良いか悪いかじゃなく、額がおかしいだろというだけの話

Jammie ThomasやJoel Tenenbaumに対して賠償金を支払うよう命令が下ったことについては、正直異論はそれほどない。両者ともに最終的には違法ファイル共有をしていたことを認めているわけで、ならばとっとと和解しておいた方がよかったのに、と。

ただ、その額については納得していない。

ねぇねぇ違法コピーって、そんなにも悪いことなの? : Gizmodo Japan(ギズモード・ジャパン), ガジェット情報満載ブログ

この記事でも、賠償金の額について他の犯罪と比較した上で、ちょっと行き過ぎじゃないの?といわれている。どうも軽い口調過ぎてからかい半分に見えてしまうのは残念であるが。それと、「ねぇねぇ違法コピーって、そんなにも悪いことなの? 」という邦題も…(原題は"Second Degree Murder and Six Other Crimes Cheaper than Pirating Music")。

それはともかくとして、上記の記事では他の犯罪と対比させることで、そこまで大げさにするようなことか、という問題提起をしている。煽りとしては有効だろうが、単純な比較というのは難しいだろうなぁとは思う。そもそも非営利の著作権侵害に対する刑事罰はないし*1、それを他の刑事罰とを比較する意味はない。ただ、それはダウンロードとアップロード(共有)も単純には比較できないのと同じ。できても相対的にどちらがタチが悪いかを判断できる程度でしかない。違法アップロードの方がタチが悪いにしても、だから「この金額が適当だ」というわけではないだろう。

Gizmode Japanの記事の趣旨もそこにあって*2、賠償金の『額』を問題にしているに過ぎない。罰が厳格すぎないか?(または軽すぎないか?)という問題提起は、その犯罪行為そのものを肯定するものではない。抑止効果を期待するのであれば、犯罪者はみんな死刑にしてしまえばいい*3、でも、それなら誰だっておかしいと思うよね、極論を言えばそういうこと。罪の重い軽いの話ではなく、刑罰・賠償がその罪に見合っているかどうかの話。犯罪者なんだからどうなってもいいとは思えない。

この賠償金が補償的な側面を持っているとしても、実損の数百倍*4の額が上乗せされていることは間違いない。少なくとも、個人に向けられて当然と平気でいられる額ではないと考える。

1回の違法アップロードで1ドルの損失*5が生じたとすると、192万回の違法アップロードに相当する。それだけでもまずあり得ない回数ではあるのだけれども、さらに1曲3メガバイトだったとすると、5.5テラバイトの転送量があったことになる。郊外に住むシングルマザーの彼女が、嫌疑のかけられている2003年の時点で、それを可能にする回線を引いていたとは到底思いがたい。しかも、Kazaaを利用して。

結局、この賠償金は補償のためというよりは、ほとんどが懲罰的な側面を帯びているものだろう。もちろん、平均的な和解額(だいたい30万-60万円くらい)よりも安い、同額程度にならないのは当然だとしても*6、それでも犯した罪に見合っているとは思えない。これについては、id:mohnoさんとしばしば意見があわない。

heatwave_p2p heatwave_p2p ほんとひでぇ。彼女は192万ドル分のダウンロードをしたわけでも、アップロードをしたわけでもない。/id:mohno たかだかKazaaで共有しただけの個人に対する額としては私は行き過ぎだと感じます。制度がどうあれ。

はてなブックマーク - heatwave_p2pのブックマーク - 2009年6月19日

mohno mohno id:heatwave_p2p<懲罰的賠償金って、そういうもんですよ。“実損”だけの賠償って、万引きして「金払えばいいんだろう」という程度なわけで。そもそも裁判起こす方も弁護士費用かかりますしね。まあ、和解するでしょう。

はてなブックマーク - mohnoのブックマーク - 2009年6月21日

mohno mohno id:heatwave_p2p<金額が“行き過ぎ”になりやすいのも陪審裁判の特徴ですよね。裁判長ではなく市民の判断。たぶん何の反省も見せずに陪審員の心情を逆なでしたんですよ。まあ、ずっと低い金額で和解するでしょう。

はてなブックマーク - mohnoのブックマーク - 2009年6月21日

懲罰的な側面があるのは認めるとしても、やはり高額過ぎると私には感じられる。「金額が“行き過ぎ”になりやすい」陪審裁判の弊害とすら。mohnoさんが指摘しているように、確かにJammie Thomasの弁護は無理筋なところもあったし、それを強弁したあげくに真相が明らかになるや否や嘘の上塗り、さらにあとになって違法ファイル共有を認め、そこからまた取り繕うとしたといった、そりゃ陪審員に嫌われるよ、と思えるところもある。ただ、だからといって違法ファイル共有ユーザ全体の業を背負ったかのような罰を科されるのもおかしいと思えるのだ。

抑止効果を狙っている?

