音楽配信:日本のiTunes Storeは失敗?でも勝者はAppleだよね

日本の音楽配信事情。iTunes Storeの「失敗」、着うたの隆盛と終了などなど - Togetter

こちらのTogetterまとめで非常に興味深い議論がなされていたので、横槍を入れてみる。話の発端は、日本の音楽配信のメインストリームはiTunes Store(iTS)であるという誤解に対し、実際には日本の音楽配信の主流は着うたフル(レコチョク)であり、iTSは全体の1割にも満たない、海外でのiTSの成功を見て、日本でもそうなんだろうという漠然とした誤解が蔓延している、という辺り。

iTunes Storeは失敗したのか

上記Togetterまとめにおいて、音楽プロデューサー/コンテンツオーガナイザーの山口哲一さんは、日本におけるiTSでの音楽配信は失敗したという。この点については、氏のブログにて解説されている。

 アイチューンミュージックストアの日本での売上げシェアは2%程度。音楽配信での割合でも7%程度だ。CDが諸外国に比べて売上の減少が少ないのと、モバイル配信が中心なのが日本のマーケットの特徴だ。日本は、先進国で唯一、アイチューンストアが失敗しているというのが、2011年現在の状況だ。
 また、「着うた」という名称で、モバイルで配信が広がった。こちらは「レコード会社直営サイト(通称レコ直)」を中心に成功している。(スマフォが中心になる市場には対応できていないので、成功していた、というべきかもしれない。)もともとは、着信音向けで始まったが、「着うたフル」という楽曲全部をダウンロードさせるサービスも、それなりに定着した。レコ直は、この10年間で唯一と言ってよい、大手レコード会社の「成功事例」なのだ。

いまだタイトル決めれず: 日本の音楽配信事情2011 - ジャーナリストや評論家に音楽ビジネスの間違った認識が多すぎる!?

こうした指摘については、私も同感である。ただ、もう一段メタな視点を取れば、レコチョクを筆頭とするモバイル音楽配信が成功する一方で、iTSやmora等のPC音楽配信がうまくいかなかったとも言える。

PC音楽配信全体がうまくいかなかったとはいっても、PC配信に限って見れば、おそらくiTSは勝者だろう。これはiTSの成功というよりも、iPodが音楽デバイスとして支配的なシェアを獲得したためである。iPodでは、Apple独自のDRM FairPlay以外のDRMedコンテンツの再生は出来ないため、iTS以外で販売されたDRMedコンテンツはiPodでは楽しめない。moraで購入した楽曲をiPodで聞くことはできないのである。

さりとてレコード産業全体としては、non-DRM音楽配信には積極的にはなれず、PC音楽配信におけるAppleの優位性を覆せずにいる。また、non-DRM配信に力を入れたとしても、iPodユーザのデータ管理はiTunesで行われており、DRM以外の部分でもAppleの強みはある(そもそも廉売圧力下でPC音楽配信を普及させたくないレコード産業にとっては、こうした膠着状態は「悪くない」状態ではあるのかもしれない)。

iTunes StoreAppleの成功

見方によっては、Apple自身が日本のPC音楽配信の発展を阻害したようにも見えるが、Appleの至上命題はiTSで音楽配信を成功させることにあるのではなく、Apple製品を売ることにある。前者は後者の手段の1つでしかない。日本におけるiTSが他国ほどの成果を挙げられていないにしても、Apple製品はデジタルオーディオプレーヤー市場において支配的であり、その点においてはAppleが成功を収めたといえる。そして、iTS以外でPC音楽配信を成功させるのは不可能な状態をつくりだした。

Appleは音楽ファイルのDRMをユーザを縛る鎖としてきたのだが、最近では、その役割はアプリやiCould、iTunes Matchに移ってきている。音楽データによる縛りから、ユーザアカウントによる縛りへの拡張といえるだろう。全曲iTunes Plus化(non-DRM化)する一方で、きっちりユーザを縛っておいて、なおかつ縛りであることを気づかせない辺りは流石である。

iTunes Matchは日本でも今年後半に開始される予定のようだが、上記Togetterまとめで言及されている「iTunes Storeはレンタルに負けた」が事実であるならば、iTunes Matchを得たAppleにとってレンタルは追い風になるかもしれない。年間利用料がかかるとはいえ、レンタルリッピングした音源をロンダリングしつつ、自由に使えるようになる。音楽配信の主流がシングル曲のダウンロードであることを考えると、シングル曲の入手という点でレンタル*1からシェアを奪える可能性もある。そうして一旦絡めとったら、後は縛り続ける。

と言っても、iTunes Store音楽配信に関して決定力というか、訴求力に欠けているのは事実であり、多少の追い風ではどうしようもない感はある。3G対応も追い風の1つになるのだが、これも決済に難を抱えている。アプリの登場によりiTunesカード経由での購入は増えているのだろうが、キャリア払いに比べればやはり面倒くさい。また、誰がどの曲をiTSでリリースしたか、という情報を受動的に(たとえばテレビCMなどで)知ることは稀で、リスナーの選択肢の1つとはなり難い。

