「CD」が残っても「音楽配信」が普及しなくても、レコード産業が持つかどうかはわからない
前回のエントリ「10年後もレコード音楽のメインメディアが『CD』だと思う?」では書ききれなかった点について、id:mohnoさんが良いとこついてくれたので、それをネタにお話しするよというお話。
mohno いまだに音楽CDがメインメディアなのは「販売用」であって「再生用」ではないと思います。「データを中継するための媒体に過ぎない」ですね。10年後は微妙ですが、配信が勝つにきまってるとまでは思わないです。
CDから音楽データへのシフト*1については、私よりも「進んでいる」との現状認識でしょうか。
「配信が勝つにきまってるとまでは思わない」については、私も同感なんだけど、「CD vs. PC向け音楽配信*2」という構図で考えても仕方ないとも思っていて。結局、レコード産業、というより大手レーベルにとっては、うまく利益があげられるのであれば、どちらでも構わない、というところではないかと。
ただし、特にPC向け音楽配信ではうまくいかない*3、という考えが蔓延しているのも事実だろう。実際、音楽配信が進み、フィジカル・デジタル売上比*4が6:4にまでなった米国を見ると…。
音楽配信は順調に伸びているものの、フィジカル、というかアルバムCDの落ち込みを全く支えきれず、低迷が続いている。音楽配信へのシフトが回復に向かわない理由についての考えは、以前に書いた「レコード産業にとって、デジタル音楽配信は未来か」をご参考に*5。
日本においても、米国型のPC向け音楽配信へのシフトは失敗フラグだと考えるのもおかしいことじゃない。ただ、「CD vs. 音楽配信」という構図で考えても仕方ないと考えるのは、CDへの固執も失敗フラグと思えるから。日本におけるアルバムセールスの推移を見てみると、底抜けという表現がしっくり来る。
少なくとも現状の「CD vs. PC向け音楽配信」という構図は、レーベルにとっては、どっちの負け方がマシか、という問題でしかないのかなと。
一応、アルバムではなくシングルに焦点をあてると、シングルCDから着うたフルへとシフトしているように見える。
シフトしているか否かは不明だが、積み上げグラフにしてみると、シングル市場においては、かつての勢いを取り戻していると言える*6。
ただ、それでもアルバムセールスの減少の前では、焼け石に水といったところ*7。
いずれにしても、手を打たなければ「撤退戦をどう戦うか」、という選択肢しか残されていない。終着点の見えない撤退戦ほどつらいものはないと思えるが、変化の中で現状を維持するのは、変化にあわせることと同じくらい難しいことなのかもしれない。
CDの手触り
ところで前回のエントリは、これからますますCDという媒体の受け入れやすさの感覚、言い換えれば、「手触り」が変わってくるのだろう、ということを言いたかった。手触りなんていうとひどく抽象的だけれども、具体的に書こうとしたらあれだけ長くなってしまったと。
CDの「音楽データを中継する」存在としての価値が相対的に強くなるのだとしたら、言い換えると、一端リッピングしてしまったらコレクターアイテム以上の価値をほとんど持たないのであれば、より容易かつ安価に音楽データを入手するための「手触りの良い」手段で十分と考えるようになるのかもしれない。
レンタル
ではそれは何か、というと、まず考えられるのはレンタル。音楽データにこそ価値を置くのであれば、CDを購入するよりも、レンタルしてリップした方が安価だし、地域によってはコストも小さいだろう。現状ではリリースからレンタルまでは2週間程度のタイムラグがあるのだが、待ちに待ったアルバム!ってんでもない限り、タイムラグが付加的な価値を生み出すとも思いがたい。
まぁ、レンタルの在り方としてリップまで含むのはどうか、という意見もあるのだろうが、テープ、MDの時代からそういう目的で使われているから成り立っていたわけで。現実的に考えれば、レンタルのみCCCDみたいな形でリップできなくすればいい、とか表面的な解決方法ってのはなくて、レンタルを潰すか残すか、の2択だと思っている。録音できないレンタルがありうるのか、という。
『YouTube的』なもの
もう1つ、同様に音楽データが必要なら、YouTube的なものから入手することができる。RIAJの2009年度 音楽メディアユーザ実態調査を見ると、
購入したCD、レンタル/借りたCDほどではないにしても、YouTubeやニコ動などの無料音楽配信サイトから音楽データを入手している人が多いことがわかる*8。MP3TubeやCraving Explorerなんかを使っているのかな。
また、利用者の多さを考えると、こうした傾向が促進されはしても減少することはないのではないか、とも思える。
YouTube等が購入に対してポジティブかネガティブかという問いがしばしば話題になるが、この項目ではネガティブな結果が示唆されている*9。購入したきっかけを聞く項目では、YouTubeは新品CDで9.5%*10、着うたフルで13.5%*11となっている。これが高いか低いかは、それぞれの程度、頻度などにも依存することに注意。あくまでも、経験の有無を聞いているだけだからね。それと、2009年度の調査はインターネットユーザを対象にしているので、偏りは多少出やすくなっている点にも注意。
とはいえ、音楽に関わるYouTube等の利用者、YouTube等からの音楽データの抜き出し利用、レコード購入へのネガティブな影響など、今後さらに無視できない存在になるかなと思っている。
