告発と匿名性

私は個人が企業などを告発する際に、匿名で行うことができるということを良しと考えている。なので、WikileakやFreenetのような匿名の言論を保証するようなサービスは支えられるべきだと思っている*1
それに関連した話題で、ちょっと気になったことがあったので少し触れておく。

GIGAZINEの記事とその記事への反論

この記事の中でGIGAZINEは、主に

  1. 地元ガスショップの「メンテマンが売り上げを稼ぐためにわざとコードを損傷させたのでは?」疑惑
  2. 地元ガスショップが「大阪ガス」と混同させるかのような表記で販売活動を行っている件

の2点について追及している。
個人的な意見を述べておくと、1.に関しては、確かにガスメンテナンスに限らず、ほかの業種でも自作自演が行われるという事例が現実に起っているし、そういった噂も散見されるが、それを持って今回の件も真実だということは到底できないわけで、ともすれば状況証拠だけの言い掛かりレベルのものである可能性も捨てきれない。2.に関しては、「消防署のほうからきました」ほどひどくはないにしても、消費者に自社と大手他社を混同させるかのような表記によって販売活動を行うというのは、いささか問題があると思われる*2。なので、2.については改善されるべき問題だと思うけれど、1.に関しては証拠に乏しく、一方的すぎて少なくとも態度を保留せざるを得ない。
その後、GIGAZINEのエントリに対して、はてな匿名ダイアリーに、ガス業界関係者と思しき方から、1.の点に対して反論エントリが投稿された*3

このエントリでは

  1. GIGAZINEの掲載した切断面の写真からは、同サイトの主張する鋭利な刃物によるものとは判断しがたい
  2. 時系列が曖昧にされている個所がある
  3. 自作自演をして信頼が失われることのほうがガス業界の損失となる
  4. 火災が生じることで、その世帯はオール電化に切り替えてしまう

と主張されている。
GIGAZINEのエントリを読んだ時の違和感を切りだしてくれたような主張だと感じた。オール電化云々以外は私も感じたことだしね。論理的にはなるほどと思った*4
ただ、ガス業界の関係者だとすると、ポジショントークであるという部分も割り引いて考える必要があるし*5、今回の件に関わる内部関係者かどうかは判断しかねるので、どこまで真実に迫っているのか、という点でも態度を留保せざるを得ない。
もちろん、業界関係者からこうした業界内部者としての意見を提供されることは、議論のバランスを取る上では非常に望ましいと思われる。

告発と匿名性

今回の件で、私が最も興味を持ったのは、GIGAZINEへの反論に対するブックマークコメントに反論する以下のエントリ。

こういう匿名告発系とか、いい文章のコメントでよく見かけることなんだけど
「こういうことは増田じゃなくて自分の身分を明かすか、
  自分のブログで書かないと」
っていうコメントは、全く何を考えてるんだと思う。
我が侭もいい加減にしろって感じ。

書いた人に対して責任も被らないくせに

冒頭にも記したが、私は告発において、特に個人が企業・団体に対して行う告発においては*6、個人の匿名性が担保されることを良しと考えている。もちろん、名を明かして告発しても構わないのだが、特に個人対企業という場面においては、個人が圧倒的不利な状況であることが多く*7、そうした状況が告発を妨げている一因ともなっている。なので、匿名性が保証されることで、そうした制限を取り去ることができるのであれば、より望ましいものだと思える。
もちろん、匿名であることが信頼性を失わせるということも考えうるのだが、その背景には、匿名であることをいいことに、告発に見せかけた攻撃や、主観にしか基づいていない批判などが行われる、という問題が潜んでいるためであろう。たとえ匿名性が担保されねばならないとしても、こういった問題を無視することもできない。なかなか難しいところではあるが*8
こうした考えに立つと、上記のエントリーの筆者が、匿名ではなく実名*9で記述せよとは何と言うことか!と憤るのもわからないではない。少なくとも、告発や内情を語るのに自らの素性を明かすことで不利益をこうむることは否定できない。それゆえに、業界関係者として匿名で自らの意見を述べる、ということは理解できる。
ただ、今回の場合、告発の構図としては、告発している側がGIGAZINEであり、告発された側が「大阪ガスショップサービス」であり「大阪ガス」である*10。なので、告発の構図の中でこの件に関する回答をしうるのは、後者の二者だけ、もしくは、この件をガス業界の問題としてとらえるのだとすれば、ガス業界に関わる企業でもいいかもしれない。
しかし、そうした企業への告発に対する応答は、企業として行わなければならないと私は考えている。少なくとも、個人の意見では意味がないのだ。そうした視点に立てば、個人としての意見ではなく、企業としての正式な回答を求める、と考えることも理解できるだろう。

