デジタル時代の「音楽アルバム」のあり方とは

何の気なしにlast.fmSigur Rósの最新アルバム"með suð í eyrum við spilum endalaust"の1曲目"Gobbledigook"のPVを見て、あまりのフリーダムさにワクワクしてしまったのだけれど、そのついでにこれまた何の気なしにSigur Rósのオフィシャルサイトを見ていたら、なかなか興味深いものがみられた。
Sigur Rósオフィシャルサイト上で、アルバムのデラックスエディション、CDの販売、デジタル配信を行っているのだけれど、その中でもデジタル配信の価格設定が気になった。

日本からアクセスすると…


1曲単位で購入すると200円なのでちょっと割高なのだけれど(iTunesでは150円)、DRM freeの320kbps MP3ならいいかなと思えなくもない。ただ、アルバムの価格を見てみると、1,000円と非常に割安になっている(iTunesでは1,500円)。こういう価格設定だと迷っちゃうよね。1曲だけというなら単曲で購入した方が良いのだろうけれど、複数曲欲しいという場合には、アルバムを購入した方が良さそうな気がしてくる。
この辺は、デジタル配信におけるチェリーピック問題*1に対応するために、曲単位での価格は少し割高に、アルバムでの価格は抑えめにすることで、アルバム購入を促しているのかもしれない。
もちろん、シングル価格を割高にすることへの是非は当然あるだろうし、せっかくデジタル配信でシングルが曲単位で安く購入できるようになったのに、何でまた抱き合わせで買わされるんだ、という部分もある。ただ、フィジカル-デジタルのシフトが進み*2、デジタル購入の比重が増したときになっても、同様の状況が続いているのであれば少なくとも今までの価格は維持しがたいものになるだろうし、アルバムを製作すること自体、アーティストの道楽のような行為となるかもしれない*3
そう考えると、確かに一部の人にとっては抱き合わせといえるようなアルバム販売であっても、シングル販売とのバランスを考慮した上で、それぞれの適切な価格設定を模索するというのは、それほど的を外した感じはしない。

米国からアクセスすると…

とまぁ、単位が円になっていることからもわかるように、上記の価格設定は日本からアクセスした場合。では、米国からアクセスした場合にはどうなるかというと…*4

曲単位では0.5ドル、アルバム単位では8ドルとなっている(iTunesではそれぞれ0.99ドル、9.99ドル、Amazon MP3ではそれぞれ0.99ドル、8.99ドル)。えー、曲単位で買った方が安いじゃないの!?*5と思ったんだけど、他のアルバムの楽曲は曲単位で0.99ドルとiTunesと同価格にて販売されているので、期間限定のキャンペーンみたいなものなのかな。
まぁ、アルバム単位で見てもiTunesより2ドル程度安く、曲単位で見てもたとえiTunesと同額だとしても高音質・非DRMであることを考えると、オフィシャルで購入した方が遙かにいい。アーティストの側としても、iTunes経由で購入されるよりなら、直接自分のサイトから購入してもらった方がいいし、そうして自分のサイトに来てくれたビジターにはオフィシャル限定のデラックスエディションの宣伝もできる、と。
ただ、曲単位では現在0.5ドル、他のアルバムでも0.99ドルと2,3曲欲しいだけなら、アルバムではなく、曲単位で買った方がいいかも、と思わせるところもある。この辺は元々のCDアルバムがこれ以上ないくらいに安くなっていることにも由来するのかな。AmazonだとCDアルバムは9.99ドルで購入できる。

確かに安いは安いのだが、1,2曲程度欲しいというリスナーであれば、おそらくは音楽配信であれCDであれアルバムの購入は考えないかもしれないし、アルバムの購入を考えたとしても、リッピングが手間、CDが邪魔、すぐ聴きたいというのでもなければ、CDの購入を選択するかもしれない。いずれにしても、音楽配信でアルバムを入手するという選択肢は、とられにくいのかなと思える。