YouTube等のビデオ配信サイトに、疑似ストリーミング*12方式ではなく、ストリーミング方式に変えろ、とやるのもいいのかもしれないが、かなり難しいような気もするし、それがCD離れの解決方法だとも思いがたいのだけれども。
CDは簡単にはなくならない
前回のエントリのタイトル『10年後もレコード音楽のメインメディアが「CD」だと思う?』というのは、多少意地悪な部分もあって、実のところ、既存のレコード産業がCDという媒体に固執し続ける限り、10年程度ではCDの優位性は変わらないだろうと思っていて*13。もちろん、その間低迷は続くだろうし、もしかしたら、既存のレコード産業に変わる存在がデファクトスタンダードを奪うかもしれないけど。
CDの持つ「音楽データを中継する」機能の寿命は、たぶんそんなに短くはない。これは、音楽ではなく、映像やソフトウェアなどの光学メディア形態の存在がキーになるだけなんだけど。次世代CD規格が普及せずとも、光学メディアが普及していれば、CDはサポートし続けられるだろう。
ただ、光学メディアの存在が100年、いや50年もつとも想像しにくい。どこかにターニング・ポイントを設定しなければならない。レコード産業にとって、それが今なのか、5年後なのか、10年後なのか。はたまた30年後なのかはわからない。既存のレコード産業がそれを乗り越えられるのか、というより、それまで持つのかもわからない。
CDはなくならなくても…
CDがなくなるかなくならないか、「CD vs. PC向け音楽配信」がどうなるか、というのをさておいても、これまでのレコードレーベルが成り立たなくなる、その規模を大幅に縮小することにはなるだろうな、と思っている。ある意味、10年後のスタンダードは、既存のレコードレーベルがどの程度縮小するか、にかかっているのかもしれない。
90年代後半の活況というのは、いろんな歯車ががっしりとかみ合い、移り気な消費者のこころを掴むことができたという一過性のバブルだったんだと思う。でも今は、そのいろんな歯車が形を変えてしまって、昔のやり方ではうまく回らなくなってしまった、と。これに関しては、「移り気な消費者」を恨んでも仕方ないわけで、「夢を見せやがって」という逆恨みにしかならない。もちろん、今でもそれなりに成功している部類には入るのだろうが。
まぁ、レコードレーベルに対してはかなり悲観的な見方のようでいて、だからこそ、それ以外のところから新しい動きに期待したいところもあって。AppleがiTSを打ち立てたように*14、新しいプレイヤーがレコード音楽を盛り上げてくれる余地が生まれている、ということでもあるんじゃないのかな*15。
余談:データの連続性
本文とはちと離れたお話。RIAJは2009年度の調査から方法を変更していて、方法を「エリアサンプリングによる訪問留置き自記入式」から「ネットアンケート」に、対象を「東京30km圏」から「全国」に変更しているのだが、過去のデータと比較すると本調査のデータはだいぶ「跳ねた」感がある。対象の変化、手法の変化*16のいずれの影響かは定かではないが。
たとえば、ここ数年シングルCDの購入が出荷ベースでもユーザ調査ベースでも減少傾向にあるにも関わらず、本調査では過去データに比して大幅に増加している(新品シングルCD平均購入枚数 1.51枚→3.1枚、中古シングルCD 0.41枚→4.0枚)。ユーザの傾向が変わったとも言えるのだが、出荷ベースとの整合性を考えると、シングルCD購入者が増えたのではなく、調査対象内にシングルCD購入者の割合が増えたと考えるのが妥当かと。2009年度調査で過去データとの比較を行っていないのもそうした理由からだろう。なので、ユーザの変化を捉えるためには、今後数年のデータの蓄積を一からやり直さなければならないわけで、それはそれでもったいないなと思うところもある。
とはいえ、費用的な側面、対象を全国へ、などなどを考えると、思い切った決断ではあるが、仕方ないと思える部分もある。過去データとは個々の数値においては異なる可能性もあるが、全く異なる人たちとも考えにくいので、変化のパターンとして見れば、おそらくは同じパターンを描くだろう。
ということで
今回はここまで。次回はいただいたコメントにコメントさせてもらいたい、と思います。
*1:厳密に言えばCDも音楽データを記録した媒体なわけですが
*2:大野さんの意図はこちらを指していると解釈
*3:少なくとも、これまでのレコード産業の規模を支えきれるものではない、という意味で
*4:フィジカルはshipment(出荷数)ベースなので売上比という言葉はやや不正確かもしれないけど。
*5:チェリーピック問題以外にも、支払いの問題があり、これをクリアしなければ音楽配信にはシフトしないと思う。
*6:若干微減傾向にある?
*7:以下のグラフは全項目が目視できるよう少し縦長にしてあるので、差分が強調されやすいことに注意。
*8:たぶん、重複している人が多いのだろうけれども
*9:この質問項目に「レンタル」に関する回答項目があったのかどうかは不明。
*10:同調査p.18より
*11:同調査p.19より
*13:米国のように大きく舵を切れば10年で大きく変わることもありうるが。
*14:決して、ほめられるやり方ではなかったと思うけれども。
*15:実のところ、レコード産業に「も」期待しているんだけどね。
*16:による対象の変化