという議論であれば、大事なことは例えば警察との連携を行いやすくするとか、立法提言するなど、とりあえず抽象的な課題を挙げていく話ではないか。
  • 著作権侵害事犯への対処で、「著作権侵害を繰り返すなどしている者に対して、直接的に働きかけを行うことが必要である」と、トーンが急に弱くなっている。今までの勢いが一挙にここで失われて、警察は一体何しているの、警察はここで何かするべきではないのと思われるのではないか。
  • 事務局: 先ほどのアカウントの停止については、契約約款モデル条項にある著作権を侵害している者への対応措置、具体的には、著作権侵害行為を止めるように要求、情報の開示、あるいは、サービスの解除といった対応策を参考にさせていただいた。
  • 今説明のあったISPのモデル約款だが、事業者自らが、著作権侵害実態を認識して、契約者である利用者に対して行う措置という位置付け。今までの議論は、著作権団体が確認をして、プロバイダ等に通知し、IPアドレスから相手を特定し、措置するという話なので、中身的には大分違う。また、プロバイダ責任制限法の発信者情報開示ガイドラインの仕組みも存在し、場合によってはガイドライン自体の見直しも含めて検討する必要があるかと考えている。そういう意味で、今後の方向性としての検討項目を記述し、協議会でこれらの具体的な検討が望まれるぐらいの記述が適当かと考えている。
  • 違法・有害情報対策でホットラインセンターを作るときも、始めは広い範囲で考えたが、結局はワーキンググループで検討して今の形になり、運用実績を積み上げてきている。同様に著作権団体とISPが話し合い、可能なものを作るというレールを変えたら動かないのだと思う。
    確認だが、今の段階のたたき台としては、広報啓発し、著作権団体とISPが協議会を作り話し合って前に進め、警察も取締り等に力を入れていくという、この辺りの基本部分では合意ということで。
  • そこには異論はない。
  • 最初は著作権法違反の疑いだが、だんだん違法が明らかになるに連れてやれることが高まってくるという話だと思う。

(中略)

  • 警告メールを何度か無視されると確定するみたいなことが書いてあるが、著作権法違反は何回かやったら違反になるわけではない。本当の意味で著作権法違反なら即捕まえればいいのだし、疑わしい段階をどうやって特定するのかということを書きたいのであれば、そういう意味での官民協力が必要という書きぶりのほうがよいのでは。全体として協議会できちんと考えていくというのは大いに書いてもらいたいと思うが、今の時点で断定的に話を進めるという議論ではないような気がする。
警察庁 サイバー犯罪対策:総合セキュリティ対策会議 平成19年度 第5回発言要旨

慎重な意見が多いが、それでもスリーストライク的アプローチは検討課題としてあげられている。そして、それを協議する場こそがCCIFである、と。

繰り返しになるが、JASRACの菅原瑞穂常務理事が

個人的な考えとしつつ、日本でも導入の是非について議論の必要性を訴える。

Share一斉逮捕は「効果的な刑事摘発」 - ACAがP2Pソフト対策方針を説明 | ネット | マイコミジャーナル

とあるが、これまでの流れを見てみると、個人的な考えどころか、その議論のための下地は十分に固められていたと言えるだろう。悪の秘密結社『JASRAC』だから、こういう提案をしている、というわけではなく、JASRACを含む権利者団体の多くがスリーストライク法を望んでいる、と考えるのが妥当なところではないだろうか。個人的な感想ではあるが、問題がJASRACに絡んでしまうと、悪者としてのJASRACにフォーカスがぶれてしまい、当の問題へのインパクトが薄れてしまうんじゃないかと思っている。

スリーストライク以外にも気になるところ

また、「(3)著作権者等から発信者への損害賠償請求」に関しては、「スリーストライク法」発言のためかあまり注目されてはいないのだが、

著作権侵害対策の一環としてACAは今後、プロバイダー責任制限法のガイドラインの見直しを含む法制度の改善を政府などに要請する考え。ガイドラインの見直しについては、違法アップロードなどを行うユーザーの情報をISPが開示しやすくさせる狙いがある。

