なぜ着うたフル/レコチョクは成功したのか

前々回のエントリからの続き。今回のお題は、なぜ着うたフルが成功したのか。ただ、着うたフルで成功しているのは、実質レコチョクなので、なぜレコチョクが成功したのか、というお話とも言える。簡潔にまとめると、着メロとか売れてもレコード会社儲からないから、レコード会社が儲かる仕組みになるように頑張ったよ、という感じになると思う、たぶん。

着うたフル以前

着うたフルの成功を考えるためには、ある程度時間を遡らないといけない。だいたい1990年代中頃の女子高生ブームと、ポケベルブーム辺りからの流れだろうか。ポケベルは直接音楽配信につながる話ではないが、若者文化にモバイル・コミュニケーション・デバイスが組み込まれていったという点で、重要なターニング・ポイントだった。ただの連絡用ツールではなく、日常のコミュニケーションツールになった。

1990年代後半になるとポケベルが衰退し、代わって携帯電話が若者文化のコア・アイテムとなった。SMS機能を備え、通話もできるんだから、まあそうなるよね。ナウなヤングのトレンディ・アイテムとなれば、当然、機能性以外の部分も拡張されていった。その中でも顕著だったのが、ストラップと着メロ。

着メロの登場と着メロ配信

携帯電話に着メロ機能が初めて搭載されたのは1996年、当時はプリセット曲のみであったが、まもなく、手入力による着メロ作成が出来る機種も登場した。当時のJ-POPブームも相まって、この機能は非常にウケた。着メロ本もよく売れ、ナウなヤングたちはせっせと着メロを打ち込んだ。

こうした着メロのヒットを受けて、カラオケ業界は新規事業として着メロ配信を打ち出した。通信カラオケのアレンジといったところだろうか。1998年にはアステルで着メロ配信がスタート、1999年には開始されたばかりのDocomo iモード公式サイトとして、各社着メロ配信サイトを展開していった。そして、これもヒットした。

このヒットの背景には、当然ながら携帯電話でのパケット通信や決済が可能になったことやJ-POPブームがあるが、当初は単音だった着メロが、3和音、4和音、12和音、16和音、24和音、32和音、40和音、64和音、128和音*1と同時出力音数が増えていったこともあるのだろう。多ければ多いほど良いわけではないにしても、16和音、24和音対応の機種が登場する段になっては、少なすぎてもショボく感じられてしまう。手入力するにしても、単音ならば自力で何とかなるにしても、3和音、4和音となると、大抵の人は着メロ本の力を借りる必要があった。

始めこそ着メロ本片手に頑張って手入力して、どうだい見てくれすごいだろう、と楽しめても次第に面倒になってくる。それなら配信サイトで入手したほうがいいよね、と。また、16和音、24和音に対応している機種でも、手入力では3和音までしか扱えず、それ以上はプリセット曲か配信だけだったという事情も、着メロ配信にプラスに働いたかもしれない。

そんなこんなで、着メロ市場は2001年までに1,000億円規模に成長したと言われている。JASRACによるMIDIサイト潰しが行われたのも、まさにこの時期。根っことしては、違法着うたや違法MP3共有なんかと同じで、ビジネスの邪魔はしてくれるな、というところなのだろう。

着うた:レコード産業の逆襲

着メロ市場という新たな収益源が生み出されたものの、音楽産業の中にはこれを面白く思わない人たちもいた。それはレコード産業。

着メロは、既存曲のメロディを元に楽曲データを作成し、携帯で鳴らすというもので、CD音源を使っているわけではない。そのため、JASRAC著作権使用料を払えば、誰にでも着メロ配信は可能だった。

レコード産業にはこうした状況が、せっかく自分たちがお金をかけ、苦労してヒットさせた曲に乗っかってカラオケ業界が大儲けしているのに、自分たちには見返りがない、という風に見えていた。

 「レコード会社が人、モノ、金を使ってヒット曲を生み出して、着メロは成り立っている。しかし着メロが売れてもレコード会社の収入にはならない。不満のぶつけようがない」。
 そう話してくれたのは、レーベルモバイル社長の上田正勝氏だ。
(中略)
 SMEデジタルネットワークグループの今野敏博部長も、「レコード会社は売れる前から地道なプロモーションを重ねた結果、大ヒット曲を生み出している。それで着メロがここまで大きくなったのに、恩恵が全部他人に取られてしまっている」と、現状の着メロ市場について苦言を呈す。

Mobile:着メロの進化形目指す〜「着うた」の裏側

自らの苦労にタダ乗りして儲けている連中から着メロ市場を取り返したい、という思いがあったのだろう。そうして作られたのが、レーベルモバイル(現レコチョク)である。2001年6月に、エイベックス・ネットワーク、ソニー・ミュージックエンタテイメント、ビクターエンターテイメントの3社出資により設立され、翌月には東芝EMIユニバーサルミュージックが加わった。

