公明党議員、決算委員会にて政府に違法ダウンロード刑事罰化を求める

3月9日の参議院決算委員会にて、公明党 松あきら議員が違法ダウンロード刑事罰化を政府に求めた。

おそらく背景にあるのは、自公が議員立法での提出を検討している「音楽等の私的違法ダウンロードの防止に関する法律(案)」。決算委員会での松議員の主張を聞くに、上記法案提出に向けてロビイングを仕掛けている日本レコード協会RIAJ)や日本音楽事業者協会音事協)の言い分及びその根拠そのままである。国会議員として、業界団体の主張を精査することなく、鵜呑みにしてしまって良いものかと疑問に思える。

参議院インターネット審議中継より、松あきら議員の違法ダウンロード刑事罰化に関する質疑(28分24秒〜)を以下に書き起しつつ、適宜ツッコミを入れてみる。引用部の強調およびリンク、括弧書きによる補足は、筆者heatwave_p2pによるもの。

松あきら 参議院議員

それでは最後の質問でございます。

被災地の方々の心を慰めたのは、多くの方が演奏や歌や落語や、もう本当に多くの芸能人の方、芸術家の方々、もちろん一般の方々もですけれど、行って下さいました。

そうした音楽や、あるいはもちろん本や、そうした文化芸術というととても広い感じがしますけれど、心を支えるものなんですね。正直言いまして、私、宝塚出身でございます。私が行って演説をするよりも、「松さん歌ってくださいよ」って。歌いませんよ 私。(議場 笑)

中国で一回だけありました。随分前なんです。敬老院に、当時の神崎代表、浜四津代表代行と伺ったら、お年をとったご婦人が、日本語を強要された世代ですけれど、「北国の春」とか、日本語で歌を歌ってくださったんです。もう本当に、胸がいっぱいになりました。いろんなことが(過去にあったのでしょう)、何も言いませんよ、言葉では。日本語で歌ってくださった。

そしたら、その当時の神崎代表が、グッとこられて「みなさま、この御礼に『宝塚出身の松あきらが一曲歌います』っておっしゃったんですよ、私びっくりしちゃってどうしようかと思ったんですけれども、一応、「桜の花咲く頃」、突然だったので歌いましたけれども、抱き合って泣きました。本当に、大事な、私は、言葉を超えたまさに音楽であり、そういうものであると思っています。

第180回国会(常会)2012年3月9日 参議院 決算委員会(休憩1〜終了):28分24秒〜

以上は心情に訴えかける部分なので、刑事罰導入議論の本質にはそれほど関係はない。

松あきら 参議院議員
そこで今、こうした音楽、あるいは映像、漫画などのコンテンツ産業も非常に、日本の国のこれからを担う、産業を担う、こういうふうに思っておりますが、やはり知的財産ということでは昨今問題になっております、違法ダウンロードのことでございます。

やはりね、何回も言うように、私も芸能界出身なんで、1曲の曲を作る、1つの映像を作るということは、どれほど多くの涙と汗と苦労がそこに入っているかということを、多くの人が関わってできるんですね。

この違法のダウンロードをする人は、未成年者を含む青年が多いと言われているんですけれど、私は日本の青年たちに期待しているし信じています。それは悪いことをしようとか、そんな風には思っていないと思う、本当に軽い気持ちで、「ま、ちょっと」という軽い気持ちでやってしまっているんじゃないかなと思うんです。

けれども、善悪をきちんと教えることは、非常に大事な事なんですね。特に青少年。

第180回国会(常会)2012年3月9日 参議院 決算委員会(休憩1〜終了)

違法ダウンロードは悪である、青少年に善悪を教えるためには刑事罰が必要だ、という主張。

松あきら 参議院議員
一昨年の著作権法改正では、「私的使用目的であっても違法と知りながらダウンロードする行為」は違法とされたんです。けれども、罰則がないんですよこれ、もうすごいですよ。正規(配信)では4.4万件、違法(配信)が43.6、43.6億件ですよ。で、これ、7,000億円ぐらい(の損失)、だそうでございます。

第180回国会(常会)2012年3月9日 参議院 決算委員会(休憩1〜終了)

資料が配布されていただろうから勘違いした議員はいないと思うが、「正規では4.4万件」は「正規では4.4億件」の言い間違い。

なお、この数字は2010年8月に日本レコード協会が実施した「違法配信に関する利用実態調査」の結果である。

【違法ファイル等の推定ダウンロード数】
違法ファイル等の(※1)推定ダウンロード数は43.6億ファイルであり、正規有料音楽配信の2010年ダウンロード数4.4億ファイルのおよそ10倍である。また、これを正規音楽配信の販売価格に換算すると(※2)6,683億円となり、正規音楽配信の2010年間売上860億円のおよそ8倍に相当する。