“3ストライク法”検討すべき、Share一斉摘発で権利者団体が主張 -INTERNET Watch

プロバイダ責任制限法に基づく発信者開示を求め、ユーザーへの損害賠償請求も検討していく。

Share一斉逮捕は「効果的な刑事摘発」 - ACAがP2Pソフト対策方針を説明 | ネット | マイコミジャーナル

と報じられているように、著作権侵害を疑われたユーザの情報開示を容易にしようとする動きもある。これも、2007年度警察庁総合セキュリティ対策会議にて協議が求められた検討課題である。当時の議事録を見ても、以下のような議論が展開されている。

  • 2ページのような枠組みで協力することは、確かに必要かと思う。ただ、発信者の特定となると、実際に法的にどこまで情報開示ができるのかという点で、非常に難しいものがあると考えている。
  • また、この枠組みは、著作権法に基づいた枠組みと理解しているが、この枠組みとは別に、いわゆるプロバイダ責任制限法に基づく権利侵害の対応として、削除や発信者情報開示の手続等も定めて対応している。
  • ただ、発信者情報の開示となると、通信の秘密を含めて厳格な対応が求められており、ここで著作権法に基づく発信者情報の開示が具体的にどこまでできるのかということに関しては、本当に慎重な検討を、相応のメンバーで行っていく必要があると考えている。
  • 事務局: そういう点も含め、検討する場として協議会が活躍できるのではないかと考えている。
  • 権利侵害者のIPを特定するための技術的開発等が必要とあるが、IPを特定する技術は、既に持っているところがある。その精度の評価については誰が行うイメージなのか。
  • 例えば、刑事裁判の証拠能力程度の精度というのであれば警察等が技術的に検証する必要があるかと思ったので、そのあたりの考えを伺えれば。
  • 事務局: 犯罪捜査に耐え得る程度の証拠という意味では考えておらず、次の手続に進むのに耐え得る程度のものという整理をしている。
  • 精度の話だが、技術的に見れば、通信を行っている以上、IPが特定できるのはまず間違いない。
    ただ、ネットカフェや無線LAN等のポイントに行ってしまった場合、開示までいけるかというのが課題になるのではないか。例えば、IPまでわかった場合、相手を特定しないまでも、その人に対して警告メールを送ることができれば、別に問題はないし、相当な抑止になると思う。
  • 事務局: 今のは警告のような話だと思うが、その点は、「確認メール」という言い方をしているが、こういう形でメールを送れば、もしその人が真に違反している人であれば、警告的な意味合いもあると考えている。
  • 了解した。開示までいくのは最後の段階で、事前に抑止できるものは、全部落とせれば落とすということでよいか。
  • 事務局: そのとおり。どういう場合に何を開示できるかは十分に詰まっていないし、開示までは行かずに終わることもあり得ると思っている。
  • ISPは照会を受けた(IPに基づく)メールアドレスに対し、確認メールを送ることは可能性として特に問題はないし、でき得ると思う。
    ただし、発信者情報の開示という話になると、現実の対応としてはかなり難しいところかと思うので、内容については、今後詰めるという方向で検討する事項だと認識している。
  • まず、確認メールを出して、違反者については、違反行為の認識と再考の機会の付与というスキームまでできれば、大きな前進だと思う。また、発信者情報の開示については、いわゆるプロ責法との関係もあるので、具体的な方法については、時間をかけて丁寧にやる事項だと思う。
  • (アカウントの)利用停止という部分だが、これは確認メールの送付の流れが一歩進んだ形態かと思う。契約約款のモデル条項にも触れられているが、現在のような状況や要請に応じて改め、まず確認メールを送れるような枠組みを作ることが必要で、利用停止についても同様に、さらに一歩進んで条項を改めていくという動きがきっと必要になると考えている。
  • 著作権侵害の場合は、例えばいわゆる表現の自由や性的表現と関わるような情報とは違って違法性は明白であり、この契約約款モデル条項についても、もともと見直しをしなくても現状で対応できるように作られていると思うが。
  • 契約約款モデル条項については、違法・有害情報に対するガイドラインとセットで公表している。
  • 禁止事項としては、第1条(1)にあるように、他者の著作権、商標権等の知的財産権を侵害する行為ということに該当する。そして、禁止事項に該当した場合は、第3条にあるように情報の削除等、場合によっては、第4条の利用の停止、第5条の解約ということを約款上で規定している。
