米Amazon MP3、ヒットシングルを1曲56円にディスカウント!何を狙ってるんだろうね

Gizmodoが米Amazon MP3のヒットシングル・ディスカウントの話題を取り上げているのだけれども、ちょっと気になる点があるので、ちょこっと書いてみる。

Amazon MP3ストアでは人気の楽曲の値段が従来の89セントから20セント安くなり、1曲69セント(約56円!)になりました。

さらにアマゾンでは1500ものアルバムを5ドル(約406円)で期間限定販売しています。

明らかにアップル対抗にしか見えません。アップルはメジャーな楽曲は1.29ドル(105円)で販売しています。

これはもう、iTunesではなくてアマゾンで音楽を買う日がやってきたという感じですね。

米アマゾンのMP3ストアでは1曲56円で曲が購入できるように : ギズモード・ジャパン

これは元ネタのLA Timesの記事「Price war! Amazon launches 69-cent MP3 store for top-selling tunes」の論調をそのまま引っ張ってきたというところなのかな。

米AmazonMP3が0.69ドル・ディスカウントを開始したのは、ケイティ・ペリーE.T. feat. Kanye West』、ジェニファー・ロペス『On The Floor』、レディ・ガガ『Born This Way』、ブラック・アイド・ピーズ『Just Can't Get Enough』、リアーナ『S&M』など、人気ヒットシングル204曲iTunes Storeではほとんどが1.29ドルで配信されている曲だとか。

LA Timesの話の筋としては、音楽配信市場のマーケットシェアは、iTSが70%なのに対し、第2位のAmazon MP3はわずか10%、Amazonは何とか挽回していこうとしている、Appleは2009年から人気のシングルを0.99ドルから1.29ドルに事実上の値上げを行った(正確に言うと、レーベルが0.69ドル、0.99ドル、1.29ドルから選べるようになった)が、2009年まで配信回数を伸ばし続けてきた音楽配信市場は、2010年にはわずか1%の成長率*1とあった、Amazon MP3の値下げがAmazonとレーベルのどちらが主導したものなのかはわからないし、値下げによってロイヤル・カスタマーを生み出すのか、安売りに飛びつくチェリーピッカーを呼ぶだけなのかもわからない、ただ、重要なのは69セントで楽曲を売れるかどうかではなく、音楽ダウンロードに年間平均46ドルを費やす平均的なリスナーに69ドル使ってもらえるかである、そしてこの価格競争の勝者は、誰あろう音楽の購入者だ、というところ。

そういう見方もあるのかもしれないなぁとは思う一方で、音楽配信市場の成長率の鈍化については、市場の成熟、一段落(あとはゆるゆると推移していく)という見方が強いように思う。シングルの配信回数こそ頭打ちになってきたとしても、セールスでは2010年は8%増で値上げによって利益は増えている。裏を返せば、購入者も値上げを許容している、とも取れる。

レーベルにとって、音楽配信の価格の柔軟性は、1つの悲願であったところもあるし、それによって利益を増やしている現在、デジタル配信ユーザの掘り起こしや更なる活性化を求めて、あえて価格競争に突っ込んでいくというのも考えがたい。

IFPIが現状の音楽配信の更なる拡張ではなく、RhapsodyやSpotify、Rdioなどの比較的新しいサブスクリプション・サービスをフィーチャーしたのも、オプションとして次のブースターになり得るという期待をもっているからだと思う。

というか、そもそも同じ曲なのにAmazon MP3とiTunes Storeで価格差がある時点で、レーベル都合と言うよりは、ストア側の都合だよね。値下げしてメリットがあるなら、Amazon MP3でもiTunes Storeでも値下げできるわけだし、あえてレーベルが片方だけを値下げする理由は、Appleの支配力を削ぎたいってくらいしか思いつかないな。たとえそうであっても、やっぱり価格戦争ではなくて、プラットフォーム戦争ということになる。

じゃあ狙いは何なのさ

個人的には、Amazon MP3が主導してディスカウントしてるんじゃないかと思っていて。Billboard.bizによれば、Amazonは通常レートの支払いさえすれば、独断でディスカウントできるとのこと。利益なし、場合によっては売れれば売れるほど損をするのかもしれないけれども、それでも何かしらのメリットがあるんだろう。Amazon MP3のてこ入れという線もあるけど、おそらく、その目的はAmazon Cloud Drive潜在的なユーザを増やすことにあるんじゃないのかなと。

ripple_zzz これって対アップルじゃなくて対音楽業界でしょ。要はクラウドプレーヤーでの交渉戦で制空権取ろうって感じ。

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id:ripple_zzzさんも、上記のGizmodoの記事のブクマコメントにて、これは価格戦争ではなくて、クラウドプレイヤーとしての布石だと指摘している。その点については同意なんだけど、狙いとしては対音楽業界というよりも、やはり対Apple、そして対Googleだと思う。