※1:違法ファイル等の推定ダウンロード数は、「日本の人口」(平成17年国勢調査より)に「ダウンロード利用率」および「平均ファイル数」(いずれも当協会2010年8月調査)を乗じて、年代・形態別に算出した。 なお、この推定ダウンロード数には、違法ファイルのダウンロードのほか、閲覧のみが許可されているレコード会社の公式ストリーミングサイト等からの不正ダウンロードを含む。

※2:正規音楽配信の販売価格は、当協会の有料音楽配信統計(2010年1月〜2010年12月期)平均単価データに基づき算出した。

「違法配信に関する利用実態調査」結果公表 - 日本レコード協会

以前、この調査が様々な問題点を抱えているにもかかわらず、数字だけが独り歩きすることへの懸念を書いたが、それが現実になってしまった。違法ファイル「等」とあるように、YouTubeなどで正規ストリーミング配信されたビデオのダウンロードも含まれているにもかかわらず、そうした事情は無視され、「違法(ダウンロード)が43.6億件」となってしまっている。この辺りの不正確さは、後の調査と比較するとよくわかるだろう。また、その43.6億件の大半が少数のヘビーダウンローダーによって占められており、したがって7,000億円(正確には6,683億円)と主張される損失も机上の計算であって実際の逸失利益とは大きな剥離があることも無視されてしまっている。

確かに調査によって得られた数字ではあるが、使われ方を加味するとでっち上げとも言える数字なのだが、伝言ゲームの要領でもはや既成事実化してしまったのだろう。

追記

この損失(と言われる)額の導出、算出方法について、『日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか』の著者 山田奨治さん(@yamadashoji)が、その問題点を詳細に指摘している。7,000億円という数字を不審に思われる方は必読。

音楽違法ダウンロード被害額7000億円の怪 - 山田奨治 BLOG

以上、追記終わり。

閑話休題、引き続き松議員の質疑を。

松あきら 参議院議員
もう本当に、えー…、この、なんと申しましょうか、日本は残念ながら、こうした文化芸術に、ほんっとに、きちんと目を向けてはいない。アメリカなどは、たとえば懲役刑あるんですよ!1年、禁固1年、10万ドルの罰金。フランスだってドイツだってみんなありますよ!罰則が!日本でも罰則を作っていただきたい!

第180回国会(常会)2012年3月9日 参議院 決算委員会(休憩1〜終了)

日本は世界の先進国から見て遅れている、という主張であるが、これついては無名の一知財政策ウォッチャーの独言さんがその欺瞞を指摘している。(強調部分は原文ママ、文章内リンクは筆者heatwave_p2pが追加)

著作権団体の好きな著作権強権国家の英米独仏などでは、P2P違法ファイル共有ユーザーに対する訴訟が猖獗を極め社会問題化し、ダウンロード合法化の議論すら出てきているというのが現状であり、他国でダウンロード違法化・犯罪化が問題なく運用されているなどという主張はデタラメも良いところである。そして、世界中見渡しても単なるダウンロードを刑事訴追したケースは1件もないことを考えれば、ダウンロードを犯罪化してユーザー一人々々を推定有罪の裁判で追い込みたいなどという主張がいかに気違いじみているか分かるというものだろう。(なお、ついでに書いておくと、アメリカはフェアユースとの関係でダウンロードがどのように取り扱われるかはなお分からず、ストライクポリシー国のフランスをダウンロード犯罪化の文脈で持ち出すのはスジ違いであり、イギリスもストライクポリシーと私的複製の範囲の拡大の間で揺れ、ドイツについては前回書いた通り、デタラメな運用によって反動が出ているくらいである。)

第256回:レコ協・音事協のロビー活動を受け、自民党が作成したダウンロード犯罪化法案: 無名の一知財政策ウォッチャーの独言

付け加えると、米国の場合、P2Pファイル共有などの個人による、非営利目的での著作権侵害は、基本的には民事で解決するものであって、アップロードを含め刑事摘発はほとんどない。「ほとんどと言うからにはあるんじゃないか」と思われるかもしれないが、私が知る限り、公開前の映画(スターウォーズ エピソード3/シスの復讐)をリリースしたEliteTorrents事件以外にはなく、これもレアケースと言える。また、日本においてはP2Pファイル共有での違法アップローダーを頻繁に刑事摘発し、動画共有サイト、オンライン・ストレージへの違法アップロードも摘発が進んでいるが、米国ではいずれについても(児童ポルノ事件を除き)皆無である。

松あきら 参議院議員
これは抑止力に繋がるんです。何も捕っ捕まえて、お金をどうのなんて言ってるわけじゃないんです。本当にきちんとしたことを教えて、きちんと正しいことをやってもらいたい、いかがでしょうか。

第180回国会(常会)2012年3月9日 参議院 決算委員会(休憩1〜終了)

ダウンロード違法化前にも、権利者側は啓蒙のために違法化は不可欠であるという主張をしていたように思う。違法ダウンローダーに対する権利行使については、言葉を濁していたことも。そして、ダウンロード違法化が盛り込まれた2010年改正著作権法が施行されてから2年の月日が流れたが、違法ダウンローダーが訴えられたとは聞いていない。