    したがって、指摘のとおり、現状においても契約約款モデル条項からすると、著作権の侵害行為には該当するということになる。
  • そうすると、特定したIPに基づく照会、確認要請、開示についても、(契約約款モデル条項の)第1条の禁止規定に絡めて考えていくと、微妙な問題も避けられるのではないか。
  • 契約約款上においては、禁止行為をうたい、情報の削除、解約等を規定しているが、これらは仮に間違ったとしても、その情報を再度アップロードして対応することができる。
  • ところが、発信者情報開示という話になると次元が違う話であり、いわゆる個人情報を含めて通信の秘密を開示することになる。これは厳格な対応が求められている部分なので、約款上では一切規定していない。情報の開示がどこまで許されるかについては、慎重な検討が必要と考えている。
  • 著作権は、違法性がほかのものよりクリアであり、情報開示の正当化でも影響し得る。しかし、モデル約款の類推や延長として発信者情報を開示することまでイコールではないのだろう。だから、そこはやはり協議会をつくって議論していくべき事項なのだと思う。
  • 補足だが、契約約款モデル条項については、違法・有害情報への対応であり、禁止事項には有害情報も含んでいる。すなわち、有害情報の場合は、契約約款に基づく対応しかできないため、こういった約款の整備を進めてきているのが現状である。
  • 権利者団体からの通報の中に、権利侵害の明白性に加えて、発信者の特定まで含めるのかということについて。プロバイダとしては、ある程度の保障がないと、対応しづらいのではないかと思う。
    逆に、技術の精度に関しては、権利者団体が民間の会社に委託して開発するのか、協議会がそれをやるのか、そのあたりがよくわからない。
  • IPを特定するための技術的開発や制度の検証が必要であるということは、はっきり書いてある。ただ、誰がオーソライズするかなどは、やはり当事者である協議会になるのだろう。
  • ほかの違法・有害情報と違って、著作権侵害は具体的に明白で、その点については、誰が発信しているかという問題とは別であり、あまり技術の精度の問題とは関係ないような気がするが。
  • 最後は、間違いない通報だということをどこかが担保しないとだめだと思う。それを協議会か、権利者団体側の任意でやるのかが決まっていないとプロバイダ側も判断に迷うのではないかという趣旨。
  • この点は、実証も含め、権利者側、ISP側両方で納得性、合理性、信頼性を確認していけば、進んでいくのではないか。
  • やはり著作権侵害の違法性それ自体は、実体法的にはっきりしている。発信元がはっきりしていない点については、手段として、協議会の中で合意が得られる形で議論していくのだろう。デモなどを見る限り、それほど超えるバーが高いものではないような気がしているが。
  • ISPと権利者団体との間に協議会を置いて、協議会に何となくいろいろなしわ寄せが来そうな感じもする。著作物の有効性の判断など、難しい案件も出てくるのではないかと思うが。
  • その件については、プロバイダ責任制限法ガイドラインの作成において、やはり同様の議論がされ、結論を得て実行されている部分があるので参考にできるだろう。また、著作物の有効性判断については、やはり権利を持っているところでないと判断できないことがあり、そういう役割分担は、協議会があったとしても、権利者側に課されるのだろうと思う。
警察庁 サイバー犯罪対策:総合セキュリティ対策会議 平成19年度 第4回発言要旨

いずれの意見も比較的慎重な意見が多いが、注意深く眺めてみると積極的意見、消極的意見が様々あることがわかるだろう。個々の発言者の属性は定かではないが、前者は権利者団体、後者はISP側の意見であることが推測される。

発信者情報開示の容易化は、通信の秘密の問題、調査手法の確度の問題、違法性判定が利害関係者に委ねられてしまうという問題、そして、これら問題に関わる責任の所在が曖昧になりかねず、ユーザ側だけがそれを負担しなければならないなど、多数の問題が考えられる。確かに権利者側、権利者団体としては、発信者情報の開示を求めてISPを相手取って民事訴訟を起こす手間を省き、ユーザに直接、警告、和解、民事訴訟のためのアプローチが取れることが望ましいのだろう。

ただ、個人的には責任の所在を明確にするためにも、個々のケースについて裁判による判断がなされることが望ましいと考える。ともすれば、著作権侵害問題を超えて拡張される可能性もあるだろうしね。と望んだところで、おそらく、権利者サイドからは発信者情報開示の容易化に向けたプロバイダ責任制限法ガイドラインの見直しの動きが見られるだろうし、それに失敗したとしても、プロバイダ制限責任法そのものの改正に向けた動きも見られるだろう。