特典商法: 悪く言えば抱き合わせ販売、良く言えば魅力的なパッケージング

「そこで見直されているのが、CDを今も買っている30代後半〜50代のシニアマーケットです。DVD付の初回特典盤はもちろん、CDにブックレットや写真集、さらにはTシャツ等をセットにすることで、付加価値をつけて利益率を高める販売戦略ですが、業界全体がAKB48モデルへと向かっているとも言えますね」(前出・レーベル関係者)

「業界全体がAKB商法になる!?」ダウンロード不振で音楽業界はシニア産業へ - 日刊サイゾー

AKB商法」なんて言葉を最近よく目に、耳にするけれども、この記事であげられている手法はAKB48に特有の販売手法ではなく、もはや一般的な売り方だろう。Wikipediaには、「握手会参加券などの特典を付けることにより、熱心なファンが同じタイトルの品を複数買うように誘導する手法」を一般的にAKB商法と呼ぶとあるが、これもAKBに限ったものではない。AKB商法と呼ばれるのは、この種の手法を一番上手いことこなしたからにすぎない。

AKB商法については、個人的にはどうしても好きにはなれないし、自分の好きなミュージシャンが同じようなことをしたら、きっと買わないだろうな*1。でも、AKB48がそういう手法をとっていることについては、以前ほど不快感はなくなってきた。結局は、売り手と買い手が納得ずくであればよいと思うし*2、チャートハック的な部分についてもチャート側が対応しきれていないだけの話。

個人的な感情は抜きにしても、同じコンテンツを複数回購入させる手法は、誰が同じことをしてうまくいくというものでもない。その辺りは、アイドルならではの熱狂があって、ファンの需要を満たすアイテムを提供してこそだろうし、狙ってできるのはごくひと握りに限られる。

最近、オリコン年間CDシングルチャート上位10位が嵐とAKB48で占められた、という話題やその考察を良く目にする。熱狂的なファンベースを持ち、そのファンにペイさせるための仕掛けを用意してある、という理由は至極ごもっともなのだけれども、こうなってしまった一番の要因は、ファンというほどではないにしても気に入ったのでCDを買う層が、大幅にシュリンクしてしまったからではないかなと。熱狂的なファンを囲って可能な限り投資させるという手法が上手くはまったという側面もあるが、ライトリスナーが離れていったために、コアなファンを持つアイドルが相対的にあがってきたというところじゃなかろうか。

ミュージシャンもアイドルと同様の方向性を持つべきだとは思わないけれども*3、ライトリスナーがCDへの関心を失いつつある中、コアなファンを意識した戦略を採るというのは、正攻法だとは思う。そういう意味では、初回限定盤と通常盤といった複数種リリースなどの形態は、特典商法だなんて揶揄されたりもするけれども、個人的にはアリなんじゃないかと思ったりもする。

特典商法、悪く言えば抱き合わせ販売、良く言えば魅力的なパッケージング

「個人的にはアリ」と書いたけれども、本当に私自身が初回盤とか好きだからだったりして。もちろん、初回盤の持つ希少性だけじゃなくて、CDというパッケージを利用した遊びにやはりワクワクするところがある。たとえば、コーネリアスの『69/96』のソフトビニールジャケットとか『FANTASMA』のイヤホン、pre-schoolのシングル、アルバムとか、CD棚の統一感を損ねるというデメリットは感じつつも、やはり手に入れたとき、手に触れたときの楽しさの方が勝ったり。

もちろん、同じ初回限定盤とはいえ、この頃(90年代)と最近とでは趣がだいぶ変わってきていて、冒頭のサイゾーの記事にもあるように最近は「付加価値をつけて利益率を高める」ことが目的になってきているようにも思える。付属する特典によって大なり小なり価格に開きがあるケースがほとんどになってきており、初回特典というよりは限定生産のセット販売といったほうが正確かもしれない。なんだかんだでこの手のものも好きで、去年はついついオアシスの『タイム・フライズ・・・1994-2009』の初回限定盤(ライブCD+DVD付き)を購入してしまった。

