海賊党のススメ

MSN産経ニュースに「ネットに自由を!「海賊党」拡大」なんて記事が掲載されたので、それに便乗して海賊党ヲチャーとしての考えをちょこっと書いておこうと思う。

海賊党政治課題を見て、ダメだこりゃ、と思われる方も少なくないのかもしれないが、個人的にはあの理念は当面は『お飾り』でしかないと思っているので、個々の主張としては全く指示できないものがあるとしても、同党に対してそれほど過剰な拒否感情を持つまでには至ってはいない。

知財権やプライバシーの問題を政治課題にする単一争点政党であるという批判もあるが、そもそも争点になりにくいこうした問題を専門的に主張していくという姿勢をあえて否定的に見る必要もないかなと思う。こうした争点になりにくい問題では、我々の政治的主張が実際に反映されることはほとんどなくて、むしろ、利害関係者の声ばかりが反映されているのが実際のところだろう。著作権の問題などを考えてみても、権利者側はロビー活動に時間をかけ、膨大なコストを割いて議員や官僚を取り込んでおり、市民の側が一朝一夕で抗議したところで、なかなか届かない部分もある。単一争点政党であるからこそ、『必ず』その問題に口を挟んでくれると期待できる。

『お飾り』としての政治理念

もちろん、本人たちは大まじめにその実現に取り組みたいと思っているのだろうが、彼らの掲げている政治課題そのものは、短、中期的にみて実現可能なものではない。単一争点政党というわかりやすさが一定の支持を集めやすいとしても、そこにはやはり限度があって、その範囲でしか支持を伸ばせないだろう。よりプライオリティの高い問題に焦点を当てて、態度を決める人の方が多いだろうし。

ただ、その限界ギリギリまで支持を拡大するためには、まず知ってもらい、応援してもらうことから始めなければならない。そのためには、現実離れしていると批判されようとも、核となる強い主張をすることが必要になる。それがあの政治理念に繋がっているのだと思う。

ではその効果はどうだったかというとご存じの通り。短期的に実現可能な政治課題を掲げていたのでは、到底達成できない成果を上げているだろう。

では、たとえば著作権保護期間の延長反対を中心に訴えていたとして、こうした成果を上げることができただろうか?おそらく無理だっただろう。彼らの極端ともいえる主張があったからこそ、彼らは注目され、世界規模で報じられることになったし、その活動も世界中に広まりをみせている。

現実的に期待できること

個人的には、彼らが単独で何かを実行できるほどには大きくはならないだろうと思っているので、知財権やプライバシーの問題において影響力を発揮できる存在であった欲しいと願っている。まぁ、実際に彼らのできることはその辺りのことなんだろうと思っている。

1つには、先ほども書いたが、政治的に反映されにくいこれらの問題に対する我々の態度を、政治的に反映してもらう、ということがあるだろう。この辺は特定の問題に特化しているからこそ、期待できる部分でもある。争点とならない問題だと、ロビイストの主張が議員を介して通りやすいわけで、こうした役割をになっていることは非常に大きい。

もう1つは、海賊党のような主張が支持を集めているという状況が、他の政党の知財権、プライバシーの問題に対するスタンスを変化させるということ。ある種、票が動くことを知らしめることで、争点となりにくかった問題を争点にする、というところなのかもしれない。

結局のところ、彼らに課せられた現実的なミッションは、彼らの掲げている理念を実現することにあるというよりは、彼らの理念に逆行する動きを牽制し、制止することにある。そういった側面から海賊党を支持する人も少なくないんじゃないかなと思うのだが。
最近では、ドイツ海賊党空港の「全裸スキャナー」に反対するフラッシュモブ的抗議をして話題になったが、これを見ても防波堤としての役割を背負っていることがよくわかるだろう(もちろん、海賊党としてのパフォーマンスであるという強調も忘れてはいない)。

また、獲得的な変化を求めるにしても、単独での実行がまず不可能な以上、共闘という形で物事を進めることになる。彼らの理念は極端ではあるが、共闘のプロセスにおいて、ある程度は現実的な範囲に収まるだろうと考えるのが妥当だろう。

海賊党が支持を失うとき

スウェーデン海賊党は、BitTorrentサイトThe Pirate Bayの設立者らが有罪判決を受けたのをきっかけに支持を拡大したといわれている。ただ、その背景には長きに渡る流れがあった。2005年にダウンロード違法化が施行、2006年にThe Pirate Bayへの強制捜査と起訴の遅れ*1とTPB側から権利者、検察への挑発、TPBに対するアクセス遮断、2009年には発信者情報開示の制限を緩和するIPRED法の施行もあった。さらにスウェーデンには、TPBの母体でもあったアンチ・アンチパイラシー団体Piratbyrånが2003年より活動を続けていた。

少なくとも著作権に関わる話題や活動、実際の衝突が積み重なり、海賊党支持の基盤を作り上げているとも言える。この手の問題がそれほど話題に上らなくなれば、たとえ海賊党の理念が実現されていなくとも、彼らは支持を失うことになるだろう。問題が多いからこそ、相対的に支持を受けているのであって、その理念を絶対的に支持をしているのはごく一部だろう。

