施行から1年9ヶ月、ダウンロード違法化を振り返る―罰則導入議論は時期尚早では
先日、「MIAU Presents ネットの羅針盤」というニコニコ生放送の番組に出てきました。テーマは「徹底検証!違法ダウンロード刑事罰化」。視聴してくれた方、ありがとうございました。まだ見てないという方、ニコ動のプレミアム会員ならタイムシフトでどうぞ。
今回のエントリは、ネットの羅針盤に出たのはいいんだけどあんまりうまいことお話できなかったので出演のために用意しておいた資料(+補足)をここに上げておくよ、というお話。
ダウンロード違法化から1年9ヶ月、2年と経過せずして違法ダウンロードへの刑罰付与議論が進められているけれども、ダウンロード違法化の評価・検証が十分に行われているとは言いがたい。そこで、ダウンロード違法化とは何だったのか/何なのかを振り返ってみる。
ダウンロード違法化
2010年1月1日、改正著作権法が施行され、著作権法第30条1項3号にて、違法送信と知りながら音楽・映像ファイルをダウンロードする行為は、著作権法第30条で認められている合法的な私的複製とは認められない=違法な複製(違法ダウンロード)となった。
著作権法第30条
著作権の目的となつている著作物は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。[…]
3 著作権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画を、その事実を知りながら行う場合
ダウンロード違法化と利用者保護
ダウンロード違法化は、違法ダウンローダーだけに影響するものではなく、一般の利用者にも不利益を生じさせる可能性がある。そこで、ダウンロード違法化導入の議論が行われた著作権分科会 私的録音録画小委員会において、利用者・消費者が不利益を被らないよう配慮が必要だとされた。
1つは条文にも盛り込まれた「事実を知りながら」。これは、たとえ違法に送信されている音楽・映像ファイルであっても、違法送信と知らずにDLした場合には、責任は問われない、違法ダウンロードではないということ。
もう1つは罰則がつかないこと。同小委員会での議論では、刑事罰が科されることへの懸念の声もあったが、川瀬著作物流通推進室長は「あくまでも個人が個人で使うためにコピーをするということであれば、それは30条の範囲外かもしれないけれども、罰則の適用はないというのが現行法の規定」だとして、現行法の趣旨から違法ダウンロードに刑事罰は科せられないことを確認している。
この2つが、ダウンロード違法化が通った大前提となった。
また、ダウンロード違法化に際しては、消費者側の委員の反対に加え、パブリックコメントにて数多くの反対、懸念の声が寄せられたことから、政府、権利者による利用者保護策が必要であるとされた。
文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会報告書(平成21年1月)には以下のようにある。
2 利用者保護
小委員会では、意見募集で寄せられた利用者の不安・懸念に配慮し、中間整理に記載された利用者保護策に加え、次のような措置について検討された。これを踏まえ、関係者は必要な措置を実施することが必要である。
- ア 政府、権利者による法改正内容等の周知徹底
- イ 権利者による、許諾された正規コンテンツを扱うサイト等に関する情報の提供、警告・執行方法の手順に関する周知、相談窓口の設置など
- ウ 権利者による「識別マーク」の推進
なお、イの措置に関連して、意見募集では利用者が法的に不安定な立場におかれるのではないかとの疑念が多く寄せられたが、仮に現実に民事訴訟を提起する場合においても、利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられるため、利用者が著しく不安定な立場に置かれて保護に欠けることになることはないと考えられる。
文化審議会著作権分科会報告書 平成21年1月
こうした利用者保護策は、ダウンロード違法化の際の付帯決議にも盛り込まれている。
政府及び関係者は、本法の施行にあたり、次の事項について特段の配慮をすべきである。
第171回国会閣法第54号 附帯決議
一 違法なインターネット配信等による音楽配信・映像を違法と知りながら録音または録画することを私的使用目的でも権利侵害とする第三十条第一項第三号の運用にあたっては、違法なインターネット配信等による音楽・映像と知らずに録音または録画した著作物の利用者に不利益が生じないよう留意すること。
