国内ISP団体「著作権ポリス」化の問題を考える
昨日のエントリであつかった
の問題点をもうちょっと考えてみるよ、というお話。
「通信の秘密」の侵害?
ISPが独自に自社ネットワーク内の通信をモニタリングして、その内容によって警告を送るとか、接続を遮断するということになれば、それは通信の秘密の侵害に当たるとは思うのだけれども、JASRACなりACCSなり、それらが新たに設立するかもしれない団体なりが、Winny、Share、その他P2Pファイル共有ネットワーク上でのコンテンツのやり取り等をモニタリングすること自体は、通信の秘密を侵害しているものではないと思うのよね。
イメージとしてはこっそりやり取りしている、という部分があるのかもしれないけど、WinnyであれShareであれBitTorrentであれ、その通信は非常にオープンなもので、そのシステムでは、個々のクライアントをアイデンティファイさせ、コンテンツを流通させるために自動的に情報を他のクライアントに送信している。具体的な手法にまでは言及されていないが*1、おそらく監視システムを構築するに当たっては、このようにして得られる情報以上のものを利用するということはないだろう。
もちろん、接続が一般には許可されていない閉鎖的なネットワーク内に侵入し、その中で情報を収集するとなると、それは通信の秘密を侵害することになるのだろうが、不特定多数のユーザが自由に接続できるネットワークにおいて、そこで自動的にやり取りされる情報を収集することは通信を盗聴する、傍受するということには当たらないのではないかと思う。
個人的には、Webサイト上でコンテンツを公開するのも、P2Pファイル共有ネットワーク上でコンテンツを公開するのも、それほど変わりはないと考えているので、誰しもに開放されている情報を収集することがおかしい、とは思いがたい。
プライバシーを侵害している?
この手法を用いた場合、おそらくユーザのプライバシーは侵害されるものではないだろう。少なくとも、著作権団体がISPに通知してくる情報は、当該の著作権侵害が起こったと思われる時間、そのIPアドレス、そして著作権侵害が行われたファイルに関するものであろう。ISP側はその情報を受け、独自にユーザに警告を発し、場合によっては遮断するということになる。ここでISPが当該のユーザの情報を著作権団体にフィードバックするのであれば、これはプライバシーの侵害ともなりうるのだろうが、おそらくそれはないだろう。
ユーザへの警告は正確に行われるのか
さて、こうした著作権団体によるP2Pファイル共有ネットワーク内での調査/収集やプライバシーに関して問題がないとしても、その著作権団体の調査手法、ISPのIPの照合の信頼性の問題もある。前者はP2Pファイル共有ネットワーク内でユーザの情報を収集するにしても、それが著作権侵害を行っているユーザの端末であると確実にいえるのかどうかの問題であり、後者は通知されたIPアドレスを個々の加入者に照合するプロセスが確実であるかどうかという問題でもある。
上記では、WebサイトとP2Pファイル共有はそれほど変わりないと述べたが、著作権侵害のケースにおいては明確な違いが存在する。侵害状況に関して、前者はISP*2が容易に確認できるが、後者はISP*3は確認し得ない。つまり、著作権団体の言い分を信用してISPはユーザに警告し、場合によってはインターネットから遮断することになる。もちろん、ISPと著作権団体の間にどのような調査手法を持ちいるか、という点での協議が行われ、信頼に足るという手法のみが採用されるのであろうが、それが実際に信頼性の高いものであるのかどうか、ということは実際にその手法が開示されなければ判断し得ない部分もある。
また、ISPがIPアドレスと個々のユーザを照合する際に、それは確実であるのかどうか、という問題もある。少なくとも、何らかの理由で身に覚えのない著作権警告を受け取ったユーザも確実に存在している。もちろん、無線LANの不正使用や、管理者の知らないうちに違法ファイル共有で利用されていたと推測されるケースもあるのだが、その一方でどういう経路でその著作権クレームが舞い込んできたのかが不明な場合もある。ある意味では、気軽に警告できる状況になるわけで、そうした場合に備え、より確実性を高める手法が求められることになるだろう。
GIGAZINEでも、身に覚えのない警告を受け取ったという経験談を述べており、その信頼性は高いとは言いがたい部分もある。
ユーザは弁明可能であるか
上記のユーザへの警告の正確性に関連するのだが、もし、ユーザが自分は違法ファイル共有を行っていないにもかかわらず、ISPからの警告/遮断をなされた場合には、ユーザはどう弁解することができるのか、という問題もある。
