mora win終了のお知らせ:DRMと音楽配信サービスの死

2004年10月にスタート*1したPC向け音楽配信サービスmora winが、2012年3月29日を持ってサービスを終了する。

mora winはなくなるけど、moraは継続し、そちらの注力していく、と。現状を考えるとそうせざるを得ない、というところだろうか。DRM/フォーマット戦争の夢の跡とでもいうか。

moraとmora win

そもそもなんで2つに分かれてるの?と疑問に思われる方がいるかも知れないので、元にその辺りの話から。

moraもmora winも、ソニーを中心に日本の音楽レーベルの出資により設立されたレーベルゲートという会社が運営している。当ブログ読者の方にとっては、ソニーが出していたコピーコントロールCD(CCCD)のレーベルゲートCDでもお馴染みかもしれない。レコード会社主導の音楽配信という点では、前回取り上げたレーベルモバイルの話ともつながる。

さてさて、同じ会社なのに、なんで似たようなサービスを2つもこさえたのかというと、それぞれ扱っているモノが違う。扱っているカタログ(曲目)はほとんど一緒だったろう。ただ、フォーマットとDRMが違った。

moraでは、ソニー独自のオーディオ・フォーマットATRACソニー独自のDRM OpenMGが採用されている。一方、mora winでは、マイクロソフトのオーディオ・フォーマットWindows Media Audio(WMA)とMSのDRM Windows Media DRMが採用されている。これがmoraとmora winという2つのサービスが必要とされた理由。フォーマット/DRMごとに、それぞれに対応するデバイスごとに、別の配信サービスが必要とされた。Walkmanau携帯ならmoraを、iriverやCreative、東芝製プレイヤードコモ/ソフトバンク携帯ならmora winを、という寸法だ。

一部のハードウェア/ソフトウェア・メーカーにとって、この覇権争いは重要だったが、ユーザにはかなりどうでもいい話で、不便を押し付けられる格好となった。別にソニーだけをDISっているわけではなくて、最近DRMフリー化したAppleもかつては独自のDRM FairPlayを採用し、また未だにiPod/iTunesにおいて他のDRMを受け入れてはいない。

mora winの終了

iriverやCreative、東芝などWindows Media DRMを採用するデジタル・オーディオ・プレーヤーはついに芽が出ることはなく、ドコモ/ソフトバンクにおいてはレコチョクの着うたフルが人気を集め、対応携帯もmora win公式サイトで2008年秋冬モデル以降の更新もない状態。もはやWindows Media DRM対応デバイス向けのmora winの必要性はほとんどなくなっていた。そうしてmora winの終了ということになったのだろう。

mora winユーザはどうなるの?

結論から言うと、今後mora winで購入できなくなる以上のデメリットはない。元々のサービスがひどかったんだから。

mora winで購入されたデータは、対応機器への転送以外には、第一世代のコピー以外は再生できない。要は、購入したPCでしか使えず、Windowsを再インストール/アップグレードしたPC、新規購入したPCへの移行はできないWindows Media Player 10ではライセンスのバックアップ機能があったのだが、WMP11以降、この機能はなくなり、コンテンツプロバイダ側の対応が必要となった。ただ、mora winが対応することはなかった。

では、mora winユーザがWalkmaniPod、その他非Windows Media DRMバイスへの乗り換え、PC環境の変更等をしたい場合、どうすればいいかというと、いったんCD-Rに焼いてリッピングという随分と回りくどい手段に頼るしかない。

お金を出してたくさん購入したユーザほど馬鹿を見る、という仕組みにしか見えない。(実際にいるかどうかはわからないが)100枚アルバムを購入したユーザがこうした事態に直面すれば、100枚CD-Rを焼いてリッピングしなければならない。幸いにして私はmora winを使うことはなかったが、このような目にあってなお同じサービスは使おうとは思わないだろう。

mora winがサービスを終了する直接の理由としては、対応機種がなくなったことが大きいとは思う。だが、このようなユーザの利便性を全く無視したサービスでは、ユーザが根付くことはなく、遅かれ早かれダメになっていたことには変わりないだろう。手足を縛られた状態で、よくここまで続けられたものだ、とも思わないでもないが。

余談

今回はmora winの話だけれども、moraであれば、x-アプリやSonic Stageのバックアップでライセンスの移行もできるそうです。お間違えのなきよう。

ただそのmoraでも、AppleiTunes in the Cloudのようなシームレスな再ダウンロードはできず、購入した端末で1ヶ月以内の再ダウンロードでなければできない。この辺りで一歩先を行ければ良いのだけどもね。

*1:開始当時は「MusicDrop」

なぜ着うたフル/レコチョクは成功したのか

前々回のエントリからの続き。今回のお題は、なぜ着うたフルが成功したのか。ただ、着うたフルで成功しているのは、実質レコチョクなので、なぜレコチョクが成功したのか、というお話とも言える。簡潔にまとめると、着メロとか売れてもレコード会社儲からないから、レコード会社が儲かる仕組みになるように頑張ったよ、という感じになると思う、たぶん。

着うたフル以前

着うたフルの成功を考えるためには、ある程度時間を遡らないといけない。だいたい1990年代中頃の女子高生ブームと、ポケベルブーム辺りからの流れだろうか。ポケベルは直接音楽配信につながる話ではないが、若者文化にモバイル・コミュニケーション・デバイスが組み込まれていったという点で、重要なターニング・ポイントだった。ただの連絡用ツールではなく、日常のコミュニケーションツールになった。