また、本改正に便乗した不正な料金請求等による被害を防止するため、改正内容の趣旨の周知徹底に努めるとともに、レコード会社等との契約により配信される場合に表示される「識別マーク」の普及を促進すること。
ダウンロード違法化が施行されてしまったのは残念なのだが、上記のような利用者保護策が必要だとされたことは評価したい。ただ、政府や権利者に求められた利用者保護策が、どの程度履行されているのだろうか。
ダウンロード違法化の周知徹底
私的録音録画小委員会報告書ならびに付帯決議では、ダウンロード違法化についての周知徹底に努めるよう求められている。政府、権利者はどのような活動を行なっているのか。
政府による広報
政府広報番組を通じて、ダウンロード違法化のアナウンスを行なっている模様。
テレビの政府広報番組の多くは、平日の昼ごろに放送している印象があり、視聴できる人は限られているように思える。しかも調べてみれば、事業仕分けでほとんどの政府広報番組が2010年3月末までに終了している。一応、ダウンロード違法化の施行後ではあるが…。また、ウェブ上の「政府インターネットテレビ」にてダウンロード違法化の広報はあるものの、ウェブの性質を考えると、知ってる人しか見ないだろう。いずれも周知徹底のための施策として十分とはいえないのではないか。
権利者による広報
ネタとして最も注目されたのは、日本レコード協会のウェブキャンペーンだろうか。
はじめに、Twitterで音楽愛と著作権法第30条を呟こうというキャンペーンが行われたのだけれど、これはレコ協のサイトにTwitterのIDとパスワードを入力しなければならないというどうしようもない設計だったため、早々に終了。
続いて、著作権法第30条1項3号読上げコンテストなるキャンペーンが行われた。
2010年1月に施行された改正著作権法の第30条1項3号の規定によって違法なインターネット配信による音楽や映像であることを知りながらダウンロードして保存することは、個人的に楽しむ目的であっても違法(権利侵害)となりました。この「違法配信からのダウンロード違法化」を多くの皆さんに知ってもらうために「著作権法第30条1項3号読上げコンテスト」を実施いたします。これは著作権法30条1項3号を皆さんに個性豊かに読上げていただきその映像を応募してもらい「最も印象に残る」読上げを選出するものです。
応募者の読上げ画像は当協会会員レコード会社4社のアニメーション部門の担当者などによって構成される選考委員会によって印象に残る10名を選びます。10名の応募画像はキャンペーンサイトで公開され、一般の投票によって最も投票数の多い方を優秀者に選定します。
キャンペーンについて | LOVE MUSIC 〜未来につなぐ音楽愛〜
戦場カメラマン 渡部陽一、ナレーター 窪田等、声優 林原めぐみ、子供店長 加藤清史郎、DJ クリス・ペプラーら著名人による朗読もサイト上で公開され、若干話題になった(リンク:音が出ます)。
■ 林原めぐみさんが「著作権法30条」を読み上げる! 不思議な動画に戸惑いの声 - はてなブックマークニュース
コンテストはどうだったのかというと、「たくさんのご応募をいただき、ありがとうございました」とはあるものの、全応募作品が6作品とほとんど応募がなかったことが伺える。ところでこれ、一般投票あったのかな?
林原めぐみの朗読がシュールだということで多少は話題になったものの、ただし特定クラスタに限るネタであったことからも、周知徹底のお題目に適っているかは疑問。
これらのキャンペーン以外にも、パンフレット、ポスターを学校に貼り出したり、上映前に嫌でも見せられる「NO MORE 映画泥棒」の最後にもダウンロード違法化について加えられているそうだ。
ダウンロード違法化に便乗した不正な料金請求
付帯決議では、ダウンロード違法化に便乗した不正な料金請求を防ぐためにも、改正内容の周知徹底が求められているのだが、実際にダウンロード違法化に便乗した詐欺事件があったこともおさえておかねばならない。
これは、やや込み入った事情もあるのだが、違法ダウンロードを口実に不正に金銭を請求した事件である。2010年3月、株式会社ロマンシングを名乗る会社が、実在のビジネスソフト、PCゲームに偽装/埋め込んだウィルスをWinnyやShareネットワークにばら撒き、インストールしようとしたユーザの個人情報を収集、それをウェブサイト上に公開した。ロマンシング側は、公開している情報は違法ダウンロードの証拠であるとして、削除してほしければ、権利者の代理人であるロマンシングに、違法ダウンロードの和解金を支払うよう被害者に求めた。ロマンシング側は、ビジネスソフト、PCゲームの権利者の代理人を騙っていたが、一部のメーカーがこれを公式に否定していた。また、ロマンシングはこれ以前にも同様の詐欺行為を行なっていた。
