渋谷HMVと米タワー、ウォルマートとTSUTAYA

ちょっと前に、どうなるんだろうレコード産業的なエントリを書いたわけだけれども、その中で考えたことをまた少し書いてみる。

上記のエントリは、我々を取り巻く環境やリスニングスタイルの変化により、レコード音楽のメディアとして、ますます価値が希薄化してきている、CDで購入されたとしても、まずPCに取り込まれ、iPodなどのポータブルオーディオに転送される。ユーザにとって手触りのよいメディアとは言い難くなってきている、と。

とはいえ、CDのオルタナティブが登場したわけでもなく、未だにCDはレコード音楽のメディアとして最も手の届きやすい存在である。売れなくなってきているというだけでね。ただ、そのCDをどこで購入しているかという点でもこの10年で大きく変化してきていると思う。

CDはどこにある?

CDが最も手の届きやすいメディアであるとして、ではそのCDはどこにあるのだろうか?つまり、みんなどこでCDを買っているのか?

最近、渋谷HMVの閉店が話題になった。90年代のミュージックシーン*1の象徴でもあった同店の閉鎖については、興味深い考察がいくつもあがっている。

タワーとの比較などを交え、HMVが良い意味でのアクの強さを失い、画一的で個性のない店になってしまった*2、それがHMVの低迷に繋がってしまったのではないかと論じている。

アクが強く個性的な店であればこそ、換えがきかない。逆に、画一的で個性のない店では換えがきいてしまう。90年代に外資*3などの大手レコード小売りチェーンが地方都市を含めた展開を見せ、細々と棲み分けていた地元のレコード店が苦境に立たされたように。そこを生き残った地元のレコード店も、CDセールスの低迷を受けてさらに苦しい状況が続く。

老舗CD販売業「ヤマチク」の破綻から2か月。「香林坊109」や「めいてつ・エムザ」の店舗が消え、金沢市の中心街では、新譜CDを扱う店がほぼ全滅した。CD店の「空洞化現象」は全国的に見られ、東京にある日本レコード協会に「どこで買えばいいのか」という問い合わせが来るほどだ。

CD店 閉店、移転相次ぎ「空洞化」 : 石川 : 地域 : YOMIURI ONLINE

大手小売りチェーン店についても、タワーとHMVの比較だけでは見えてこない部分もある。とりあえずタワーは置いておくとして*4、ヴァージン・メガストアは日本から無くなってしまったし*5、かつて最大手だった新星堂もジリ貧、HMV*6と共に店舗数を大幅に減らしている。WAVEも同様。

CDが売れなくなってきているとは言っても、まったく売れていないわけではない。では、地元のレコード店や大手チェーン店が失った役割は誰が担っているのか。おそらくはTSUTAYAを展開するCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)、CD小売りの最大手だ*7。1店舗当たりのCDの売上はレコード店にはかなわないのだろうが、DVD、CD、書籍のレンタル/セルの複合店舗として店舗数を伸ばし、最大手になったわけだ。もちろん、レコード店に比べればCDの売り場面積は狭く、カタログも少ないのだろうが、売れ筋に絞って取りそろえることで、効率的な販売を行ってきたのだと思う。

そんな中で、CCCはCD販売を行うTSUTAYA 820店でCD売り場面積を大幅に縮小することを公表した。先月のお話。

TSUTAYA、音楽CD 売場4割縮小 - 渋谷陽一の「社長はつらいよ」

カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)は来年3月までに、全国の音楽CD売り場を現在比で4割縮小する。新作の売り場は維持する一方、発売後2カ月以上たった旧作の売り場を縮小してレンタル向けに転用する。同社は音楽CD販売最大手だが、市場はこの10年で半減しており、新作販売とレンタルを強化して収益悪化を防ぐ。

CCC、音楽CD売り場を全国で4割縮小: 日本日経新聞

旧作の売り場も現在の半分になる。旧作と言ってもリリースから2ヶ月足らずの作品なのだろうが*8

Togetter - 「このままではCDが消えてしまいます…。 音楽ライフを守る為に、今出来ること」

ここでも話されているが、CDを購入する上で、もっとも利用しやすい場所がTSUTAYAだったりする人は結構いるんじゃないだろうか。もちろん、音楽配信やネット通販もあるのだが、いずれも未だ万人にとって利用しやすい/利用しているサービスであるとは言い難い。TSUTAYAに取り寄せるにしても、遠くの大型レコード店に行くにしても、音楽配信やネット通販を利用するにしても、それなりのハードル/コストを乗り越えられる熱意でもなければ、購入を断念することになるのかもしれない。