1990年代後半になるとポケベルが衰退し、代わって携帯電話が若者文化のコア・アイテムとなった。SMS機能を備え、通話もできるんだから、まあそうなるよね。ナウなヤングのトレンディ・アイテムとなれば、当然、機能性以外の部分も拡張されていった。その中でも顕著だったのが、ストラップと着メロ。

着メロの登場と着メロ配信

携帯電話に着メロ機能が初めて搭載されたのは1996年、当時はプリセット曲のみであったが、まもなく、手入力による着メロ作成が出来る機種も登場した。当時のJ-POPブームも相まって、この機能は非常にウケた。着メロ本もよく売れ、ナウなヤングたちはせっせと着メロを打ち込んだ。

こうした着メロのヒットを受けて、カラオケ業界は新規事業として着メロ配信を打ち出した。通信カラオケのアレンジといったところだろうか。1998年にはアステルで着メロ配信がスタート、1999年には開始されたばかりのDocomo iモード公式サイトとして、各社着メロ配信サイトを展開していった。そして、これもヒットした。

このヒットの背景には、当然ながら携帯電話でのパケット通信や決済が可能になったことやJ-POPブームがあるが、当初は単音だった着メロが、3和音、4和音、12和音、16和音、24和音、32和音、40和音、64和音、128和音*1と同時出力音数が増えていったこともあるのだろう。多ければ多いほど良いわけではないにしても、16和音、24和音対応の機種が登場する段になっては、少なすぎてもショボく感じられてしまう。手入力するにしても、単音ならば自力で何とかなるにしても、3和音、4和音となると、大抵の人は着メロ本の力を借りる必要があった。

始めこそ着メロ本片手に頑張って手入力して、どうだい見てくれすごいだろう、と楽しめても次第に面倒になってくる。それなら配信サイトで入手したほうがいいよね、と。また、16和音、24和音に対応している機種でも、手入力では3和音までしか扱えず、それ以上はプリセット曲か配信だけだったという事情も、着メロ配信にプラスに働いたかもしれない。

そんなこんなで、着メロ市場は2001年までに1,000億円規模に成長したと言われている。JASRACによるMIDIサイト潰しが行われたのも、まさにこの時期。根っことしては、違法着うたや違法MP3共有なんかと同じで、ビジネスの邪魔はしてくれるな、というところなのだろう。

着うた:レコード産業の逆襲

着メロ市場という新たな収益源が生み出されたものの、音楽産業の中にはこれを面白く思わない人たちもいた。それはレコード産業。

着メロは、既存曲のメロディを元に楽曲データを作成し、携帯で鳴らすというもので、CD音源を使っているわけではない。そのため、JASRAC著作権使用料を払えば、誰にでも着メロ配信は可能だった。

レコード産業にはこうした状況が、せっかく自分たちがお金をかけ、苦労してヒットさせた曲に乗っかってカラオケ業界が大儲けしているのに、自分たちには見返りがない、という風に見えていた。

 「レコード会社が人、モノ、金を使ってヒット曲を生み出して、着メロは成り立っている。しかし着メロが売れてもレコード会社の収入にはならない。不満のぶつけようがない」。
 そう話してくれたのは、レーベルモバイル社長の上田正勝氏だ。
(中略)
 SMEデジタルネットワークグループの今野敏博部長も、「レコード会社は売れる前から地道なプロモーションを重ねた結果、大ヒット曲を生み出している。それで着メロがここまで大きくなったのに、恩恵が全部他人に取られてしまっている」と、現状の着メロ市場について苦言を呈す。

Mobile:着メロの進化形目指す〜「着うた」の裏側

自らの苦労にタダ乗りして儲けている連中から着メロ市場を取り返したい、という思いがあったのだろう。そうして作られたのが、レーベルモバイル(現レコチョク)である。2001年6月に、エイベックス・ネットワーク、ソニー・ミュージックエンタテイメント、ビクターエンターテイメントの3社出資により設立され、翌月には東芝EMIユニバーサルミュージックが加わった。

当初は、新譜CDのプロモーションを兼ねた着メロポータルサイトを目的に掲げていたが、2001年10月には国内レコード会社14社による着メロ配信サイトを開始した。

レーベルモバイル株式会社(本社=東京都港区南青山、代表取締役社長=上田 正勝)は本年10月1日より、株式会社NTTドコモiモード向けコンテンツとして、国内レコード会社14社が共同で着信メロディを配信するサイト「レコード会社直営♪」(略称「レコちょく♪」)をオープンします。(中略)
こうした“レコード会社直営”だからこそできるコンテンツを提供することで、他の着信メロディサイトとの差別 化を図ると共に、CDなどのパッケージ販売のプロモーションにつなげていきます。

レーベルモバイル - プレスリリース 2001年9月27日

レコード会社直営だからこそできるコンテンツ提供と言っても、後発サービスであり、着メロ配信のままでは差別化は図りにくい。JASRACに信託されている楽曲であれば、レコード会社だろうとカラオケ業者だろうと、著作権使用料を支払う限り、よほどの理由でもなければ、JASRACは使用を拒否することはできない。