Amazonは先日、Amazon MP3で購入した楽曲や手持ちの楽曲をクラウドに置けるCould Driveというサービスをローンチした。これに対し、レコード産業からは、勝手にクラウドに置かせてアクセスさせるんじゃない、ちゃんとライセンス契約交わせ、とのお怒りのお言葉を頂戴している。こうした動きがあって、その牽制として今回のディスカウントがある、というのはなきにしもあらずだとは思うんだけど、重要度としては低いんじゃないかなと。

もっと重要なのは、同じ領域にAppleGoogleが進出しようとしていることではないかと。AmazonAppleGoogleというゴリアテが真っ正面から乗り込んでくるとなれば、ルールが定まるのは時間の問題でしかない。ルールが決まるのを待つにしても一悶着あるのは目に見えているし、どのようなルールになるにしてもすべてのプレイヤーがいずれそのルールに従わざるをえないのであれば、とっとと乗り出して、先行クラウド・コンテンツ・プレイヤーとしての優位性を確保しにいった方がいい。ルールはあとからついてくるってなもんで。

「たかだか音楽をウェブストレージに保存できるだけでしょ?そんな無理するほどのことかな」、と思われるかもしれない。クラウド・プレイヤーとしての優位性を確保することは、これからのデジタル・アクティビティの基盤になることを意味すると考えている。いずれ、音楽だけではなく、ありとあらゆるものが置かれ、デバイスやプラットフォームの別をこえ、さまざまな方法でアクセスできるようになっていくだろう*2

そこまでのものだからこそ、Amazonは先手をとったんじゃないかなと。

ちなみに…

Amazon Cloud Driveは、5GBのウェブストレージであれば無料、20GBで年間20ドル、50GBで年間50ドル…とかかっていくんだけど、Amazon MP3でアルバムを購入すると、無料5GBから20GBにアップグレードしてくれるキャンペーンなんかも展開している。期間は2011年12月31日まで。また、Amazon MP3で購入した楽曲については、このストレージ容量とは別に扱われるとのこと*3

余談:いま値下げは必要か?

ここまでいろいろ書いてきたけど、Billboard.bizもだいたい同じような論調。2009年のiTSの実質値上げ以降も収益は増大しているし、消費者からの反発もない、RIAAの「2010 Year-End Shipment Statistics(pdf)」を見ても、2010年にはボリューム(ダウンロード回数)こそ前年比2%の伸びに留まっているが、収益では12%増を記録している、という。

0.99ドルと1.29ドルのどちらが売れているか、という点に言及しているのも興味深い。1曲平均1.18ドルというところから、1.29ドルは全体の63%、0.99ドルは37%ではないかと推測している。値上げによる影響については、短期的利益をもたらすものの、長期的にはネガティブ、レコード産業にとってのAIGボーナス問題のようなもの、との批判の声もあるが、2011年第1四半期に入ってもシングルダウンロードは8.6%アップ、アルバムダウンロードは14.9%アップ(Nielsen SoundScanより)と、消費者からは現在も許容されている、CDの下落をカバーするとまではいかないが、一部の悲観論ほどは悪くないんじゃないか、としている。

私も同感で、消費者に手の届く範囲の価格設定であれば、手を伸ばしたいと思える作品である限り、購入されると思う。相場を安くすれば買ってくれるってわけじゃあない。逆に、高いから買わないってわけでもなくて、PC向け音楽配信利用者にとってはバカみたいに高く思える着うたフルだって、バカ売れしてたわけだしね。

もちろん、Steamのように時折ディスカウントを行い、手を伸ばしきれなかった人にもう一度アプローチするのはアリだと思う。動きの止まりかけた準新作や動きの止まっている旧作、新作リリースに伴う旧作の掘り起こしなど、いろいろやりようはある。ただ、その効果もそれなりの相場があってこそ。消費者としては短期的には安ければ安いほどいいのだけれども、それで潰れてしまっては元も子もない。

*1:SoundScanのデータ

*2:また、慎重に扱われなければならないものではあるが、ユーザがどんなファイルを持っているか、という情報を手にすることにもなる。

*3:同じコンテンツならアチコチにコピーする必要はない、ってところなのかもね。