2010年5月、上記の事件に先立つ2009年11月の同様の不正請求事件に関与していたとして、ロマンシングの役員とウィルス制作者の2人が詐欺容疑で逮捕され、同年9月に役員に対する有罪判決がくだされている。
摘発されたのは2009年11月の事件に関してであるが、2010年3月に同様の手口で、しかもダウンロード違法化を口実にした詐欺が行われたのも事実である。個人情報を立てにした恫喝という部分もあるが、違法ダウンロードに便乗した不正請求である。著作権分科会報告書では、ダウンロード違法化に際し、利用者保護のため「警告・執行方法の手順に関する周知、相談窓口の設置」を権利者に求めている。その周知が不十分であるがゆえに、このような詐欺に利用された側面も否めない。
被害にあった方は、おそらく不正なダウンローダーであったことは想像に難くない。しかし、違法ダウンロード導入以前から懸念されていた不正請求に利用されたという事実は重く捉えられなければならない。しかし、この件について、ダウンロード違法化を推し進めた側から、何らかの対処が取られた形跡はない。
ダウンロード違法化の認知率
ダウンロード違法化について周知徹底が求められている以上、その認知率についてもきちんと把握して置かなければならない。これについての公的な検証は行われていないようだが、民間の調査を見るかぎり、周知されているとは言いがたい。
アイシェアの調査
若者のモラルについて10代、20代のネットユーザーを対象にした調査(2010年3月実施)で、ダウンロード違法化についての設問があった。その結果、全体で60.1%が「知っている」と回答している。男性で63.6%、女性で53.8%、10代で45.3%、20代で62.0%が「知っている」と回答。10代のサンプルが少ないので、誤差は大きそうだが、10代の半数程度はダウンロード違法化について「知らない」という結果。
オリコンの調査
オリコンは中・高校生〜40代を対象にダウンロード違法化等に関するインターネット調査を実施(2010年1月実施)。調査の結果、「知っていた」と回答したのは全体の51.6%。この調査は施行直後に行われたものだが、ここでも国民の半数近くが知らないという結果に。
日本レコード協会の調査
日本レコード協会が昨年8月に実施し、今年3月に公表した「違法配信に関する利用実態調査」において、ダウンロード違法化の認知度についてデータを収集していたようだ。同調査のレポートには認知率についての記載はないが、文化審議会著作権分科会法制問題小委員会ヒアリング(2011年7月7日)の際にレコード協会が提出した資料(PDF)によると、同調査では「10代・20代の若年層の法改正認知率は55%」との結果が得られたとある。また、同資料では「法改正の認知率が55%と高い結果が出た10代・20代」とあることから、他の世代ではより低い認知率であったことが伺える。
これらの調査はいずれもインターネット調査であることも考慮すべき点である。調査の結果から推測するに、国民の半数近くがダウンロード違法化を知らない、と言えるだろう。
識別マークの推進
レコード会社・映像製作会社と契約を交わし、正規に配信を行なっているサイトに、エルマークという識別マークが表示されている(エルマーク発行先一覧:PDF)。国内音楽配信・着うた配信サイトや、Gyao、アニメワンなどの動画配信サイトに表示されている。なお、iTunes Store、YouTubeには表示されていない。
ただこのエルマーク、表示されていれば正規配信サイトだとわかるだけで、表示されていないサイトについては、違法配信なのか合法配信なのかわからない。ダウンロード違法化において重要なのは、合法配信がわかることではなく、違法配信を見分けることである。エルマークがついていないサイトで、ユーザはどのように判断すべきか、そのための仕組みや啓蒙・教育が必要なのであって、エルマークがあればいいということはない。
YouTubeには、国内のミュージシャン、レーベル、マネジメントが多数公式チャンネルを開設し、ミュージックビデオなどを配信している。おそらく、国内で最も音楽を聞くために利用されているプラットフォームだろう。しかし、エルマークは表示されていない*1。レコード協会はエルマークが付いているサイトは安心です、というが、そのメンバーはエルマークのない安心できないプラットフォームに多数のビデオをあげている。この矛盾はどう解釈すれば良いのだろうか。