市民の政治への態度

スウェーデン在住のLisaさんが書いているスウェーデン百鬼夜行!!というブログに海賊党関連の興味深い記事があった。

スウェーデンでは、ソーシャルメディアの登場、普及により、市民の政治参加がより活発になったという。もともと80%近い投票率のある国だということも相まって、ソーシャルメディアが政治議論の場となるのも必然であったと。

さらに、法律や立法に対する態度も日本とは大きく違うようだ。

一般的に映画などのファイルソフトの交換は「著作権の侵害」ということで「違法行為」として認識されており、「違法」である以上「法に従わざるをえない」というのが一般的な日本人の態度であろうかと思う。
しかしここスウェーデンでは「法律は社会の変化に対応して柔軟に変更するもの」という意識があるようだ。
本当にこの法律は必要だろうか。
今の社会変化に対応できている法だろうか。
大企業が自分達の利益を守るための隠れ蓑として使用しているという側面もあるのではないか。
この法によって不利を被っている人がいるなら変える必要があるのではないだろうか…
というところから議論が始まる。

スウェーデン百鬼夜行!!  ネット右翼と海賊党 −Web2.0後の日本とスウェーデン 2

今の法律はおかしい、と考えるのは共通していても、ならばそれは変えるべきだ、または、変えられるはずだという信念に違いがあるのかもしれない。この辺は自分と政治との距離感があるのかもね。

こうした距離感は、海外のニュースを眺めていて感じることがよくある。米国なんかが特に顕著なんだけど、立法に関して問題がある場合には、とにかく地元の議員に手紙を書け、というキャンペーンが張られる。その支持者たちは、議員に手紙を送ったり、FAXをパンクさせたりすることで、有権者*2の態度を議員に伝え、それに即した行動を要求する。この手の陳情は今に始まったことではないのだが、インターネットの普及によりいっそう加速している感はある。

日本の場合、投票と投票の間に直接の政治的コミットメントがある人はさほどいないように思える。直接の政治的コミットメントは投票くらいで、あとは床屋談義に花を咲かせる、とか。逆にいえば、こういった状況だからこそ、少数でも結束すれば一定の影響力が示せるはずなのだが、あまりそういった動きは見られてはいない。

日本海賊党の設立を!という意見をたまに見かけたりもするが、個人的には積極的にパブリックコメントを書くとか、地元議員に定期的に陳情し続けるとかした方が、実際の効力を考えると現実的かなと思ったりもする。地道な活動ではあるんだけど、利害関係者はずっとそうした活動を続けているんだよね。

おまけ:『海賊党』という名称について

海賊党という名称から、彼らが違法行為を認める政党であるかのように思われるかも知れないが、実際には違法行為を認めてはいない。かつてローレンス・レッシグにそのネーミングが米国にはそぐわないと批判されたとき、米海賊党はこのように述べていた。

我々が「海賊党」を名乗ることで、ある部分では、我々が海賊行為を唱導する、少なくとも著作権侵害を唱導する存在であると彼は感じているのかもしれない。我々はそのようなことはしていないし、そうすることもない。民事であれ、刑事であれ、いかなる法をも犯すことを是とすることはない。

米国海賊党、Lawrence Lessigを痛烈に批判 :P2Pとかその辺のお話

じゃあ、何で海賊なのか、という疑問に対してはこう答えている。

ハリウッドが全ての人々を呼びつける際に用いている言葉(訳注:海賊)より、よいタイトルなどあるのだろうか。

米国海賊党、Lawrence Lessigを痛烈に批判 :P2Pとかその辺のお話

要は、権利者が我々消費者を海賊扱いすることへの闘争である、ということなのだろう。

おまけ:海賊党の広がり

現在、公式に政党として認められているのは、オーストリアチェコデンマークフィンランド、フランス、ルクセンブルク、ドイツ、ポーランドスロバキア、スペイン、英国、スイスの12カ国。全てヨーロッパの国なのだが、非公式ながら活動が続けられている国を含めると、さらに広範囲に広がる。アルゼンチン、オーストラリア、ベルギー、ブラジル、ブルガリア、カナダ、チリ、エストニアアイルランド、イタリア、リトアニア、メキシコ、オランダ、ニュージーランドポルトガルルーマニア、ロシア、セルビアスロバキア、トルコ、ウクライナ、米国など、アジア、アフリカ以外の地域には海賊党の芽が育ちつつあるようだ*3


Pirate Parties Map(via Wikipedia*4 )
(黒が公式に政党として認められている地域、青が非公認ながら存在している地域、赤が設立が検討されている地域)

全ての地域の海賊党が成果を上げるとは思えないが、それぞれに何かしらのポジティブな影響をもたらしてほしいものだ。

*1:起訴までに2年を要した

*2:または未来の有権者

*3:産経の記事のマップを見ると南アフリカ海賊党が設立されているようなのだが、PPIのフォーラムを見る限り、実質的な活動はないに等しいと思えるのだが。

*4:PiratePartiesMap12.svg(CC BY-SA)‎: Author PiratePartiesMap11.svg : * PiratePartiesMap10.svg : *derivative work: Usv , Polemon , Randompirate5 , MichaelSchoenitzer & Lord Metroid /derivative work: Usv/derivative work: ArnoldPlaton