この辺りの弱さが今後どう影響するかは予想しにくいが、いずれにしても現在のiPodによるリスナーの囲い込みは強力であり、それを打破するためにはユーザを引き戻すための強力な施策が必要となる。AndroidWindows Phoneの登場により、Appleの囲い込みに対抗しうるきっかけを得たものの、Appleがこれまでに構築してきたデジタル・オーディオ・デバイスとしてのブランドは、リスナーにとって強い訴求力がある。Sonyのオーディオ機器にiPodドックを搭載させるほど、と言うとわかりやすいだろうか。

一方でAndroidのオーディオ・デバイスとしての訴求力は未知数である。AppleのようにiPodから受け継いだブランドはなく、これからデジタル・オーディオ・デバイスの1つという認識を確立していかなければならない。が、Appleであれば自社でユーザの環境を変化させるトータルな戦略を構築できるものの、Androidではそうはいかない。CDからどうやってリッピングすればいいのか、リッピングしたデータをどうすればAndroidで聴けるのか、こうしたつまづきに丁寧に応えてくれるほどAndroidは親切ではない。Appleが優れていたのは、優れた製品を世に出すだけではなく、膨大な数のユーザを引き込み、何をすべきかを魅力的に提示し、それをスムースに行わせることにもあった。CDから電子データへのシフトは不可避ではあったと思うが、この点でAppleが果たした功績は大きい。ガラケー時代の着うたフルビジネスの延長線上でAndroidレコチョクを展開していったところで、iPodが作り上げてきたトータルなリスニング体験を引き継ぐ、もしくは対抗することはできないだろう。

余談ではあるが、ここ数年、iPodドック搭載のアクティブ・スピーカー、オーディオ機器が一般的なユーザにとっても馴染み深いものとなったが、スマートフォンへの移行により過渡期を迎えている。今後はスマートフォンに適したもの(BluetoothDLNAなど)へ移行していくだろう。これらもAppleの牙城を切り崩す助けとなる。もちろん、それを活かせればの話だが。

デジタル・リスニング環境整備の必要性

日本ではPC音楽配信がうまくいってなくて、モバイル配信が主流で、なおかつ世界的に見てもCDの売上を堅持しているなら、わざわざデジタル・リスニング環境の整備に躍起になる必要はないのでは?と思われるかもしれない。確かに日本ではCD売上の縮小傾向が続いているが、他国に比して売れ続けてはいる。しかし、そのCDはどのように使われているだろうか。一昔前ならコンポやCDラジカセで再生だったのだろうが、今やリップしてiPodで再生、それが答えだろう。

iPodは音楽リスニングのコアアイテムの1つとなったが、では、スマートフォンを手にしたユーザはiPodと二台持ちしてくれるのだろうか。おそらく、ほとんど期待できない。結局は片方がいらないことに気づく。もちろん、携帯電話を捨てるバカはいないだろうから、iPodが不要、または小型かつ最小限の機能で十分(たとえばiPod nano)という結論に至るだろう。もしくは、その両者を統合する。現状ではiPhoneが唯一の候補だろうか。

以前のエントリでは、スマホ移行でiPhoneを選択されたらレコチョク使えないからレコード産業大変、みたいなことを書いたが、CDを加えた視点を取ると、CD購入からiPhoneでのリスニングまでのスムースさが確立されており、CD購入習慣の継続を助けるとも言える。しかし、Androidに同様の役割を期待することは、現状ではできないだろう。

Android一台持ちであれば、あわよくばレコチョクに引き込めるかもしれないが、同時にCDから遠ざかってしまう。また、小型・最小限の機能を持つiPod nano等のデバイスと併用したとしても、シングル優位、チェリーピッキング的な傾向がますます促進されることになるだろう。日本のレコード産業が現在最も死守したいCD、特にCDアルバムへの影響は大きいのではないだろうか。

それを避けるためにも、Android*2を核とした快適かつ広がりを持ったデジタル・リスニング環境の構築が必要であると思う。レコチョクは日本のレコード産業にとって、世界的に見ても稀有な、強い武器である。しかし、ガラケー時代のように、着うたフル(モバイル配信)とCDとは別物だよね、というスタンスのままでは、スマートフォンの時代には適応できないだろう。

かつて、魅力的な音楽リスニング環境、リスニングスタイルを提示してくれたのは、家電/オーディオメーカーだった。だが、デジタル時代に入り、その役割を担い、牽引しているのはAppleである。

余談

なぜ着うたフルが成功したのか、というやや生臭い話や、そもそも音楽(特にヒットチャート)の人気が落ちてるんじゃないの?などなど、まだ色々書き足らないことがあるので、続きはまた次回以降に。

あと、今回のエントリに入れたかった話としては、iPodレコチョク(着うたフル)は、電子データだけの入手を、より受容的にしたんじゃないのかなと。未だにCDが売れ続けているし、アンケートでもライナーや歌詞等が付いているのが魅力的だという回答が多かったりして、モノへのこだわりというか愛着が強い側面もあるのだろうけども、昨今の特典の常態化(これ、AKBを揶揄しているわけじゃなくて、国内盤CD全般に言えることです)を見るに、逆説的ではあるけれども、今まで通りでは、消費者に十分にアピールできるほどの価値を提供できないということでもある。若干、こじつけ感が拭えないけどね。

*1:シングルCDのレンタルは地域/日数にもよるけれど、100円から150円程度

*2:もちろん、Windows Phoneも含め