GIGAZINEさん、オンライン音楽配信をdisれるデータじゃないですよ

GIGAZINEが変な記事書いてる。
一体オンラインで何曲売れば、アーティストは生活していくことができるのか?を表す図 - GIGAZINE

元々のデータも随分荒い感じがするけど、それに輪をかけてGIGAZINEが恣意的なデータの使い方をしている。

元の記事は、Information is Beautifulの「How Much Do Music Artists Earn Online?」って記事なんだけど*1、そもそもの文脈は、英国Digital Economy Bill(スリーストライク・スキームとか厳格なパイラシー対策を含む法案)が、ミュージシャンやアーティストのこれからを約束するものだ、なんてふざけたことを吹聴する輩がいるから、「OK、これが誰を利する法律かはっきりさせようじゃないか」って感じなのね。きつめに言えば、毎度のごとくミュージシャンだのアーティストだののためだと抜かしながら、結局はてめぇら自身のための法律じゃねぇか、と。

ちなみに、Digital Economy Billについては、こちらを参照のこと。
Digital Economy Bill、法律化へ その1: Green Sound from Glasogow
Digital Economy Bill、法律化へ その2: Green Sound from Glasogow

で、元記事の図が強調してるのは、右側のlabel vs. artistのREVENUE比と、必要ユニット数なのね。レーベルがもりもり持って行くから、結局はアーティストの実入りが少ないよ、ってこと。GIGAZINEが強調するようなDigital vs. Physicalって構図じゃない。ってか、以下の並びで見ればわかるでしょ。

How Much Do Music Artists Earn Online?

(メジャー)レーベルからリリースしたアルバムCD*2iTunes/Napsterでのアルバムダウンロード(これもレーベルから)とでは、それぞれ1,161枚、1,229回とほぼ同数だよね。

で、cdbabyのMP3ダウンロード販売を見ると、こっちはアルバム単位じゃなくてシングル単位だけど1,562回、2,044回とレーベルから出すアルバムに近い回数で目標額に到達している。シングルのダウンロード販売でね。これを10分の1にすれば自費出版のアルバムCDとほとんど変らない。はて、GIGAZINEの言ってることとずれてきたね。

さらに、アーティスト/ミュージシャンの取り分が少ないレーベルとの契約だと、そのシングルダウンロード以上にアルバムCDを売らないといけない。

あとb:id:nofrillsさんが指摘してるように、

id:nofrills 元記事から作りが雑だが(インディレーベルでの50:50契約の無視等)Gigazineまとめで益々劣化。盤or曲が一貫しない「回数」で数えられてもと思うが、販売の際の単位で数えている。元記事の文脈は英Digital Economy Act and it's premises

はてなブックマーク - 主にBBCなど英メディアのブックマーク - お茶をふいても、ひとり。 - 2010年4月22日

インディレーベルの50:50契約もある。この場合、待遇のいいメジャーとの契約よりも、少ない枚数(半分くらい?)で目標額に到達する。

少なくとも、このデータからは

少なくとも「オンラインの楽曲販売はアーティストにとっての福音である」という論は眉唾ものであると言うことができるのではないでしょうか。

一体オンラインで何曲売れば、アーティストは生活していくことができるのか?を表す図 - GIGAZINE

なんて言えないよね。あとRhapsody、Spotifyのデータも載っけてるけど、こんなもん「有線放送で何回かかったら生活できるか」「ラジオで何回かかったら生活できるか」「ライブハウスで何回演奏されたら生活できるか」って言ってるのと変らないよ。これも結局は、レーベルとアーティスト/ミュージシャンの取り分比を見てみましょう、ってとこ。その上で、「誰のための法律なんだ?もういっぺん言ってみろ!」ってとこじゃないかしら。口汚く言えばね。

Digital vs. Physical

CDセールス vs. デジタルセールスの問題というのは、何曲/何枚売れればということじゃなくて、今までアルバムCDが主力であった音楽産業が、デジタル配信を導入して以降、アルバムではなくシングルでばかり売れてしまう、というチェリーピックの問題なのね。デジタル配信でもアルバムが今までのように売れ続けていれば、そんなに問題にはなっていなかったわけで。

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でも、じゃあどういう形がベターなのか、というのが難しい。シングル1曲単価を高くすれば良いのか、アルバムのバラ売りを禁止してアルバム単位で売ればよいのか*3、というとそう簡単ではなくて、メジャー同士が口裏を合わせてそうすることはできても、インディレーベル、インディペンデントがそれに従う道理はない。結局は競争の中で調整されていくし、さらにAppleとかAmazonとかプラットフォーム側から課せられた制約もある。

結局は、「今ここ」の環境でうまく生き延びていく、というよりうまく適応することを考えないといけないんじゃないのかな。既に大きな転換期を迎えてしまったわけで、それにあらがうのも悪くはないんだけど、今まであった形が変ってしまったと嘆いても仕方なくってさ。ユーザの音楽習慣、音楽購入の仕方を引き込むようなやり方を考える、作り出すとか、そういうかなり大枠の変化で対抗しないとやっぱり難しいと思うよ。

で、リスナーとしてこの状況を憂えるのなら、嘆いていてもしょうがなくて、CDでもオンライン配信でもアルバム購入すればいい。将来を変えたきゃどんな形でも良いから望ましいと思えるものに投資する、それだけだと思うよ。

余談

GIGAZINEには「『オンラインの楽曲販売はアーティストにとっての福音である』という論は眉唾もの」なんて書いてあるけど、そのアーティストって誰なの?Radiohead?NiN?Lily Allen?Blur?Jonathan Coulton?Sean Fournier?ほとんど名の知られていないまま活動を続ける全世界のミュージシャン、アーティストたち?

みんな境遇もポジションも違う。既に人気を確立し、安定した生活を送っている人もいれば、パートタイムで仕事をしながら音楽活動を続けてる人もいれば、フルタイムで仕事をしてサンデーミュージシャンとして活動している人もいる。さらにその中でも、レーベルと契約してる人もいれば、していない人もいる。過去のカタログが絶盤になってしまった人とかもいるわけ。「オンラインの楽曲販売」の恩恵は、人によってその重みが違うよ。

でも少なくともね、絶対数としては恩恵を授かっている人の方が多いと思うよ。だって、そうじゃなきゃ世に出すことも叶わなかったんだから。レコードの売り上げが音楽活動の全てを握っているのなら、Jamendoで楽曲を提供しているようなアーティストが存在している方がおかしいでしょ。レコードからの利益だけでは考えられない部分の方が大きいと思うけどね。

あともう1点。元の図ではレーベルとアーティストの取り分が書かれているけど、一応フォローしておくと、レーベルはただ中間に入ってボってるわけじゃなくて、制作、流通、管理、プロモーションなんかの役割を担っている。取り分だけでみれば、自作自演自売のアーティストの方がいいんだけど、現実にはそうはなっていないよね。特にプロモーションは、多少影響力は落ちてきた感はあるにしても、メジャーレーベルの方が遙かに強力。レーベルにその辺を任せるメリットと取り分が減るデメリットとを勘案したうえで、自作自演自売を是とする人もいれば、そうは考えない人もいる。インディレーベルという選択肢を選ぶ人もいる。

まぁ、そんな単純な話じゃないよね。

*1:この記事もThe Cynical Musician記事を参考にしたもの。

*2:アーティスト/ミュージシャンの取り分の多い契約

*3:またはAlbum Onlyの曲を複数入れるとか