「著作権侵害はISPにも責任あるから、ユーザの通信を監視せよ」ってことだよね

NIKKEI NET IT-PLUSによると、政府は知的財産戦略本部に、インターネット上での映画、音楽等の海賊版流通に対する取り締まり強化のための作業部会を設置し、以下の内容について検討するのだという。

  • 「ネット接続サービス事業者(プロバイダー)に海賊版を自動検出する技術の導入を義務付け」
  • 「違法ダウンロードを繰り返す利用者との接続を強制的に切断する仕組み」

簡単に言えば、ISPに加入者の通信をフィルタリングさせたい、スリーストライク・スキームを導入したい、ということ。

ダウンロード違法化ってのは、結局はここに向かっていくことになるんだね。全く関係ないようでいて、完全に詰め将棋。民事での責任を継続的に問うていく、ということが最初からあまり現実味がないと思っているのは、たぶん私たちだけではなく、ダウンロード違法化を唱道してきた人たちもそうなんだろう。だから、違法化を足がかりに次のステップに進む、というところか。それがISPに対する著作権フィルタリングであり、スリーストライク・スキームの導入。

ダウンロード違法化の現状

ニコニコ動画 ロージナ茶会チャンネルの「ロージナ茶会ちゃんねる ネトスタ・サプルメント」でも白田先生が詳しく解説しているが、今のところ、ダウンロード違法化の効果というのは、プロパガンダ以上の意味を持たない。たとえ権利者側が違法ダウンロードの証拠を掴んだとしても、ISPがその個人の情報を開示するに足る根拠がないのだ。

現在のプロバイダ制限責任法とそのガイドラインでは、違法コンテンツの発信者に関する情報開示請求はできるが、その受信者、つまり違法ダウンローダーの情報開示請求はできない。実際、権利者側もそれを承知している。

仮に訴訟を起こす場合、違法ダウンロードしたユーザーの身元を特定できるのだろうか。(引用注: ACCS法務担当マネージャーの)中川氏は、「WinnyやShareのようなファイル共有ソフトであれば、ISPへの情報開示請求を通じて特定できる」と語る。
プロバイダ責任制限法の情報開示請求は、違法ダウンロードユーザーの情報開示請求はできません。しかし、WinnyやShareは『ダウンロードすればアップロードした』と言えるため、開示請求ができると考えています。」

DSソフトは“映画の著作物”、海賊版をダウンロードしたら違法 -INTERNET Watch

今後は、受信者の情報開示請求を可能にするためにプロバイダ制限責任法およびそのガイドライン見直しの動きがみられるだろう。というか、実際に始まってるからね。

来年1月1日施行の改正著作権法によるいわゆる「ダウンロード違法化」に合わせ、違法録音・録画物に関する啓発を強化するほか、著作権法プロバイダ責任制限法など関連法制度の改善要請も検討する。

「違法DLでネット切断、国内でも可能か議論したい」――JASRAC菅原常務 - ITmedia News

おそらく次は刑事罰化の要望を出してくるだろうが、これと並行してISP著作権フィルタリング、スリーストライク・スキームの導入が押し進められると思われる。まぁ、違法ダウンロードという違法行為を作って、その情報を引き出すための手段を得て、次のステップにうつれるというところだろう。

というところで、ようやく本題へ。

ISPへの著作権フィルタリング義務づけ

「ネット接続サービス事業者(プロバイダー)に海賊版を自動検出する技術の導入を義務付け」、これは、国際レコード・ビデオ製作者連盟(IFPI)が2007年頃から盛んに主張してきた要望の1つでもある。IFPIは、ISPは加入者の著作権侵害に対して何ら対策を講じていない、彼らには対処する義務があるとして、著作権フィルタリング、主に違法な用途で用いられているP2Pプロトコルのブロック、著作権侵害のハブとなるサイトへのアクセスブロックなどを要望として出していた。日本がそれに追随しているのかはわからないが、要望として似たり寄ったりになるのはまぁ当然と言えば当然かもね。

benli: インターネット上での映画や音楽などの海賊版を取り締まる方策として政府が考えていること

小倉先生はこの著作権フィルタリングの問題に対して、技術的側面からも問題ありとしている。実際、ベルギーでもそういった議論が起こっている。著作物全てを網羅的に、というわけではないにしても、問題ありありだと。

ベルギーの音楽著作権団体SABAMが、国内ISP Scarletに対し、著作権フィルタリングを導入するよう求めて裁判を起こし、それに勝利したのが2007年のこと。しかし、翌年、Scarlet側は音楽産業が推奨したAudible Magic*1ではうまく機能せず、他の選択肢も存在しないと主張し、SABAM側の弁護士も一部それを認めるという事態に発展、裁判所も当初の判決を撤回し、控訴審での判決を待つことになった。その控訴審も、ここで求められている著作権フィルタリングが妥当であるかどうかの審査を欧州司法裁判所に求めている

結局は、今のところは技術的側面から実現可能性は低い、ということなんだろう。ただ、技術的に可能であるからといって、我々の「通信の秘密」に対して介入を許すことを望ましいとは思えない。先日、公表されたファイル共有ソフトを悪用した著作権侵害対策協議会(CCIF)の「ファイル共有ソフトを悪用した著作権侵害への対応に関するガイドライン」でも、通信の秘密の範囲を