そこでレーベルモバイルは、許諾がなければ使うことのできないCD音源を使用した着信音、「着うた」の配信を開始した。原盤を握っているのはレコード会社であり、レコード会社が許諾しない限り他の配信サービスでは提供できない、これで既存の着メロ配信サイトとの差別化が図れる、という算段だったのだろう。

 「着メロは誰でも事業ができる。しかしモバイルサウンド(着うた)の場合、原盤権者(主にレコード会社)の許諾なしではサービスできない」(上田氏)からだ。また、一般ユーザーによるデータの作成もできないようになっている。「着うた」の登場で、まさに「レーベルモバイルを作った意義が出てきた」(上田氏)ことになる。

Mobile:着メロの進化形目指す〜「着うた」の裏側

今にしてみれば、きな臭いフラグ発言だなぁと思うのだけれども、これについては後述。

兎にも角にも、レーベルモバイルは2002年12月にauで着うた配信をスタート、2003年12月からはボーダフォン(現ソフトバンク)、2004年2月にはドコモでも開始された。

当初は、某携帯キャリアに持ち込んだが相手にされず、当時伸び悩んでいたauが乗ってくれた、そこである程度うまくいったことで、他のキャリアでも採用されたのだろう。確かに着メロユーザからすれば、着メロ全盛の中で、CD音源の着うたが鳴るのを聞けば、魅力的に映るだろう。

ただ、着うた配信サービスが開始するというだけではまだ不十分であった。1つはパケット代の問題だ。着メロであれば数KB程度だったものが、着うたとなると当時の24kbps程度のビットレートでも百KB近くに膨れ上がる。たかだか百KBくらいと思われるかもしれないが、100円そこそこの着うたをダウンロードするのに、それ以上のパケット代がかかることもあった。また、もう1つの問題として、着うた配信に対応した機種の増加、普及を待たなければならなかった。

後者については、着うた配信が開始されて以降、すべてのキャリアで採用され、ほぼすべての後継機種が着うた配信に対応していった。前者のパケット代の問題は、パケット代が安くなることはなかったが、すべてのキャリアでパケット定額制が導入されたことでクリアされていった。2003年11月よりauが、2004年6月よりドコモが、2004年11月よりボーダフォンパケット定額制を開始した。もちろん、これも普及しなければどうしようも無いのだが、ケータイウェブ・ブラウジングの習慣化なども相まって、若年層を中心に利用が広まっていった。逆説的ではあるが、高額なパケット代がかかる着うた配信*2が定額制の普及を後押しした部分もあるだろう。

着うたフルの登場

2004年11月、auの第3世代携帯電話 CDMA 1x WIN向けのサービスとして「着うたフル」がスタートした。2005年8月にはボーダフォンが、2006年4月にはドコモがこれに追随した。

これも開始当初は、着うた同様に、パケット代の問題、対応機種の問題があった。さらに、着うたフルは着うたよりもさらに大容量であるため、パケット代の問題はさらに大きく(参考エントリ)、接続速度の問題もあって3G携帯の普及*3も必須だった。

いずれの問題についても突如として解決するようなものではないが、時間と共に解消の方向に向かっていった。3G化は、いずれのキャリアも推進していたので、いずれは置き換わる問題であり、パケット定額制への移行も進んでいった。すべてのユーザがパケット定額制サービスを利用するわけではないにしても、着うた、着うたフルのメインターゲットを中心に利用が進んでいたことは間違いないだろう。

この辺りから、レコード産業も徐々に着うた、着うたフル配信に力を入れていく。「着うた先行配信」「独占配信」などという言葉を、一度なりともテレビCM等で目に耳にしたことがある人も多いだろう。

独禁法違反:レコード会社による競争の妨害

ここでフラグ回収。

2004年8月、公正取引委員会は、レーベルモバイルに出資する五社(ソニー、エイベックス、東芝EMI、ユニバーサル、ビクター)が、レーベルモバイル以外の着うた配信事業者の新規参入を妨害したとして、上記五社およびレーベルモバイルに立入検査を行った。要は、上記五社が原盤権を持つ優位性を悪用し、レーベルモバイル以外の着うた配信事業者に共同して利用許諾を与えず、競争を阻害した疑いがあるということ。

2005年3月、公取委は、上記五社に対して、不当な利用許諾の拒否による新規参入妨害を是正するよう勧告を行った。東芝EMIを除く四社はこれを拒否し、公取委審判廷*4争われることとなった。が、2008年7月、公取委審決でもレコード会社五社による着うた参入妨害が認定され、「行為はなお継続している」として許諾拒否を是正するよう命じられた。四社はこれを不服として、審決取消を求めて高裁に提訴したが、2010年1月、高裁は請求を棄却する判決を下した。

原告らは,原盤権の利用許諾をP7*5以外の着うた提供業者に対して意思の連絡の下に共同して拒絶していたものであり,それによって公正な競争を阻害するおそれがあり,現在においてもその排除措置の必要性は認められるから,本件審決を取り消すべき事由は認められないものである。

東京高裁 平成20(行ケ)19 審決取消請求訴訟

ビクターはこの判決を受け入れたものの、ソニー、エイベックス、ユニバーサルは上告し、最高裁の判断を仰いだものの、2011年2月、最高裁は「共同取引拒絶行為」があったとして上告を棄却、高裁判決が確定した。

