音楽ビジネス環境の変遷:製品は過去のもの、売るのは関係

せかにゅ:「30秒の音楽試聴にも著作権料が必要」権利団体が主張 - ITmedia News

まぁ、楽曲購入前の視聴にも「演奏権料」を払え、というのは馬鹿らしいとして。

米国の場合は日本以上にレコード産業の落ち込みが著しく、音楽配信の利用は増加傾向ではあるものの、CDセールスの激減を補ってはいない。つまり、パイだけが小さく鳴り続けている。でもその食い手は減っていなくて、そのパイをどう分配するかだけでは解決しえないところまで近づいている、もしくはその段階に入っているのかもしれない。

Ars Technicaの元記事にも、アーティスト側からレーベルに対する取り分を巡っての紛争が挙げられていて、どちらの側も切羽詰まっているように感じ取れる。だから、徴収先を増やしてパイを大きくしよう、というところなのかもしれない。おそらく、Appleが潤っていて、自分たちが窮していること、そのAppleが価格や取り分に対して強情なことが背景にあるのだろう。

Arsの記事の終わりには、ライターの雑感のような記述があって、

一般的なライセンシングに関するポリシーをオンライン配信の現状に当てはめようとするのは間違いだとは言わないけれども、ダウンロード(プライベートユースのためのCDやDVDの購入に対応する)とストリーミング(放送に対応する)という基本的区別は理解しなければならない。そして、ソングライターやその他産業のプロたちは、市場が変化していることも理解しなければならない。

Songwriters want to get paid for 30-second song previews - Ars Technica

と遠回しに批判的なスタンスであることがわかる。環境も市場も変化していることを理解しろ、と。

環境の変化については、今翻訳を進めているAndrew Dubberの『New Music Strategies: The 20 Things You Must Know About Music Online』というe-bookの最終章でも触れられている。まだ推敲は終わってはいないのだけれども、非常に面白いので以下に掲載。

Thing 20: 製品は過去のもの、売るのは関係

ビジネスとしての音楽は、その歴史の中で何度も重要なフェーズを乗り越えてきた。それらはすべて、それぞれに全く異なるマネタイズのモデルを有していた。さぁ、今はその最新版に飛び込むときだ。

シートミュージックの採譜者や出版者は今でも存在していますが、現在の音楽ビジネスにおいては、かつてのような優勢な地位を占めているわけでありません。また同様に、ミュージックホールで演奏するという仕事もかつての地位を失っています。

これまで音楽からどのようにしてお金を儲けてきたのか、その主だった方法について振り返ってみることにしましょう。いずれも何かしらの形で未だに残ってはいますが、それぞれにその盛りを過ぎています。新たなテクノロジーが発展するごとに、それぞれのプレイヤーのシェアは、新たなプレーヤーの登場により大きく変化してきました。

新たなテクノロジーが登場する度に、産業で支配的な力を得たプレイヤーは大きな波乱を引き起こすことになります。

パトロン(Patronage)

バッハがいた時代というと、まるで恐竜が存在した時代かのごとく大昔に思えるかもしれません。しかし実際には、ほんの数世代前のことです。この時代に最も尊ばれた音楽の天才たちは、金持ちの後援者たちの道楽と入れ込み具合に支えられていました。一般的に、パトロンとなる人々は王族や貴族たちであり、音楽家にとってパトロンを得ることは非常に困難なことでした。しかし、文化の保護者として、神を(そしてパトロンとしての自分たちを)賞賛する作品を作るアーティストの音楽を発見し、奨励することは、彼らにとって正しく、意義ある行為だったのです。

ライブ・パフォーマンス(Live Performance)

音楽の演奏が大衆向けの商業的エンターテイメントとなったとき、当然ながら芸術のパトロンたちは驚愕したことでしょう。価値ある創作を育んだ文化的土壌を支え、奨励することが否定されたわけですから。しかし、音楽家やその新たな仕事仲間たちは、少数の人々よりも多数の人々のポケットからお金を集めた方がもっとうまくいくことに気づきました。そうして突如として、プロフェッショナルへの道が大きく開かれることになりました。

印刷出版(Print Publishing)

シートミュージックの誕生は、当時の音楽産業の死を引き起こしました。人々が自分の家で、自らピアノで音楽を演奏できるとしたら、どうしてコンサートに行くでしょうか?ポピュラーソングの大量生産は、オーディエンスの音楽との関わり方、消費の仕方を変えました。コンサートホールがなくなることはありませんでしたが、しかし、それは確実に深い傷を負わせるものとなりました。

録音(Recording)

コンサートホールで名をあげた有名なアーティストたちは、録音技術の誕生により、新たな収益を得るようになりました。現在では、家の中でステージやスクリーン上のスターの音楽を楽しむことができますし、スターが実際の演奏しているのを聞くこともできます。実に不思議なことです。しかし残念なことに、当時の産業全体としては、多かれ少なかれシートミュージックに支えられていました。再び「音楽産業の死」が引き起こされたのです。