違法ダウンロードが刑事罰化したところで、同じ事の繰り返しになるのだろう。もちろん、実際に摘発は行われる。いくら立法者が「私は消極的だが」と前置きをおこうと、多くの未成年者が違法ダウンロードを行なっているというのであれば、未成年者も逮捕されることになる。綺麗事を言って言葉を濁すのではなく、「未成年者も逮捕されうる」という事実をきちんと認めた上で議論していただきたい。

ただ逮捕があるにしても、それは見せしめ以外の何物でもなく、継続して大量の違法ダウンローダーが摘発されることはないように思う。当たり前のことだが、優先度が高いのは違法アップローダーである。現状では、違法アップローダーの摘発ですらリソースが足りていないのだから、そちらを放置してまで違法ダウンローダーを追い回すことはないだろう。

いずれにしても、違法ダウンロード刑事罰化では不十分だった、という声は遅かれ早かれ(遅くなることはないと思うけどね)あがってくるだろう。次は著作権ブロッキングだスリーストライク(段階的レスポンス)制度だと求められるのは間違いない。

平野博文 文部科学大臣

あの…松先生の迫力に、負けておりますが(議場 笑)、あのー、先ほど先生がおっしゃられました違法ダウンロード、これ2つの視点があります。もっと未成年を含めて、しっかりと啓蒙しろと、違法であるということをもっと啓蒙しろと、このことについては、いろんな機会をとらまえてやらしていただいているところであります。セミナー、教職員、学校職員にも、講習会を開いてやっておりますし、文化庁のホームページでも啓蒙をさらに強化をしていきたいと思っています。

もう1点、えー、刑事罰がないと、こういうことについて、私、先生と同じ認識にたっております。そういう中で、いろんな動きがあるということでございますので、そのことを注視しながら対応してまいりたいと考えております。

松あきら 参議院議員

総理、やっていただきたい。やるかやらないか、お答えいただきたい、お願いします。

野田佳彦 総理大臣

あの、平成21年の、まさに法改正からまだ2年ほどでございますので、まぁ、この間のいろんな識者、関わっている皆さんの意見などをよくお聞きしながら検討していきたいというふうに思います。

松あきら 参議院議員

大事な問題であります。7,000億の損失、税収にだって大きく関わってきております。お金だけの問題じゃないんです。ほんとうに正しいことを正しいとする日本の国でありたい、そういう決意で私は申し上げているので、同じ思いであれば必ずやっていただけると信じております。よろしくお願いいたします。ありがとうございました。

第180回国会(常会)2012年3月9日 参議院 決算委員会(休憩1〜終了)

最後に税収に絡めているのだが、これもロジックとしておかしい。先述したように、7,000億の損失自体が机上の計算でしかなく、税収とどれほど直結するかは疑わしいところだ。さらに、実際に逸失利益があったとしても、その金額がユーザの手元から消えてなくなるわけでもなく、貯蓄以外であれば、何かしらのかたちで流通するだろう。つまり、別の何かを消費する。たとえば、音楽配信で購入する代わりにビールを購入した場合には、税収の面ではプラスになっているのではなかろうか*1。つまらない反証ではあるが、問題を大きく見せるために税収と絡めて主張するのはナンセンスである。

政府答弁は平常運転というところだが、「法改正からまだ2年」という認識を持っている点は評価したい。

繰り返しになるが、違法ダウンロード刑事罰化は次のステップのための一手に過ぎない。「不正なダウンロードなのに違法になっていない」の次は「違法ダウンロードなのに罰則がない」であったように、その次は「違法ダウンロードという刑事犯罪なのに摘発が不十分or未だに被害は甚大」と主張されるだろう。「刑事犯罪への対処なのだから、強い措置を講じても良いはずだ」、というふうに、ステップを一段上がるごとに、そのステップが次のステップのための口実にされてしまう。

刑事罰を口実に著作権ブロッキングやスリーストライク(段階的レスポンス)制度、ソーシャルサイトの著作権フィルタリング義務化など、更なる規制への道が舗装されていくのだろう。

私は、違法ダウンロード刑事罰化には断固反対である。

施行から1年9ヶ月、ダウンロード違法化を振り返る―罰則導入議論は時期尚早では - P2Pとかその辺のお話@はてな

終わりに

松議員は、違法ダウンロード刑罰化の質問の前の質疑において、このようなことを言っている。

耳障りの良い政策、あるいは行き過ぎたアジテーションが日本の政治そのものの劣化を招いているということをしっかりと肝に命じていただきたいと、一言申し上げておきます。

この発言には同意したい。

余談

そういえば、今年初めに、1月23日に違法ダウンロード刑事罰化が即日施行されるとかいう超トンデモなデマが流れてたんだけど、何だったのあれ?

*1:だから違法ダウンロードは問題ない、などというつもりはない