本件の争点は,5社が共同して原盤権の利用許諾を拒絶しているか否か等でしたが,この点について,東京高裁は,「共同して」に該当するためには「意思の連絡」が必要となるとした上で,意思の連絡を認めるに当たっては,(中略)「事業者相互間で明示的に合意することまでは必要ではなく,他の事業者の取引拒絶行為を認識ないし予測して,黙示的に暗黙のうちにこれを認容して,これと歩調をそろえる意思があれば足りるものと解すべき」と判断しています。

公正取引委員会:平成23年2月23日付 事務総長定例会見記録

このような顛末を迎えたとはいえ、公取委の勧告から最高裁による競争妨害の認定までに6年を要しており、その間、レーベルモバイル改めレコチョクは、着うたおよび着うたフル配信のデファクトスタンダードとなっていた。これも、レコチョク、着うたフルの成功に重要な役割を果たしたといえるだろう。

着メロ、着うた、着うたフル市場の推移(2003年〜)

着うたが登場した2003年頃、着メロが全盛で、既に1100億円規模にまで成長していた。着うたの登場で、着メロから着うたへの移行および新規顧客の獲得が進んだものの、市場としては2005年にほぼ飽和したといえる。その後は、リングバックトーン(待ちうた)による微増があるが、着メロ+着うた+着うたフル市場は、着メルから着うたへのシフト、着うたから着うたフルへのシフトが見られるものの、全体の規模はほとんど変化しなくなり、2008年を境に減少に傾いた。

ただ、携帯向け音楽配信市場が頭打ちとなっている中、着うたフル対応機種が普及し、パケット定額制サービスを利用するユーザは増え、他の携帯向けコンテンツビジネスは飛躍的に成長した。

背景にはレコード市場全体の低迷もあるため、それが影響した部分もあるのかもしれない。

なぜ着うたは成功したのか

 なぜここまで「着うた」と「着うたフル」が普及 したのでしょうか、というと、僕なりに考えた結果、「遅すぎず早すぎずに、通信環境に沿いながら、顧客ニーズに同期して、着実に市場を育ててきたこと」が 成功の鍵かなと思います。

JASRAC寄附講座 音楽・文化産業論?

レコチョク前社長の今野敏博さんが言うように、携帯を取り巻く環境の変化に沿いつつ、適宜魅力的なサービスを展開していったことが大きいと思う。

また、プリセットの着メロから自作着メロ、単音着メロから和音着メロ、自作着メロから着メロ配信、着メロから着うた、着うたから着うたフルと、それぞれの段階において、前者が広がりを見せる中、後者がより魅力的に感じられる状況が作り出されたのも重要なのだろう。ユーザにとって、分かりやすく魅力的な進化を続けてきたとでも言い換えられるだろうか。単音着メロを使う中、友達が和音の着メロを使っていたら「なんだそれ!?」となるだろうしね。

次の進化という点では、着うたフルでついに壁にぶち当たった感もあり、また、スマートフォンへの移行が進む中、着うた・着うたフル離れが始まるのではないか、という危機感もあるようだ。個人的には、スマートフォンへの移行を追い風として「分かりやすく魅力的な」何かを提供することが突破口となるとは思う。

今後どうなっていうかはさておき、着うたフルがそれなりの商業的成功を収めるに至るまでには、このような経緯を経てきたんだよ、というざっくりしたお話でした。

ここではそれほど深く触れなかった点としては、キャリア払いによる決済の簡便さがある。これについてはしばしば言及されているだろうし、成功するための必要条件の1つという以上に言うことも無いので割愛した。他にも、着メロや着うたを介した友人間のローカルな体験共有、ケータイのヘビーユーザ層に向けたマス・マーケティング等の細かい話もできるのだろうけれども、その辺りはご専門の方にお任せしたい。

*1:正確には「和音」ではなく「同時出力音数」。当時はそう言われていたので、それに習いました

*2:もちろん、不正配信も含まれるのだろうが

*3:そもそも3G向けサービス

*4:公正取引委員会が行った行政処分の正否について審判が行われる。

*5:訳註:レーベルモバイル

産経さま、「Spotifyが先行登録開始!日本上陸間近!」とかガセもほどほどにしてください

ちょっと予定を変更して小ネタ。

MSN産経ニュースにて、日本でもSpotify開始間近だと報じられている。これが事実なら喜ばしいところなのだが、その内容を見るに、根拠薄弱と言わざるを得ない。

欧米で大変な話題となっているスウェーデン生まれの音楽配信サービス「Spotify(スポティファイ)」が、遂に日本でのサービス開始をにらみ、先行利用者登録を開始したからです。

【岡田敏一のエンタメよもやま話】1500万曲タダで聴き放題! 北欧生まれの音楽配信サービス「スポティファイ」日本上陸間近(1/5ページ) - MSN産経west

この先行受付登録を根拠として、日本でもサービス開始間近か、という報道を目にする。

メジャーレーベルの音楽を無料で聴き放題のストリーミングサービス「Spotify」で、このほど日本のユーザー向けにメールアドレスの登録受け付けが始まった。現在は日本からは利用できないが、日本上陸を計画しているようだ。

