「ウィルス罪で初摘発」にまつわる誤解と懸念

不正指令電磁的記録罪(コンピュータウイルス罪)で初の逮捕者が出たそうで。

ウイルス保存の疑いで初摘発 NHKニュース

容疑は、Shareネットワーク上の他のユーザに感染させる目的で、ウィルスを自宅のパソコンに保管していた疑いとか。

成立から初摘発までずいぶんと早いなぁと思いつつ記事を読んだのだけれども、このNHKの記事がかなり誤解を招きそうな書き方なのが気になった。(太字は筆者heatwave_p2pによる)

コンピューターウイルスを巡っては先月、刑法が改正されて「ウイルス作成罪」が新たに設けられ、ウイルスを作成したり保存したりしただけで罪に問われるようになりました。

ウイルス保存の疑いで初摘発 NHKニュース

この報を受けてか、ウィルス送りつけられただけで逮捕か、研究のために保管していてもダメなのか、ワクチンソフトが隔離したファイルでもアウト?などなど懸念の声も上がっている。

これについては、不正指令電磁的記録罪に深くコミットされてきた高木浩光さんが、NHKニュースの報道を批判している。

NHKの報道が糞すぎる。目的犯だっての。 http://t.co/OgjTrYW 「刑法が改正され、ウイルスを作成したり保存したりしただけで罪に問われることになり、」less than a minute ago via Twitter for Mac Favorite Retweet Reply

そら見ろ。NHKの糞報道のせいで、無用な社会不安が生じてるぞ。> RT NHKニュース「刑法が改正されて「ウイルス作成罪」が新たに設けられ、ウイルスを作成したり保存したりしただけで罪に問われるようになりました」 これ本当?ワクチンソフトが隔離したファイルもアウト?less than a minute ago via Twitter for Mac Favorite Retweet Reply

高木さんの指摘どおり、不正指令電磁的記録保管罪は目的犯であって、ただ保管していたから逮捕というわけではない。(太字、脚注は筆者heatwave_p2pによる)

<不正指令電磁的記録取得・保管罪(刑法第168条の3)>
(不正指令電磁的記録取得等)
第168条の3 正当な理由がないのに,前条第1項の目的で*1,同項各号に掲げる電磁的記録その他の記録*2を取得し,又は保管した者は,2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。

今回の法改正について、法務省から解説(PDF)が出されているが、それに即して見ると、(第三者である)使用者の意図しない、またはその意図に反する*3不正な指令を与えるプログラム(電磁的記録)を、不正なプログラムであることを知らない、実行する意思がない第三者のコンピュータで実行させる・実行可能な状態にすることを目的として、保管するのは違法ですよ、と解釈すべきなのかなと思う。

また、「正当な理由がないのに」という一文を見て、調査・研究目的であれ、感染であれ、ワクチンソフトによる隔離であれ、正当な理由を立証できなければ、PC内にウィルスが保存されている状態であれば、逮捕される可能性があるのではないか、との懸念の声もあるが、法務省の解説を読む限り、「正当な理由がなければならない」のではなく、供用目的(第三者を騙して感染させる目的)がなければ違法性は問われないことを明確にするための文言のようだ。

「正当な理由がないのに」とは、「違法に」という意味である。
ウィルス対策ソフトの開発・試験等を行う場合には、自己のコンピュータで、あるいは、他人の承諾を得てそのコンピュータで作動させるものとして、コンピュータ・ウィルスを作成・提供することがあり得るところ、このような場合には、「人の電子計算機における実行の用に供する目的」が欠けることになるが、さらに、このような場合に不正指令電磁的記録作成・提供罪が成立しないことをいっそう明確にする趣旨で、「正当な理由がないのに」との要件が規定されたものである(この要件は、不正指令電磁的記録取得・保管罪についても規定されているが、その趣旨は同様である。)。

いわゆるコンピュータ・ウイルスに関する罪について - 法務省

他にも、ウィルス検体を研究機関やワクチンソフト製作会社に研究・対策に役立てる目的で提供する/されるのも、同様であるとされている。

要は、ウィルスの作成、保管等は「人の電子計算機における実行の用に供する目的」がなければ違法性を問われることはないが、それをより明確にするために「正当な理由がないのに」を付け加えた、と。念のため加えたがために、一部で若干の混乱を招いたという側面もなきにしもあらずだが、ないよりはあったほうが良い文言だと思う。もちろん、法務省から解説が出された背景には、運用には慎重を持って当たるべしとした付帯決議(PDF)があり、運用如何によっては不当な逮捕もありうる。とはいえ、成立してしまった以上、法律がダメだと言ってばかりでは仕方ないので、適切な運用がなされているかどうか、監視を続けることも重要だと思う。