抑止効果があるかどうかはわからない。ただ、促進効果に負けているのは明らかである*7。このような厳罰的な判決が下されようとも全体的にみて違法ファイル共有が抑止されることはない。

おそらく、それを一番理解しているのが当のRIAAで、彼らは既に違法ファイル共有ユーザに対する訴訟戦略の打ち切りを公表している*8。もちろん、レコード産業側が諦めたわけではなく、戦略の転換に過ぎない。違法ユーザの意志に働きかけてもどうせやめないんだから、ISPによる制限によって解決しよう、という算段。主なものとしては、著作権侵害ユーザのインターネットからの排除*9、特定コンテンツの流通の妨害(フィルタリング)、特定サイトへのアクセス遮断(ブロッキング)などが要求されている。著作権侵害ユーザのインターネットからの排除というのは、まさに今、欧州で問題視されている『スリーストライク』そのもの、なんだけどね。

追記

やっぱりmohnoさんのブコメと対比させてよかった(なんて言うと怒られちゃうかしら?)。mohnoさんから反論(というよりブックマークコメントの補足)エントリを頂いた。

とどのつまり、mohnoさんの指摘にあるように

つまるところ、heatwave さんのご意見は(違法共有とは関係なく)「懲罰的賠償制度はおかしい」ということになる(他の損害賠償には適用してもよいが、違法共有に適用するのはおかしい、という意味でなければ)。

mohno : 違法ファイル共有に対する賠償金の額はおかしいか

ということなのは否定のしようもない。新しいエントリを立ててもそれほど議論が深まるものではないだろうから*10、追記というかたちでレスをば。

Jammie Thomasのケースも、数ある懲罰的賠償制度の弊害の一つでしかないのだが、元記事が偏りすぎているためか、コメント欄、ブックマークコメントに、ダウンロードではなくアップロードなのだから(損害は甚大だ)or抑止効果を見込んでいるのだから、積極的または消極的に厳罰やむなしといった意見がみられている。

id:ripple_zzzさんからいただいたブコメ

ripple_zzz ripple_zzz まぁ、煽りに加えて「額がおかしい→じゃあ(全部)白だ」みたいな臭さも感じたり。JASRACネタと似てる、包括論法?

をひっくり返した感じで、「黒なんだろコイツ、しかも相当悪いことしてる→じゃあ厳罰でもいいだろ」という感覚なのかなと思えてならない*11。懲罰的側面を有していることを考えると、和解などに比べて厳罰であることは致し方のないことなのだが、それにしても高すぎるでしょ…というのが私の感覚。だから、犯した罪に比して妥当であるかどうか、という点でこの額を評価するべきだと思うし、おかしいと思うならおかしいと言う必要があるのかなと。数ある懲罰的賠償制度の弊害の一つだとしても、違法ファイル共有に関わることなら、私の関心領域なので。

それとこの結果は、「ひいき目にみても百害あって二十利*12くらいしかなかったRIAAの無茶な訴訟戦略」の2度目の最高到達地点*13として、ある種象徴的だなぁと。それもあってこの件は私にとって非常に重要なポイントだったりする。

当初RIAAが引くに引けなかったのは仕方ないにしても、レコード産業の側からもNapster後の対処に対する後悔が吐露されている現状にあってもなお*14、海賊ユーザを何とかできればパイラシー問題は解決するはずという路線では、一向に解決に向かうことはないだろうと思えてならない。私はFACのような「北風と太陽」路線こそが違法ファイル共有問題を解決に向かわせるものだと考えている。もちろん、ただただ寛容であればいいとも思ってはいないが。

*1:劇場公開前、公開中の映画は除く

*2:多分ね

*3:冤罪を防ぐために20年くらい拘留した後に

*4:おそらくそれ以上

*5:音楽配信における平均的な料金。もちろん、その額を支払えば誰でもアップロードできるわけでもないし、DRMが付与されていないという部分でも相違はあるが。

*6:逃げ得にしかならないから

*7:これまでずっと違法ファイル共有ユーザの数は増加の一途を辿っている

*8:よほど悪質なユーザに対しては訴訟によって臨むみたいだけど

*9:または帯域制限

*10:これは私自身が法律論を展開できるわけでも社会的影響について論じることができるわけでもないし、どちらかと言えば感情、感覚で反発しているため。

*11:id:ripple_zzzさんがそうだというわけではない。

*12:抑止効果は全体としては見られておらず、さらに強引な戦略によって多くの敵を作ったという意味で(絶対的に見れば多少の効果はあったのかもしれないが、相対的に見れば促進効果に相殺されてさらにマイナスなわけで。)。また、この戦略の結果、アーティスト、違法ファイル共有と関わりのないリスナーも敵に回し、アンチパイラシーに対するネガティブな風潮を作り出してしまったわけで。

*13:1度目は2003ー2004年の一斉訴訟

*14:確かにNapster後のオンラインへの適応に失敗し、結果的に違法ファイル共有を拡散させたことは反省せざるをえない部分なのだろうが、ただ、あの当時、今後こんなことになるなど確実に予見できた人など皆無だろうから、それをもってレコード産業を批判する気にはなれない。そもそも現在ですらどうすればよかったのかを明確に答えられる人はいないだろう。あの方向性が間違いだったんじゃないか、と言える程度で。