今回考えられているプロセスを概観すると、ユーザに警告を行う、遮断するという全ての責任はISPにある。著作権団体は調査結果をISPに流しているだけなので、それが正しいと思うかどうかはISP側の判断次第となる。
しかし、その判断材料となる調査結果の信頼性は100%だとも言いがたいし、さらにISPがIPアドレスと個々の加入者との照合をする際に間違いがなかったとも言いがたいことを考えると*4、全く無関係なユーザを巻き込むこともないとは言いがたい*5。
その場合、ユーザはISPに対してどのようにして自らの潔白を弁明することができるのか、それを明確に定めておく必要があると考えている。少なくとも、著作権団体から寄せられる情報は100%正しいとはいいがたく、そしてそれを保証するものは何もないのである。そのような情報を鵜呑みにし、ユーザに弁解の余地はないとするのはいささか問題がある。
著作権団体-ISP間でのコンセンサスを取ることも必要ではあるが、その一方でISP-ユーザ間のコンセンサスを取ることも必要である。少なくとも、ISPは著作権団体の手先になることに合意したわけではないだろう。自らは中立的な立場で判断するのだと感じているのかもしれない。しかし、著作権団体からの情報だけを信頼し、ユーザからの反論は一切認めない、または軽視するということになっては、中立的な判断とは言いがたい。むしろ、著作権団体のISP支部を作り出すということになる。
今回の合意が意味するものは、極端に言えばISPが「著作権ポリス」になります、ということだ。ISPに寄せられるさまざまな証拠を元にユーザを罰するのだから。しかし、著作権ポリスであるのならば、少なくとも中立であるべきだろう。中立でなければ、それは著作権ギャングと呼ぶべき存在となる。ISPは協議会において著作権団体に対し、どのような情報が必要か、その情報の信頼性について議論を深めるだろう。そしておそらく、ユーザがどのように弁解可能であるかについては議論されることはないだろう。しかし、真に中立であるのであれば、著作権団体に対してこのような情報が必要だ、というのと同時に、ユーザに対してもこのような情報を持って反論を認めるというという部分も精査してよいと思うのだが。
個人的な予想ではあるが、おそらくISPはユーザからの反論は認めないという方向で行くだろう*6。100%正しいのならそれでよいのだろうが、100%正しいと誰が保証できるというのだろう。
中立性は捨てられない
たとえISPが中立の立場ではなくなったとしても、中立性から逃れることはできないだろう。上述したように、誤ってユーザを罰してしまった場合、その責任の全てはISPに課せられるだろう。たとえ、著作権団体の調査に誤りがあったとしても、それを正しいと判断するのはISPであり、それがISPの誤りである。誤ってユーザを遮断してしまうことの責任は、ISPにある。
もちろん、著作権団体が誤った調査を行ったとしたら、それはそれで問題なのだろうが、その責任が問われるのだとすれば、著作権団体-ISP間または、著作権団体-ユーザ間においてである。少なくとも、著作権団体-ユーザ間で解決すべき紛争にISPが介入し、自らの判断において対処するというのだから、その介入における責任は全てISPが負うものとなるだろう。
それぞれの思惑
こういった部分が背景にあるのかなと思ったりもする。まぁ、省庁が情報漏えいを危惧してってのは、この中では一番インセンティブの低いものだろうけど。ISPにしてみれば、著作権絡みの訴訟とか、P2Pファイル共有トラフィックに煩わされたくないという部分があるんだろうと思う。
ただ、こうして介入してしまうことで泥沼に落ち込んでいくような気がしないでもないんだよね。個人的には、こうした介入は警告状の転送程度に収めておくべきで、その紛争には一切関知しない、当事者間で解決してくれ、という姿勢でいたほうがよいと考えている*7。世界規模で見ると著作権団体がISPに求めている、デジタル指紋を用いたコンテンツフィルタリング、P2Pファイル共有プロトコルのブロック、特定サイトへのアクセスブロックなどが要求されており、一度譲歩したことが後々効いてくるのではないかなと思えるのだが・・・。
余談
TechCrunchでは、TorrentFreakの報道から
繰り返し侵害行為を行うとインターネットから永久的に追放される。(3回目の違反で追放されることなるのかどうかは現時点では不明)。
TechCrunch Japanese アーカイブ ? 日本のISP、ファイル共有を禁止へ
って書いてるけど、永久追放にはならない気もするんだけどなぁ。当該のISPには加入できなくなるかもしれないけど、遮断ユーザ情報をISP間で共有するってのはおそらくできないと思うのだけど。