また、エルマークがカバーする合法コンテンツは、日本のレコード会社・映像製作会社のコンテンツに限られており、合法コンテンツ全体に対するエルマークのカバー率は低いように思われる。
ダウンロード違法化導入について議論が行われた2007年6月27日の著作権分科会私的録音録画小委員会にて、日本レコード協会の代表はこのカバー率について以下の回答をしている。
(中山主査)私から1つ、よろしいですか。理念はよくわかるのですけれども、現実問題として今年の秋に音源のすべてについてこれが可能かどうか。あるいは、音源としてレコード協会に入っている会社とインディーズだけでいいのかどうかという。どれくらいカバーできるかという点についてお伺いしたいのですけれども、現実にどれくらいカバーしているかという点はどうでしょうか。
(畑氏)ご質問の趣旨は、レコード会社が適法に配信するコンテンツとその他法的に合法なものを含めたカバー率ということかと推察いたしますけれども、これは例えば、個人が自分で作って自分で配信するような音源も適法という中には含まれてくるというご趣旨かと思います。今回のスキームでは、当初そこを対象にして詰めていくということは難しい部分がございますが、そのような今回のマークのスキームではカバーできない範囲について、今後どのように対応していくか。これについては今後のテーマとして検討してまいりたいと考えております。
文化審議会 著作権分科会 私的録音録画小委員会 (第6回)議事録・配付資料−文部科学省
果たして本当に検討されているのだろうか。
今年5月に実施された「動画サイトの利用実態調査検討委員会」による調査によると、動画サイトにおいて視聴するジャンルとして「個人や映像クリエイター等が趣味で
作曲・編集・制作したと思われる作品」が「邦楽」に次いで第2位*2につけており、動画サイト利用者の4割近くが視聴しているという。また、視聴時間についても、邦楽に次ぐ第2位となっている。
今後は、識別マークではカバーできない合法コンテンツがますます増えていくだろう。しかし、違法ダウンロードへの罰則導入等規制強化により、利用者が萎縮することで、健全な合法コンテンツ、合法ダウンロードが阻害される可能性もある。利用者に与える萎縮効果についても、適切な検証が行われなければならない。
違法ダウンロードの立証問題
文化審議会著作権分科会会私的録音録画小委員会報告書(平成21年1月)では、「仮に現実に民事訴訟を提起する場合においても、利用者が違法録音録画物・違法配信であることを知りながら録音録画を行ったことに関する立証責任は権利者側にあり、権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行うことになると考えられるため、利用者が著しく不安定な立場に置かれて保護に欠けることになることはないと考えられる」としているが、未だ権利者側から違法ダウンロードについて民事訴訟を提起するには至っていない。
違法ダウンロードについては、「違法送信されているコンテンツがダウンロードされたことをどうやって立証するのか」「ダウンローダーが違法送信されている事実を知っていたことをどう立証するのか」という問題があるのだが、訴訟が起こされていない以上、これについては不確定である。この辺りがクリアにならなければ、今後も「利用者が著しく不安定な立場に置かれて保護に欠けることになることはない」とは言いがたい。違法送信の事実を知らなければ、違法ダウンロードにはならないと言っても、その要件が明確でなければ、たとえば「エルマークのついていないサイトからDLした」という理由で違法送信の事実を知っていたはずだ、と主張される懸念も払拭できない。
「権利者は実務上は利用者に警告を行うなどの段階を経た上で法的措置を行う」ことが、利用者への配慮であるとも解釈できるが、実際に警告スキームとして手続きが公表されているのは、CCIF(ファイル共有ソフトを悪用した著作権侵害対策協議会)くらいなものだろう。
CCIFは、Winnyネットワーク内にて違法ファイル共有を行なっているユーザに対し、ISP経由で啓発メールを送付する活動を実施している。このスキームは一部通信の秘密に抵触する部分もあるのだが、ファイル共有そのものが過度に帯域を圧迫し、通信速度や通信品質に支障きたす原因となっているという事情に加え、「特定のP2Pファイル交換ソフトによる著作権侵害行為があった場合において,一定の範囲の著作権者からの連絡を端緒として,当該送信者に対して啓発を実施する場合には、一般的には正当業務行為として判断される可能性が高い」、よって違法性阻却事由が認められうるとしている。
