TPP著作権関連:著作物の一時記憶(キャッシュ)にも権利者の許諾が必要に?

米韓FTA(KORUS FTA)の発効に際して韓国国内での混乱が報じられている。TPP参加について議論が続く日本にとってもこれは対岸の火事ではない。

韓国は知財関連、とりわけ著作権関連の項目について米国の要求をほぼ受け入れたとされているが、その要求というのがまさにTPPで米国が要求しているものである。その要求の中には、これまでTPP知財関連議論ではあまり話題に上がって来なかった『一時記憶装置(temporary storage)』に関わる問題も含まれている。

‘著作物一時保存’も複製と見なす…営利目的がなくとも処罰対象に」の記事で報じられているように、韓国では『一時的保存』についても権利者の許諾が必要な『複製』とする改正著作権法が成立しており*1FTA発効に合わせて施行される見通しとなっている。(ハングルを読めないので、この改正案についての詳細はまだわかっていないのですが、法案の詳細や日英文での解説記事等ご存知の方、ご教授いただけると幸いです。)

韓国国内法でどのようなかたちになっているのかはまだつかめていないが、米韓FTAでは以下のように定められている。米通商代表 KORUS FTA Final Textより。(強調は引用者 heatwave_p2pによる。脚注は省略。)

ARTICLE 18.4: COPYRIGHT AND RELATED RIGHTS
1. Each Party shall provide that authors, performers, and producers of phonograms have the right to authorize or prohibit all reproductions of their works, performances, and phonograms, in any manner or form, permanent or temporary (including temporary storage in electronic form).

(各当事国は、著作者、実演者、レコード製作者に対し、方式または様態、永続ないし一時的(電子方式の一時記憶装置を含む)に関わらず、作品、実演、レコードの複製について許諾または禁止する権利を与えるものとする。)

www.ustr.gov/sites/default/files/uploads/agreements/fta/korus/asset_upload_file273_12717.pdf

これ、ものすごい既視感があるのだけれども、それもそのはず、TPP米国知財要求と全く一緒。以下、2月にリークされたTPP米国知財要求項目文書より。

ARTICLE 4: COPYRIGHT AND RELATED RIGHTS
1. Each Party shall provide that authors, performers, and producers of phonograms have the right to authorize or prohibit all reproductions of their works, performances, and phonograms, in any manner or form, permanent or temporary (including temporary storage in electronic form).

keionline.org/sites/default/files/tpp-10feb2011-us-text-ipr-chapter.pdf

ということで、日本がTPPに参加し、TPPに米国の要求がそのまま盛り込まれることになれば、日本国内においても一時記憶、キャッシュやバッファリングを「複製」とする著作権法の改正が必要になるだろう。

ユーザに近いところで言えば、YouTubeニコニコ動画のストリーミング視聴も複製行為にあたるのか、そもそもブラウザでサイトを閲覧することも複製になってしまうのか、という懸念もあるが、最も大きなインパクトがあるのはウェブサービスだろう。実際にサービスを潰すための口実に使われるというだけではなく、著作権侵害のリスクが大きくなるために萎縮が生じることも考えられる。

もちろん、一時記憶を何から何まで禁止してしまえば、あらゆるウェブサービス、ウェブアクティビティが成り立たないので、一定の制限、例外は設けられるようだ。米韓FTA 18.4.1には以下の脚注が付されている。

Each Party shall confine limitations or exceptions to the rights described in paragraph 1 to certain special cases that do not conflict with a normal exploitation of the work, performance, or phonogram, and do not unreasonably prejudice the legitimate interests of the right holder. For greater certainty, each Party may adopt or maintain limitations or exceptions to the rights described in paragraph 1 for fair use, as long as any such limitation or exception is confined as stated in the previous sentence.