告発の意義

告発の辞書的な意味としては、「悪事・不正などを暴くこと」とされている。ただ、告発の意義は、暴くことにあるだけではない。そうした告発に対する企業としての責任を伴った対処を引き出すことができる、という点にある。個人として直接問い合わせるだけでは、もみ消されてしまうような状況にあっても、悪事・不正を白日の下に晒すことで、企業としての対処をせざるを得ない状況を作り出す、そこに意義があると思う*11。程度は異なれど、社会からの要請がある中で、無視するにしても、回答・反論するにしても、改善するにしても、いずれにせよ企業としての責任の下になされることになる。
今回の場合も、匿名の個人としてではなく、企業として、若しくは企業を背負って、回答しなければ意味はない、というような意見が出てきたのは、単にその内容がどうであるかという部分だけではなく、こうした責任を伴った回答がこういった告発のケースでは求められている、というところからくる発言であると思える。単純に、匿名だから内容に意味がないという話ではなく、たとえどのような内容であったとしても企業の責任の下に発言させることに意義がある、ということなのだろう。
もちろん、匿名での関係者の発言が全く意味がないかといえばそうではなくて、その告発を見守る第三者として、状況を冷静に考慮するための材料として重要であるし、その際の匿名性はその後何がしかの問題が生じる可能性を考えると担保されていてもよいと思える。ただ、それは告発に対応するものではない、というところだろうか。

余談

ここまで書いてきてあれなんですが、GIGAZINEのあの記事が告発足り得るのかということは、結構疑問。正直、コード切られた疑惑にしても、現在提示されているのは状況証拠ばかりだし、そもそもそういったケースでは、捜査機関に対する「告発」を選択するべきだと思う。私が最初にあの記事を読んだ時は、「こりゃ相手取られても仕方ないんじゃないか」と思ったくらいで。紛らわしい表記に関しては、告発という感もあるけれど、典型的な告発という感じでもないような。その辺は私が「告発=内部告発」というイメージを持っているから、だったりするんだろうけど。今回の件が外部からの一方的なネガティブキャンペーンなだけだよと言われれば確かにそうかもとも思える。特異な状況をベースに、私が典型と思っている「匿名個人が企業を内部告発する」構図を思い浮かべながら考えを進めてたのかも。
なので、完全には告発の構図と踏襲する状況にはないのかもしれないけれど、今回の件では、匿名言論の有益性という視点だけではなく、顕名でなされることの意義という視点もあって、その齟齬がちょっとした意見の食い違いに繋がったのかなという印象を受けたということでひとつ。

今後の予測

GIGAZINEは当てつけにオール電化にして、そのレポートを書くと思う。

*1:もちろん、現時点でも匿名による告発を保護する制度が存在するが、それが確実に機能しているとは言い難い状況にあると思っている。

*2:法定点検以外の仕事も行っているのなら尚更。

*3:2.についても言及されているが、定期点検の場合に限って通用する話であり、定期点検以外の営業の文脈では通じるものではない。「お客様との接点を増やして、安全を守ろう」という流れも理解できるが、誤解伴うようなやり方をする必要はない。異なる企業であることがわかるようになって不都合があると考えているのであれば、それはそれで問題。

*4:ただ、状況証拠vs.状況証拠という議論でいえば、だが

*5:GIGAZINEも当事者であるので割り引いて考え必要がある。

*6:個人から個人への告発、企業・団体から個人への告発、企業・団体から企業・団体への告発というものもあるのだろうが、今回は個人から企業・団体への告発を扱う。

*7:個人の場合、投入できるリソースが少なく、内部告発であった場合にはその後の処遇などで告発に対する制裁が加えられることもありうる

*8:匿名での告発が可能である状況でも、不可能である状況でも、いずれにしても問題は生じうる。前者は資源/リスクの差によって、告発される側が優位に立っている場合に、告発側が泣き寝入りせざるを得ない状況が生み出されるし、後者はここに記したような虚偽、誇大、誤解による告発、非告発側の不利益のみを目的とした告発、告発の体をなしていない暴露などが匿名で行われるという事態が引き起こされるかもしれない(現にWikileaksに対しては、そうした批判がなされているし、その批判もごもっともだと思える)。ならばどちらを選択するか、ということになるのだが、私としては後者を選択し、その問題を緩和しうる方法を模索することがよいのではないかと考えている。

*9:やそれに近い形

*10:もちろん、告発として妥当だと考えているいうことではない。

*11:もちろん、多くの人が知らないような悪事、不正を公にすること自体にも意義はある。