放送(Broadcast)

ラジオの誕生によって、音楽ビジネスは新たな脅威に直面しました。レコードを買うことなく自宅で音楽を聞くことができるようになったなら、いったいどうして人々は音楽にお金をかけてくれるでしょうか?最近でも見られる海賊行為の排斥、訴訟、追求といったものは、ここから繋がってきています。もちろん、現在でもラジオは音楽セールスを最も強力にドライブする存在であり続けていますし、ミュージックホール以外のパフォーマンス・ロイヤルティを生み出す存在でもあります。

同期(Synchronisation)

あなたの音楽をラジオで掛けてもらうのも1つですが、映画、テレビ番組、コマーシャル、ビデオゲームに使ってもらうという別のルートもあります。突如として、音楽からお金を儲けるための最速かつ最良の方法は、「単に音楽が聞かれること」から、「音楽をたくさんの人々が触れるものに結びつけること」になりました。興味深いことに、現金を出すのはもはやオーディエンスではなくなったということです。

そして、新たなテクノロジーが今ここに…

音楽にとって新たなテクノロジー環境が登場するたびに、すべてがシフトします。それまで支配的だったものは後退し、ひとたび失われたものは別のもので埋め合わされます。音楽産業がラジオ局の閉鎖を要求し、無料で音楽を放送することを防がんと懸命の努力を続けていたとき、彼らが自らのドル箱を絞め殺そうとしていただなんて誰が気づいていたでしょうか?

これは古典的なマクルーハンの法則*1です。

しかし、こうしたシフトは常に問題をはらんできました。1942年の録音の禁止、レコード時代のイギリスで音楽ラジオに張られた強烈なレッテル、1980年代の「家庭での録音は音楽を殺す(Home Taping is Killing Music)」キャンペーン、近年のメジャーレーベルによるカスタマーへの訴訟、新たなテクノロジーの登場は、いずれの時期においても類似した状況を引き起こしてきました。しかし、それはいずれうまく収まるのです。

音楽ビジネスにとって、そして特にあなたにとって最も重要なのは、このゲームの勝者がこの新たな環境を理解した人々であり、オーディエンスをアーティストとつなぐ方法を見いだした人々だということです。実にシンプルなことです。

関係性(Relationship)

パトロン制度が過去のものとなったのと同じように、音楽産業の他の側面も新たなメディア環境にシフトしたことでその重要性を失ってきました。音楽を家に持ち帰り繰り返し聞くために、お金と交換で手に入れるという考えは、急速に時代遅れとなりつつあります。

消費者個人に対して、ある種の物質的なフォーマットで録音物を販売したいというのは、私たちが常々望んでいることではありますが、もうそれは絵に描いた餅なのです。つまり、それはもはや音楽からお金を儲けるための主要な手段ではなくなってきているのです。

そうした視点に立つと、たとえ現在大成功しているiTunes Music Storeといえども、完全にオールドスクールなものだと言えるでしょう。新たなモデルは、熱心のファンコミュニティとの継続した経済関係の構築にあります。それは、アテンションと反復的な関わりでもあります。個別の契約や海賊版ダウンロードによる『失われたセールス』という考えを捨て去るということです。CDやMP3は、それそのものが音楽エクスペリエンスの機会になるというよりは、音楽エクスペリエンスとの関わりの記念品的な側面をますます強めていくことでしょう。

支配的なパラダイムであれ。

これまでにMySpaceFacebook、Mog、Last.FM、iLike、TwitterSkypeSecond LifeTumblr、Vox、Blogger、Live Messenger、Yahoo! Groups、FlickrGoogle ReaderBloglinesを使ったことのある人たちは、嬉々としてあなたに言うでしょう。

それは会話をすること(conversation)。

それは繋がること(connectivity)。

それは関係を持つこと(relationship)。

それはトップダウン型の、1対多のディストリビューションモデルではありません。街でたまたま見かけた製品にお金を支払ってくれるカスタマーではありません。これは、信頼、レコメンデーション、そして評判なのです。これは多対多の対話であり、お金はアテンションが集まる先に流れていくのです。

ここで、Andrew Dubberが「あなた」と言っているのは、主にインディペンデントのミュージシャンや関係者に対してなので、これをまんまメジャーに当てはめて、今すぐやれ、と言えるものでもない。確かに変化は求められているのだろうけれど、いきなりこんな変化が訪れたら、まずリスナーがついてこれないだろう。それでも最近では360度契約といった動きが見られていたり、徐々にではあるけれどDubberの予測した方向には向かいつつあるのかもしれない。

いずれの時代においても、誰かが中に入るのは避けられないし、避ける必要もなかったとも思うけれど、しかし、そこには必ずクリエイターがいて、リスナーがいた。その両者が新たな変化を受けいれることで、時代は変化を続けてきた。たとえこれからは「関係性」の時代だ、なんて言っても、総体としての我々がそれを許容しなければうまくいくことはない。

*1:メディアは強化、反転、回復、衰退の4つの作用を必ず内在する、という理論