デンマークテレコム企業TDC、モバイル/ブロードバンドサービス加入者に音楽への無制限のアクセスを提供

デンマークのテレコム企業TDCが『PLAY』という新サービスをローンチした。このサービスは同社のブロードバンドおよびモバイルサービスの加入者に対し、4大メジャーのうちの3つ、EMI、Sony BMG、Warner、そして複数のインディペンデントレーベルなど30以上のレーベルの100万曲以上の音楽への無制限のアクセスを、追加料金なしで提供する。
ここで提供される楽曲は、デンマーク国内のアーティストだけではなく、海外のアーティストも含まれる。たとえば、Red Hot Chili Peppers、 REM、 Ida Corr、James Blunt、Anne Linnet、Bruce Springsteen、Outlandish、L.O.C、Robbie Williams、TV2、Szhirleyなどなど。また、4大メジャーの残り1社、Universalとも現在交渉中とのこと。
このサービスでは、TDC(とYouSee)のブロードバンド、モバイルサービスの加入者は好きなだけ楽曲をダウンロードすることができる。ただ、楽曲を聴くことができるのは、同社サービスに加入している間だけとなる*1。これは楽曲にDRMが施されているためであり、その他にもCDへの書き込み、MP3への変換、他のデバイスへの転送はできない。PC向け配信のフォーマットはWMA(192kbps)、モバイル向け配信のフォーマットはAAC/AAC+ (48kbps)。また、同社は8デンマーククローネ(1.32ドル)で楽曲のアラカルト販売も行っている。
この狙いとしては、TDCの社長兼CEOのJens Alderが

現在、スマートフォンや高速ブロードバンドアクセスを単に提供するだけでは、(訳注:サービスとしては)十分なものではありません。[...]そのために、私たちは加入者に音楽を利用できるようにすることに投資しています。それによって収益を上げ、加入者に更なる満足を与えることができると考えています。

とコメントしているように、同社のブロードバンド、モバイルサービスの販促という目的も強いようだ。この背景には、現在のモバイル、ブロードバンド市場が多かれ少なかれ飽和を迎えており、この状況から一歩抜け出すためには、多くの加入者にとってより魅力的なサービスを付加する必要に迫られた、ということがあるようだ。
プレスリリースの最後のコメントが興味深い。

PLAYはTDCの長期的な戦略のために最も重要な動きでもあります。私たちはブロードバンド、モバイル産業に新たな道筋を作っています。加入者にデジタルミュージックへのユニークなアクセスを提供すること、これは長年、音楽産業を悩ませてきた海賊行為との戦いにおいても重要なステップとなるでしょう。

とJens Alderは述べているのだが、デンマークにおけるアンチパイラシー組織もそれに賛同しているようだ。
The Hollywood ReporterによるとIFPIデンマークのJesper Bayは

私たちはこれを好意的に捉えています。[...]全ての関係者が満足できるようなソリューションを模索するための正しい方向に向けた第一歩でしょう。

と述べ、『Play』のローンチを歓迎している。レーベルの代表のコメントも一様に好意的なものだ。

Michael Wermuth, General Manager, EMI Music Denmark, says "It is one of our most important missions to make it as easy as possible for the Danes to access our artists' music. PLAY is a fantastic initiative which adds even more possibilities to the music palette".

Jonas Siljemark, President, Warner Music Nordic, says "By offering the PLAY service as part of their mobile and subscription packages, TDC will offer a highly innovative way for their customers to explore and discover music from our local and international acts. A service of this nature has the potential to connect our artists with audiences across a vast spectrum of musical taste and consumer behaviour".

Niels Bak, manager of KODA, says "Much has been said and written about making music flow like water through 'pipes' - TDC is the first telco however to create a music service which makes it easy and legal for their broadband and mobile costumers to enjoy music without extra cost. We are happy to be part of the project and proud that we have succeeded in giving TDC access to a majority of the world's music in one agreement. It is noteworthy that TDC has made a significant effort to include the Danish music, which will be beneficial to those many thousands of Danish artists who are members of KODA".