このような啓発スキームはあるものの、この仕組はWinnyネットワークにおける違法ファイル共有(違法アップロード)に関わるもので、違法ダウンロードにも対応しているとは思いがたい。また、警告を発する権利者側が侵害ユーザの情報をISPから収集できるか否かについては明示されてはいないが、啓発が目的とされていることからも、個人を同定しうる情報が共有されているとも思えない。IPアドレスが変わってしまえば当該のユーザが以前に啓発メールを送付したユーザかどうかはわかりようがないのではないか。
いずれにしても、違法ダウンロードについて警告を送るすべがない、または複数回の違法ダウンロードについて権利者側は確認できていないスキームであれば、「事実を知りつつ」違法ダウンロードをしたか否かを判断するには不十分である。
P2Pファイル共有以外でも警告スキームはあるのかもしれないが、周知されてはおらず、また、プロバイダ責任制限法のガイドラインから推測するに、違法アップローダーへの警告に限られるのだろう。プロ責法ガイドラインでは、情報発信者に関する情報開示については定められているが、情報受信者(ダウンローダー)については定めがない。これについては、受信者の情報開示を求める裁判を複数経て、そこから新たなガイドラインを構築していくより他ない。
つまり、権利者側が違法ダウンローダーを特定するプロセスは未だ構築されておらず、また意図的に違法ダウンロードしたことを立証する術もない。違法ダウンロードへの刑罰の導入が求められる背景には、この辺の配慮や手続きが面倒くさいので警察に責任を丸投げしてしまいたい、という思惑もあるのかもしれない。
ダウンロード違法化による抑止効果
ダウンロード違法化に効果はなかった、という権利者側の声はあまり聞こえてはこないけれども、ダウンロード違法化後も違法ダウンロードは増えているという意見はしばしば見かける。実際にそうなんだろうか?
ダウンロード違法化後のP2Pファイル共有
これまでネット上の違法流通の巣窟という扱いを受けてきたP2Pファイル共有では、ダウンロード違法化の施行後、ユーザ数は大幅に減少した。
ネットエージェントのノード数調査から、2006年以降P2Pファイル共有人口が減少傾向にあったことが見て取れるが、ダウンロード違法化により一層の落ち込みが見られた。
ダウンロード違法化直前のShareユーザ一斉摘発によっても、ファイル共有ユーザの減少が示されているが、ダウンロード違法化の施行によっても大幅に減少している。これはネットエージェントの調査のみならず、ACCSのノード数調査でも同様の傾向が示されている。
いずれの調査からも、日本では代表的な2つのP2Pファイル共有ネットワークにて、ダウンロード違法化を契機に、ユーザ数の減少傾向が伺える結果が得られている。この件の考察については、以下のエントリもあわせてどうぞ。
動画サイトにおける違法ダウンロード
昨今、日本レコード協会ら権利者団体から、動画共有サイトが違法ダウンロードの温床となっていると指摘されており、ダウンロード違法化後も違法ダウンロードは増え続けていると主張されてもいる。確かに動画サイトからのダウンロードが増えているのかもなぁという印象はあるのだが、実際に増えているかどうかは、調査等からは見えては来ない。むしろ、日本レコード協会が関わった調査を見ていると、動画サイトからの違法ダウンロードは大幅に減少しているように思える。
違法配信に関する利用実態調査
日本レコード協会が2010年8月に実施し、2011年3月に公表した「違法配信に関する利用実態調査」。この調査では、ネット調査によるアンケート結果から、違法"等"ダウンロードは年間約43.6億ファイルであると推定された。この調査の報告書では、43.6億ファイルの内訳は明示されなかったが、今年7月7日に開かれた著作権分科会法制問題小委員会に提出された資料内で明らかにされている。
文化審議会著作権分科会法制問題小委員会(第3回) 資料1−1〜1−2より抜粋
日本レコード協会の調査では、動画サイトからの違法ダウンロードは年間25.3億ファイルであると推計されているようだ。
「動画サイトの利用実態調査検討委員会」報告書
日本レコード協会が事務局を務める「動画サイトの利用実態調査検討委員会」の調査でも、動画サイトからの違法ダウンロード数が推定されている。こちらは、ネット調査と郵送調査の結果から算出された。
この調査は、上記レコ協の調査から9ヶ月後の2011年5月に実施された。同調査によれば、動画サイトからの推定違法ダウンロード数は、年間12.0億ファイルであるという。
レコ協調査は盛りすぎ?