私自身は法律を得意としているわけではないので、ここまでの解釈に間違いがあるぞと思われる方は是非ともご指摘をお願いします。また、私がここで指摘したのは不正指令電磁的記録罪(コンピュータウイルス罪)が抱えていた懸念のごく一部にサラっと触れた程度に過ぎないので、関心のある方は、高木浩光さんの詳細な記事をご覧いただければ。

不正指令電磁的記録罪(コンピュータウイルス罪)の件、何を達成できたか(前編) - 高木浩光@自宅の日記
Togetter - 「ウイルス罪: 高木浩光氏、成立後の報道を批評する & ウイルス罪クイズ #fuseisirei」

今回の初摘発の件

ここからは、コンピュータウィルス罪にまつわる法律的なお話ではなく、今回の摘発に関するお話。

中日新聞によると、被疑者の男性は容疑を認め、「ファイル共有ソフトの利用者のモラルのなさに腹が立ち、警告を与えたかった。子どもに対する犯罪を憎んでいる」と供述している。男性は昨年春ごろから、児童ポルノを思わせるファイル名をつけて自作のウィルスを巻き始めたという。この辺りについては、ふんふんと思いつつ読んでいたのだけれど…。

毎日jpにちょっと気になる記述があった。

サイバー課によると、ウイルスは漫画をシェアに放出したとされる著作権法違反容疑で川口容疑者の自宅を家宅捜索した際にパソコン内で見つかった

ウイルス保管容疑:初適用、大垣市の38歳男を逮捕 - 毎日jp(毎日新聞)

漫画の著作権侵害で家宅捜索したら、パソコンの中にウィルスがあって、Shareでばら蒔いていた形跡があった、供用目的で保管していることが現認されたので、現行犯逮捕した、と。

これ、著作権侵害で家宅捜索したら、たまたまウィルスばらまいてるのを発見したんです、というわけでもなさそうな。Shareでばら蒔いていたことは、共有フォルダに入っていたかどうかで判断できそうではあるのだが、じゃあそれがウィルスでしたってのを捜査員がその場で判断できるものなのかなと。

あくまでも私個人の推測なのだけれども、この男性がウィルスをばら蒔いていることは家宅捜索前に既に確認していて、著作権侵害での家宅捜索の際に現認よろしく、という筋書き*4はできていたのではなかろうか。

警察庁が運用するP2P観測システムを利用すれば、この男性が何を拡散していたかは把握できていたはず。男性がウィルスに児童ポルノっぽいファイル名をつけていたというからには、それについても事前に確認は行っていると思われる。

著作権侵害とコンピュータ・ウィルス罪、どちらが本命だったのかはわからないが、もしも後者だったとしたら、著作権侵害は家宅捜索のための口実として使われた、という側面もなきにしもあらずなのかもね。

余談

この件についてはいろいろ考えさせられた。未だ議論が続く児童ポルノの単純所持規制ではあるが、もしこれが実現すれば、今回の件とは逆の目的で使われることになるのかもしれないなと思った。

たとえば、本命の容疑の捜査の過程で、被疑者が児童ポルノを所持していたことが判明したら、被疑者の身柄を確保するため、圧力を掛けるために、いわば別件逮捕の口実として使われかねないのだろうなと。

*1:「人の電子計算機における実行のように供する目的」

*2:「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿う動作をさせず、またはその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」(刑法第168条の2第1項第1号)と、「前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録」(同項第2号)

*3:法務省の解説によれば、「あるプログラムが、使用者の『意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせる』ものであるか否かが問題となる場合におけるその『意図』は、個別具体的な使用者の実際の認識を基準として判断するのではなく、当該プログラムの機能の内容や、機能に関する説明内容、想定される利用方法等を総合的に考慮して、その機能につき一般に認識すべきと考えられるところを基準として判断することとなる。したがって、例えば、プログラムを配布する際に説明書を付していなかったとしても、それだけで、使用者の『意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるもの』に当たることとなるわけではない」とされている。

*4:ないし現行犯でなくとも、検挙する筋書き