当初は、新譜CDのプロモーションを兼ねた着メロポータルサイトを目的に掲げていたが、2001年10月には国内レコード会社14社による着メロ配信サイトを開始した。

レーベルモバイル株式会社(本社=東京都港区南青山、代表取締役社長=上田 正勝)は本年10月1日より、株式会社NTTドコモiモード向けコンテンツとして、国内レコード会社14社が共同で着信メロディを配信するサイト「レコード会社直営♪」(略称「レコちょく♪」)をオープンします。(中略)
こうした“レコード会社直営”だからこそできるコンテンツを提供することで、他の着信メロディサイトとの差別 化を図ると共に、CDなどのパッケージ販売のプロモーションにつなげていきます。

レーベルモバイル - プレスリリース 2001年9月27日

レコード会社直営だからこそできるコンテンツ提供と言っても、後発サービスであり、着メロ配信のままでは差別化は図りにくい。JASRACに信託されている楽曲であれば、レコード会社だろうとカラオケ業者だろうと、著作権使用料を支払う限り、よほどの理由でもなければ、JASRACは使用を拒否することはできない。

そこでレーベルモバイルは、許諾がなければ使うことのできないCD音源を使用した着信音、「着うた」の配信を開始した。原盤を握っているのはレコード会社であり、レコード会社が許諾しない限り他の配信サービスでは提供できない、これで既存の着メロ配信サイトとの差別化が図れる、という算段だったのだろう。

 「着メロは誰でも事業ができる。しかしモバイルサウンド(着うた)の場合、原盤権者(主にレコード会社)の許諾なしではサービスできない」(上田氏)からだ。また、一般ユーザーによるデータの作成もできないようになっている。「着うた」の登場で、まさに「レーベルモバイルを作った意義が出てきた」(上田氏)ことになる。

Mobile:着メロの進化形目指す〜「着うた」の裏側

今にしてみれば、きな臭いフラグ発言だなぁと思うのだけれども、これについては後述。

兎にも角にも、レーベルモバイルは2002年12月にauで着うた配信をスタート、2003年12月からはボーダフォン(現ソフトバンク)、2004年2月にはドコモでも開始された。

当初は、某携帯キャリアに持ち込んだが相手にされず、当時伸び悩んでいたauが乗ってくれた、そこである程度うまくいったことで、他のキャリアでも採用されたのだろう。確かに着メロユーザからすれば、着メロ全盛の中で、CD音源の着うたが鳴るのを聞けば、魅力的に映るだろう。

ただ、着うた配信サービスが開始するというだけではまだ不十分であった。1つはパケット代の問題だ。着メロであれば数KB程度だったものが、着うたとなると当時の24kbps程度のビットレートでも百KB近くに膨れ上がる。たかだか百KBくらいと思われるかもしれないが、100円そこそこの着うたをダウンロードするのに、それ以上のパケット代がかかることもあった。また、もう1つの問題として、着うた配信に対応した機種の増加、普及を待たなければならなかった。

後者については、着うた配信が開始されて以降、すべてのキャリアで採用され、ほぼすべての後継機種が着うた配信に対応していった。前者のパケット代の問題は、パケット代が安くなることはなかったが、すべてのキャリアでパケット定額制が導入されたことでクリアされていった。2003年11月よりauが、2004年6月よりドコモが、2004年11月よりボーダフォンパケット定額制を開始した。もちろん、これも普及しなければどうしようも無いのだが、ケータイウェブ・ブラウジングの習慣化なども相まって、若年層を中心に利用が広まっていった。逆説的ではあるが、高額なパケット代がかかる着うた配信*2が定額制の普及を後押しした部分もあるだろう。

着うたフルの登場

2004年11月、auの第3世代携帯電話 CDMA 1x WIN向けのサービスとして「着うたフル」がスタートした。2005年8月にはボーダフォンが、2006年4月にはドコモがこれに追随した。

これも開始当初は、着うた同様に、パケット代の問題、対応機種の問題があった。さらに、着うたフルは着うたよりもさらに大容量であるため、パケット代の問題はさらに大きく(参考エントリ)、接続速度の問題もあって3G携帯の普及*3も必須だった。

いずれの問題についても突如として解決するようなものではないが、時間と共に解消の方向に向かっていった。3G化は、いずれのキャリアも推進していたので、いずれは置き換わる問題であり、パケット定額制への移行も進んでいった。すべてのユーザがパケット定額制サービスを利用するわけではないにしても、着うた、着うたフルのメインターゲットを中心に利用が進んでいたことは間違いないだろう。

この辺りから、レコード産業も徐々に着うた、着うたフル配信に力を入れていく。「着うた先行配信」「独占配信」などという言葉を、一度なりともテレビCM等で目に耳にしたことがある人も多いだろう。

独禁法違反:レコード会社による競争の妨害

ここでフラグ回収。

2004年8月、公正取引委員会は、レーベルモバイルに出資する五社(ソニー、エイベックス、東芝EMI、ユニバーサル、ビクター)が、レーベルモバイル以外の着うた配信事業者の新規参入を妨害したとして、上記五社およびレーベルモバイルに立入検査を行った。要は、上記五社が原盤権を持つ優位性を悪用し、レーベルモバイル以外の着うた配信事業者に共同して利用許諾を与えず、競争を阻害した疑いがあるということ。