音楽を無料で聴き放題「Spotify」が日本上陸? 登録受け付け始まる - ITmedia ニュース

そんなSpotifyですが、日本のユーザ向けに先行登録の受付を開始しましたよ。あくまで噂ではありますが、これはちょっと期待しちゃってもいいんじゃないでしょうか。

【噂】音楽ストリーミングサービス「Spotify」がついに日本に上陸か? : ギズモード・ジャパン

いや、この程度では大して期待できないと思うよ。実際、先行登録なんてものではなく、「おたくの国でサービス開始したら通知するね、だからメールアドレス教えてね」というもの。

これはSpotifyがローンチした当初からのもので、私も3年ほど前に登録している(が、音沙汰はない)。国際展開を狙うサービスが同様の通知受付をしているのは、新しサービス好きの方はよくご存知だろう。「おま国」(「売ってるがお前の国籍が気に入らない」もしくは「お前の国には売ってやんねーよ」*1)とも揶揄されるリージョン問題の一形態とも言える。

「日本」ユーザ向けに登録開始したなら、ローンチ間際では?

日本ユーザに向けての登録開始なのだから、何かの兆しでは?と思われるかもしれないが、この辺はコミュニケーションの問題も含まれているのかもしれない。「あなた」だけに限定された(ように思える)パーソナライズされたコミュニケーションの妙とも言える。

この登録受付は「日本だけ」に見えて、実のところそうではない。日本人には「日本だけ」に見えるというだけなのだ。では、他の国の人達にはどう見えているのだろうか。Proxy経由で見て見ることにしよう。

韓国

台湾

中国

ジンバブエ

これを見て、「そうかSpotifyジンバブエでサービス開始か、やるな!」と思っただろうか?結局のところ、IPアドレスで地域判定して、パーソナライズされたコミュニケーションをしているというだけの話でしたとさ。

もちろん、Spotifyが近いうちに日本で開始される可能性自体を否定しているわけではなく、仮にそういった動きはあったとしても、上記の記事にあるような根拠は全く当てにならないよね、ということです。

余談

Spotify開始間近」の根拠は他にもあるみたい。

Spotifyの日本展開はICJという会社が展開しており昨年9月から「初年度で1万曲を国外のSpotifyに提供」という目標を発表している。しかし国内での展開がどのように行われるのか、詳細は今のところ不明だ。

OOPS! ウープス - 音楽聴き放題サービスのSpotify、まもなく日本上陸?

これ、国内ディストリビューターSpotifyへの楽曲提供を開始し、力をいれている、という話で、Spotifyの国内展開を引き受けるというところまで推測するのは飛躍しすぎだと思うよ。

アドレス登録云々も、国内ディストリビューター云々も、こちらブログの早とちり記事から派生したもののように思える。ブログ記事(もしくはそこから広がった噂)をきっかけにするのは良いと思うが、そのネタをニュース媒体で扱うならもう少し精査してもよさそうなもの。また、勘違いに気づいたならアップデートする位はしたほうがよいよね。修正が加えられているのが、そのブログ記事だけというのだから、なんともはや。

ちなみに、FaccebookのSpotify Japanアカウントは、Spotifyとは無関係の第三者だと思いますよ。

*1:ゲーム配信サービスSteam用語

音楽配信:日本のiTunes Storeは失敗?でも勝者はAppleだよね

日本の音楽配信事情。iTunes Storeの「失敗」、着うたの隆盛と終了などなど - Togetter

こちらのTogetterまとめで非常に興味深い議論がなされていたので、横槍を入れてみる。話の発端は、日本の音楽配信のメインストリームはiTunes Store(iTS)であるという誤解に対し、実際には日本の音楽配信の主流は着うたフル(レコチョク)であり、iTSは全体の1割にも満たない、海外でのiTSの成功を見て、日本でもそうなんだろうという漠然とした誤解が蔓延している、という辺り。

iTunes Storeは失敗したのか

上記Togetterまとめにおいて、音楽プロデューサー/コンテンツオーガナイザーの山口哲一さんは、日本におけるiTSでの音楽配信は失敗したという。この点については、氏のブログにて解説されている。

 アイチューンミュージックストアの日本での売上げシェアは2%程度。音楽配信での割合でも7%程度だ。CDが諸外国に比べて売上の減少が少ないのと、モバイル配信が中心なのが日本のマーケットの特徴だ。日本は、先進国で唯一、アイチューンストアが失敗しているというのが、2011年現在の状況だ。
 また、「着うた」という名称で、モバイルで配信が広がった。こちらは「レコード会社直営サイト(通称レコ直)」を中心に成功している。(スマフォが中心になる市場には対応できていないので、成功していた、というべきかもしれない。)もともとは、着信音向けで始まったが、「着うたフル」という楽曲全部をダウンロードさせるサービスも、それなりに定着した。レコ直は、この10年間で唯一と言ってよい、大手レコード会社の「成功事例」なのだ。

いまだタイトル決めれず: 日本の音楽配信事情2011 - ジャーナリストや評論家に音楽ビジネスの間違った認識が多すぎる!?

