Winnyウィルス制作者逮捕の経過、背景、問題点

Winnyウィルスの制作者と他2名の逮捕が話題に挙がっているけれども、その情報は各報道ごとにさまざまに異なっているため、とりあえず一旦纏めることにした。特にウィルス制作者の逮捕を中心に、これまでの経過、背景、その問題点について述べる。
2008年1月24日、京都府警生活経済課ハイテク犯罪対策室と五条署Winnyを通じて、著作権者の許諾なくアニメを送信可能状態に置いたとして、大阪府の大学院生(24)、会社員(39)、兵庫県の無職(35)(いずれも男性)を、著作権法違反(公衆送信権侵害)で逮捕した。

ウィルス内画像の無断使用が著作権侵害

このうち大学院生は、2007年11月28日、Winnyを通じて、ポニーキャニオン他3社が著作権を有する「CLANNADクラナド−」の画像を表示させる原田ウィルスの亜種をばら撒いていたという。
大学院生は「ウィルスを作ったのは僕です。クラナドを使ったのは、話題性があるからです。」と事実を認めているという。この原田ウィルスの亜種では、クラナドの画像に「まだ懲りずにP2P使って楽しんでるお馬鹿なヲタ野郎はマジ殺すww」という文字を表示させるよう加工されており、実行することでこの画像の表示、データの破壊などを行う。
この大学院生は、ウィルスの作成および配布よって逮捕されたわけではなく、ウィルスに使用された画像が著作権を侵害していたとして逮捕されている。この背景には、現在日本ではウィルスの作成を処罰する法律がないため、と見られている(これについては後述)。
本件に関わる原田ウィルスは亜種であるとされているが、この大学院生は、オリジナルの原田ウィルスの制作者であることも認めている。また、オリジナルの原田ウィルスに使用された画像は、彼の同級生の画像を悪用したものであるようだ。オリジナルの原田ウィルスの作成後、数年にわたって大量の亜種を作り続けていたとみられている。
[2018年4月1日追記] ウィルスの作成者より、株式会社はてな経由で氏名、所属、年齢等の「個人に関連した情報」および不正確な報道を引用した箇所について、プライバシー侵害、名誉毀損等に当たるとして削除するよう依頼があったため、所属、年齢以外の箇所を削除した。[追記終わり]

また、ウィルスの作成そのものに対する逮捕ではないものの、本件は日本における初のウィルス制作者の逮捕となる。

原田ウィルスって?

Winny 、Shareなどを介して感染するウィルス。オリジナルのものは、原田という男性の画像を表示し、同時にダウンロードフォルダ内のビデオファイルを削除、スクリーンショットをメールに添付し送信したりする。ただ、その後亜種が大量に発生し、実行によってより多くのPC内のファイルを削除するというものも登場した。今回のもののように、当初は原田という男性の画像であったものから、別の画像に置き換えられたものも数多く登場した(アニメなどの画像も多かったように思える)。
ただ、この原田ウィルスはしばしば報道される情報漏洩ウィルスとは別のものである。Winny、Shareなどで有名な情報漏洩ウィルス、暴露ウィルスとしては、キンタマウィルス、欄検眼段、仁義なきキンタマ山田ウイルス山田オルタナティブなどがあり、それぞれに亜種が存在する。この中でも、情報漏洩ウィルスとして強力だったのは、仁義なきキンタマ山田オルタだろうか。
(参考:Winnyを利用した歴代のウイルス解説

残りの2名はアニメの違法アップロードによる逮捕

残りの2名は、2007年9月5日、(株)サンライズ著作権を有するアニメ「アイドルマスター XENOGLOSSIA(ゼノグラシア) 第23話『RUN!』」を、また、同年10月14日、同社が著作権を有するアニメ「機動戦士ガンダムOO(ダブルオー) 第2話『ガンダムマイスター』」を、Winnyを通じてアップロード可能状態に置いていたという。
39歳会社員は「これまで放流していたことは間違いありません。過去のデータはハードディスクに保存しています。」35歳無職は「間違いありません」と事実を認めているという。
この2名を、どのような捜査によって特定したかは現在は不明であるが(一時放流者であるかどうかも不明)、これまでACCSが述べてきた、違法アップローダを特定する準備は整った、というのはあながち誇大な主張ではないのかもしれない。

ACCSの反応

ACCS専務理事、事務局長の久保田裕は、Winny等のファイル共有ソフトの現役利用者が急増していることを指摘し、「ファイル交換ソフトを悪用したアップロード行為者については、技術的に捕捉する環境もすでに整った」という。そして、「ACCSではこれまでの対策を更に推し進め、捜査機関やプロバイダに対してアップロード行為者のIPアドレスなどの情報を提供するほか、権利行使などのあらゆる手段を講じて、著作権侵害行為の排除に努め」ると述べ、著作権侵害を行う確信犯には「徹底的に対峙することを宣言」している。
また、Winnyの利用をやめることを強く推奨し、ほとんどが無許諾の著作物が流れているWinnyネットワークへの参加が「違法な送信行為」への「加担」となると述べている。

なぜウィルス制作者が著作権侵害で逮捕?

