P2Pファイル共有における児童ポルノ問題:日本ユニセフらのシンポジウムでひとり歩きする数字と誤解
先日、熊本で行われたシンポジウム「子どもの命と権利を守るシンポジウム 〜児童ポルノを根絶するために〜」の基調講演にて、P2Pファイル共有と児童ポルノの関連について言及があったようだ。講演者は日本ユニセフ協会代表理事 副会長の東郷 良尚さん。
P2Pファイル共有ネットワーク上で児童ポルノの共有が行われているのは間違いなく、言及があること自体は当然といえば当然なのだが、そこで持ち出された数字が不正確であったり、注意を必要とするものであったり、いささか恣意的な使われ方をしている。また、P2Pファイル共有の特性としてあげられた問題点が、的を外しているところもある。
シンポジウム「子どもの命と権利を守るシンポジウム:児童ポルノを根絶するために」 - taronの日記
- 摘発された児童ポルノの検挙は氷山の一角。ファイル共有ソフトSHAREでは、利用者10万人中、2万人が児童ポルノの交換に利用している。利用者が50万人に達するwinnyで、児童ポルノの交換に利用している率が同じだとすると、非常に大きな値になる。交換するために「オリジナル画像」を作る必要があり、犯罪を促進している。子供を装ってアプローチし、脅迫するなどして、入手している。
- ファイル交換ソフトやトロイの木馬などによって、自分の意志にかかわらず児童ポルノを流通させてしまう可能性がある。だからこそ、単純所持を規制する以外ない。
正直、えー!?と思った。既に、Togetterでもこの部分の不正確な点についての指摘がまとめられているが(「日本ユニセフによる児童ポルノ問題シンポジウムin熊本 基調講演 〜 補足: ファイル交換ソフトについて」)、P2Pファイル共有問題を追いかけている者として、私も指摘しておきたい。以下の小見出しについては、Togetterの小見出しを参考にさせてもらった。また基調講演中の東郷さんの発言については、その内容をTwitterにてまとめてくださった@tak_pppさんのTweetを引用させてもらった。
Share利用者の2割、2万人が児童ポルノを交換している?
最近ネットニュースになりました。shareというもの。ファイル共有ソフト。どのくらいのパソコンで使われているかという調査結果がでた。それによると、10万人。
そのうち2割がパソコンで児童ポルノの交換ないし販売をしているということが明らかになっている。(cf:http://t.co/SvT6GXs)
この調査は、ネットエージェントが行ったもので、児童ポルノに関連しているであろうクラスタワードを登録しているユーザを児童ポルノコレクターとして算出している。
この調査について、以前のエントリにて、クラスタワードの設定如何によっては、実際には児童ポルノを収集していないユーザまで児童ポルノコレクターとして抽出されてしまう可能性があること、抽出のために使用したクラスタワードを公開していないことから、この数字の扱いについて注意が必要である、と書いた。
■ 一人歩きする数字:ネットエージェントの調査は非実在青少年まで児童ポルノ扱いしてはいないか? - P2Pとかその辺のお話@はてな
私はこの調査を未だに信用してはいない。信用出来ない第一の理由は、児童ポルノ収集者を抽出するために使用されたクラスタワードが未だに明らかになっていないためだ。
このクラスタワードについて、天使行路のてんたまさん(@tentama_go)が問い合わせをしたようだが、回答は断られてしまったようだ。
警察庁の委託業務のようで、用語についてはそれなりの団体でないと教えられないと以前お断りされました RT @biac_ac: 「2割」の出所はコレか? http://tinyurl.com/3co7n53 ファイル取得キーワードに「児童ポルノ関連の用語を設定している利用者」であって
クラスタワード以外の点でも、他のP2Pファイル共有調査との整合性に疑問がある。
今年2月にCODAが公表した2011年度ファイル共有ソフトの利用に関する調査によれば、P2Pファイル共有ユーザ全体での「アダルト」コンテンツダウンロード経験率は、26.3%であった。
利用ソフト別のダウンロード経験率を見ると、Shareは比較的アダルトの割合が高い。が、児童ポルノもアダルトとして回答されたであろうことを考えると*1、ネットエージェントの調査が正しいと仮定すれば、アダルトのダウンロード経験者31.9%の大半*2が児童ポルノを収集していたということになる。さすがにそれはおかしいんじゃないのかな。
他に児童ポルノを含みうるジャンルとして、写真・画像があり、足せばもっと増えるじゃないかとも考えられる。しかし、この項目は複数回答可で、児童ポルノ画像は収集するが動画は収集しないという層はそれほど多くはないと思われる。個人的な印象としては、児童ポルノ動画収集者⊃児童ポルノ画像収集者ではないかと。
P2Pファイル共有ソフトを用い、エロを渇望するユーザの大半が、児童ポルノ収集者である、というのはにわかには信じがたい。なお、BitTorrentも同様にアダルトの割合が高いが、こちらは大半がアダルトビデオメーカーが製作したものがほとんどだ。BitTorrentの場合、個人が作成したトレントが広く出まわることはあまりなく、中華系の割れチームがリリースしているものが多い。
もう1点、児童ポルノ収集者について触れておくと、ネットエージェント、ACCSの調査以降、2度にわたってP2Pファイル共有ソフトを使用した児童ポルノ事件の全国一斉摘発が行われているし、それ以外にも月に数人程度の逮捕者が出ている。こうした取り組みが進んだことは、P2Pファイル共有ソフトを使用した児童ポルノ共有を抑制する方向に影響をもたらしていることも考えられる。
P2Pの推定利用者数 - Winnyがいまだに50万人!?