(各当事国は、第1項において記述される権利の制限ないし例外を、作品、実演またはレコードの通常の使用を妨げず、権利者の正当な利益を不当に害しない特定の場合に限定するものとする。明確性のため、各当事国は、制限ないし例外が上記の文にあるように限定される限りにおいて、公正な利用(fair use)のために、第1項で記述される権利の制限ないし例外を採用または維持できる。)

www.ustr.gov/sites/default/files/uploads/agreements/fta/korus/asset_upload_file273_12717.pdf

簡単に言うと、一定の権利制限や例外を設けてもいいけど、あまり広げすぎないように、というところだろうか。fair useという言葉が使われているが、いわゆる権利制限の一般規定、包括的なフェアユース規定ではなく、日本の著作権法第1条にある「公正な利用」に近い。

一定の制限、例外規定を設けるにしても、一時記憶にまで権利が及ぶというのは、ユーザとしても、ウェブサービスの発展からしても、懸念せざるを得ないところではある。

こうした懸念に応じてか、文化体育観光部は一部誤解があるとして説明しているようだ。JETRO Seoulによると

韓米FTAが発効されれば、日常のインターネットでの検索行為が著作権侵害になり得るという主張は事実ではない。著作物の利用過程で付随的に発生する一時的な保存は、一時的な複製を許可する例外規定の「円滑かつ効率的な情報処理のために必要だと認められる範囲」に該当するもので、著作権侵害にはならない。

韓米FTA履行のための著作権法改正案が通過 - JETRO

これを読むと少しは安心できるのだけれども、検索エンジンに影響がないのはわかったけど、じゃあ何が問題になるの?というところが解決されていない。「円滑かつ効率的な情報処理のために必要だと認められる範囲」という定義が曖昧であるし、あえて規定するからには認められない範囲もあるわけで、それが何なのかがわからなければ、当面の懸念を払拭するには至らない。

TPPに関しては先行きは不透明であるものの、著作権関連での最悪に近いケースとして、韓国の動向は試金石になるように思える。上記の複製概念の拡大に加え、法定損害賠償、非親告罪化、隣接権保護期間の延長、技術的保護手段の保護、映画盗撮の禁止*2など、米韓FTAを反映した改正著作権法が成立している。ハングルが読めないのが心もとないが、可能な限り韓国の動向をフォローしてみたいと思う。

余談

韓国では以前より、米韓FTAによる著作権強化とのバランスをとるために、包括的なフェアユース規定の導入が議論されてきた。

「韓国におけるフェアユース導入の議論」 - 早稲田大学知的財産法制研究センター

これが上記著作権法改正でようやく導入されたのだそうなのだけれども、これについてはまた調べきれていないので、どなたか詳細をご存じの方はご教授いただけると幸い。

なお、米韓FTAに際してフェアユースが導入されたのであれば、TPPにおいてもそうなるのではないかと思われるかもしれないが、フェアユース規定は米国から要求されたものではなく、あくまでも韓国国内で著作権保護強化と利用者側の著作物利用とのバランスをとる必要に迫られたためにフェアユース導入論が起こったと考えられる。要は副産物といったところだろうか。

文化庁が公表している「著作物の流通・契約システムの調査研究 『著作権制度における権利制限規定に関する調査研究』報告書(平成21年3月)」別冊「その他の諸外国地域における権利制限規定に関する調査研究」(PDF)においても同様の指摘がある。

韓米FTAの協定文では、著作権を制限する規定を立法する場合に両国が守るべき基準としてスリー・ステップ・テストを規定しているだけであり、フェア・ユース規定そのものについて規定しているわけではない。よって、(一見すると、韓米FTAの要請によりフェア・ユース規定を新設したように見えるかも知れないが、そうではなく、)実際には、権利者と利用者の衡平をとるためにフェア・ユース規定を新設しようとしていると考えられる。

その他の諸外国地域における権利制限規定に関する調査研究 p.22

*1:上記の記事では国会を通過とあるが、11月29日に大統領が署名している

*2:これは既に日本でも導入されている。