チェリーピック

アルバム全部ではなく曲単位で購入したい、というのは、アルバムの中にアルバムという体をなすための間に合わせ程度の曲が含まれている、と感じている人なら、多くの人に共通していることだろう。また、別にシングルだけを購入できればいいという人にとっては、アルバムごと購入するメリットなどは感じられないだろう。どのような動機が背景にあるにせよ、こうした曲単位で購入し、アルバム単位では購入しないという人たちはチェリーピッカーと呼ばれることがある。もちろん、シングルだけを購入するという層はいつの時代にも存在していたはずだが、ことデジタル配信においてはその傾向が強いということから、音楽産業が頭を悩ませている問題でもある。デジタル配信はますます成長を続けているのに、主力であるアルバムが今ひとつなのだから。
デジタル配信へのシフトがさらに進んで、セールス上無視しせざるを得ない規模にまでなったとして、その段になってもチェリーピック問題への有効な解決策が見つからないとなれば、シングルの価格を見直ししなければならないのかもしれない。おそらく、それを判断、決断をするのはレーベルだろうし、当然そうなれば、iTunesAmazonなどとドンパチやらかすんだろうけれど、今後はそういう展開が待っているのかなぁと思っている*6
また、一部アーティストは、iTunesなどから自身の楽曲を引き上げ、CDアルバムだけで楽曲を販売するという選択肢をとっているけれど、その辺は「音楽配信で購入できなければCDの購入を検討する」層をどれだけ取り込めているのか、「音楽配信でしか購入する気はない」層*7からのセールスをどれだけ失っているのか、ということに依存しているのだろう。もともと「CDでしか音楽は購入しない」層にはそれほど影響はない。ただ、将来的には「音楽配信でしか購入する気はない」層がどの程度増えていくのか、がキーになるのかな。
もちろん、そうなっても単曲、アルバムの価格比によってアルバム購入を促すという手もあるだろうし、そもそも音楽配信がメインストリームになるかどうか、CDアルバムセールスを食い続けていくのか、ということはまだわからないんだけどね。それでも、少なくとも音楽配信に関して言えば、音楽産業がこれまで通りアルバムという概念を守り抜くのか、それともシングルに焦点を絞るのか、という葛藤は存在しつづけるのだろう。個人的には、アルバムというコンセプトは嫌いじゃないんだけどね。ただ、良くも悪くも消費者はわがままで、気に入らなければ、相手にはしない。どれだけ音楽産業が弱音を吐いても泣き言を言っても、受け入れられる形を作り出さなければ、縮小を続けていくだけのこと。生活に彩りを加える選択肢は、他にもたくさんあるのだから。

余談

ふと、従来のCD購入行動を考えてみると、少なくとも日本においては、シングルCDを購入してもアルバムCDを購入するという層は存在しているし、シングルは購入しないがアルバムは購入する、という層も数多くいる*8。であれば、単純に欲しい楽曲だけが手に入るからといって、アルバムを購入しなくなるというのは腑に落ちないところでもある。もちろん、その辺は価格比等あるのかもしれないが、他にもいろいろと考えなきゃいけないことがありそうね。
今回はだいぶまとまりのない文章になってしまったけど、また考えてみることにします。

*1:音楽産業にとって主力であるアルバムが売れず、アルバムの中から数曲だけをダウンロード購入されてしまう、というもの。デジタルセールスにおけるシングル優位はこの辺に起因している。リスナーとしては、聴きたくもない音楽を買わされるよりは、聴きたい曲だけを選んで購入できるのはメリットなのだが、音楽産業としては収益の柱であるアルバムが売れてくれないと困ったことになる。

*2:後者が前者を凌駕するという時期は本当に来るのか、それがいつになるのかは定かではないが

*3:もちろん、そうしたこだわりを持つアーティストのファンは、おそらくはそうした行為を支持してアルバムを購入するだろうから、ビジネスとしてもアルバムを製作するメリットは無いわけではなさそうだが。

*4:米国Proxy経由で見た場合

*5:11曲で5.5ドル

*6:現在でも火種はたくさんあるし、一部そうした衝突が見られてもいる

*7:デジタルアルバム購入がほとんど無いことを考えると、アルバムでの購入を嫌い、曲単位での購入を望む層ともいえるかもしれない

*8:米国の場合にはシングルCDという概念がもはやないに等しいけれど。