「通信の秘密」の範囲は、通信の内容のみならず、通信の日時や通信当事者の氏名、住所等、通信の意味内容が推知されるような情報を含む

ニュースリリース 2010年02月08日|「ファイル共有ソフトを悪用した著作権侵害への対応に関するガイドライン」の公表について

としている。その上で、違法ファイル共有ユーザへの警告の際に、ISPが警告対象となる個人を通信履歴から特定する行為も、通信の秘密に抵触することを認めつつも、ファイル共有のためにネットワーク帯域を過度に占有されていることから、「正当業務行為等の違法性阻却事由が存する」として正当化している*2

このように、著作権侵害とはほとんど関係のない文脈から根拠を引っ張り出してきて正当化しているくらいなのだが、著作権フィルタリングの義務づけに際しては、さらにこれを拡張しなければ実現しないことは明白である。もちろん、その際は「自動的なのだから問題は最小限に抑えられるはずだ」という理由を掲げてくるだろう。

さらにこれを拡張する試みとしては、映像、音声だけではなく、文章、画像を含む著作権によって保護される全てのデータにフィルタリングが要求される、ということも考えられる。

コスト負担と権利者の不平等

Geekなぺーじ : Web管理者に著作権侵害監視が義務化?

Geekなぺーじのあきみちさんは、これを特定電気通信役務提供者全体、つまりウェブホスティング事業者やウェブ管理者(掲示板の管理人を含む)にまでも適用されうる問題として捉えている。私もその可能性は大だと思っている。長期的に見れば、ISPに対しても、ウェブサービス提供者に対しても、この種のフィルタリングを義務づけるよう要望が出されることは、ほぼ確実だろう。

あきみちさんは、こうした措置のコスト負担について触れている。

そもそも、万人単位のユーザによる通信が細切れのパケットに別れて流通している状態で、それを横から傍受してリアルタイムに再構成しながら、海賊版であるかないかを判断するような技術って世の中にあるのか疑問に思いました(ウィルスであるかないかを判断する製品はありますが。。。)。 あったとしても、非常に高価なものになりそうです。
そして、その高価なものが「義務付け」になったとき、まわりまわって最終的には日本中のインターネットユーザが分散して料金負担をすることになりかねない気がしました。 非常に高価な機器が急に義務付けされたら、恐らくインターネット接続料金が上昇するのではないかと妄想しました。

Geekなぺーじ : Web管理者に著作権侵害監視が義務化?

私もこれは、ISP加入者に跳ね返ってくるものだと思っている。結局、この話ってのは一部の金持ち企業や団体を我々の金で守ってやれって、言われてるようなもんで、正規にコンテンツにペイしている人たちにまで負担を押しつけるというのは、何とも言えない気分になるけどね。

一部の金持ち企業や団体ってのは、何も揶揄じゃなくて、実際に彼らだけを守るようなスキームになるだろう。現に、CCIFはWinnyユーザに対する啓発メールの送付をCCIFメンバーにのみ限定している。もちろんこれは、著作権を濫用するような輩を排除し、スキームの正当性を維持するための措置でもあるのだが、特定の人々のみを保護するものともいえる。要は、資金を豊富に持つ人々は保護され、持たざる人々は冷遇されることになる。インディペンデント志向だからといって、無料で配ったり、CCをつけたりすることが当然なわけではない。

もちろん、CCIFの懸念にも一定の妥当性があって、ある程度協調が取れる範囲でなければ、著作権侵害の解決以外の目的でこうしたスキームを悪用する輩が出てきても不思議はない。ただ、そうした建前の下で、本来であれば競争者である人々を不利にする、既存産業のみの保護が実現するということも事実である。

スリーストライク・スキームへの組み込み

著作権フィルタリングをスリーストライク・スキームに組み込むよう提案される、というのもあながちあり得ない話ではない。が、ここまでずいぶん長ったらしく書いてきたので、このエントリはここで一端終わることにして、スリーストライクのお話は次エントリに譲ることにする。

この問題については、「権利者の責任とプロバイダーの責任。 - 企業法務戦士の雑感」でも言及されているので、合わせてどうぞ。

余談

mhattaのポッドキャストで八田さんが話していたように、結局、こうした著作権侵害対策のエスカレートは、コンテンツ産業の焦りをそのまま反映していて、コンテンツ産業が右肩上がりにならない限りは、際限なく繰り返されるのだろう。新たな環境に適応するための解決方法が見つからない/受け入れない以上、この手のロビー活動が先鋭化していくのは想像に難くない。んー、たぶんこのままいくと、ロビー活動するだけの資金が尽きるまで終わりは見えないのかもしれないね。

*1:デジタル指紋を利用したフィルタリングシステム

*2:それに加えて、あくまでも「啓発」目的であり、個人情報を権利者を含む第三者に開示するわけでもない必要最低限の措置であり、その依頼主は協議会メンバーに限られるのだから、まぁいいでしょう?という感じ。