こうした指摘については、私も同感である。ただ、もう一段メタな視点を取れば、レコチョクを筆頭とするモバイル音楽配信が成功する一方で、iTSやmora等のPC音楽配信がうまくいかなかったとも言える。

PC音楽配信全体がうまくいかなかったとはいっても、PC配信に限って見れば、おそらくiTSは勝者だろう。これはiTSの成功というよりも、iPodが音楽デバイスとして支配的なシェアを獲得したためである。iPodでは、Apple独自のDRM FairPlay以外のDRMedコンテンツの再生は出来ないため、iTS以外で販売されたDRMedコンテンツはiPodでは楽しめない。moraで購入した楽曲をiPodで聞くことはできないのである。

さりとてレコード産業全体としては、non-DRM音楽配信には積極的にはなれず、PC音楽配信におけるAppleの優位性を覆せずにいる。また、non-DRM配信に力を入れたとしても、iPodユーザのデータ管理はiTunesで行われており、DRM以外の部分でもAppleの強みはある(そもそも廉売圧力下でPC音楽配信を普及させたくないレコード産業にとっては、こうした膠着状態は「悪くない」状態ではあるのかもしれない)。

iTunes StoreAppleの成功

見方によっては、Apple自身が日本のPC音楽配信の発展を阻害したようにも見えるが、Appleの至上命題はiTSで音楽配信を成功させることにあるのではなく、Apple製品を売ることにある。前者は後者の手段の1つでしかない。日本におけるiTSが他国ほどの成果を挙げられていないにしても、Apple製品はデジタルオーディオプレーヤー市場において支配的であり、その点においてはAppleが成功を収めたといえる。そして、iTS以外でPC音楽配信を成功させるのは不可能な状態をつくりだした。

Appleは音楽ファイルのDRMをユーザを縛る鎖としてきたのだが、最近では、その役割はアプリやiCould、iTunes Matchに移ってきている。音楽データによる縛りから、ユーザアカウントによる縛りへの拡張といえるだろう。全曲iTunes Plus化(non-DRM化)する一方で、きっちりユーザを縛っておいて、なおかつ縛りであることを気づかせない辺りは流石である。

iTunes Matchは日本でも今年後半に開始される予定のようだが、上記Togetterまとめで言及されている「iTunes Storeはレンタルに負けた」が事実であるならば、iTunes Matchを得たAppleにとってレンタルは追い風になるかもしれない。年間利用料がかかるとはいえ、レンタルリッピングした音源をロンダリングしつつ、自由に使えるようになる。音楽配信の主流がシングル曲のダウンロードであることを考えると、シングル曲の入手という点でレンタル*1からシェアを奪える可能性もある。そうして一旦絡めとったら、後は縛り続ける。

と言っても、iTunes Store音楽配信に関して決定力というか、訴求力に欠けているのは事実であり、多少の追い風ではどうしようもない感はある。3G対応も追い風の1つになるのだが、これも決済に難を抱えている。アプリの登場によりiTunesカード経由での購入は増えているのだろうが、キャリア払いに比べればやはり面倒くさい。また、誰がどの曲をiTSでリリースしたか、という情報を受動的に(たとえばテレビCMなどで)知ることは稀で、リスナーの選択肢の1つとはなり難い。

この辺りの弱さが今後どう影響するかは予想しにくいが、いずれにしても現在のiPodによるリスナーの囲い込みは強力であり、それを打破するためにはユーザを引き戻すための強力な施策が必要となる。AndroidWindows Phoneの登場により、Appleの囲い込みに対抗しうるきっかけを得たものの、Appleがこれまでに構築してきたデジタル・オーディオ・デバイスとしてのブランドは、リスナーにとって強い訴求力がある。Sonyのオーディオ機器にiPodドックを搭載させるほど、と言うとわかりやすいだろうか。

一方でAndroidのオーディオ・デバイスとしての訴求力は未知数である。AppleのようにiPodから受け継いだブランドはなく、これからデジタル・オーディオ・デバイスの1つという認識を確立していかなければならない。が、Appleであれば自社でユーザの環境を変化させるトータルな戦略を構築できるものの、Androidではそうはいかない。CDからどうやってリッピングすればいいのか、リッピングしたデータをどうすればAndroidで聴けるのか、こうしたつまづきに丁寧に応えてくれるほどAndroidは親切ではない。Appleが優れていたのは、優れた製品を世に出すだけではなく、膨大な数のユーザを引き込み、何をすべきかを魅力的に提示し、それをスムースに行わせることにもあった。CDから電子データへのシフトは不可避ではあったと思うが、この点でAppleが果たした功績は大きい。ガラケー時代の着うたフルビジネスの延長線上でAndroidレコチョクを展開していったところで、iPodが作り上げてきたトータルなリスニング体験を引き継ぐ、もしくは対抗することはできないだろう。

余談ではあるが、ここ数年、iPodドック搭載のアクティブ・スピーカー、オーディオ機器が一般的なユーザにとっても馴染み深いものとなったが、スマートフォンへの移行により過渡期を迎えている。今後はスマートフォンに適したもの(BluetoothDLNAなど)へ移行していくだろう。これらもAppleの牙城を切り崩す助けとなる。もちろん、それを活かせればの話だが。

