「共有ソフトによる児童ポルノ摘発が急増、被害は深刻化」という印象操作

P2Pファイル共有ソフトを使った児童ポルノ共有が急増しているかのような記事を見てげんなりするなど。

以下、時事ドットコムの記事より引用 (強調は筆者による)。

2011年に全国の警察が摘発した児童ポルノ事件は、前年比8.4%増の1455件で、過去最多を更新したことが16日、警察庁のまとめで分かった。このうちファイル共有ソフトを使って愛好家が画像をやりとりする手口は約2.4倍の368件と急増した。
(中略)
ファイル共有ソフトブロッキングの影響を受けないため、警察庁幹部は「画像の入手に利用するケースが増えている」と指摘。09年からの3年間で、共有ソフトの利用は6.8倍に増加するなど深刻な状況となっている。

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012021600238

深刻な状況?

P2Pファイル共有ソフトを使った児童ポルノ共有ユーザに対する摘発が、この3年で6.8倍に急増したのは、あくまでも警察が捜査技術の向上とその普及、摘発強化に乗り出したのが主な原因として考えられるのであって、この数年で児童ポルノ共有者が急増したためではないだろう。長らくP2Pファイル共有界隈を見てきたが、現在は全体的に縮小傾向にあり、児童ポルノ共有者が増えているとも思いがたい。

児童ポルノに関しては、警察の捜査能力の向上・普及や摘発強化は歓迎すべきだと思っている。未だに児童ポルノの共有を続ける不届き者がいる以上、由々しき事態であることに変わりはないのだが、摘発件数が急増していることは全く摘発がなされなかった以前の状況に比べれば、遥かに望ましい状況にあると言える。摘発が進められているこの状況を深刻だと嘆いているのは、児童ポルノ共有者くらいではないのだろうか。

印象操作

摘発件数が増加したことを持ってその犯罪が急増しているかのような伝え方は、印象操作乙としか言いようがない。警察が摘発しなければ(できなければ)、社会は望ましい状態でいられるというのだろうか。

P2Pファイル共有ソフトを使った児童ポルノ流通は、警察が摘発に向けて本腰を入れる遥か以前からあった。その当時は、技術的な問題であるのか、動機づけ的な問題なのかはわからないが、警察が対応し(きれ)なかったというだけで、問題としては以前からあったものだ。

検挙件数からその犯罪の現状を推測するのは、あまりに幼稚であり危険ですらある。摘発を強化すればするほど、世の中が悪くなっていくのだから。こうした考え方は、ただただ社会不安を煽るだけでしかない。

現状をできるだけ正しく捉えるためには、全体としてどのような状況であるのかを把握し、その上で摘発が進められているかどうかを注視する必要がある。そうした見方をしてこそ、社会が直面している問題を正しく理解し、伝えることができるのではないか。

マッチポンプ

こうした検挙件数から情勢を把握するというのも、現状の児童ポルノ撲滅に向けた方針を継続するための理由をマッチポンプで作り出しているだけのようにしか思えない。その方針自体は歓迎するのだが、事実をねじ曲げなければできないわけでもあるまい。同時に、意地悪な見方かもしれないが、今増えていることにして、過去に対処できなかったことをもみ消そうとしているのではないかとすら思える。

これが摘発強化に口実というだけならまだ仕方ないと思えるのだが、こうした間違った現状認識を広範な規制強化の根拠とされる可能性もある。その点では、仕方ないでは済まされない。

余談:P2Pファイル共有における児ポ摘発強化の背景

上記記事のグラフからもわかるように、2008年、2009年辺りからP2Pファイル共有ソフトを使用した児童ポルノ共有事件の摘発が強化されるようになったのだが、これまた上述したようにその時期にようやく全体的な捜査能力が向上したためでもある。

P2Pファイル共有を使用した事件の捜査に関しては、京都府警が古くから力を入れてきたのはご承知の通りだと思うが、この時期から全国的な捜査能力の向上のために、捜査留学を始めとして捜査技術の伝授にも力を注いできた。現在、多くの都道府県警がP2Pファイル共有が絡む事件を扱えるようになっているのも、その成果と言えるだろう。

さらに、2010年から警察庁が本格運用を開始したP2P観測システムによって、WinnyやShareなどのP2Pファイル共有ネットワークにおけるファイルの流通等を常時監視していることも、捜査コストの低減に一役買っていると思われる。(さらに余談だけど、P2Pファイル共有ネットワークで児童ポルノ流通が増えてるっていうなら、こっちのデータで示せよ、と思うの)

もう1つ、P2Pファイル共有ソフトを使用した児童ポルノ犯罪の摘発強化に傾いた重要な転機としては、2008年11月にブラジル・リオデジャネイロで開催された「第3回児童の性的搾取に反対する世界会議」があげられるだろうか。身も蓋もないことを言えば、外圧。

この会議で取りまとめられた「児童の性的搾取を防止するリオデジャネイロ宣言」*1に関して、警察庁生活安全局少年課は、以下のプレスリリースを出している。

2 成果文書(最終案)の概要
(1) 件名

児童の性的搾取を防止するリオデジャネイロ宣言と行動への呼びかけ
(2) 行動への呼びかけの概要(児童ポルノ及び警察関連を中心に)

  • 疑似ポルノを含む児童ポルノの意図的な入手、所持、閲覧等の処罰化
  • ISP等に対する警察への児童ポルノの通報及び削除の義務化
  • 共通の基準の下にICPO主導で共通のブロッキングリストの作成
  • 児童ポルノの入手を容易にする取引の停止を金融機関に要請
  • 加害者と被害者追跡のための画期的な技術の研究促進
  • 不適切な子どもの画像の閲覧を防止するためのフィルタリング利用の容易化
  • 警察内の対児童性犯罪部署の創設と特別な訓練の実施
  • ICPO児童ポルノデータベースへの参画
  • 抑止、捜査、被害者保護等に関する国際連携の推進
  • 国内行動計画の策定
  • 通報窓口へのアクセスの容易化

警察庁の対応
成果文書に法的拘束力はないものの、警察庁としても、児童ポルノ事犯の取締りを推進するなど、児童の性的搾取防止対策に積極的に取り組んでいく。

www.npa.go.jp/safetylife/syonen28/jidou_seitekisakusyu_3th.pdf

リオデジャネイロ宣言に則って、警察も国際連携、取締を強化しますよーというところだろうか。実際、この辺りからP2Pファイル共有ソフトを使用した児童ポルノ事件の摘発が増えていった。

なぜP2Pファイル共有かというと、この会議に先立ちブラジルの捜査当局とインターポールが中心となって、国際的な児童ポルノ事件摘発オペレーションがあって、その時にeMuleが国際的な児童ポルノネットワークになっていると言われて主要なターゲットにされたため。日本でも、2008年11月にeMuleを使った児童ポルノ事件の摘発が行われている(それ以前の摘発は2002年のWinMXユーザに対するものだったので、実に6年ぶり)。

日本ではユーザ数の少ないはずeMuleにおいて、児童ポルノ事件での摘発者が他のファイル共有ソフトに比べて多いのも、諸外国からの目があるのかもしれない。もちろん、情報提供が多いというのもあるだろうけども。あと、eMuleが以前から児童ポルノ共有者に好まれていたというところも影響しているのかもしれない。ただ、絶対数、絶対量で言ったら日本ではWinnyとかShareの方が多いと思うけどねぇ。

*1:被害者のいない創作でも児童ポルノに入れろとかいう提言も含まれていることでも有名なアレ