Henrik Daldorph, General Manager SONY BMG MUSIC ENTERTAINMENT DENMARK A/S and chairman of the Danish ifpi: SONY BMG sees PLAY as a fantastic initiative for both music lovers, artists and music labels. Play will undoubtedly strengthen the digital distribution of music and bring Denmark at the forefront of development of a new music market".

TDC.com - Press releases - TDC: More than 30 music companies in the PLAY agreement

もちろん、否定的な見解をプレスリリースに載せるわけはないのだが、それでもこうしたサービスに対しては乗り気なようだ。
個人的な見解としては、今すぐということはないにしても、今後、この『PLAY』サービスにWindows Media DRM対応のデバイスへの転送オプションが有料で提供されると予想している。

音楽税の話の続き

"But more important than the risk for an I.S.P. is the marketing," Griffin says, drawing a comparison to Starbucks' marketing of "fair trade" coffee.
"I.S.P.'s want to distinguish themselves with marketing," Griffin says. "You can only imagine that an I.S.P. that marketed a 'fair trade' network connection would see a marketing advantage."

Warner's New Web Guru - Portfolio.com

まさにGriffinの言ったとおりの展開という奴だろうか。ただ、今のところはその理想とする状況からは少し離れていて、サービスにはかなりの制限がかけられている。

Warner's plan would have consumers pay an additional fee―maybe $5 a month―bundled into their monthly internet-access bill in exchange for the right to freely download, upload, copy, and share music without restrictions.

Warner's New Web Guru - Portfolio.com

個人的には追加料金なしでいいなぁ、とは思うものの、やはり不安を覚えてしまう。追加料金なしで、とはいうものの、このサービスの開始に当たってはノーコストですんでいるわけはない。結局のところ、新たな加入者を獲得するために、退会者を減らすために値下げをする、という代わりに、別のサービスを付加したに過ぎず、ユーザは否応なくそれに加担していることになる。
それに関してはなかなかうまいこと考えたなとか、いい時期に重なったなと思うんだけど、これからこうしたサービスが進むのだとしたら、単にポジティブな効果だけを期待できるものではないと思える。
Griffinは音楽は販売ではなくサービスとして提供することで活路を見出せるのだ、という。確かにそれはそれでいい。Sony BMGiTunesも同様にサブスクリプションサービスの提供を模索している。そういった流れは音楽サービスそれそのものが評価され、選択されるという点で、私はそれを望ましく思うところもある*2
しかし、音楽サービスがISP料金にバンドルされるにいたっては、そうした流れに違和感を覚える。Griffinはコントロールを望むのではなく、それを捨ててこそ得られる利益もある、というようなことを述べているのだが、実際にはこのスキームで音楽産業はコントローラビリティを捨ててはいない。音楽産業はより多くのISPにこのプランにのってほしい*3、むしろ全てのISPがこのプランにのることを望んでいるのだろうが、そうした状況はISPに対する音楽産業の影響力を強めることになるだろう。確かに今はポジティブな効果が得られるかもしれない。しかし、他のISPも同様のサービスをバンドルし始め、それが増すにつれて、そのようなサービスを提供していないISPは極めて不利な状況に陥る。つまり、サービスの提供がポジティブな効果を生むという状況から、提供しないことがネガティブな効果を生むという状況にシフトしていく。
そうなればISPは抵抗する術を失う。この種のサービスによって音楽産業はコントローラビリティを捨てる、といってもそれはユーザに対してであって、ISPに対しては依然としてコンテンツを提供するかいなか、という許諾権を握り続けたままである。そういった許諾権を無効にしてしまえれば、いくつかの問題は解決されるかもしれないが、少なくとも現状ではそういった流れにはなっていない。音楽産業は依然としてその権利を有し続ける。
著作権が非常に強力な権利であり続ける以上、こうした非競争的な場で更に強力な存在となることは脅威とすら感じられる。もちろん、無制限に音楽が聴けるサービスなんて願ってもない、私自身喉から手が出るほどに望ましいサービスだ。しかし、このスキームが一度始まったら、既存のほとんどのプレイヤーを巻き込み、そして後戻りできない状況を生み出すものであると考えられる以上、その評価は慎重に慎重を重ねて見極めたいと思う。

*1:退会後、30日で利用できなくなる

*2:もちろん、問題がないわけじゃない

*3:というより、のってもらわないと困る