2005年3月、公取委は、上記五社に対して、不当な利用許諾の拒否による新規参入妨害を是正するよう勧告を行った。東芝EMIを除く四社はこれを拒否し、公取委審判廷*4争われることとなった。が、2008年7月、公取委審決でもレコード会社五社による着うた参入妨害が認定され、「行為はなお継続している」として許諾拒否を是正するよう命じられた。四社はこれを不服として、審決取消を求めて高裁に提訴したが、2010年1月、高裁は請求を棄却する判決を下した。

原告らは,原盤権の利用許諾をP7*5以外の着うた提供業者に対して意思の連絡の下に共同して拒絶していたものであり,それによって公正な競争を阻害するおそれがあり,現在においてもその排除措置の必要性は認められるから,本件審決を取り消すべき事由は認められないものである。

東京高裁 平成20(行ケ)19 審決取消請求訴訟

ビクターはこの判決を受け入れたものの、ソニー、エイベックス、ユニバーサルは上告し、最高裁の判断を仰いだものの、2011年2月、最高裁は「共同取引拒絶行為」があったとして上告を棄却、高裁判決が確定した。

本件の争点は,5社が共同して原盤権の利用許諾を拒絶しているか否か等でしたが,この点について,東京高裁は,「共同して」に該当するためには「意思の連絡」が必要となるとした上で,意思の連絡を認めるに当たっては,(中略)「事業者相互間で明示的に合意することまでは必要ではなく,他の事業者の取引拒絶行為を認識ないし予測して,黙示的に暗黙のうちにこれを認容して,これと歩調をそろえる意思があれば足りるものと解すべき」と判断しています。

公正取引委員会:平成23年2月23日付 事務総長定例会見記録

このような顛末を迎えたとはいえ、公取委の勧告から最高裁による競争妨害の認定までに6年を要しており、その間、レーベルモバイル改めレコチョクは、着うたおよび着うたフル配信のデファクトスタンダードとなっていた。これも、レコチョク、着うたフルの成功に重要な役割を果たしたといえるだろう。

着メロ、着うた、着うたフル市場の推移(2003年〜)

着うたが登場した2003年頃、着メロが全盛で、既に1100億円規模にまで成長していた。着うたの登場で、着メロから着うたへの移行および新規顧客の獲得が進んだものの、市場としては2005年にほぼ飽和したといえる。その後は、リングバックトーン(待ちうた)による微増があるが、着メロ+着うた+着うたフル市場は、着メルから着うたへのシフト、着うたから着うたフルへのシフトが見られるものの、全体の規模はほとんど変化しなくなり、2008年を境に減少に傾いた。

ただ、携帯向け音楽配信市場が頭打ちとなっている中、着うたフル対応機種が普及し、パケット定額制サービスを利用するユーザは増え、他の携帯向けコンテンツビジネスは飛躍的に成長した。

背景にはレコード市場全体の低迷もあるため、それが影響した部分もあるのかもしれない。

なぜ着うたは成功したのか

 なぜここまで「着うた」と「着うたフル」が普及 したのでしょうか、というと、僕なりに考えた結果、「遅すぎず早すぎずに、通信環境に沿いながら、顧客ニーズに同期して、着実に市場を育ててきたこと」が 成功の鍵かなと思います。

JASRAC寄附講座 音楽・文化産業論?

レコチョク前社長の今野敏博さんが言うように、携帯を取り巻く環境の変化に沿いつつ、適宜魅力的なサービスを展開していったことが大きいと思う。

また、プリセットの着メロから自作着メロ、単音着メロから和音着メロ、自作着メロから着メロ配信、着メロから着うた、着うたから着うたフルと、それぞれの段階において、前者が広がりを見せる中、後者がより魅力的に感じられる状況が作り出されたのも重要なのだろう。ユーザにとって、分かりやすく魅力的な進化を続けてきたとでも言い換えられるだろうか。単音着メロを使う中、友達が和音の着メロを使っていたら「なんだそれ!?」となるだろうしね。

次の進化という点では、着うたフルでついに壁にぶち当たった感もあり、また、スマートフォンへの移行が進む中、着うた・着うたフル離れが始まるのではないか、という危機感もあるようだ。個人的には、スマートフォンへの移行を追い風として「分かりやすく魅力的な」何かを提供することが突破口となるとは思う。

今後どうなっていうかはさておき、着うたフルがそれなりの商業的成功を収めるに至るまでには、このような経緯を経てきたんだよ、というざっくりしたお話でした。

ここではそれほど深く触れなかった点としては、キャリア払いによる決済の簡便さがある。これについてはしばしば言及されているだろうし、成功するための必要条件の1つという以上に言うことも無いので割愛した。他にも、着メロや着うたを介した友人間のローカルな体験共有、ケータイのヘビーユーザ層に向けたマス・マーケティング等の細かい話もできるのだろうけれども、その辺りはご専門の方にお任せしたい。

*1:正確には「和音」ではなく「同時出力音数」。当時はそう言われていたので、それに習いました

*2:もちろん、不正配信も含まれるのだろうが

*3:そもそも3G向けサービス

*4:公正取引委員会が行った行政処分の正否について審判が行われる。

*5:訳註:レーベルモバイル