わずか9ヶ月間で動画サイトからの年間違法ダウンロード数が13.3億ファイル減少したわけだが、その理由は、後者の調査がより詳細に推定しているというところだろうか。前者の調査では違法"等"ダウンロードなどという紛らわしい言葉を使っていたが、後者の調査ではその「等」(違法ダウンロード以外=正規配信)を除外するようデザインされている。レコ協調査における「違法"等"ダウンロード」の「等」が如何に多かったかが伺える。しかも、その数字を違法ダウンロードへの罰則導入のために使っているというのだから嘆かわしい。
それでも、年間12.0億の違法ダウンロードは相当な数であることは間違いない。ただ、この数字を理解する上では、違法ダウンローダー全体の5%程度のヘヴィユーザが、この12.0億ファイルの6割から7割を占めているということも理解しておかねばならないだろう。
違法ダウンロードの利用意向について
こうした違法ダウンロード推計値の時系列変化によってではなく、ユーザへのアンケートから「ダウンロード違法化を知りつつも、今後も違法ダウンロードを続ける」という回答が得られているために、今後も違法ダウンロードは増えていく可能性がある、と考えることもできる。
ただ、ダウンロード違法化の施行が迫っていた2009年9月に実施された第8回「ファイル共有ソフト利用実態調査」では、著作権法改正の認知率が65〜80%程度と比較的高い現役ファイル共有ユーザたちは、今後は利用しない、利用は減るだろうとの回答を寄せている。
著作権法改正により、現在利用者の今後のファイル共有ソフトの利用意向をみると、「利用をやめようと思っている」と回答したのは全体の13.6%、「継続利用は減ると思う」は30.7%で、4割以上が改正により利用意向の変化がみられる。なお、「今まで通り利用したい」も2割を超えている。
ACCS 2009年度「ファイル共有ソフトの利用に関する調査」(PDF)
ファイル共有ユーザにとってダウンロード違法化は関心の高い出来事であったために、比較的認知率が高かったのだろう。P2Pファイル共有と動画サイトからの違法ダウンロードを同一視することはできないが、ダウンロード違法化の認知率が今後の利用意向にしている可能性もある。
まとめ
- ダウンロード違法化に伴う利用者保護策が十分に履行されているとは言いがたい
- ダウンロード違法化の周知徹底は不十分
- 識別マークだけではカバーできない合法ダウンロードの問題
- 違法ダウンロードの立証要件が未だ不明確
- ダウンロード違法化およびその効果についての評価、検証が不十分
私は、ダウンロード違法化にも、違法ダウンロードへの罰則導入にも反対の立場をとっているので、このような議論を展開してきたが、別の見方もあってしかるべきだとは思う。しかし、それもなされぬうちに、性急に罰則導入を進められている。
- 自民党内にて違法ダウンロードへの罰則導入の動き、ただし慎重意見もあり - P2Pとかその辺のお話@はてな
- コンビニコピー違法化、私的クラウド補償金も!? “私的複製”見直しへ審議 -INTERNET Watch
特に、年少者による違法ダウンロードが深刻だとの主張が、罰則導入を求める理由に含まれているのを見るにつけ、ならば教育や啓蒙こそが必要とされているのだと思う。彼らを逮捕すれば万事解決などという安易な結論は、年少者に対する責任から、社会が逃れているだけにすぎない。
教育や啓蒙のために必要とあれば、CCIFのような啓蒙スキームを拡充し、Winny等P2Pファイル共有以外にも適用できるようにすべしという議論もやぶさかではない。年少者による違法ダウンロードが多いというのであれば、保護者と共に年少者への教育、啓蒙することが必要なのだろう。
違法ダウンロードがもたらすネガティブな影響は否定できないと思う。と同時に、規制強化による社会、利用者へのネガティブな影響も最小限に抑えねばならない。そのための議論をきちんとやっていきましょうよ。
告知
来る10月1日、MIAUが「現代ビジネス×MIAU 違法ダウンロード刑事罰化を考える」というシンポジウムを開催するとのこと。残念ながら私は見に行けないのだが、賛成、反対問わず、このテーマに関心のある方は足を運んでみてはいかがでしょか。
■ MIAU : シンポジウム「違法ダウンロード刑事罰化を考える」開催のお知らせ
ニコ生で放送されるようなので、当日都合がつかない方、遠方にお住まいの方も。
■ 現代ビジネス×MIAU 違法ダウンロード刑事罰化を考える - ニコニコ生放送
それともう1つ告知。最近、@kskktkとポッドキャストを始めました。最新回は「ダウンロード違法化スペシャル」と題して1時間近くあーでもないこーでもないとお喋りしていますので、ご聴取いただければ幸いであります。