また、最近では大手家電量販店が音楽CDの販売を行うようになってきている。こちらも売り場面積はさほど広くないものの*9、売れ筋を中心に取りそろえており、時限再販*10期間後のアルバムや、DVDなどがついた再販非適用のアルバムなどを安く提供したりもしている。ポイントがついたり、ポイントで購入できたり、というのもポイントだ。

もう1つおまけに付け加えると、CDを扱うブックオフが全国展開していることも、影響しているのかもしれない。

これらを踏まえて考えると、レコード店が苦境に立たされているのは、もちろんCDが売れなくなってきていることも大きな要因ではあるのだが、売れ筋商品が気軽に足が向けられる場所に置かれたことや、そうした商品を安価に手に入れられる場所ができてしまったことも一因として考えられるだろう。

米タワーとウォルマート、再販制度

こうした状況を見るに、米タワーレコードの実店舗撤退を連想してしまう。

日本では、アメリカでのタワーレコードの不振は、音楽配信によって専門店での店頭販売という「音楽」の販売形態が過去のものとなったためであるというニュアンスで報道されたが、音楽配信で音楽を「買う」人は2000年代前半ではアメリカでもまだ少数派であった。倒産の最大の原因は、定価販売をする再販制度がなく、ウォルマートやベスト・バイ等の総合ディスカウントショップがCDやDVDを薄利多売してレコード店の来店客を奪う傾向がここ20年以上続いたためであり、さらに1990年代後半以降はAmazon.com等の通信販売の侵食を受けていたことである。

タワーレコード - Wikipedia

ウォルマートなどの総合スーパーが売れ筋CDを仕入れ値よりもさらに安く売って*11客寄せパンダにしたことや、Amazonのように手軽に膨大なカタログにアクセス可能になったこと、特に前者の影響が大きかったんじゃないかと言われている。

「米国ではウォルマートやベストバイが価格競争を激化させた結果、たくさんのカタログを抱えたレコード店は潰れ、貧弱なカタログの総合スーパーしかなくなってしまったが、日本では再販制度のおかげで消費者の選択肢が豊富で…」云々な主張を見かけるが、現状を見るにメジャーレーベルの売れ筋の強化戦略によって、同じ状況がもたらされているといえるんじゃないだろうか。

売れ筋が手に入ればいいという売り方をしていれば、売れ筋だけを置いた店が出てくるのも当然だし、売り場面積が限定されている複合店舗であればなおさらその傾向が強くなるのかもしれない。そして、その複合店が消費者の生活に浸透すればするほどに、消費者の行動に与える影響は大きくなる。さらに、その複合店舗はレンタルCDを扱っている店でもある。

レンタルCDは?

音楽CDが低迷する一方で、レンタルCDはどうなのか。直接的なデータこそ見つからなかったものの、RIAJ発行『日本のレコード産業2010』の「貸レコード使用料・報酬」の項目から推測できるだろう。

使用料・報酬の推移からは、CDセールスの落ち込みに比べれば、さほど大幅な落ち込みは見られていない、と言えるのかな。

JASRAC、芸団協、RIAJへの支払いレート自体は変わっていないと思うんだけど、

CDレンタルの著作権使用料
◇CDレンタル1回あたりの使用料

  • 作詞・作曲家:アルバム<70円> シングル<15円>
  • 実演家:アルバム<50円> シングル<15円>
  • レコード製作者:アルバム<50円> シングル<15円>
CDV-NET - レンタルと著作権

2007年から上記使用料に加えて「需要拡大協力金」という名目の支払いが上乗せされたために、2007年、2008年に増収しているのだと思われる。なお、これらの支払いはいずれも複製ではなく貸与に対するものと解釈されているようだ。

電子データそのものが価値を持ちつつある時代に、現行のレンタルCDの仕組みがマッチしているかどうか、という問題もあるのだが*12、かといって複製を対象にした使用料増額はレンタルCDのうまみを奪うだけで、こちらも売り場面積の縮小に繋がるだけだろう。さらに、セルからレンタルへの転用がきかないとなれば、セルにおいてもますます慎重な品揃えになり、売り場面積の縮小にも繋がるんじゃなかろうか。結局のところ、商売だし、複合店であればCDレンタルもCDセルも1部門にすぎないわけで、うまみのでる範囲に収まればいいだけの話。レコード店のように何が何でもレコードを、というわけではない*13

再販制度では守りきれなかった?

