iTunes StoreがDRMフリー化してもDRMの鎖はちぎれない

AppleiTunes Storeで販売する全楽曲をDRMフリーで販売することになった、というのは喜ばしいことだし、楽曲の価格設定も多少は柔軟なものになったことも喜ばしいことだとは思っている。そして、それが避けられない流れであったことも。

ただ、このiTSのDRMフリー化がAppleにとってどのような意味を持つのか、を考えると、手放しには喜べないところもある。

DRMの役割としては、「コピーを自由にさせない」という部分と、「再生するデバイスを制限する」という部分がある。私の個人的な意見ではあるのだけれど、AppleにとってiTunes Storeで販売される楽曲にDRMをかける意義は後者にあるのだと思っている。簡単に言えば、iTSで購入した楽曲は、iPodでしか聞けないことに意味がある。

iTSで楽曲を購入すればするほど、iPod以外のポータブルオーディオデバイス以外の選択肢は選べなくなる。そう、Appleにとって、DRMはユーザをiPodに縛り付けておくための鎖だとも言える。

Steve Jobsはオープンレター「Thoughts on Music」の中でDRM不要論を唱え、音楽産業を痛烈に批判した。しかしAppleは「コピーを自由にさせない」DRMの反対論者であったのかもしれないが、「再生するデバイスを制限する」DRMの恩恵を受け続けてきたのは他ならぬApple自身だったように思える。

そして、先日の全カタログDRMフリー化のアナウンス。ともすれば、Appleが「再生するデバイスを制限する」DRMを捨てた、とも見えるのだが、しかしユーザに巻き付けられたDRMの鎖は未だ解かれてはいない。そう、既にiTSで購入したDRMedなライブラリに縛られ続ける。

もちろん、iTunes Plusよろしく、1曲30セントを支払えば*1、既に購入した楽曲でもDRMフリー化することができる。それ以外にも音質が向上するというメリットはあるのだが、それでも既に購入した、現時点でも満足して聞けるものに対して、改めてお金を支払うかというと微妙なところだろう。iPodで聞けなくなるならまだしも、iPodなら問題なく聞き続けられるのだから。

TechCrunchでは

すでに買った曲にまたお金を払うのであります。えーと、60億曲 X 30セント = 18億ドルが、アップグレード料金の最大額だ。これぞまさに、音楽税である。レコード会社が態度を軟化したのも当然だね。

DRMフリーへの移行費用: Appleの18億ドルの隠れ音楽税

としているが、個人的にはその18億ドルはiPod/iTSユーザにかけられた鎖であると思っている。もちろん、DRMフリー化されれば、新たにその鎖にかけられる人がいなくなるというのは喜ばしいことではある、ただ、既にiTSから楽曲を購入し、その楽曲をライブラリに収めている人々の多くはその鎖に縛られ続けることになる。

そしてAppleDRMフリー化によってAmazon MP3といったライバルと競いつつも、既存のユーザをiPodに、iTunesに縛り続けることができる。iPodiTunesとユーザとの関係を密接なものとし続けること、それがオンライン音楽およびその周辺の市場におけるAppleの優位を確実なものとするだろう。

iPodが優れたプロダクトであり続け、iTunes Storeが安定したサービスであり続けるなら、おそらく大きな問題にはならないかもしれない。しかし、それにほころびが出たとき、この問題は非常に大きなものとなるのかもしれない。

と、長々と書いてきたけれど、こうした懸念をid:ageha0さんは一言で言い表している。上記TechCrunchの記事に対するブクマコメントより。

ageha0 ageha0 問題はその先だ。ユーザーライブラリを握るものが全てを支配する。

*1:ただしアラカルト購入のみ。アルバム購入されたものはアルバム単位でアップグレードしなきゃならない。