shareはまだマイナーなソフトウェアで、ウィニーというのが聞いたことおありだとおもいます。これは非常に大きなシステムで利用者50万人。50万人の2割が児童ポルノの交換等に使われているという推量ができる。たいへん大きな流通量になるということが言える。
「Shareが10万人」というのは、ネットエージェントによる児童ポルノコレクター調査時(2010年9-10月)の全ノード数から来ているのだろうが、「Winnyが50万人」はWinnyの最盛期である2005年から2006年頃の数字である。
では、現在のWinnyユーザはどれくらいかというと、ACCSのクローリング調査(2010年12月17日〜18日)では約6万ノード、ネットエージェントのノード数調査(2010年12月〜2011年1月)では平均して約11万ノードであった。
第9回「ファイル共有ソフト利用実態調査」 | 調査報告書 | 活動報告 | ACCS
Winnyノード数の推移分析 【NetAgent Co., Ltd.】
同じユーザが毎日ソフトを起動しているわけではないので、上記の数字が下限であるという点に注意が必要だが、少なくともShareユーザ10万人に対しWinnyユーザ50万人とは言えず、規模としては同程度であると考えてもよいのかなと思う。
また、Shareに比べ、Winnyの方がアダルトのダウンロード経験率が低いため、Shareと同じレートでWinnyでも、という点にも多少の引っ掛かりを覚えた。
Shareが児童ポルノの販売をしている!?
そのうち2割がパソコンで児童ポルノの交換ないし販売をしているということが明らかになっている。(cf:http://t.co/SvT6GXs)
Shareで特定のコンテンツを販売することは不可能なので、ファイル共有ソフトの話の中で、P2Pファイル共有とは別の文脈を思い浮かべつつ出てきた発言であるように思われる。
P2Pファイル共有の話で言えば、既存のシステムでは販売に結びつけることは無理がある。特にShareやWinnyでは、仕組み上、リリースすれば誰にでもダウンロード可能なので、金銭の授受が発生する状況にはない。例外としては、以前とある著作物をダウンロードできるトレントファイルをヤフオクで販売している人がいたが、それくらいじゃないだろうか。
交換するためには、オリジナルな画像をとらないといけない!?
ファイル共有・交換システム。なぜそれほど有害か、これ交換するためには、オリジナルな画像をとらないといけない。これがないと、いい画像ファイルと交換できない。どうしてもそういうものを使う人は新しい子供の裸の写真をとりたいという彼らにとっての必要性に駆られる。
価値のある交換材料がなければ、それと等価の画像と交換できない、というのは、少なくともWinnyやShareのシステムには当てはまらない。システムの一部になってリソースを提供しさえすれば、交換材料があろうがなかろうが、ダウンロードできる可能性はほとんど変わらない。
WinMXやLimeWire(Gnutella)のように、1対1でファイルのやり取りを行える場合でも、(児童ポルノの存在の良し悪しは別として)、新しい児童ポルノが必要になるか、というと、私はそうはならないと考える。
基本的に、この辺りで行われている交換とはお互いに持ち合わせていない差分を埋め合わせる行為であって、やり取りされるファイルは既存のもの(既に方々でやり取りされているファイル)がほとんどだろう。結局、ファイルが欲しければ、わらしべ方式ですこしずつ増やしていくことになる。もちろん、複製なので実際の交換とは異なり、手元のデータが消えることもない。
ここで重要なのは、複製という概念。新しい児童ポルノを製造して交換材料にしたところで、最も価値があるのは唯一自分だけが所有している状態で、誰かの手に渡れば価値は希釈されていく。交換しても手元のファイルが消えるわけではなく、ねずみ算式に増えていく。そのファイルを手にする人が増えていけば価値は急落する。ネットワークが大規模になればなるほど、拡散は広範囲に及び、拡散のスピードも速い。
交換が成り立つためには、やり取りされるものが等価でなければならない。価値あるもの同士を交換するためには、等価なファイルを持っている相手でなければならないので、それなりに人を選ぶ。(繰り返しになるが、ここでは児童ポルノの良し悪しについては脇に置く)。また、音楽や映画、アニメなどの大量複製を前提として世に出されてているものであれば、自分が海賊版をリリースしなくても誰かが同一のものをリリースすることはあり得るが*3、オリジナルの児童ポルノはそうではない。