再販制度のおかげでCDは定価で販売される。近所のTSUTAYAで買おうが、遠くのタワレコHMVで買おうが、同じものが同じ値段で手に入る。そして、TSUTAYAは多くの人が一斉に注目する新譜に力を入れる。一番の売れ筋をかっさらわれたレコード店は、品揃えや目利き(推薦盤)など別の路線で対抗していかなければならないのだが、それですら必ずうまくいくというわけでもない。品揃えで言ったら、Amazonなどのネット通販の方が豊富で、アクセスしやすい。

地域から地元の店であれ大手チェーンであれ、レコード店が消えていくことで、CDにリーチできない空白地帯を作ることになるのかもしれないが、そういった部分をTSUTAYAブックオフなどが埋めているのかもしれない。とはいえ、偏った品揃えでは、リスナーにとってCDがますますリーチしにくい存在になっていくということでもある。

再販制度があるから豊富なカタログが担保されると言われる。小売り店間の価格競争が激化しなかったのは事実かもしれないが、メジャーレーベルは、レコード店の良心とでも言うべき何か*14に頼っていたように思う。言い換えれば、一部の売れ筋だけではなくさほど需要のないカタログも揃えてくれるだろうという期待に頼って、売れ筋をプッシュしまくった。そんな中、レコード店からうまいところをかっさらう複合店舗が登場した。

別にTSUTAYAが良心を欠いた悪者だと言いたいわけでも、そこでCDを購入する人が自分で自分の首を絞めていると言いたいわけでもなくて、時代の流れとしてそういう形態が登場したんだろうとしか言いようがないというか。結局は、そんな時代にどうすればいいかを考えなければならない。

終わりに

元々このエントリは、『音楽配信、1曲400円とか500円くらいで良いんじゃないの?』というタイトルで書き始めたものなのだけれども、みなぎりすぎて予想以上に導入部が長くなってしまった。実のところ、まだ導入は終わっていなくて、今回あまり言及しなかったAmazonを始めとするネット通販と実店舗のお話を経て、iTunes Storeや着うたなどの音楽配信のお話、メジャーレーベルと小規模レーベル、インディペンデントのお話とかをいつか。

*1:JPOPシーンじゃないよ

*2:HMVの名前の由来が"His Master's Voice"という、何物にも代え難い音であったことを考えると、何とも言えない気持ちになるね

*3:今となっては外資でもなさそうだが

*4:まぁ、タワーにはドコモとセブンアンドワイがついていたりするしね。

*5:TSUTAYAに吸収

*6:こちらもTSUTAYAのCCCに買収されかけたが、結局、買収は見送られた。EC事業の強化を目論んだものだったが、店舗業績の悪さ、不採算店舗の多さから合意には至らなかったようだ。

*7:グループ企業(すみやなど)、FC(TSUTAYA RECORDSなど)、あと多分ECも含めて。ただ、2002年の時点で新星堂に並ぶ業界最大手になっていたことを考えると、レンタル・セル複合店舗としてのTSUTAYA本体だけでかなりの部分をもっていると思う。

*8:余談ではあるが、新星堂もこれに近い動きを見せている。もともと品揃えで勝負という感じの店構えではなかったような気はするが。「CD販売、売り場見直し、新星堂、不良在庫を圧縮、CCC、旧作の扱い縮小。(2010/8/23): 日本経済新聞

*9:一部では「街の新星堂」よりも広く取っているところもあるけどね。

*10:再販売価格維持

*11:おとり廉売

*12:AVEXのようにセルではCCCDを撤廃したがレンタルに限ってはCCCDを、という時期があった。今はCD-DAに戻したみたいだけど。

*13:もっとも、以前池袋の潰れた方のHMVに行ったときの、DVDの充実振りに何とも言えない気分になったのも事実。いや、HMVに限らないか。

*14:良心と言い切れないのは、一方的な期待でもあるのかなと思えるから。