デジタル・リスニング環境整備の必要性

日本ではPC音楽配信がうまくいってなくて、モバイル配信が主流で、なおかつ世界的に見てもCDの売上を堅持しているなら、わざわざデジタル・リスニング環境の整備に躍起になる必要はないのでは?と思われるかもしれない。確かに日本ではCD売上の縮小傾向が続いているが、他国に比して売れ続けてはいる。しかし、そのCDはどのように使われているだろうか。一昔前ならコンポやCDラジカセで再生だったのだろうが、今やリップしてiPodで再生、それが答えだろう。

iPodは音楽リスニングのコアアイテムの1つとなったが、では、スマートフォンを手にしたユーザはiPodと二台持ちしてくれるのだろうか。おそらく、ほとんど期待できない。結局は片方がいらないことに気づく。もちろん、携帯電話を捨てるバカはいないだろうから、iPodが不要、または小型かつ最小限の機能で十分(たとえばiPod nano)という結論に至るだろう。もしくは、その両者を統合する。現状ではiPhoneが唯一の候補だろうか。

以前のエントリでは、スマホ移行でiPhoneを選択されたらレコチョク使えないからレコード産業大変、みたいなことを書いたが、CDを加えた視点を取ると、CD購入からiPhoneでのリスニングまでのスムースさが確立されており、CD購入習慣の継続を助けるとも言える。しかし、Androidに同様の役割を期待することは、現状ではできないだろう。

Android一台持ちであれば、あわよくばレコチョクに引き込めるかもしれないが、同時にCDから遠ざかってしまう。また、小型・最小限の機能を持つiPod nano等のデバイスと併用したとしても、シングル優位、チェリーピッキング的な傾向がますます促進されることになるだろう。日本のレコード産業が現在最も死守したいCD、特にCDアルバムへの影響は大きいのではないだろうか。

それを避けるためにも、Android*2を核とした快適かつ広がりを持ったデジタル・リスニング環境の構築が必要であると思う。レコチョクは日本のレコード産業にとって、世界的に見ても稀有な、強い武器である。しかし、ガラケー時代のように、着うたフル(モバイル配信)とCDとは別物だよね、というスタンスのままでは、スマートフォンの時代には適応できないだろう。

かつて、魅力的な音楽リスニング環境、リスニングスタイルを提示してくれたのは、家電/オーディオメーカーだった。だが、デジタル時代に入り、その役割を担い、牽引しているのはAppleである。

余談

なぜ着うたフルが成功したのか、というやや生臭い話や、そもそも音楽(特にヒットチャート)の人気が落ちてるんじゃないの?などなど、まだ色々書き足らないことがあるので、続きはまた次回以降に。

あと、今回のエントリに入れたかった話としては、iPodレコチョク(着うたフル)は、電子データだけの入手を、より受容的にしたんじゃないのかなと。未だにCDが売れ続けているし、アンケートでもライナーや歌詞等が付いているのが魅力的だという回答が多かったりして、モノへのこだわりというか愛着が強い側面もあるのだろうけども、昨今の特典の常態化(これ、AKBを揶揄しているわけじゃなくて、国内盤CD全般に言えることです)を見るに、逆説的ではあるけれども、今まで通りでは、消費者に十分にアピールできるほどの価値を提供できないということでもある。若干、こじつけ感が拭えないけどね。

*1:シングルCDのレンタルは地域/日数にもよるけれど、100円から150円程度

*2:もちろん、Windows Phoneも含め

「共有ソフトによる児童ポルノ摘発が急増、被害は深刻化」という印象操作

P2Pファイル共有ソフトを使った児童ポルノ共有が急増しているかのような記事を見てげんなりするなど。

以下、時事ドットコムの記事より引用 (強調は筆者による)。

2011年に全国の警察が摘発した児童ポルノ事件は、前年比8.4%増の1455件で、過去最多を更新したことが16日、警察庁のまとめで分かった。このうちファイル共有ソフトを使って愛好家が画像をやりとりする手口は約2.4倍の368件と急増した。
(中略)
ファイル共有ソフトブロッキングの影響を受けないため、警察庁幹部は「画像の入手に利用するケースが増えている」と指摘。09年からの3年間で、共有ソフトの利用は6.8倍に増加するなど深刻な状況となっている。

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012021600238

深刻な状況?

P2Pファイル共有ソフトを使った児童ポルノ共有ユーザに対する摘発が、この3年で6.8倍に急増したのは、あくまでも警察が捜査技術の向上とその普及、摘発強化に乗り出したのが主な原因として考えられるのであって、この数年で児童ポルノ共有者が急増したためではないだろう。長らくP2Pファイル共有界隈を見てきたが、現在は全体的に縮小傾向にあり、児童ポルノ共有者が増えているとも思いがたい。

児童ポルノに関しては、警察の捜査能力の向上・普及や摘発強化は歓迎すべきだと思っている。未だに児童ポルノの共有を続ける不届き者がいる以上、由々しき事態であることに変わりはないのだが、摘発件数が急増していることは全く摘発がなされなかった以前の状況に比べれば、遥かに望ましい状況にあると言える。摘発が進められているこの状況を深刻だと嘆いているのは、児童ポルノ共有者くらいではないのだろうか。

印象操作

摘発件数が増加したことを持ってその犯罪が急増しているかのような伝え方は、印象操作乙としか言いようがない。警察が摘発しなければ(できなければ)、社会は望ましい状態でいられるというのだろうか。

P2Pファイル共有ソフトを使った児童ポルノ流通は、警察が摘発に向けて本腰を入れる遥か以前からあった。その当時は、技術的な問題であるのか、動機づけ的な問題なのかはわからないが、警察が対応し(きれ)なかったというだけで、問題としては以前からあったものだ。