価値のあるものと交換するためには、自分の持っているファイルの価値の暴落を避けつつ、価値あるものを持っている人を探す必要がある。そのための環境として、大規模なネットワークはふさわしくはなく、より小規模でクローズドなネットワークが望ましいのではないだろうか*4。たとえば、マニアが集う、小規模・会員制のフォーラムや掲示板のような場で。
そういった環境にいて初めて、基調講演で言われたような必要性に駆られるのではないか。また、そのような場は交換原則よりも、ムラ的な互助のルールが支配的ではないかとも思う。その場に参加するためには、オリジナルのファイルを定期的に提供しなければならず、またそうでなければ別の何かしらの価値を場に提供しなければならない*5、いずれもできないのであれば、ムラから追放される。場に対する奉仕によって信頼を勝ち取り、その結果として恩恵を受ける、というような、直接的な交換とは別の原理が存在するのだろう。
少なくとも、上記の基調講演で言われたような、ファイル共有における交換原則によって(またはファイル共有志向によって)新たな児童ポルノファイルが必要とされるのであれば、P2Pファイル共有が初出の児童ポルノが多数出回ってそうなものだが、そういった話はとんと聞かない。
また、あくまでも仮定の話だが、単純所持の禁止によって、今出回っているファイルの大半が削除されることになれば、これらのファイルの希少性は増す。要は価値が高まるわけだが、そうなればオリジナルの児童ポルノファイルの価値は相対的に下がり、交換が成立しうる。場合によっては、新たな児童ポルノを製造する動機づけとなるかもしれない。ファイルの交換が新たな児童ポルノの製造を促すと考えるのであれば、これも無視できない問題であろう。
もちろん、ここで私が否定したいのは、P2Pファイル共有ネットワークは交換原則に支配されており、そこで欲しいファイルを手に入れるためには、新たな児童ポルノファイルを製造しなければならない、というような論理的帰結であって、P2Pファイル共有が悪用され、児童ポルノがネットワークに流入し、広範囲に拡散させている現状を否定しているわけではない。その問題を無視してはならない。
情報漏えいウィルスが児童ポルノを拡散する?
ネットの先は世界中につながっている。一旦ネットに取り込まれてファイル共有ソフトに入ってしまう。そういう人のコンピューターにいわゆるスパイウェアが入り込むと本人が知らないうちにアップしてしまう。ファイルを持っているだけで非常な危険を招く。
自分の意志とは関係なくばらまかれてしまう。だから単純所持を禁止するしか無い。本人の意志とは関係なく出てしまう。
これも筋が違うように思われる。単純所持の禁止によって児童ポルノを捨てるから漏えいしても(児童ポルノに関しては)大丈夫、などということには絶対にならない。
確かに、これまで情報漏えいウィルスの被害にあい*6、PCに保存してあった(同人物が製造したであろう)児童ポルノファイルが流出したというケースはあった(あまり気持ちのいいものではないので、詳細は伏せさせていただく)。
だが、こういったケースが単純所持の禁止によって防げるかというと、私はまず防げないと思う。だって、そもそも児童ポルノの製造自体が禁止されているのだから。製造罪があっても防げなかったのに、単純所持を禁止すれば防げるとは思えない。
情報漏えいウィルスの被害者(であり、児童ポルノ製造の加害者)は、自分がそんなウィルスに引っかかって、児童ポルノを、自分の犯罪行為を公に晒すことになるなんて考えてもいなかった、だから児童ポルノを製造したし、自分のPCに保存していた。つまり、バレることはないだろうと思っていた(またはバレることを考えてすらいなかった)ことが問題の根っこにある。それは単純所持を禁止したところで解決する問題とは思いがたい。
終わりに
今回のエントリでは、児童ポルノ問題のシンポジウムで語られたP2Pファイル共有の問題について、注意を要する、または妥当ではない決め付けについて幾つか指摘させてもらった。あえて粗を探すということはせず、思ったままのことを書いた。正直なところ、誤解や誤認もあったように思う。これが講演者のみの誤解、誤認であればよいのだけれど、これが規制を推進している方々に共有されているのであれば、誤解を解き、できるだけ正しい認識で議論してもらえればと思う。
また、今回私が書いたことが真実であると言いたいわけではないし、多分に推測を含んでいるところもある。私自身の誤認しているところもあるかもしれない。その点については、どうぞご遠慮なくご指摘くださいまし。