正直なところ、それをシングルやアルバムと呼んで良いものかどうかという疑問はあるが、いかなるかたちであれ、CDが売れなくなってきた時代に手に取りやすくするための手段ではあるのかもしれない。CDだけで売るよりも、1曲2曲入りのミュージックDVDだけで売るよりも、CD+DVDの組み合わせの方がよく売れるんだろう。

実際、ファンにとっては嬉しいものでもある。DVDが付いたり、特典映像が付いたり、グッズが付いたり、イベント参加券が付いたり、少なくとも私は嬉しいし、買っちゃおうかなという気になる。ファン以外の人にリーチしにくくなってきている中で、ファンに満足してもらいながら利益を上げる、というなら売り手も買い手もハッピーじゃないかと思ったりもする。ライブ会場でCD買ったり、Tシャツ買ったりするようなもんで。

付属品*4の方がボリュームたっぷりなのにシングル/アルバムとして売り出されているとか、同じものを何回も買わせようとしているとかいう部分があるから、違和感を感じることもあるが、そういった要素を抜きにすると、いくつかの価値あるものをパッケージングすることで、単純な総和以上の価値を創出しうるのかもしれない。

これはレコードだけに限った話ではなく、ゲームやDVD/Blu-ray、前売りチケットなどでもお馴染みの手法ではあるし*5、ムック本や雑誌の付録なんかもそう*6。後者については、ブランド戦略やら新規流通チャネル開拓やらが絡んでくるので*7、そう単純な話でもないのだろうが、買い手にとっては置いてある場所が違うだけでも意味を持つとは思う*8

従来のシングルやアルバムというかたちを否定するわけではないけれども、エンターテイメントとして考えれば、多様なかたちがあって良い。Nine Inch Nailsのアルバム「Ghost I-IV」の超豪華版とかホントすごかったし、だからこそファンたちはこぞって購入したわけで。

また、NINの「Ghost I-IV」は、4部作のウチの第1部を無料ダウンロード(&全編CCライセンス)、高音質デジタル版を5ドル、CD+配信を10ドル、豪華盤を75ドル、超豪華盤を300ドルというように、熱烈なファン、それなりなファン、気になったリスナー等々、幅広くカバーするラインナップを用意したことも、注目すべき点だろう。

ここまでの話は、実のところメジャーがどうのこうのと言うよりも、インディペンデントがプロとして、またはセミプロとして、活動を継続していくための重要なポイントになりうるんじゃないかと意識しつつ書いてみた。昨今では、インディペンデント・ミュージシャンが、ファンと密接に関わりつつ活動を続けるかたちは、さほど珍しくもなくなってきているが、概してファンベースは小さく、経済的なサポートという点ではなかなかに厳しい状況にある。

メジャーのように、たくさんの人に少しずつお金を出してもらうという戦略は採りようもなく、少ないファンにたくさんお金を出してもらう戦略を採らざるを得ない*9。複数買いや抱き合わせを強いているとファンに思われるような売り方はお勧めできないけれども、熱量の異なるさまざまなファンそれぞれに満足してもらえるような魅力的なパッケージングによって、ファンもミュージシャンも共にハッピーになれたりするのかもかなと思う。

*1:ジャケット違いくらいなら許容範囲。ただ、初回限定盤と通常版で後者のみに収録される曲があるとかだったら、かなり嫌な気持ちになる。

*2:納得できないなら声を上げた方が良いのだろうけれども、外野がやいのやいのいうことでもないのかなと。

*3:そもそも求められているもの、望むところは異なるわけで。

*4:とされているもの

*5:特に通常版と限定盤で価格に差があるもの

*6:女性誌に良くあるポーチやバッグだけじゃなくて、『大人の科学』とか『○○をつくる』シリーズとか、海外ドラマDVD本、フィギュアなども。記憶に新しいところでは、イヤホン付きムック本なんかもあったね。

*7:雑誌だと潜在的な購読者にアピールするためだったり

*8:音楽だと、くるりユーミンの『"シャツを洗えば』なんかかしら。

*9:もちろん、どれだけのお金が必要かによりけりだけど。