検挙件数からその犯罪の現状を推測するのは、あまりに幼稚であり危険ですらある。摘発を強化すればするほど、世の中が悪くなっていくのだから。こうした考え方は、ただただ社会不安を煽るだけでしかない。

現状をできるだけ正しく捉えるためには、全体としてどのような状況であるのかを把握し、その上で摘発が進められているかどうかを注視する必要がある。そうした見方をしてこそ、社会が直面している問題を正しく理解し、伝えることができるのではないか。

マッチポンプ

こうした検挙件数から情勢を把握するというのも、現状の児童ポルノ撲滅に向けた方針を継続するための理由をマッチポンプで作り出しているだけのようにしか思えない。その方針自体は歓迎するのだが、事実をねじ曲げなければできないわけでもあるまい。同時に、意地悪な見方かもしれないが、今増えていることにして、過去に対処できなかったことをもみ消そうとしているのではないかとすら思える。

これが摘発強化に口実というだけならまだ仕方ないと思えるのだが、こうした間違った現状認識を広範な規制強化の根拠とされる可能性もある。その点では、仕方ないでは済まされない。

余談:P2Pファイル共有における児ポ摘発強化の背景

上記記事のグラフからもわかるように、2008年、2009年辺りからP2Pファイル共有ソフトを使用した児童ポルノ共有事件の摘発が強化されるようになったのだが、これまた上述したようにその時期にようやく全体的な捜査能力が向上したためでもある。

P2Pファイル共有を使用した事件の捜査に関しては、京都府警が古くから力を入れてきたのはご承知の通りだと思うが、この時期から全国的な捜査能力の向上のために、捜査留学を始めとして捜査技術の伝授にも力を注いできた。現在、多くの都道府県警がP2Pファイル共有が絡む事件を扱えるようになっているのも、その成果と言えるだろう。

さらに、2010年から警察庁が本格運用を開始したP2P観測システムによって、WinnyやShareなどのP2Pファイル共有ネットワークにおけるファイルの流通等を常時監視していることも、捜査コストの低減に一役買っていると思われる。(さらに余談だけど、P2Pファイル共有ネットワークで児童ポルノ流通が増えてるっていうなら、こっちのデータで示せよ、と思うの)

もう1つ、P2Pファイル共有ソフトを使用した児童ポルノ犯罪の摘発強化に傾いた重要な転機としては、2008年11月にブラジル・リオデジャネイロで開催された「第3回児童の性的搾取に反対する世界会議」があげられるだろうか。身も蓋もないことを言えば、外圧。

この会議で取りまとめられた「児童の性的搾取を防止するリオデジャネイロ宣言」*1に関して、警察庁生活安全局少年課は、以下のプレスリリースを出している。

2 成果文書(最終案)の概要
(1) 件名

児童の性的搾取を防止するリオデジャネイロ宣言と行動への呼びかけ
(2) 行動への呼びかけの概要(児童ポルノ及び警察関連を中心に)

  • 疑似ポルノを含む児童ポルノの意図的な入手、所持、閲覧等の処罰化
  • ISP等に対する警察への児童ポルノの通報及び削除の義務化
  • 共通の基準の下にICPO主導で共通のブロッキングリストの作成
  • 児童ポルノの入手を容易にする取引の停止を金融機関に要請
  • 加害者と被害者追跡のための画期的な技術の研究促進
  • 不適切な子どもの画像の閲覧を防止するためのフィルタリング利用の容易化
  • 警察内の対児童性犯罪部署の創設と特別な訓練の実施
  • ICPO児童ポルノデータベースへの参画
  • 抑止、捜査、被害者保護等に関する国際連携の推進
  • 国内行動計画の策定
  • 通報窓口へのアクセスの容易化

警察庁の対応
成果文書に法的拘束力はないものの、警察庁としても、児童ポルノ事犯の取締りを推進するなど、児童の性的搾取防止対策に積極的に取り組んでいく。

www.npa.go.jp/safetylife/syonen28/jidou_seitekisakusyu_3th.pdf

リオデジャネイロ宣言に則って、警察も国際連携、取締を強化しますよーというところだろうか。実際、この辺りからP2Pファイル共有ソフトを使用した児童ポルノ事件の摘発が増えていった。

なぜP2Pファイル共有かというと、この会議に先立ちブラジルの捜査当局とインターポールが中心となって、国際的な児童ポルノ事件摘発オペレーションがあって、その時にeMuleが国際的な児童ポルノネットワークになっていると言われて主要なターゲットにされたため。日本でも、2008年11月にeMuleを使った児童ポルノ事件の摘発が行われている(それ以前の摘発は2002年のWinMXユーザに対するものだったので、実に6年ぶり)。

日本ではユーザ数の少ないはずeMuleにおいて、児童ポルノ事件での摘発者が他のファイル共有ソフトに比べて多いのも、諸外国からの目があるのかもしれない。もちろん、情報提供が多いというのもあるだろうけども。あと、eMuleが以前から児童ポルノ共有者に好まれていたというところも影響しているのかもしれない。ただ、絶対数、絶対量で言ったら日本ではWinnyとかShareの方が多いと思うけどねぇ。

*1:被害者のいない創作でも児童ポルノに入れろとかいう提言も含まれていることでも有名なアレ