Nine Inch Nailsのアルバム販売戦略を考える:既に750,000ドル(約8,000万円)の売上
先日、公式サイトにて提供が開始されたNine Inch Nailsの新作アルバム「Ghost I-IV」は、複数の形態で提供されている。
- Free Download
- 四部作中第一部の「Ghost I」の無料配信(320kbps Lame)
- PDFブックレット(40ページ)
- 壁紙、アイコンなどのエクストラパック
- 5$ Download
- 10$ 2xCD Set
- 75$ Deluxe Edition Package
- 300$ Ultra-Deluxe Limited Edition Package(限定2500/ソールドアウト)
- 特製ボックス入り4枚組みEP(180グラム重量盤)
- ナンバリング+Trent Reznorのサイン入り
- 「Ghost I-IV」のイメージ画のジークレー2枚(デジタルリトグラフ)
- 特製ボックス入り「Ghost I-IV」2枚組CD
- リミックス用データDVD(36曲分のマルチトラック for Win/Mac)
- Blu-rayディスク(HDオーディオ)
- Phillip GraybillとRob Sheridanの写真による48ページのブックレット(ハードカバー)
- 「Ghost I-IV」全編ダウンロード(320kbps Lame//FLAC Lossless/AAC Lossless)
- PDFブックレット(40ページ)
- 壁紙、アイコンなどのエクストラパック
- 5月1日発送
極力省略せずに書いてみるとこんな感じ。こうした複数の選択肢を見ていると、やはり前回のSaul Williamsのときの配信の失敗したと感じた部分を、相当意識しているのかなと思える。
まだ、依然としてその成果は見えてはいないものの、限定2500で予約を受け付けていたUltra-Deluxe Limited Edition Packageは3月3日の時点で完売しており、既に単純計算でも750,000ドルの売上である。もちろん、かなりの量の特典がついてくるので、それなりに原価もかかるのだろうが、それでも多くのファンがこの販売を支持した、ということなのだろう。日本国内の反応を見ていても、50ドル近い送料をものともせず、75ドルのデラックスエディションを購入している人も多いみたい。ちなみに私は10ドルのCDを購入しました(送料は14ドル弱でした)*1。
こうした特典などによる複数固定価格帯での販売に踏み切ったのは、やはりRadioheadの実験の反応*2やReznorがプロデュースしたSaul Williamsの実験での反省*3を考慮してのものだったのだろう。
ただ、Ars Technicaでも指摘されているが、今回NINがとった戦略は多くの報道で言われているような「Radioheadスタイル」ではない。Radioheadの「In Rainbows」が完全に任意の価格での音楽配信を行っていたのに対して、今回のNINの戦略は、どちらかといえば、無料サンプルの提供と価格固定の複数選択肢の提供になるだろう。
そうした視点で考えると、今回のNINの戦略は、いかにしてユーザの満足を高めつつ、利益を上げるか、というギリギリの線を模索しているように思える。「Ghost I」のCCライセンスの元での無料配信、「Ghost I-IV」の5ドルというユーザにとってリーズナブルな価格での有料配信、あと5ドルでダウンロードだけじゃなくCDも購入できるんだ、というユーザの良い意味での迷い、ファン心をくすぐる75ドル、300ドルの特典付きパッケージ。
無料配信は四部作の最初だけ、といっても9曲の楽曲が収められているし、残りのものも聴いてみたいなと思っても「たった5ドル」である。それはBitTorrentなどを利用してダウンロードすることも可能ではあるが、アーティストはそれすら許している*4。払わずにいられるか?5ドルにこめられた「アーティストをサポートできる」という感覚。もちろん、これはアーティストとリスナーとの関係はどうあるべきかに苦心し、模索し続けているTrent Reznorだからこそリスナーも強く思うのかもしれない。
さらに、一度ペイしようと決意したリスナーは5ドルでのダウンロードか、10ドルでのCD購入かを迷い始める。5ドルでダウンロードできるけど、プラス5ドルでCDも手に入る・・・、CDという媒体に対して多少の存在意義を感じている人にしてみたら悩むところだろう。しかも、CDの購入を選択したとしても、今すぐダウンロードして全編聴くこともできる。よし!CDを購入しよう!と決意するリスナーも少なくないだろう*5。
さらに、NINのファンたちにとっては10ドルのCDか、特典満載の75ドル/300ドルのパッケージの間で悩んだことだろう*6。
私はある意味では、Radioheadの手法よりも今回のNINの手法のほうが、リスナーにとってはある意味では良心的だったのではないかと考えている。価格は固定されているが、より多くの金額を出したユーザはサポートしたという満足感だけではなく、特典などによってもファンとしての満足感を高めることができる。また、音楽ビジネスとしても、よりユーザに高額のペイをさせるためのインセンティブを引き出すような形にしたことは、新たな展開を考えさせるものとなるかもしれない*7
また、今回のGhostの配信に際しては、表立ったキャンペーンを一切していないにもかかわらず、万全の体制を強いていたはずの配信用サーバをダウンさせるまでに、多くのユーザがNIN.comに集まったというのも興味深いところだ。ただ、このような注目は、これまでのTrent Reznorの軌跡やNINというブランドがあってこそなのかもしれない。
更に今回の戦略で重要なことは、例え無料でダウンロードされただけだとしても、ユーザのメールアドレスを獲得できることだろう*8。少なくとも、NINの楽曲を聴いてみたいというユーザにダイレクトにリーチできることになる。もちろん、
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と、SPAM行為のようなことはしない、ということも示唆している。
いずれTrent Reznorは今回のセールスがどのようなものとなったのかを公表してくれるだろう。多くのリスナーが期待するように、彼が満足できる数字が示されることを祈りたい。
*1:おそらく、いずれ店頭に並ぶことになるのだろうけれど、個人的には彼らから直接購入したかったのよね。たとえ割高であったとしても。
*2:数字は明らかにされていないので、参考にはしにくかったかもしれないが
*3:5ドルの寄付+高音質版 or 無料ダウンロードで提供したものの、20%弱のリスナーが寄付しただけという結果にReznorは落胆していた
*4:Ghost I-IV全編に渡ってCCライセンスのもと共有可能である。
*5:というか、私のことだったりする。
*6:300ドルのほうを迷った挙句に保留してしまった方、ご愁傷様でした・・・
*7:もちろん、ある程度落ち着いて、これが成功だったということができればだけど。
*8:ダウンロードリンクはメールで通知される