文化を作っている人々:大衆文化とハイカルチャー
先日のエントリに大野さんからブクマコメントをいただきましたので、ご返信を。
id:mohno ↓この批判に同調している人のどれだけが、文化を作ったことがあるんだろう。
全員が文化を作ってると思う。少なくとも知的活動を行う全ての人が、消極的であれ、積極的にであれ、文化に対して何がしかの貢献をしている。文化はインタラクションの産物なんだから。
文化というとかなり漠然としてしまうので、もう一段下げて考えてみる。大野さんは「文化」=「ハイカルチャー」のことを指してるんだと思うけど、この文脈だと的を外してる感じ。別に伝統芸能を保護しようとかそういう話じゃない。その手のレッドブックに載りかけているハイカルチャーを保護しましょうというのは、経済的な価値はうすくなっているけれども、それ以上に価値が存在するからこそ、保護しようという話になる。
一方で、文化の名の下に私的録音録画補償金をよこせといっているのは「大衆文化」。しかも商業性がとびっきり高いやつ。そんな「大衆文化」があたかもハイカルチャーなみに保護すべきだ、経済至上主義が悪だ、なんて主張を「経済的な」動機でしているから馬鹿げていると批判しているわけです。
論理のすり替えによってではなく、「経済的な」動機づけに基づく、「経済的な」主張をしてこそ、説得力を持ち、かつフェアだと思われるんじゃないでしょうか。