京都府警では、ウィルスの感染によってPCが起動できなくなることから、当初器物損壊罪の適用を検討した。しかし、再インストールによって利用可能になることから、器物損壊罪の適用は見送られた。そこで苦肉の策として、著作権侵害による逮捕に踏み切ったとされる。捜査員達の間では、「ウイルス罪があればこんな苦労をしなくて済む」という声も強いという。

 園田寿・甲南大法科大学院教授(刑法・情報法)は「著作権法違反容疑での逮捕は苦肉の策だろう。本来は電子計算機損壊等業務妨害罪だが未遂規定がなく、ウイルスの作成や配布だけでは処罰されない」と指摘する。
 また、佐々木良一・東京電機大教授(情報セキュリティー)は「作成者に悪意があり、ウイルスによって被害が出ていると立証されれば処罰されるべきだ。これまでは、ウィニー利用者のみが悪いという理論が横行していたが、ウイルス作成者の方が罪は重いはずだ」と話している。

作成者逮捕…適用罪検討に半年(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

甲南大学法科大学院園田寿教授(刑法、情報法)は「今やウイルスによる被害は大きく、作成者の処罰は世界的傾向になっている。著作権法違反罪による摘発は立法の趣旨にそぐわないので、早期の法整備が必要だ」としている。

容疑は苦肉の著作権法違反 ウイルス作成の大学生ら逮捕 - MSN産経ニュース

と、著作権侵害による対処の限界を指摘し、ウィルスの作成・配布そのものでは罪に問えないことを問題視、早期の法整備の必要性を主張している。
海外ではウィルス制作者に対する摘発がなされているものの、日本では立ち遅れているというのが現状だ。

日本の刑法では電子計算機損壊業務妨害罪に未遂罪や予備罪がなく、実際にコンピューターを破壊して成立するためウイルスを作成しただけでは処罰できない。政府は、ウイルス作成を処罰する不正指令電磁的記録作出罪などの新設を検討しているが、適用範囲の指定が難しいことなどから、実現には至っていない。

容疑は苦肉の著作権法違反 ウイルス作成の大学生ら逮捕 - MSN産経ニュース

このような状況においても、著作権法を用いてでもウィルス制作者を逮捕にまでこぎつけた理由を、京都府警はこのように語っている。

「生活に密着したインターネットは社会インフラの一部となっており、ウイルスの存在自体が大きな社会悪」と判断。

容疑は苦肉の著作権法違反 ウイルス作成の大学生ら逮捕 - MSN産経ニュース

なぜウィルス作成、配布者を逮捕できる法律がないの?

私は法律の専門家ではないので詳しい説明はできないのだが、「コンピュータ・ウイルスの作成や所持などが新たに処罰対象に:岡村久道 IT弁護士の眼:ITpro」によると、「不正指令電磁的記録」の取締りを可能とする法改正によって、ウィルスへの対処が可能となるという(2006年の記事なので、現在とは異なる部分もあるかもしれない)。そこでは、

 「不正指令電磁的記録」・・・を「人の電子計算機における実行の用に供する目的」で、「作成し、又は提供した者」は「不正指令電磁的記録等作成等の罪」に問われ、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられる。

という法改正を審議していたものの、あの論争の的となった共謀罪との抱き合わせで提出され、成立には至っていないという経緯がある。また「不正指令電磁的記録」の定義は、あまりに対象が広範囲におよび、また曖昧さが残ることから、さまざまな問題点が指摘されているという。

個人的に思うこと

あくまでも感想としてだけれど、著作権侵害の2名は別として、ウィルス制作者の逮捕に関しては、京都府警としても苦肉の策を講じる他なかったのだろう。もちろん、著作権侵害を足がかりにした別件逮捕、あまりに恣意的な著作権の行使に対しては、批判が集まるのも尤もだと思う(この点に関する批判、考察は、他のブログや報道にお任せする cf.

ただ、そうしなければウィルスの作成、配布に対して対処し得なかったということにこそ、私は脅威を感じる。ある意味では、著作権侵害をしていたからこそ、こうした摘発がなされたわけで、そのような足がかりさえないウィルスに対しては、未だ対処のしようがないというのが現状である。
もちろん、対処可能な法律ができたところで、(技術的にも、法的にも)現実にウィルス制作者を検挙できるか、という問題もあるのだが、かといって対処できる範囲のウィルスまで野放しにする必要はない。また、このような検挙がなされること、または更に強力な対処が可能となることが、安易なウィルス作成・配布を防ぐためにほんのちょっとでも抑制材料として働けばいいなと思うわけです(もちろん、範囲を広げ、強力にしすぎてウィルス作成、配布以外の部分に悪影響を及ぼすのは考え物だけど)。

参考・引用ニュース報道

Winnyはなぜ破られたのか―P2Pネットワークをめぐる攻防

Winnyはなぜ破られたのか―P2Pネットワークをめぐる攻防